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アメブロ全体工事の日

2005年03月31日(木) 22時24分25秒 テーマ:ブログ
3月31日はアメブロ全体工事で記事が上がりませんでした。

王陽明① 陽明学(良知心学)

2005年03月30日(水) 09時42分36秒 テーマ:古今東西の成功哲学
 陽明学をご存知だろうか。中国の明の時代に活躍した儒教家である王陽明が唱えた「真理」説である。一般にはなじみが薄いが日本の幕末の志士たちの心の拠り所であったと聞けば、興味が湧いてくる。陽明学は一種の(革命)成功哲学であり、明治以降昭和の時代まで、陽明学の精神は日本政財界に生きていた。陽明学者の安岡正篤師が昭和天皇の終戦の詔を校正し、有名な「万世のために太平を開く」という文言が生まれた。
 この陽明学、別名「良知心学」を弟子たちがまとめたのが「伝習禄」である。その伝習禄をスピリチュアルに限りなく近い視点で解説してくれているのが、■「真説・陽明学」入門 林田明大著 三五館■である。すこし難解だが 「主客合一」の部分を引用する。

《 耳・目・口・鼻・手足が身体である。心でなければ、耳は聴き、目は視、口はもの言い、手足は動くようにさせることはできない。心は、みたり聴いたりものを言ったり動かしたいと思っても、耳・目・口・鼻・手足がなかったら、やはりできるものではない。
だから心がなければ、身体は機能しないし、身体がなければ心は主体性を発現できない。ただ、形而下のものとして存在することを指して身体といい、身体を主宰する主体を指して心といい、心が発動してはたらいているのを意識といい、意識のはたらきが霊明であるのを知覚といい、意識がはたらきかけている客体との関係を「物」=主客関係という。》

 陽明は明確に人間の主体を「心」に置いている。しかも陽明のいう心は、単に人間の喜怒哀楽を言うのではなく、スピリチュアルな世界の本質である「愛(陽明は天理と呼んでいる)」を元にした「心」であり、その状態の心を陽明は「良知」と呼んでいる。

《意識とは具体的な客体なしにははたらくものではない。必ず具体的客体との関係の場ではたらくのである。意識がはたらきかけている具体的な対象に即して主客関係を正しくし、意識が誠のままにはたらくのをさまたげている欲望を昇華して、本来の天理の発現にゆだねたならば、良知は、本来の自己を発揮することができるのである。》

 私たちは、スピリチュアルな世界の純粋な魂から、この地上に生まれて様々な余分な思考や感情を蓄積していく。そういったものを「昇華」して、物事にあたれば何事もうまくいくのだ。現に陽明は、地方のテロや反乱を100戦100勝の実績で治めている。しかも無駄な戦いをせず、戦わずにして勝つ術をもっていた。ほんとにすごい人だったのだ。

《この心が私欲に覆われていない状態が、すなわち天理そのものなのです。それ以上そとから何かを付け加える必要はないのです。この天理そのままの純な心を発揮して、父に仕えればそれがすなわち孝なのです。発揮して君に仕えれば、それがすなわち忠なのです。さらに友と交わり民を治めるときに発揮したら、それがすなわち信であり、仁なのです。ただこの心から人欲を取り除いて天理を発揮するように努力さえすれば、それでいいのです。》
陽明に言わせると「孝」「忠」「信」「仁」などという儒教の難解な概念も一言で終わってしまう。すべて「天理=スピリチュアルな愛」が、相手(人間関係、立場)によって現れる行為とそれを現す言葉の違いだけなのである。陽明の思想は、「万物一体の仁」すなわち宇宙との一体感、宇宙の本質は愛であることを見抜いていたのである。

次回から、このテーマにおいて■「真説・陽明学」入門 林田明大著 三五館■の「第一部 王陽明の生涯」を抜粋、引用しながら、王陽明の生涯をご紹介していきたい。



著者: 林田 明大
タイトル: 真説「陽明学」入門―黄金の国の人間学

生きているのに天国へ行った。

2005年03月29日(火) 09時36分04秒 テーマ:推薦図書・ビデオ紹介
ビデオ「天国の本屋 恋火」竹内結子・玉山鉄二 出演を見ました。
 このビデオでは、人が死ぬと天国に行き、死んだ時の年齢から100歳になるまで天国で暮らして、100歳になるとまた再び地上に生まれて生活をする。という霊界(天国)の設定になっていて、その天国にある本屋さんで主人公がアルバイトとして(つまり未だ死んでいないので臨時なのです。)働くうちに、人間がどのようにして心を癒していくのかを見ている人に感じさせると言う物語になっています。
 霊界の設定(100歳単位で生まれ変わる?)そのものはともかくとして、スピリチュアルな心の領域を感じさせてくれるとても素晴らしい作品だと思います。松任谷さんの曲も素晴らしい。ぜひお試しください。




タイトル: 天国の本屋 ~恋火

愛・地球博で白井貴子さんに出会いました。

2005年03月28日(月) 00時09分28秒 テーマ:ブログ
突然家族での話がまとまって、開幕して3日目の「愛・地球博」に行ってきました。家族5人の大所帯でしたが、予想された混雑も無く、ラッキーな日曜日でした。今日の中日新聞の朝刊の運勢欄で戌年(私の干支です)を見ると「思わざること到来するも難あらず」とあるのを心頼りにして、まぁ大丈夫だろうと腹をくくっての出動です。開幕最初の日曜日ですから、5歳児をつれた家族連れで、大混雑ではしんどいですよね。
用心深く、東ゲートから入場し、すぐにモリゾーコンドラにのって瀬戸会場へ向かいました。最初に入ったのが市民パビオン。そこに白井貴子さんが偶然いて、歌を歌っていました。
彼女の美しい歌声と、やさしい歌詞は、私の子供たちの心をつかみ、しばし聞きほれ、この「自然の叡智」をテーマにした万博が、市民レベルで高い意識を伴っているのだという実感をすることができました。
最初に、彼女が歌ったバオバブという曲はリリースされていないということなので、ここでご紹介します。

BAOBABU (アフリカンフェスタテーマソング)詩・曲 白井貴子

  LOVE  LOVE  LOVE 愛を
  LOVE  LOVE  LOVE 見つけたよ
  LOVE  LOVE  LOVE 愛を
  LOVE  LOVE  LOVE 分かち合おう
どこまでも まっすぐな
今 あなたに会いたいよ
遥か遠い大地に
生きてる 星のようにさ
   LOVE  LOVE  LOVE 愛を
   LOVE  LOVE  LOVE 見つけたよ
悔しくて 泣いた夜
いつもあなたに会いたいよ
大きくてやさしい
やすらかな 胸のように
  LOVE  LOVE  LOVE 愛を
  LOVE  LOVE  LOVE 見つけたよ
  LOVE  LOVE  LOVE 愛を
  LOVE  LOVE  LOVE 分かち合おう
空に向かって BAOBABの木は問いかける
未来への歌を奏でるように 

いつまでも変わらない
そんなあなたに 会いたいよ
雨の日も 風の日も
見つめてる 地球の上

喜びと 悲しみの
両手を空に広げて
太陽に手を振るように
生きてる 人のようにさ
 ※LOVE  LOVE  LOVE 愛を
  LOVE  LOVE  LOVE 見つけたよ
  LOVE  LOVE  LOVE 愛を
  LOVE  LOVE  LOVE 分かち合おう
 ※リピート

じーんと感動を味わいながら聞かせてもらいました。
とてもスピリチュアルな彼女を感じました。

彼女が歌ってくれた2曲目は、「美しい地球」です。
愛・地球博にぴったりで、スピリチュアルな匂いがして、この歌が多くの人に聞かれることを私も望みます。
デビュー20数年の彼女が、とても輝いて見えました。
 この曲はシングルリリースされているので聴いてみてください。
夜のニュースで、この日の来場者は5万数千人だったそうです。たまたま、会場内に店を出している友人に出会い、その店で「本場のカレー」を食べましたが、彼らの当初の来場者予想は15万人だったそうです。仕込みや仕入れが大変ですよね。こんなに予想が狂うと。
 会場内は、ドリンクの自販機もトイレもいたるところに在って、コンビにも通常価格でお弁当を販売していて、けっこう快適でした。でも、日曜日に5万人程度では、名古屋では著名な東山動植物園の入場者とあまり変わらないので万博としてはいまいちでしょう。
 皆さん、恐れずに足を運びましょう。会場は広い。


アーティスト: 白井貴子
タイトル: 美しい地球

潜在意識について

2005年03月27日(日) 10時04分46秒 テーマ:スピリチュアル
心とは一体何か、意識とは何か。潜在意識とは何か。心は、日常的に使う言葉だけれども、あいまいで具体的に何を指すかというとなかなか難しい。思考・感情・感性・意志・理性・知性・良心・欲求・願望・精神・意識……………。
 心を解明しようとしても、まるで迷路の中に入り込んだように出口や回答は簡単には見いだせない。古今東西の偉大な哲学者を頼ってみても唯一無比の回答はおそらくないだろう。
20世紀の初頭に心の問題の一部を哲学から切り離した研究が盛んになった。潜在意識とは、心理学者のフロイトが存在を証明した「心の領域」である。心の領域は、二つに分けられた、顕在意識と潜在意識である。
顕在意識は、普段私たちが普通に感じることのできる自覚のある精神活動のこと。
潜在意識は、普段自分では意識しないで活動している意識の領域の全体のことである。広い意味での潜在意識としてよく知られている働きとしては、いわゆる自律神経系である。
この自律神経系の働きのおかげで、私たちは、寝ていても息をし、何も考えずに体の調節やコントロールを行っている。昨今はこの自律神経系の乱れがずいぶん取りざたされているが。
ところが、潜在意識の働きというものは、それだけではない。意識の上では忘れてしまっている記憶が、この潜在意識の中にしまわれている。それは、いやな思い出だったり、とるに足らない出来事だったりするが、すべての感情・記憶を再び思い出すことができる。それは、近年退行催眠療法がさかんになるにつれて、事実として確認されてきている。
フロイトが証明した潜在意識の存在は、フロイトは支持していなかったが、スピリチュアルな意識の世界と同義語である。それにいち早く気づいたのがユングであった。
 ユングが、気づいたように潜在意識の領域の中に、様々な働きをしている力がある。潜在意識の様々な働きを理解し、応用することは、大変重要なことに思える。それは、自分自身の未来の選択や創造に関して大きな影響力を持っているからである。マーフィーやナポレオンヒルなどの願望実現に関する著作を読んでいると、一定の法則が見えてくる。簡潔に言ってしまえば、潜在意識は思考を現実化させる。ということだ。
 普通、私たちは何かを現実化させるときは、意志の力を使っていると考える。望み、計画し、行動し、成就させる。いわゆる意志力をベースとした行動力=物理的因果関係の成果である。現実化しない場合、それは意志が弱かったり、行動力が伴わなかったり、あるいは、客観的な条件が揃っていなかったためと考える。そこに、潜在意識はどうかかわっているのか。通常考えられない奇跡や幸運・そして夢や志の成就に関して、力を発揮する事が「潜在意識=スピリチュアルな意識の世界」による成功法則である。

人の深層的行動パターンは、愛と不安

2005年03月26日(土) 12時04分29秒 テーマ:スピリチュアル
 この「娘を探す母」のブログに寄せられた善意の人たちのトラックバックやコメントは、「愛」をベースとしていることは、誰の目にも明らかです。
 悪意や面白半分のごく少数の人たちの場合は何なのでしょうか。けして悪という絶対的な何かがあるのではなく、「愛」が非常に希薄で遠い状態であるところの「不安」なのです。
 言い換えれば「恐怖心」といえます。生まれたばかりの赤子が、母親に抱かれて無条件に「愛」を感じている姿を思い起こしてください。もし、無理やり母親から「離れて」温もりが感じられず、希薄になればなるほど赤子は不安に駆られ恐れという心の状態を作り出します。
スピリチュアルな観点で言えば、この宇宙・世界の大本は「愛」と言うことができます。
悪意、抽象、無責任といった好ましくない発言や行動をしてしまう人たちは、心の大本の状態が「不安や恐怖心」になっていて、そういったものを拠り所にして「脅迫や支配」といった手段で、他者をコントロールしたり、影響を与えたり、あるいは自分が優位に立とうとするのです。梅原氏が言うようにその行為が、必ず成功するわけではありませんが。
 肉体的な不安や恐怖というのは、生物が生存するために埋め込まれた防衛本能ですから、無視するわけには行きませんが、精神的な「恐怖による防衛本能」は、ものごとを破壊的に進めていきます。どちらを選択して生きていくかが、自分が何者であるかを決め、未来を決めていくのです。
 

娘を探す母親のブログ

2005年03月26日(土) 11時36分52秒 テーマ:ブログ
 つぐみ、どこにいるの?
 偶然見つけたこのブログは考えさせられました。ひょっとしたら私のブログも役に立つかもしれないと思いここにご紹介しておきます。
 ブログの輪が効を奏して1日も早く娘さんが見つかることを切に希望しています。
このブログには、300を越すトラックバックと数え切れないコメントが寄せられています。私が訪れたときには、コメント禁止がなされる前でしたが、ほとんどのコメンテーターは善意で愛のあふれるものでした。ほんとに涙があふれ、感動しました。
 もちろん中には、耳をふさぎたくなるような、眼をそらしたくなるような悪質なものもありましたが、多数の善意に賞賛を送りたいと思います。
 以前、インターネットが「スピリチュアルな世界=霊界」と良く似ているといいましたが、この善意からなる集団と悪意からなる集団が、存在するということもその類似性のひとつです。けして向こうは天国=パラダイスと言うわけではありません。
 もうひとつ、「娘を見つけたい」と言う意図がひとたび発せられると、その意図は思いを同じくする意図との間に連関を創り出し、ある種のパワーとなって広がり、物事が勝手に、自然に進んでいくのです。そしてそのパワーが強く、大きなものになれば、物事は成就していきます。この様も、「霊界」と「インターネット」との類似性のひとつです。
 

「来世主義者」とは 梅原猛さんの「思うままに」から

2005年03月26日(土) 10時43分22秒 テーマ:ブログ
 中日新聞コラム、梅原猛著「思うままに」の3月14日版「来世主義者 永遠の真・美を求めて」に目が止まりました。読んでみると著者のいう来世主義は、スピリチュアルなものではありませんでしたが、「真の学者や芸術家は来世主義者であると思っている。」としてその理由に優れた芸術家や、後世に名を残す学者たちが生前は認められずにいたことの例をあげて、「学者や芸術家はしょせんこの世の名や富を求めず、永遠の真理あるいは永遠の美を求めている人間であることを物語る。そういう意味ですぐれた学者や芸術家は来世主義者であるetc。」としています。しかし政治家や実業家の世界だけでなく、学者や芸術家の世界においても、醜く汚い人間がいることを指摘しています。
 表と裏の顔が違ったり、自分の欲望のために陰謀を試みたり、人を平気で裏切ったりする人間はどこにでもいるのです。
 「しかし真の学者や芸術家はそのような醜い偽りの学者のたくらみや裏切りによって決して傷つくことはない。彼らはそのような世界の醜さ、汚さをみればみるほどいっそう真なる世界、美なる世界を創造することに情熱を燃やすのである。その意味で真の学者や芸術家は不死身なのである。」(「」内はすべて引用です)
 私たちは、学者や芸術家ではありませんが、スピリチュアルな観点でも、自分の心と、言葉と行動が一致している存在でいたいものです。この三位一体であることも、うまくいく人といかない人との差となります。人の意識から発せられたすべての意図は、それ自身それを成就させようとする力を持っています。感じていることと言っている言葉やその行動が違っていれば、その意図のベクトルは相殺され力を失ってしまうのです。
 (高名な哲学者である梅原猛さんが、スピリチュアルなものに関心がないのはとても残念でした。)

RSSリーダーが使えるかも。

2005年03月25日(金) 11時11分26秒 テーマ:読者登録できない方へ
読者登録は、アメーバブログの会員にならないとできないので、不便です。
色々探していたら、gooに、面白いソフトが出ていました。自分の選択したブログが更新されると自動的に更新情報が見られるようです。
私のPCは、98seと2000で、しかもブラウザーがネスケなので、推奨環境になく、実際には試していませんが、良かったら使って見てください。インストールは無料だそうです。
もちろん、goo以外のブログも対象です。

gooRSSリーダーのサイト
http://reader.goo.ne.jp/install.html

「誰も知らない」是枝裕和監督の言ってたこと。

2005年03月25日(金) 09時12分09秒 テーマ:ブログ
NHKTVに、第57回カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受けた柳楽優弥君と監督の是枝裕和さんが、出ていました。とてもおおぜいのオーデション参加者のなかから、栁楽君を選んだポイントについて、監督は「役者らしくなさ」を筆頭に上げていました。賞の選者から「本当の家族みたいに自然な演技ができている。」と言われ、見る人に新鮮な感動を与えたその理由が、オーデションでの栁楽君との出会いにあったというのです。
そして、この映画の成功のポイントを聞かれて、さらに監督は言っています。
「偶然の出会いを、逃さないことが大事。」
偶然の出来事や、出会いの中から素晴らしい発見や幸運な要素を見出すことを「セレンディピティー」と言います。ユングのシンクロニシティー(共時性)よりも欧米では盛んに使われる言葉です。同名の映画やショップなどもできています。男女の出会いのロマンチックな物語りに使われることが多いようです。
一見偶然に見える出来事や出会いの中から、心のアンテナに引っかかる何かを見出していく感度。その感度が低い人と高い人の差が、うまく行く人そうでない人の差となって出てきます。
感度の高い人は、極めて高い目的意識を持っていることが多いようです。是枝監督の場合も、どう言う映画にして行きたいかという明確な目的意識が、柳楽君を見出したわけです。撮影の仕方も、徹底していたと言います。台本を事前に渡さず、その場で台詞を説明しながら、すべての場面を撮影したと言うのです。すごいですね。強烈な目的意識。自然な家族(兄弟・姉妹)を映し出したい。という監督の狙いは、人選から撮影手法まで一環しています。
揺るぎ無い信念と目的意識は、物事を成就させる必要要件です。





タイトル: 誰も知らない

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