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平成22年度 森田ゼミの皆さんへ。

2010年12月02日(木) 23時13分50秒 テーマ:森田ゼミ2
ようこそ。森田ゼミへ。

このゼミも11年目を迎えました。
今年も、チョプラ先生の著作を軸に講義をさせていただきます。

ですが、
ぜひ、このブログに紹介している聖人・賢人の著作は、
目を通していただきたいものです。

中村天風師の著述。

王陽明の思想。

もうこれだけで、頭が痛いですか?

では、読みやすいストーリー物で行きましょう。

「ミュータント・メッセージ」
これは、実話です。

「ヨーガに生きる」
これは、伝記ものです。

それでも抵抗があるなら、
エンターテイメントはどうですか?

「居眠り磐音 江戸双紙 陽炎ノ辻」

月に1冊の書物を読めない「経営者」は、
ダメ経営者です。

天は自らを救うものを救う。

私に奇跡は起こりますが、
私の部下・社員に同じように奇跡が起こることはありません。

私は救われますが、
ゼミ生が、同じように救われるとは限りません。

撒いた種しか、実らないし、
自分の心の中の「種」が、
物事を決めているのですから。

とはいえ。
私は皆さんのために「幸運」を祈ります。

私は自分のために、「誓い」を起てます。

さて、一緒に精進しましょう。


無い物ねだりはやめて、あるもの探しをしよう。

2010年12月11日(土) 17時06分04秒 テーマ:推薦図書・ビデオ紹介
私たちの不幸は、
無い物ねだりから始まっています。

これが足りない!
あれが足りない!

こういったことができない!
ああいったことができない!

勉強ができない!
数学がわからない!?
英語ができない。
ちっともわからない>

時間が無い。
お金が無い。
知識が無い。

場所が無い。
やり方がわからない。
使い方が無い。
道具が無い。

人材がいない・・・・・・。

こういった考えは、自分で自分を束縛しているだけの暇つぶしです。
自縛思考っていうか。

多くの物や、お金を必要とせず、収入を必要最小限に減らしながら、
充分な時間と、自分の望むことだけをして、
なおかつ、社会的にも貢献し、多くの人に大きな影響を与え続けている人がいました。

「減速して生きる ダウンシフターズ」
という著作を出された、髙阪 勝さんです。

ヒマで儲からないのに6年間黒字!
ちっぽけなオーガニック・バー店主の
目からウロコの減速ビジネス&ライフ入門
(帯から引用)

「無い」ことによる恐怖から、
人は不幸になり、
また、戦争も起こっているのです。

私も、ダウンシフターズになろうっと。思ってます。

減速して生きる―ダウンシフターズ/高坂 勝

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思考の次元 2点間の距離

2010年12月11日(土) 17時32分55秒 テーマ:教育・心理
最近の考え事というと・・・・・。

思考の次元 見たいな事です。

「どうして伝わらないんだろう?」
「なぜ、そんな無駄なことをしているんだろう?」

そんな場面って誰でもよく経験するんじゃないでしょうか?
そういうモヤモヤとした思いのまま、考えていて、
「思考の次元の差」ということに思い当たりました。

次元といえば、
私たちの暮らす地球・宇宙。
アインシュタイン風に言うと、4次元時空間。
地上では、いわゆる3次元世界に住んでいますよね。

僕たちは、地面の凹凸、山や谷。
これらを把握できますが・・・・・。

もし、2次元に暮らしている生物もしくは知性体がいたとしたら、
どうでしょうか?

たとえば、
大きな紙の上を「蟻」が歩いていきます。
まっすぐには、歩いていきません。あっちへいったり、こっちへいったり。
彼らは、基本的に触覚を使って前に進んでいるように見えます。

その場合、「2点間の距離」は、
自分の歩いた「歩数」でしか把握できないのではないでしょうか?
つまり、「2点間の距離=最短距離」なるものは、理解できないのではないか?

紙を上から見て、初めてその2点間、移動した距離=歩数と最短距離の違いがわかる・・・・・・。
紙を上から見るということは、3次元的知性にしか、分からない・・・・・。

そのような差が、人間にもあるのではないか?

蟻には、うろうろ歩く理由があって、
私にしても、蟻がまっすぐ歩いてくれなくてもちっともかまいませんが・・・・・・・・。

思考の次元 掛け算と足し算

2010年12月11日(土) 17時58分24秒 テーマ:教育・心理
僕らは、何気なく数を数えます。
さすがに、算数や数学が苦手だった人でも。
数を数えることは何の苦労も無いはずです。

でも、世界には、3以上の数を数えられない「文化」の地域があったりしますし、
幼児は、「教育」をうけて数に対して知識を深めて生きます。

数の概念というのも、「思考の次元」が、見られる例ではないでしょうか?

子供のころ、「いくつある?」
という問いから、数というものを学び始めました。
「この飴は、いくつある?」
「うーーーん。9個!」
なんて、やってましたよね。

「じゃぁ。9個の飴をみんなで分けよう!」
この場合、みんなとはもちろん3人のことです。

子供たちはどうするか!

9個の飴を、順番に「みんな」のまえに、置くのです。
「ひとーつ、ふたーつ・・・・・・・ここのつ。・・おしまい!」
と、無事3人に3個づつ配れましたね。

もし、あなたならどうします?
みんなの前に、3個づつおいて、配りますよね!

子供たちの、この配る作業は、数が増えてくると大変です。
あなたがやれば、割と簡単。

数を数えることができる。そして足すことができる・・・・という思考の次元と、
掛け算や割り算ができる・・・・・・という思考の次元。

掛け算、割り算を知っている私たちは、「考える」までもなく、すぐに答えが分かります。
でも、子供たちは実際にひとつづつ足していかないと答えがでません。

つまり、考えなくても分かること。
やってみなくても、わかること。


考えなければ、分からないこと。
やってみなければ、わからないこと。

ここに、厳然たる「思考の次元の差」が見て取れます。

思考の次元 ゲーデルの不完全性定理

2010年12月11日(土) 22時14分39秒 テーマ:教育・心理
私、決して数学系で、高度な知識と理解(並びに修練)を得ているわけでは在りませんが。
根がSF系なので、先進科学や数学の概論には、大変な興味を持っております。

「思考の次元」という概念の、おそらく最高級な命題のなかのひとつが、
ゲーデルの不完全性定理だろう。
と漠然に感じています。


また、私たちの「言語」にあって、しかも理解不能なもの・・・・。
たとえば、「無限」そして、「ゼロ」

どんな数も、ゼロをかけると答えは「ゼロ」
そう習いましたね?
ゼロは、完全な「無」いくら足しても、「無」は1にならない・・・・・。

ふうむ。そりゃそうだ。
となっとくしたような・・・・・・・・。

でも、では、ゼロをゼロを割ったら?いくつ?
ゼロという同じもの同士を割れば・・・・・・・・・。答えは「1」?

1×0=0
両辺をゼロで割ると、
1=0/0

つまり、ゼロをゼロで割ると・・・・「1」
・・・・・・・・・・・・・ちょっと待って、

では、
2×0=0
両辺をゼロで割ると・・・・・・。
2=0/0

どんな数字でも答えは同じ。
0/0は、すべての数となる・・・・・・・・。
これって、「無限」ですか?

私は思うのです。
ゲーデルのいう、「いかなる数理(数学及び論理)システムにおいて、すべての真理を証明できない」・・・・・ことを証明した.。」という言葉の現実的な示唆は、
私たちが使っている「0=無」および「無限」という概念に象徴されていると・・・・・。

ゼロという概念、そして無限という概念を理解できないまま、使っているということは、
すなわち、そこに、私たち人間(3次元存在)の思考は、
次元の限界を持っているということなのではないでしょうか?

もっと身近な言いかえを大胆にすると、
掛け算を知らないものにとっては、
掛け算は、「無」もしくは「無限」に感じるのではないでしょうか?

※リーマン球によって、2次元数学(xy平面)上現れる虚数や、無限・0の3次元的表現が可能になったことが、印象的です。
やはり、 思考の次元があがって初めて理解できるというのは、現実なのです。








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思考の次元 定義の理解

2010年12月11日(土) 22時40分25秒 テーマ:教育・心理
子供たちに、掛け算を教えるとき、
2×2は、4だよ。
っといっても、
「えっ。なんで・・・・・。2+2が4だよ。」
っていわれます。

もう、大人の私たちは、忘れてしまっていますが、
足し算と、掛け算には、「思考の次元」を上昇させる「苦難」が伴っていたのです。

掛け算の定義は、「A×B=AをB回足したもの」
つまり、2×2は、2を2回足す・・・・・・。
2×2=2+2
2×5=2+2+2+2+2+=10

となるわけです。

この定義に従えば、
3×5は・・・・・・・・・15。

子供たちは、3を5回・・・・一所懸命足して答えを出します。
では、
9×90は、・・・・・・・・・・・。

これは、100マス計算でトレーニングされた子供でも、難儀なことです。

私たちは、ほとんど考えなくても、810という答えが出ます。

考えなくてもわかる・・・・・・という「思考の次元。」

9を90回足すということ、をしないと答えが出ない次元。

「掛ける」という言葉・概念の「定義」を知るだけでは、

「考えなくてもわかる」
という、思考の次元の上昇は在り得ないと言うことです。

掛け算を考えなくてもわかるためには、
「九九」という「ツール」の習得が必要です。
















思考の次元 累乗の壁

2010年12月13日(月) 17時48分39秒 テーマ:教育・心理
あ)3 6 9 12 15 18

こんな数列を見たとき、
私たちは、直感的に九九の3の段だとわかります。
では、これはどうでしょうか?

い)4 9 16 25 36 49 64

う)8 27 64 125 216 343 512

よーく、眺めていると、
い)は、2から8までの二乗の数だと、思いついた方もいるでしょね。

でも、ほとんどの人は、
う)が同じく2から8までの三乗した数だとは・・・・・、
考えて、計算してみないと、
わからないのではないでしょうか?

累乗計算は、「Aと言う数をB回掛ける」という定義になりますが、
この定義を知っていても、直感的に把握することは限界があります。

たとえば、64という数字を見ても、偶数だから2で割ることができる・・・・・・・。
と感じても、2を6乗した数字とは、普通思いません。

ですが、8を2乗した数字だなんて感じる人はいるかもしれません。

累乗計算は、同じ数字を掛けて行く訳ですが、
違う数字を3回とか、4回掛け合わせたときでも同じです。

順に数字を掛けて、その積にまた次の数字を掛けていく・・・・・・・。
そのように、考えて・・計算していかないと答えが出ません。

これは、「掛け算とは、Aという数字をB回足したもの」
という定義を、そのとおり足していって答えを出すことと、全く同じ構図です。

九九によって、直感的に・・・・考えなくても分かる・・・・
掛け算の時のようなツールが、3乗以上の計算には、無いからです。

私たちの思考の次元は、二つの数字を「掛ける」ところで、留まっているようです。

思考の次元 平面と空間

2010年12月13日(月) 18時30分39秒 テーマ:教育・心理
僕らの、思考の次元が「二つの数を掛ける」という次元で、
留まっているのは、私たちが3次元の空間世界に暮らしているからではないでしょうか?

「2点間の距離」のところで考察したように、平面上の2点間の距離(最短距離)は、3次元の空間に暮らしていないと、把握できないとすると、
2点間の距離は、足し算引き算に相当して、いわゆる数直線上の概念=1次元ですが、一応2次元に暮らしている存在は、経験上、面という認識を得ます。

例えば、自分の足跡を着けてまっすぐ充分に歩き、進行方向左へ曲がる。
そしてまた、10歩、歩いて、左へ曲がる、そしてまた10歩、歩いて左に曲がると・・・・・。
運がよければ、2回曲がった後、自分の足跡に遭遇します。
すると・・・・・進行方向左側は、自分の足跡に囲まれた部分だということになります。
これが、
2次元の存在の、2次元「面」の認識です。
それなりに、知性が発達すれば、その「面」の「広さ」を定義づけしたりするでしょうが・・・・・・・。

その面がどのような真実の形をしているかは・・・・・・・・。
きっと分かることは無いでしょう!

上から見ないと本当の形は、見えないからです。
私たちから見ると、足跡をつないだ「線」が、くねくね曲がっていたり、平面に凹凸があっていびつだったり・・・・・・・。そんなことも分かりますが。

2次元の存在には、意味を成しません。

だとしたら、私たち3次元の存在は、空間というものを「それなりに理解」していたとしても、
「真実の空間」というものは、決して理解できない。!のではないでしょうか?
空間とは、縦・横・高さの3つの数値を掛け合わせたものですから、
掛け算を3回する世界です。

私たちの「思考の次元」は、「真実の空間認識」には届いていないようです。

「えっ!そんなことはありえない?だって、私たちは直感的に空間を把握してるでしょ!」
なんていう意見もあるでしょが・・・・・・・・・。

どうでしょうか?
1辺が10センチの正方形があるとします。
ちょうど面積が倍になる正方形を書いてみてください。
これって直感でできますか?計算や計らずに・・・・・。

では、1辺が10センチの正立方体で、容積が倍になる正立方体を粘土で作る場合は、どうでしょう?粘土の重さが頼りですかね?

長さが10センチの線を、倍に伸ばす・・・・直感で・・・。
これならかなりの精度でできると思いますが・・・・・・・・。

思考の次元 子供と大人

2010年12月13日(月) 21時30分11秒 テーマ:教育・心理
算数や理科(というか物理)的な局面での、生身の人間としての思考の次元は・・・・・・・。
1次元、2次元に留まる・・・・・・・。実際に暮らしている3次元世界の真実の姿は、私たちには本当のことは直感できないのではないか?

そんなことを考えてきました。

宇宙は、11次元でできているというのが、最近の理論物理学の趨勢です。
私たちは、3.5次元(
時間を含めたら4次元時空間なのですが・・・
時間について私たちは確かな概念は持ち合わせていませんので、とりあえず・・・・・。
3.5次元・・・・・・。
でも空間についても真実の把握はできないとなれば・・・・。
2.5次元なのかも・・・・・・・?)

生まれたての子供たちは、見えない世界=あの世の記憶を少なからず持ち越してきます。

前世の記憶を持つ子供たち。

私も、あなたも生まれる前は、そのあの世の記憶を持っていました。
言葉をしゃべらない乳児は、この世に生まれても、あの世の「センス」で、生きているのでしょう。
恐怖も無く、思考も無く・・・・・・・。文字通り「無垢」の赤ん坊です。

でも、催眠療法・前世療法、あるいは瞑想などで、語られる乳児・胎児の頃の記憶は、
すべてを把握していて、カメラのように、そのときの記憶を語ります。

2歳・・・・位から、母語を覚え始め・・・・・。
その言葉とともに、前世・・・・あの世・・・・・.
高次元の記憶や把握を捨てていきます。

そして、
この3次元空間=地上の暮らしに必要な、思考の次元を身につけていくのです。

言葉を覚え、言葉によって様々なことを表現していく「この世界」は、まさに3次元的教育によって、固められます。

「ことば」にできない印象・概念、それらは。切り捨てられていくわけです。

ただ、芸術やスポーツなどは、言葉を超えた世界を、この世に表現しようとしています。
文学や哲学・宗教などは、言葉によって「言葉で表せない・・・何か」を表現しようと苦悩します。

子供たちは、高度の次元から・・・・。
この3次元の世界へと順応することを「言葉」によって成し遂げようとしているようです。

さて、その言葉には・・・・・・・・・。
次元的「格差」はあるのでしょうか?

低次元の言葉・・・・・・・・・・・?
高次元を表現する言葉・・・・・・・・・・・・?

数的な次元、物理的な次元・・・・。
それだけでなく、精神的な次元というものはどうなんでしょうか?

考えなくても分かる・・・・・・・。
これが、次元の階層の「キーワード」だと思えます。

思考の次元 田沢湖と諫早湾・・・・宍道湖。

2010年12月15日(水) 23時16分11秒 テーマ:教育・心理
さかな君のひょンキーな声が、ラジオから飛び込んできました。
70年前に絶滅したとされた、クニマスが、西湖で確認されたというニュースでのことです。

ニュースでは、田沢湖の近くを流れる河川の水を、田沢湖に人為的に引き入れたとき、
湖水の水質が酸性に変わって・・・・・。
世界に田沢湖にしか生息していなかった固有種のクニマスが、絶滅した・・・・と報じています。

ただ、なぜその絶滅したクニマスが、富士五湖の西湖で確認されたのかというと・・・・。
絶滅の数年前に、田沢湖から西湖へ10万個のクニマスの卵が、搬入されたことがあって、
その卵たちの子孫が、70数年たって今回確認されたという顛末です。

絶滅したとされる「種」が、あらたに発見というかまぁ確認されたことは、大変喜ばしいし、
そのきっかけが、さかな君だというのもほほえましいことです・・・・・・が。

スッキリしないことが、いくつかあります。

西湖の漁師さんたちは、今回確認されたクニマスをずーっと以前から・・・・。
おそらく卵が搬入された後・・・・しばらくたって充分に繁殖した頃から、
日常的に目にし、漁をしてきたことだと思います。
西湖では、それをクロマス・・・・・形は姫マスで、色が黒いから・・・・。とずっと呼んでいたそうです。

漁師さんに責任は無いにしろ・・・・
地元の水産研究者や、学識者の目に留まらなかったのは、
どうしてでしょうか?
ひとえに、田沢湖のクニマスの絶滅が、大したニュースでなかったことを想像させます。

また、10万個のクニマスの卵が、何のために運ばれ、その当事者たちは、その後何をしていたのだろうか?
という疑問が生まれます。
田沢湖のクニマスが、絶滅したと知れば・・・・・・。あの西湖の卵はどうなっているか・・・・?
研究なり、探求が行われていても、不思議ではありません。
当然(今の私たちから見れば・・・)
衆目を集めたのではないでしょうか?

その後、失われた地元の固有種を取り戻そうと、
1998年までは、田沢湖のクニマス発見に500万円の懸賞金も、掛けられていたそうです。

田沢湖のように、人為的に・・・・、といっても当時の「人智」を集めて・・・。
環境を大幅に変えてしまった、湖沼・湾は他のもあります。
八郎潟干拓地、宍道湖、そして、今再びニュースになっている「諫早湾」

こうした、人智による環境変造・・・・・・・。ダムとか、干拓とか、河川の堤防とか・・・・。
こういった意思決定も、やってみて、不都合が現出してみないとわからない・・・・・・・。

考えなくても分かる・・・・というのが、思考の次元の高さだとすると、
私たちの歴史は、思考の次元の低さが「現実化」しているのかもしれません。

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