詣でること。
テーマ:ブログ皆さん、新年明けましておめでとうございます!!!!!
こうして無事2008年を迎えることができて、本当に感謝の気持ちで一杯です。
皆さんはこのお正月、どう過ごされましたか?
帰省、書初め、初日の出、年賀状、おせち、お年玉、新年会、etc...。
多くの言葉が頭をよぎりますが、年々それらから遠ざかっていくのが世の常。
特に携帯電話やインターネットの普及で時間と空間の区切りが際限なく細かくなった今だからこそ、自ら積極的にはたらきかけて少しでも正月気分を味わうことが大切なんだと思います。
さて、2007年最後のライブとなった京都・新風舘でのカウントダウンライブに参加させていただいた後、僕たちキッサコは3人で京都・烏丸にある“護王神社”に初詣に行ってきました。
その日泊まっていた所に近いということでたまたまそこに詣でさせていただいたんですが、その道すがら目に飛び込んできたのが、「足腰の守護神」の看板!!
10代の頃から悩まされつづけてきた僕の「ガラスの腰」に、新年早々あり得ない程の朗報ではありませんか。
そのご利益の有難さに、僕は
「頼みます!ひとつ頼みます!!」
と、二拝二拍手一拝のところを、欲張って一〇八拝もしてしまいました。
・・・・・年明け早々、欲張るものではありませんね。
翌朝目覚めたら、お辞儀の反復運動からか、昨夜までは良好だった腰に半端でない筋肉痛がもたらされました。
拝殿で10分もの間熱心にお辞儀を繰り返す僕を見て、他のメンバー二人はきっと「なんてキッサコ思いの奴なんだろう」と感心したことでしょうが、そんな二人の気持ちに対する裏切りへの、足腰の守護神からの報いでもあったのでしょう。
ところが、僕は何もキッサコを忘れて私利私欲に走った訳ではございません。
その二日後の1月3日、愛媛での今年初ラジオ・初ライブをさせていただいた後、地元・奈良へ帰郷してから、高校2年の時のクラスメートと集まって我が世界に誇る“春日大社”に再び詣でる予定があったのです!!
そして本日、10年近くぶりに春日大社に行ってきました。
三が日の最終日ということで、元日に比べると多少は人も少なかったとは思いますが、その分ゆっくりと久しぶりに見るその風景を堪能できましたし、再会できた級友たちとも楽しく話しながら境内を歩くことができました。
まず何よりも初めに僕の心をガッチリ捉えたのは、高校当時なら辟易するほど見慣れていたはずの、鹿。
「うわ~、せやせや、ほんまにこうして我が物顔で闊歩してたわ!」
と、はからずも心は躍り始めてしまいました。
そして次にマイハートをキャッチしたものは、参道脇に設置されていた、「携帯用NARAストラップ」のガチャポン。
薬師寺、法隆寺、鹿、「柿食えば・・・」の句、そして高校時代毎日通った奈良駅の5種類あるそうで、僕と友人2人が回して当たったのは両方とも法隆寺ストラップ。
実家が法隆寺の隣町にある僕は、一回目に回してそれが当たった時
「うおおをを~~~!!」
と歓喜の声をあげたのですが、二人目にまた法隆寺が当たった友人はさすがに苦笑いをしていました・・・。
そうこうしているうちに、一行はようやく拝殿へとたどり着き、やっと僕にとって今年本意気の“お祈り”をする時がやってきました。
三日目とはいえ、ここはやっぱりかなりの人込み。
僕は泳ぐようにかき分け、何とかして最前列へと出ました。
ここで、キッサコの麻生優作として、「無心」に努めてお祈りをしてきました。
何度お辞儀をしようと、いくらお布施をおさめようと、大切なのはこの「無心」にあるのだと思います。
本能の無心から出て、人間的有心に出たが、この有心を今一度無心の世界へかえしてしまわなければならない・・・。
この、ただの無意識ではない、かといって有意識からまた無意識の自分を意識するのでもない、極めて困難な境地に達するには僕はあまりにも未熟ですが、あくまでもこの場合はそれを努めることが大事だと思い、手を合わせました。
日々の些事の中では忘れがちなこういう事に気づかされるのもまた、正月のいいところですね。
そして、ついにやってきた“おみくじ”の時!
護王神社では敢えて引かずに、ここ一番で引こう!と決めていた春日大社のおみくじ。
小心者の僕は、あらゆる割り切れないものの真偽を問いただす一方で、その中にあり得る何がしかの価値を見出そうとしては鵜呑みにしてしまうため、いつもはTV番組の占いも見ざる聞かざるを決め込んでいたんですが、キッサコにとって勝負年である今年ばかりは、“運”というものから目をそむけてはならない!!!と思い、半泣きになりながら恐る恐るおみくじを引いてみました。
肝心な結果は・・・言ってしまうのも何か味気ないので、ご想像にお任せします。笑
そうしてクライマックスを終えた初詣を後にして、一行は次に予定していた新年会のお店に向かいました。
するとその道すがら、僕たちの目になんとも素敵なお茶屋さんが飛び込んできたんです。
「あたたかいわらびもち、有りマス」
寒風吹きすさぶ奈良盆地に咲いた、一輪の花。
その看板の文句に、誰からともなく「ここ、入ろうや。」と言い出しました。
この、いきあたりばったりで、自己主張のない奈良の若者特有の意思伝達。嫌いじゃありません。
「こんにちは~。」
僕らはご当地グルメレポーターのような心持ちで、暖簾をくぐりました。
出迎えてくれたおかみさんに案内されて入ったのは、なんとも風情のある茶室。しかもめちゃめちゃ暖かい。
すっかり温泉旅行気分になった一行は、自然と思い出話にも花を咲かせます。
二列に向かい合って座布団に座り話をしていると、先ほどのおかみさんがお抹茶とわらびもちを運んできてくれました。
時代劇に出てくる茶団子屋さんのような気軽さで食べられるのかと思いきや、すごく丁寧なご作法で振る舞ってくださったので、さっきまであぐらをかきながら手を叩いてキャッキャ笑っていた友人も急に背筋をピンと伸ばして正座をしたのが、なんとも味のある画になりました。
モグモグ・・・
「美味しいな~~」
「ほんまやな~~」
これまた奈良の若者特有のまったり感溢れる会話で、ゆっくりと時は流れて行きます。
思いの外良心的なお茶代に内心胸を撫で下ろしつつお店を出て、一行は再び次の目的地へと向かいました。
県立図書館の方から向かった往路とは変えて、興福寺を通って猿沢池に出る道で奈良駅の方へと戻っていったんですが、これもまた僕の大好きな風景が広がる道なんです。
豪奢や絢爛というのとはまた違う、悠久の時を経て初めて流れる、ゆったりとした時間がそこにはある。
当時の、そこに居た人々を偲ばせる、“イメージの隙間”がある。
高校時代、「今日は気分が重いな」と感じた朝には、一時間目が始まる頃には気づけばそこに足を運んでいた、なんてこともあったり、なかったり。笑
そんな思い出にも耽りつつ、予約を入れていた次の店にたどり着きました。
なんとも綺麗なお店。入って少しびっくりするほどの内装に、思わず「みんな社会人になったんやな~」と感動しきり。
そこに入る前に、また入ってからも別の予定がある(Uターンしなければならない)のでお別れしなければならないクラスメートもいましたが、その後もまた二人その“二次会”に参加してきました。
そのひとりひとりとは会うことはあっても、こういう機会でないと揃わない面子というのもあって、それによってまたこの集まりの空気感もまったく違って来るんですね。
それまでは結構まったりムードだったこの新年会も、新しいメンバーが揃うことで一気にテンションが上がりました。
もう、ご飯そっちのけでみんなゲラゲラ笑いっぱなし。普段使わない体中の笑い筋が引きつりを起こすほどでした。
ただ、そんな中でも、一人が持ってきた高2の修学旅行の時の映像などを収めたDVDを鑑賞するなどしてはまた懐かしがったり、互いに近況を語り合うなどして、久しぶりに集まるお互いにみんなが「頑張ってるな」と称え合えるような時間もあったり。
その、ハイテンションとまったりのまだらの時間が流れ、またみんなに少しずつ酔いも回り出して、気づけば一種独特の気持ちのいい空気ができあがっていました。
でも、そんな時間も、いつまでも続くはずもなく・・・。
いつの間にか、帰る時間になっていました。
今度は、いつ会えるかもわからない。
次に会った時には、また誰かが結婚しているかもわからない。
今とはまったく違う道を歩んでいる人もいるかもわからない。
こういう別れの時間には、「また、いつでも会えるさ」と思ってしまうけれど、そう思っているうちに何年も会えなくなってしまった仲間も、実際にいるんですね。
そう思うと、この日記を書いているこの今もすでに、少し心が寂しくなってきます。
けれど、きっとそれ以上に、今日会えたみんなから貰った“温かさ”は、明日からの僕をずっと支えてくれるのでしょう。
その分だけ寂しさも強くなるのだとすれば、その寂しさもたぶんそれを感じられる自分自身がまだ持てている心の温もりの証なんだと思います。
この年始めに、僕が過ごした今日のような一日が、きっと皆さんにも2008年を駆けて行く糧として訪れたことを、そしてこれからも訪れることを、お祈りしています。



















