2008-01-04 06:49:39

詣でること。

テーマ:ブログ


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皆さん、新年明けましておめでとうございます!!!!!


こうして無事2008年を迎えることができて、本当に感謝の気持ちで一杯です。



皆さんはこのお正月、どう過ごされましたか?


帰省、書初め、初日の出、年賀状、おせち、お年玉、新年会、etc...。



多くの言葉が頭をよぎりますが、年々それらから遠ざかっていくのが世の常。


特に携帯電話やインターネットの普及で時間と空間の区切りが際限なく細かくなった今だからこそ、自ら積極的にはたらきかけて少しでも正月気分を味わうことが大切なんだと思います。



さて、2007年最後のライブとなった京都・新風舘でのカウントダウンライブに参加させていただいた後、僕たちキッサコは3人で京都・烏丸にある“護王神社”に初詣に行ってきました。


その日泊まっていた所に近いということでたまたまそこに詣でさせていただいたんですが、その道すがら目に飛び込んできたのが、「足腰の守護神」の看板!!





10代の頃から悩まされつづけてきた僕の「ガラスの腰」に、新年早々あり得ない程の朗報ではありませんか。



そのご利益の有難さに、僕は

「頼みます!ひとつ頼みます!!」

と、二拝二拍手一拝のところを、欲張って一〇八拝もしてしまいました。





・・・・・年明け早々、欲張るものではありませんね。


翌朝目覚めたら、お辞儀の反復運動からか、昨夜までは良好だった腰に半端でない筋肉痛がもたらされました。



拝殿で10分もの間熱心にお辞儀を繰り返す僕を見て、他のメンバー二人はきっと「なんてキッサコ思いの奴なんだろう」と感心したことでしょうが、そんな二人の気持ちに対する裏切りへの、足腰の守護神からの報いでもあったのでしょう。



ところが、僕は何もキッサコを忘れて私利私欲に走った訳ではございません。



その二日後の1月3日、愛媛での今年初ラジオ・初ライブをさせていただいた後、地元・奈良へ帰郷してから、高校2年の時のクラスメートと集まって我が世界に誇る“春日大社”に再び詣でる予定があったのです!!



そして本日、10年近くぶりに春日大社に行ってきました。



三が日の最終日ということで、元日に比べると多少は人も少なかったとは思いますが、その分ゆっくりと久しぶりに見るその風景を堪能できましたし、再会できた級友たちとも楽しく話しながら境内を歩くことができました。





まず何よりも初めに僕の心をガッチリ捉えたのは、高校当時なら辟易するほど見慣れていたはずの、鹿。





「うわ~、せやせや、ほんまにこうして我が物顔で闊歩してたわ!」


と、はからずも心は躍り始めてしまいました。



そして次にマイハートをキャッチしたものは、参道脇に設置されていた、「携帯用NARAストラップ」のガチャポン。





薬師寺、法隆寺、鹿、「柿食えば・・・」の句、そして高校時代毎日通った奈良駅の5種類あるそうで、僕と友人2人が回して当たったのは両方とも法隆寺ストラップ。


実家が法隆寺の隣町にある僕は、一回目に回してそれが当たった時

「うおおをを~~~!!」

と歓喜の声をあげたのですが、二人目にまた法隆寺が当たった友人はさすがに苦笑いをしていました・・・。



そうこうしているうちに、一行はようやく拝殿へとたどり着き、やっと僕にとって今年本意気の“お祈り”をする時がやってきました。


三日目とはいえ、ここはやっぱりかなりの人込み。


僕は泳ぐようにかき分け、何とかして最前列へと出ました。



ここで、キッサコの麻生優作として、「無心」に努めてお祈りをしてきました。


何度お辞儀をしようと、いくらお布施をおさめようと、大切なのはこの「無心」にあるのだと思います。


本能の無心から出て、人間的有心に出たが、この有心を今一度無心の世界へかえしてしまわなければならない・・・。


この、ただの無意識ではない、かといって有意識からまた無意識の自分を意識するのでもない、極めて困難な境地に達するには僕はあまりにも未熟ですが、あくまでもこの場合はそれを努めることが大事だと思い、手を合わせました。



日々の些事の中では忘れがちなこういう事に気づかされるのもまた、正月のいいところですね。



そして、ついにやってきた“おみくじ”の時!


護王神社では敢えて引かずに、ここ一番で引こう!と決めていた春日大社のおみくじ。


小心者の僕は、あらゆる割り切れないものの真偽を問いただす一方で、その中にあり得る何がしかの価値を見出そうとしては鵜呑みにしてしまうため、いつもはTV番組の占いも見ざる聞かざるを決め込んでいたんですが、キッサコにとって勝負年である今年ばかりは、“運”というものから目をそむけてはならない!!!と思い、半泣きになりながら恐る恐るおみくじを引いてみました。



肝心な結果は・・・言ってしまうのも何か味気ないので、ご想像にお任せします。笑




そうしてクライマックスを終えた初詣を後にして、一行は次に予定していた新年会のお店に向かいました。


するとその道すがら、僕たちの目になんとも素敵なお茶屋さんが飛び込んできたんです。



「あたたかいわらびもち、有りマス」



寒風吹きすさぶ奈良盆地に咲いた、一輪の花。


その看板の文句に、誰からともなく「ここ、入ろうや。」と言い出しました。



この、いきあたりばったりで、自己主張のない奈良の若者特有の意思伝達。嫌いじゃありません。



「こんにちは~。」


僕らはご当地グルメレポーターのような心持ちで、暖簾をくぐりました。





出迎えてくれたおかみさんに案内されて入ったのは、なんとも風情のある茶室。しかもめちゃめちゃ暖かい。



すっかり温泉旅行気分になった一行は、自然と思い出話にも花を咲かせます。


二列に向かい合って座布団に座り話をしていると、先ほどのおかみさんがお抹茶とわらびもちを運んできてくれました。





時代劇に出てくる茶団子屋さんのような気軽さで食べられるのかと思いきや、すごく丁寧なご作法で振る舞ってくださったので、さっきまであぐらをかきながら手を叩いてキャッキャ笑っていた友人も急に背筋をピンと伸ばして正座をしたのが、なんとも味のある画になりました。



モグモグ・・・


「美味しいな~~」


「ほんまやな~~」



これまた奈良の若者特有のまったり感溢れる会話で、ゆっくりと時は流れて行きます。



思いの外良心的なお茶代に内心胸を撫で下ろしつつお店を出て、一行は再び次の目的地へと向かいました。



県立図書館の方から向かった往路とは変えて、興福寺を通って猿沢池に出る道で奈良駅の方へと戻っていったんですが、これもまた僕の大好きな風景が広がる道なんです。







豪奢や絢爛というのとはまた違う、悠久の時を経て初めて流れる、ゆったりとした時間がそこにはある。







当時の、そこに居た人々を偲ばせる、“イメージの隙間”がある。



高校時代、「今日は気分が重いな」と感じた朝には、一時間目が始まる頃には気づけばそこに足を運んでいた、なんてこともあったり、なかったり。笑




そんな思い出にも耽りつつ、予約を入れていた次の店にたどり着きました。


なんとも綺麗なお店。入って少しびっくりするほどの内装に、思わず「みんな社会人になったんやな~」と感動しきり。



そこに入る前に、また入ってからも別の予定がある(Uターンしなければならない)のでお別れしなければならないクラスメートもいましたが、その後もまた二人その“二次会”に参加してきました。


そのひとりひとりとは会うことはあっても、こういう機会でないと揃わない面子というのもあって、それによってまたこの集まりの空気感もまったく違って来るんですね。



それまでは結構まったりムードだったこの新年会も、新しいメンバーが揃うことで一気にテンションが上がりました。


もう、ご飯そっちのけでみんなゲラゲラ笑いっぱなし。普段使わない体中の笑い筋が引きつりを起こすほどでした。






ただ、そんな中でも、一人が持ってきた高2の修学旅行の時の映像などを収めたDVDを鑑賞するなどしてはまた懐かしがったり、互いに近況を語り合うなどして、久しぶりに集まるお互いにみんなが「頑張ってるな」と称え合えるような時間もあったり。



その、ハイテンションとまったりのまだらの時間が流れ、またみんなに少しずつ酔いも回り出して、気づけば一種独特の気持ちのいい空気ができあがっていました。



でも、そんな時間も、いつまでも続くはずもなく・・・。

いつの間にか、帰る時間になっていました。




今度は、いつ会えるかもわからない。


次に会った時には、また誰かが結婚しているかもわからない。


今とはまったく違う道を歩んでいる人もいるかもわからない。




こういう別れの時間には、「また、いつでも会えるさ」と思ってしまうけれど、そう思っているうちに何年も会えなくなってしまった仲間も、実際にいるんですね。


そう思うと、この日記を書いているこの今もすでに、少し心が寂しくなってきます。



けれど、きっとそれ以上に、今日会えたみんなから貰った“温かさ”は、明日からの僕をずっと支えてくれるのでしょう。


その分だけ寂しさも強くなるのだとすれば、その寂しさもたぶんそれを感じられる自分自身がまだ持てている心の温もりの証なんだと思います。



この年始めに、僕が過ごした今日のような一日が、きっと皆さんにも2008年を駆けて行く糧として訪れたことを、そしてこれからも訪れることを、お祈りしています。






2007-11-29 04:30:14

今、ここに在ること。

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musuuhana

先日、京都をこよなく愛する方とお話をする機会をいただきました。



自分たちが元々活動の拠点にしていて、住んでいたこともある街を、府外に出て「いい街ですね」なんて言われると、自分の街が褒められたような気持ちが畏れ多くも誇らしい気持ちになります。




でも、京都を住まいや職場としていらっしゃらなかったような方と京都について少し深い話をしようとすると、こちらとしてはどうしても“事実”としての記憶よりも“エピソード”としての記憶という性質が強く描き出されることに気づくんですね。


京都のお寺やお店などの「場所」についても、気候や地形、植生などの「風土」についても、言葉やコミュニケーションといった「人」についても、「ああ、僕にはこういうことがあったな」という自分にとってのエピソードを結びつけた一種主観的な感情がつきまとってしまう。




そういうわけで、その方とお話をした時にふと


「自分にとって一番強い個人的な京都の思い出って何だろう?」


なんてことが頭をよぎりました。



今の自分を語る上で絶対に欠かせない人生のターニングポイントの地である京都には、本当に数えきれない思い出があって、その強弱を同じラインで比較するなど到底できないものであり、それを考えるたびに違ったものを思いつくんですが、そのとき一番に浮かんだものがなぜか「ドッグフード」でした。





僕が大学3回生の時、21歳の時に一人暮らしをしていた京都は円町にあるマンション。

その部屋のベッドの脇の片隅に置かれた、プラスチック製の容器に盛ったドッグフードです。





僕にとって人生で初めての一人暮らしを、京都という街で実現することができたのはこの上ない僥倖でしたが、麻生家にとっても、たとえ一年間でも京都に住まいを持つ者を輩出するのは初めてのことでした。



そういうわけで、僕の家族も何回か僕の部屋を訪れて京都の観光ついでに泊まって行く、ということがあったんですね。


そんな時、飼ったことのある人は分かるかと思いますが、やっぱりペットが家にいると、置き去りにしてよそに泊まりに行くのは憚られます。エサと水とトイレだけ与えておけばいい、そんなのは過保護だと言う人もいるかもしれませんが、僕の実家が飼っていたのは室内犬で、十数年も常に家族のコミュニケーションの中にいれば、いつしか家族の一員に他ならなくなってくるわけです。


一匹にしておいて一日でも家を空けると、たちまち心配になって旅行どころではなくなってしまう。もう番犬とは真逆の存在ですね。


だから、ある日母と姉が当時の僕のマンションに遊びに来た時も、犬を一緒に連れて来ました。





その日は僕が知人にエアベッドを戴いて、やっと硬いフローリングの上でなく柔らかいベッドの上で眠れるようになる日だったんですが、思ったより家族が早く僕の部屋に到着してしまったために、二人と一匹が見守る中で僕は焦りながらポンプでエアベッドをスコンスコンと膨らませることになりました。



すると、見慣れない部屋に入れられて、しかも数か月ぶりに会う僕の姿を見て少し興奮気味だった犬は、まだ膨らみ始めたばかりのふにゃふにゃな状態のエアベッドの上にぴょこんと乗り始めたのです。



「こら、降りなさい。」



僕は彼を片手でひょいと床に降ろし、再び空気を入れ始めてまたしばらくすると、やたらとポンプを踏む足が重くなる。


彼はまたぴょこんしていました。



さすがに僕にとってただでさえあまり容易くはない作業の邪魔にもなるし、はやく終わらせて外に出たかった姉は同じようにひょいと彼を抱き上げ、膝の上に安座させました。



無事空気も入れ終えて外に出て、待ちかねた母姉と犬を連れて京都観光も果たし、夜遅くに部屋に戻ると、犬はお腹を空かせたようすで猫のように器用な前足で僕をシャッ、シャッと優しく引っ掻いて催促してきました。


あいにく僕にはドッグフードを必要とする生活習慣がなかったので、その部屋には彼のご飯を用意していなかったのですが、彼を家族一番寵愛していた母はさも当然かの如く家から持参してきた小分けにしたドッグフード入りの袋を取り出しました。



「ドッグフード入れの皿がないなあ・・・。」



わざわざその日だけのためにそれ用の皿を買うのも勿体ないので、僕は台所の食器棚から適当な大きさのプラスチック容器を取り出してきてそこにドッグフードを入れました。




そうして犬に食べさせてみて気づいたのですが、ドッグフード入れの容器と言うのは実に機能的に作られたモノで、犬がそれほど深く首を突っ込まなくても食べられるように若干皿の底を浮かせており、また横から見たかたちが台形なのとそれらの容器が往々にして少し重めなのも、犬が首を動かして皿の内壁にぶつかるなどしても、少々の衝撃ではズレたりひっくり返ったりしないようにできていて、おまけに皿の口が容器そのものとは逆に少し上向きに広くなっていて、すみの方に残った小粒もきれいに食べられるように作られている。


まあ、当然と言えば当然なんですが、少し深めの直方体でできた薄っぺらいプラスチック容器をひっくり返さないように注意しながらも、周りにポロポロこぼしながら、前後左右にずれるのを懸命に追いかけて食べる様を見て、改めてあの皿の偉大さを思い知りました。



僕は自分の部屋が汚されるのを少しだけ気にしつつも、この犬のそういった行動やしぐさ全てがかわいくて、彼を連れて来てくれた母と姉に感謝しました。





その日からしばらく経っても、僕はなぜかベッドの足もとの壁ぎわに置いてある、犬の食べ残したドッグフードが入ったプラスチック容器を動かせないでいました。



そのまま放っておいては決して清潔とはいえないし、何かの拍子でひっくり返したりしたら面倒だとは思いながらも、何となく動かせずにいたんです。




それから数ヶ月後。


母から一報の電話が入りました。


彼が、母の手の上で天に召されたと。




僕はにわかには信じ難く、受話器の向こうで人が変ったように泣く母の声を遠くに聞きながら、しばらく茫然自失の状態になりました。



実感も何もないまま、というよりも今起こった事の意味すら分からないといった状態で、とにかく彼の姿を見に行こう、と実家に向かう電車に乗った時、その故郷へと続く風景の中で、京都という場所と自分と犬とがともに育った場所とが初めて繋がって、それが今自分に置かれた状況を了解する引き金となり、僕は電車の中で人目も憚らずに号泣し出してしまいました。




なんで、僕が一人暮らしをしたたった一年間のうちに、僕がいないところで、いなくなってしまったんだよ。


最期まで一緒にいさせてくれなかったんだよ。




彼を天に送り出してから後、数週間、数か月も続いた深い悲しみの日々からようやく立ち直り、以前のように楽しく学生生活を送れるようになってからも、僕はその部屋を出て行くその日まで壁ぎわのドッグフードを捨てられずにいたんです。



それが目に入るたびに、この部屋で無邪気にはしゃいだ彼の姿を思い出して、ひょっとしたらあれは何かの間違いで、ふと誰かが彼を連れて来て、何事もなかったかのようにまた同じようにご飯を催促してくるんじゃないか、と思って。




辛い事実を本当の意味で受け入れるのには、誰にとっても自分が思うより長い歳月がかかるものです。



僕も生きてきて、大切なものと別れてしまったことは何度かあります。



中には、本当に辛くて、こんなに辛い思いをさせる相手を憎く思うようなこともありました。



でも、月並みな言い方だけど、失ってから分かる大切さがある。教えられる優しさがある。




それは、その相手から意図して教えられたり、直接与えられたものではないにしても、時間や感情という触媒を通して気づかないうちに自分の身に溶け出してくるのでしょう。



その時、実はそれまではとり残されてしまった自分のことばかりを嘆いていた自分に気づき、初めて心から相手のことを思いやり、心からその存在の有難さに気づくのです。



もしも、その思いを今、ここに在る無量無数の命にも、存在するだけで等しくその価値があると感じられるようになれば、人はもっと優しくなれるし、また厳しくもなれるような気がします。





2007-11-19 17:15:06

温めること。

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tiiaki


昨夜のライブに足をお運びくださった皆さん、ほんっまにありがとうございました!!!



ほぼ眠らず休まずの丸二日間の弾丸ツアーから、今朝の6時半頃からくもキッサコマンションへ帰って来ました。



そのなかなかタフなスケジュールから、ふと“落ち”そうになる瞬間もあった昨日でしたが、ライブ中は却ってそのおかげであれこれと考えずにひたすら楽しませてもらいました☆




一昨日の自宅での最終打ち合わせ中も、横浜を出て京都に向かう車の中でも、そして現地へ到着してからのモロモロの準備中も、ずっと頭をもたげていたただ一つの問題が


天候


でした。





11月の京都の黒谷永運院という絶好のシチュエーションで、やっぱり座敷で観てくださる皆さんには、キッサコの歌とともにお庭の景色も堪能していただきたいとあれこれセッティングし、策を巡らしました。



開場直前までには雨もやみ、それからしばらくも予報に反してしばらく降らない状態が続いたので、「なんとかテントを張らずにできるくらいの天候なら、お庭の景観を考慮してできるだけ張らずに決行しよう!」と思っていた矢先、急に来た本降り状態。




結局、用意はしていたのですが張らずにおいたテントを急きょ設営することになってしまいました・・・・・。



結果、皆さんにはあの寒い中に25分もの間お待たせすることになり、本当に申し訳ありませんでした。




キッサコを楽しみに来てくださった方々に、こんなかたちで風邪を引かれるようなことがあれば、そんな不本意なことはない。




なんとか頑張って会場を温めて、少しでも寒さを吹き飛ばしてもらわにゃあぁぁぁ!!!





・・・と思って4人でステージに飛び出してみたら、僕たちより先に皆さんからの温かい声援が!!!!!




気負いこんでいた僕たちの体を、逆に温かく解きほぐしてもらうかたちになってしまいました(;_;)





そうなったら僕たちには寒さを感じている暇なんてないッ!



指先がかじかんでしまっては演奏もままならないためポケットの中のカイロに手を突っ込んではいたんですが、僕もまさやくんもやっくんもリョウくんも、最初から最後までずっと体はホットな状態でライブをさせてもらいました。




ライブ中にお庭から見上げる僕らの目には、皮肉なくらいにきれいな半月がぽっかりと浮かんでいるのが見えました。




ライブ終了後に出口で皆さんをお見送りしていた時も、嬉しさと楽しさと愛しさでずっと体は高揚していて、ほとんど寒さを感じませんでした。






ただひとつ、今でも皆さんのお体が気になります。



おそらくライブ中ずっと体を動かし続けていた僕たちよりも、窓も障子も取っ払った座敷に正座して観ていてくださった皆さんの方が、冷えをため込んでいたはずです。(実際、帰り際に握手をしたどの方も、僕より手が冷たかったんですから・・・・・・)





今日もまた一段と冷え込みます。



どうかどうか、温かくして、風邪など引かれないように、横浜の空からお祈りしています。





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