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Youtube - 淋しい熱帯魚(PV)
弾けてしまったとはいえ、バブル経済の残滓はまだ残っていた94年。
秋の気配漂うころ、僕は友人とともに、富士スピードウェイへ向かっていた。
当時勤めていた会社は、イメージアップの一環として
「企業メセナ」に注力していた。要するに文化・芸術活動へのタニマチみたいなものだ。
その一環として、某有名アーティストのプライベートレーシングチームの、
メインスポンサーとして、資金援助を行っていたのだが。
そのチームが、何と全日本GT選手権で、総合優勝しそうな情勢。
そこで「ぜひ応援を!」と、
パドックパス付きの観戦券が、僕のところに回ってきた。
それも2枚も!
当時F1を始めとするモータースポーツ全般に興味を持っていた僕が、
その誘いに乗らないはずがない。
さらに、特別なサプライズがあった。
当日、極秘ゲストとして、
人気デュエットの「Wink」の相田翔子さんが、パドックに遊びに来るというのだ。
それまでも、仕事が出版編集関連だったこともあり、
芸能人と打ち合わせをしたり、インタビューをしたことはあった。
でも、それは個人的願望とは別の話であり、
「○○さんに逢いたいから、企画をする」ことが出来るほど、出世もしていなかった僕にとって、
現役アイドルの傍に行けるなんてことは、夢の様な話だった。
****
当日。
早朝5時に車で出発。友人を拾って富士スピードウェイへ。
サーキットに到着したのは10時くらいだったか。
ぐるぐると駐車場を回って、誘導されたのは、
入場ゲートから一番遠いと思われる、砂利の駐車場。
それでもまあ、停めることが出来るだけ良かった。
何せ、優勝が決まるかも知れない、シーズンの終盤戦なのだ。
そりゃあ、混雑もするというもの。
車を停めた僕は、後部座席の荷物を引っ張り出す。
とりあえずチケットと、パドックパスを用意しなければ。
ない。
・・・ない!?
入場チケットは、確かに2枚あるのに、
パドックパスだけが、見あたらない。
あれほど確認して、バッグの中に仕舞ったはずなのに。
バッグの中身を全部ぶちまけ、
車の中をそこらじゅう探しても、
ついにパドックパスを見つけることは出来なかった。
僕は半泣きだった。どうしよう、どうしよう。
「まあ、観戦できるだけいーじゃん」
友人の言葉の優しさが胸を打った。
既にサーキットでは、別のカテゴリーのレースが始まっていた。
サイレンサーをつけない、生のエキゾーストノートは、
聞きしに勝るど迫力。
猛然とストレートを突っ走るマシンから一瞬遅れて、
とんでもない音圧で、爆音が襲ってくる。
下のカテゴリーでこれなら、
もっと上の、例えばF1ならどんなことになるんだろう。
ホームストレート上の観客席に腰掛けて、レースを眺めていると、
我々のチームのピットが見えた。
慌ただしく動くメカニック達の向こう、よく見ると、
日差しを避けるように、日陰に小柄な女性の姿が見えた。
「あれ、相田翔子じゃない?」
「うお!マジ!本当に来てたんだ!」
僕はピットに居る、会社の上司目がけて、
大声で叫んだ。
「○○さ――――ん!応援しに来ました―――――――!」
それに気づいてくれれば、パドックパスが無くても、
関係者として中に入れてるんじゃないか。
そんな一縷の思い。
「携帯で連絡取ればいいのに」
と思ったあなた。
当時はそんなものは無かったのだ。
僕の声の限りを費やした絶叫。
しかしそれは、
サーキットを駆け抜ける爆音に、
あっさりと掻き消されてしまう。
そのうち、相田翔子と思われる人影は、
ピットの奥へと姿を消し、
僕は叫ぶのをやめた。
****
目当てのレースは小雨の中で行われ、
僕らの応援していたチームは惜しくも2位。
年間総合優勝は持ち越しとなった。
色々な意味で失意を味わった僕は、
重い足取りで、サーキットを後にした。
もちろん、
家に帰って玄関を開けたところに、
パドックパスが落ちていたのは言うまでもない。
見つけたとき、しばらく崩れ落ちたまま、その場を動けなかった。