2010-03-06 05:48:03
懐かしき元祖長浜屋@福岡
テーマ:福岡@麺遊び
<2010年 2月28日>
「博多新風つけ麺まつり2010」にて滞在した二日間。
初日の27日は「せたが屋」のつけ麺を堪能し、「炭火焼処いっぱち」で焼鳥や担々麺にココロ踊らせ、最後はマックでのダベリ^^
かつて住み慣れた「親冨孝通り」で思い出を呼び起こし、ホテルに着いたのは朝の4時。
ボーッとしたり、ブログへの返信をしたりしながらいつしか眠りについたのですが、朝の8時32分、人吉のともちゃんからのメールの着信音で飛び起きます。
無事、到着したようでした。
寝坊せずに人吉に着いたのはホッとしましたが、ホントはちょっとがっかりも。
続けざまに8時46分、えぬ(N)さんからのメール。
モーニングガンソにいつでも出れるそう。
前日から次の日はつけ麺まつりのOPENまでどうしようかと話し合ってましたが結論は出ておらず
私が頭の隅っこにあった元祖長浜屋を口にしていました。
えぬ(N)さんも思うところあったようです。
それが後になってわかるのですが。。。
ただ、問題は私のお腹が空いてなかったこと。
どうしよう。。。と思いながら時間をつぶし、後悔したくない思いで元祖へ行くことに。
えぬ(N)さんと待ち合わせ場所を確認し、そこへ向かう途中、ねーこさんからのTEL。
同行したいとのお話を聞き、急遽Uターン。
しかし、これがよかったです!
なぜかって?
ねーこさんを待つ間にお腹が空いたんです。
しかも急激に^^
ねーこさんをVIP待遇で車に乗せ(殴打
元祖長浜屋へGO!!
すでにえぬ(N)さんは到着済み。
朝から店頭は行列。
あいかわらず盛況なようです。

久々の元祖長浜屋です。
元々私がラーメンにはまったのは予備校生の時に福岡へ受験に来たことがきっかけ。
屋台で食べた長浜ラーメンにショックを受けたのが始まりです。
「長浜」という名前すら知らず、全部「博多ラーメン」と思っていました。
ほんのり淡いが旨味ある豚骨スープ。
しっかりした弾力のあるチャーシュー。
細くボソボソした食感の麺。
一発ではまりました。
後に大学は福岡に決まりましたが、「またあのラーメンが食える」と密かに喜んだものです。
そして当時の寮の関係で「親冨孝通り」沿いへ。
この元祖長浜屋へは歩いて通うことも。
福岡に在住した4年間。
親からの仕送りをなるだけさせないようにしていたので所持金はいつも少なめ。
ラーメンは単なる食事というだけでなく、ご褒美的意味合いもありました。
当時の私にとっての楽しみはラーメンとチョコレートと珈琲。
そのせいで体を壊し、ドクターストップがかかり友達からは真剣に心配され
「ラーメンとチョコレートをやめて下さい」と詰め寄る女友達もいました。
当時ラーメン屋は必死に探して廻っていたコレクターではなく完全なリピーター。
「長浜将軍」に「一心亭」、博多駅近くの「名代ラーメン亭」、当時一斉風靡していた「龍龍軒」、大橋に住んでいたときはそのマンションの1階にあった「坫」、野間に移った時は100円ラーメンの「勝龍軒」
そしてココ「元祖長浜屋」
当時から行動範囲が狭く、近くにある店ばかり通っていました。
そんな思い出深い「元祖長浜屋」
15年ぶり以上の再訪です。





私の記憶が確かならば当時ラーメンは一杯300円。
替え玉は50円だったと思います。
連れて来て下さる先輩から「ココではいつも麺は柔めがいい」と言われ、いつもヤワを頼んでいました。
が、その先輩がいなくなるやいなや、カタ路線(笑
先輩は胃腸が弱かっただけなのです。
ハリガネやナマなどの声が飛び交うのも耳にしていましたが、この性格。
言葉だけでは想像できないものはそれがどんなものか誰にも聞けずに今日まで。
なのでこの日私とえぬ(N)さんはカタ。
ねーこさんはベタナマ。
ベタナマの意味をこの日、この時教えてもらいました(あきれるでしょ^^;
全てが懐かしく、全てがおいしく。
昔はもっと麺はひどかったように思いますが(笑
存分に堪能いたしました。
ごちそうさまでした。
「博多新風つけ麺まつり2010」にて滞在した二日間。
初日の27日は「せたが屋」のつけ麺を堪能し、「炭火焼処いっぱち」で焼鳥や担々麺にココロ踊らせ、最後はマックでのダベリ^^
かつて住み慣れた「親冨孝通り」で思い出を呼び起こし、ホテルに着いたのは朝の4時。
ボーッとしたり、ブログへの返信をしたりしながらいつしか眠りについたのですが、朝の8時32分、人吉のともちゃんからのメールの着信音で飛び起きます。
無事、到着したようでした。
寝坊せずに人吉に着いたのはホッとしましたが、ホントはちょっとがっかりも。
続けざまに8時46分、えぬ(N)さんからのメール。
モーニングガンソにいつでも出れるそう。
前日から次の日はつけ麺まつりのOPENまでどうしようかと話し合ってましたが結論は出ておらず
私が頭の隅っこにあった元祖長浜屋を口にしていました。
えぬ(N)さんも思うところあったようです。
それが後になってわかるのですが。。。
ただ、問題は私のお腹が空いてなかったこと。
どうしよう。。。と思いながら時間をつぶし、後悔したくない思いで元祖へ行くことに。
えぬ(N)さんと待ち合わせ場所を確認し、そこへ向かう途中、ねーこさんからのTEL。
同行したいとのお話を聞き、急遽Uターン。
しかし、これがよかったです!
なぜかって?
ねーこさんを待つ間にお腹が空いたんです。
しかも急激に^^
ねーこさんをVIP待遇で車に乗せ(殴打
元祖長浜屋へGO!!
すでにえぬ(N)さんは到着済み。
朝から店頭は行列。
あいかわらず盛況なようです。

久々の元祖長浜屋です。
元々私がラーメンにはまったのは予備校生の時に福岡へ受験に来たことがきっかけ。
屋台で食べた長浜ラーメンにショックを受けたのが始まりです。
「長浜」という名前すら知らず、全部「博多ラーメン」と思っていました。
ほんのり淡いが旨味ある豚骨スープ。
しっかりした弾力のあるチャーシュー。
細くボソボソした食感の麺。
一発ではまりました。
後に大学は福岡に決まりましたが、「またあのラーメンが食える」と密かに喜んだものです。
そして当時の寮の関係で「親冨孝通り」沿いへ。
この元祖長浜屋へは歩いて通うことも。
福岡に在住した4年間。
親からの仕送りをなるだけさせないようにしていたので所持金はいつも少なめ。
ラーメンは単なる食事というだけでなく、ご褒美的意味合いもありました。
当時の私にとっての楽しみはラーメンとチョコレートと珈琲。
そのせいで体を壊し、ドクターストップがかかり友達からは真剣に心配され
「ラーメンとチョコレートをやめて下さい」と詰め寄る女友達もいました。
当時ラーメン屋は必死に探して廻っていたコレクターではなく完全なリピーター。
「長浜将軍」に「一心亭」、博多駅近くの「名代ラーメン亭」、当時一斉風靡していた「龍龍軒」、大橋に住んでいたときはそのマンションの1階にあった「坫」、野間に移った時は100円ラーメンの「勝龍軒」
そしてココ「元祖長浜屋」
当時から行動範囲が狭く、近くにある店ばかり通っていました。
そんな思い出深い「元祖長浜屋」
15年ぶり以上の再訪です。





私の記憶が確かならば当時ラーメンは一杯300円。
替え玉は50円だったと思います。
連れて来て下さる先輩から「ココではいつも麺は柔めがいい」と言われ、いつもヤワを頼んでいました。
が、その先輩がいなくなるやいなや、カタ路線(笑
先輩は胃腸が弱かっただけなのです。
ハリガネやナマなどの声が飛び交うのも耳にしていましたが、この性格。
言葉だけでは想像できないものはそれがどんなものか誰にも聞けずに今日まで。
なのでこの日私とえぬ(N)さんはカタ。
ねーこさんはベタナマ。
ベタナマの意味をこの日、この時教えてもらいました(あきれるでしょ^^;
全てが懐かしく、全てがおいしく。
昔はもっと麺はひどかったように思いますが(笑
存分に堪能いたしました。
ごちそうさまでした。







1 ■無題
私はホテルで朝食中に「元祖行こう!」の召集が!
一旦断るも、虫が知らせたんでしょね(笑)
パンの「おかわり」止めて行ってヨカッタ!