「地球や人々の為に、何かする事に、いちいち理由は必要ない!」
目の前で、人が倒れたとしよう
咄嗟(とっさ)に体が反応している状態、大丈夫?と、声をかけている状態。
これが人の心です。
それとは別に、倒れた人はお金持ちかな?
または、条件だしてみて助けるか決めよう!
とかは、思惑や考え方であり、そこに、真心はありません。
この人を助けたら、お金をせびろう!と咄嗟に体が反応している状態等は、魔心です。
ですから、
地球や自然や人々の為になる事をするのに、いちいち理由は必要ないのです。
因縁果報という、言葉があるように、良い行いにより、良い縁に恵まれて、良い結果をもたらすように、
悪い行いは、悪い縁を招き、悪い結果をもたらす。その結果の報いが来るという事になるのです。
とするから、良縁とか、悪縁となるのです。
まったく自然の仕組みなんて無いし、関係ないとするなら、
試しに悪業ざんまいを繰り返して日々送ってみるといいですよ。
◯◯組や◯◯暴力団に入って、良縁に出会えると思えるならね。
そりゃあ試さずとも想像はつくと思います。
確かに善悪の境目がある訳でもないですが、そのように、因縁が果報となる訳ですよね。
しかしながら、いくら良縁だったとしても、本人にとっては、辛かったり憎しみを抱くケースも存在します。
良薬、口に苦し!とあるように病人には、時には良縁だとしても、手厳しい試練だったり、
うるさく耳が痛い事を言われる人が現れる事が良縁だとしても、これはタマランと、本人から遠ざかるケースがあるのです。
実は誤算している時には、非常に多く、その事にさえ気がつかない人がほとんどなのですね。
人間の心次第で、ゴミを生産しまくり、自然を破壊したりもでき、逆に綺麗に環境整備もできるのです。
そこで、万民に法は同じように影響しますが、縁は個人、個々により、現われ方も違うのですね。
という事で因縁果報が大事になる訳です。
今のところ、法を司る人の心が争い事に行くように万民に影響をしています。
法を考え行動する事も時には大事ですが、元々、人の心を持つ事の方が何よりも先に、今は必要に思えるのです。
今では、海外に支援するにも、手続きや、その地域の役所等に許可(ワイロ)が必要な所もあるのです。法は誰の為?
出来れば、魔心よりも、真心を育まれる世の中でありたいですね。
すなわち、地球や自然を破壊し
、人々との争い事をする日々に落とし入れた我々個人が、
そう、例外なく、貴方も僕も入っているのです。
それすら自覚も無く、誰かにすがれば、平和になる!だの、
神様に祈れば、地球や自然を綺麗に戻してくれる?とか、
俺が、お金を稼いだなら、環境を綺麗にする為に、お金を使うから、まずは、俺を儲けさせろ
⁇
勘違いも甚だしいし、責任転換満載集団化しています。
地球や自然を汚したのが、人間なら、あと始末は、人間がやるのが当たり前の行動なのですね。
決して高尚な考え方でもエライ訳でもないのです。
当たり前の発想と行動なのですね。
この当たり前の発想や行動が抜け落ちているあなたや、僕たちは、神様や大統領?はたまた、教祖様?また、その方達に、お願いするのにお金が必要?
だから、真心なんて持ち合わせる余裕なんて無いのさ!
さあ、働こう!さあ、稼ごう!
あなたの生きている時間をすべて、その為に費やそう!
大丈夫、少し余裕ができたら、愛という、抽象的で素敵な言葉が救ってくれるよ(笑)
人々が愛し合うのは大切ですが
生活する上でお金も必要ですが
人を、助けるのに最初に必要なものが抜け落ちている状態では宝のもちぐされとは言えないが
愛が生じるのも、触れ合う縁が必要となり、その為に行動するのですね。
行動する為に、心が必要なのですね。
また、人々の為に、自然の為に、行動、活動して行く上で
賛同者が集まり、お金も必要なら集まるのが、理想だと思えるのです。
ですから、1人からでも、少しの活動からでも、心を込めて活動して行く事が、大事に思えるのです。
「体感支援」を行なう事は、誰でも簡単にできないのです。非常に確率の少ない、縁なのですね。
「心を込めて活動して」が、抜け落ちている人々や、組織がほとんど占めている時に、
そういう人や組織に、縁がある方達がいったい、どれ程あるのでしょうか?
まるで真心が少ない、いや、ほとんど皆無な世の中で、そんな地獄のような地球の上で、
そんな高尚でもない、当たり前の振る舞いを続けて行けるタフネスさと、真心を持ち合わせた人々がいったい、どれ程いるのでしょうか?
そんな世の中で、愛を持って人に接して、生活の為に、お金も稼いで、世の中の為に、使う心を持ち合わせるには、
チャレンジして行くと理解できると思いますが、体感支援するにも、圧倒的に、「タフネス」が必要なのですね。
こんな事言うと、子供達の夢を壊すかな?
今の世の中での話をしただけですから、何時の世もという、訳でもないのです。
断崖絶壁のような地球においては、そんな環境でも生き抜くという、タフネスさを必要と思います。
だから、荒れ果てた地を開拓するところからしか、未来は生まれて来ないのですが、
あまりにも、壮絶、絶望的な連続で、ボロボロに心は荒み、
少ない、環境の良い所に心は動いて開拓者魂には、すっかり目をつむり、暮らして行くのです。
まあ、恥ずかしい事でもない、大多数の振る舞いをしたのですから。
そして、荒れ果てた土地が何時しか緑の土地を吹きかえしたなら、戻るといいよ、また、汚く荒らす為にね!(笑)
そんなところで、「地球や人々の為に、何かする事に、いちいち理由は必要ない!」でした。

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1 ■無題
そういう考えをもった人はたくさんいるとは思いますが、行動に移せるかっとことなんですよね。