バイバイ、モラトリアム

テーマ:
「ほーたーるのーひーかーり、まーどーのゆーうーきー」

明日は卒業式なんですよ僕ちゃんは。てへへ。
いよいよ来ちゃいましたね。
大人の階段を上るときが。

友よ、いざ別れのとき。
なんていいたいところなのだが、
俺の場合は事情が違うのである。

実はとっくの昔に仲間のほとんどは卒業していますから。残念。

というのも一昨年から去年まで大学を休学していたのだ。
その理由とは、
「テニスばっかやってたのに就活始めていいのか」
「このまま社会に出るのも不安だしな」
「もう一年くらいだらだらしてたいから」
などと以上のように、はっきり言って、
馬鹿言ってんじゃねぇよといわれてもしょうがない。

こんなこと言うやつはニート街道を猛進し、
実家の寄生虫になるに至り、
果ては身寄りがなくなって野垂れ死にだ。
ニート→ホームレスという感覚が正しい。

そんなニート予備軍だった俺が運良く就活に成功し、
まんまと車屋になるわけだが、
はてさて俺は生き残ることができるのだろうか。

さらば蒼き春よ。
AD

2005-03-24

テーマ:
ありがたいことに、コメントに質問があったようなので、
ここで答えさせていただく。


【コウさんの質問】
『教会への蚊会費みたいなのはキリストはあるのですか???

たしかクリスチャンになるには試験?みたいなのがあるんでは?きのせいかな??なんか、十字架のネックレスをもらう試験???
ソウカガッカイも、試験ありますね!!まわりがソウカガッカイの人が多いので聞いたことがあります。』


蚊会費という言葉を存じないのだが、いわゆる寄付のようなものだろうか?
それだとしたら、教会に対する寄付、寄進はもちろん存在するが、
信者が属する教会に強制的に徴収されるようなものではない。
また、収入の10分の1を献金する十一献金というものが推奨されている。

それからクリスチャンになるにはっていう明確な条件はない。
少し話が違ってくるのだが、洗礼を受ける場合がある。
この洗礼というのは、そのクリスチャンの意思によって、
受けるものであるが(例外として幼児洗礼がある)、
クリスチャンとして生活していくために必要不可欠なわけではない。
また十字架を身につけるかどうかというのも、
あくまでその人による。
よってコウさんのおっしゃるような試験は存在しない。
※自分が属していたのはプロテスタントのペンテコステ派


さて本題。

俺は教会から離れたあと、戒律とは無縁の快楽的な生活を満喫するようになった。
酒、煙草、麻雀、婚前交渉etc…
戒律を無視することで、世界が広がることが楽しくてしょうがなかった。

以来、宗教とは関係のない人生を歩んでいこうと考えていたのだが、
おととしの春から、高校のころからの友達の創価学会員から
勧誘をうけるようになった。

ある日電話がかかってきた。

「おっす今ヒマ?」
「あぁ、ヒマだけどどうして?」
「ちょっと駄弁りにいかないか?」
「おう、いいぜー」

なんていつも通りに応えて、ヤツの車がやってきた。
てっきりファミレスにでも行くのかと思ったら、
近所の創価学会会館に連れて行かれた。
予想通り中に入れば学会員たちがたくさんいて、
入るまで帰さないという雰囲気である。

実際、夜中の日付が変わってようやく俺は解放された。
もちろんその後、その友達は殴っといたが。

この創価学会という宗教もおかしい。
信者の学会員たちは全般的にいいヤツが多いと思ったし、
教義自体もある程度共感できる部分はあった。
過激な内容も含まれてはいるが。

で、何がおかしいって、
組織集団となると誰も自分で物事が考えられなくなることだ。

まず、創価学会においては池田大作が一番偉いわけで、
彼の人のいうことは絶対、という雰囲気が確かに存在している。

それから、組織として公明党を応援し、
それ以外の党には絶対に入れない。
そもそも、政治的信条というのは手段である。
つまり、宗教の教義とは次元の違う問題なのだ。
それだというのに、何百万もいるといわれている学会員たちの
ほとんどすべてが公明党に投票するというのは異常だと言わざるを得ない。

もちろん他の宗教団体が、特定の政治団体をバックアップするということは
よくあることだが、
創価学会に限らず、政治に宗教が絡むのは好ましいことではない。
民主主義の意味がはっきり言ってなくなってしまう。



とまぁガタガタ述べてきたわけではあるが、
正直マジメな話題を取り上げるのはしんどいぜ。
まったく一昨日の俺もこんなの取り上げんじゃねぇよクソが。
AD
新居で使うべき布団を購入し、
えんやこらと担いで車から二階にある自室に運んでいるときだった。

背中の面積より遥かに重い布団を背負って階段を上りゆく様は、
なんとなくキリストを連想させる。

別にイエスさんと違ってこの布団を担いで上りきったら、
処刑されるとかそういうわけではないのだが、
考えてみればこれを運んで自室に行って引っ越す準備が出来たら、
俺は学生という身分から追いやられ、少し前に書いた通りの
物悲しくも長ったらしい人生が待っているのだ。
そう、俺にとっては自宅の階段こそがゴルゴダの丘なのだ。
さらに言えばイエスさんはムチに打たれ苦しみながら、
十字架を担いだわけであるが、
俺の場合はこないだやった太ももの打撲が痛む。
つーか痛ぇんだよまじで。

そういう風に考えると、布団を背負う俺をイエスに喩えたのは、
結構いい線行ってるね。
学生である身分の俺が処刑され、社会人として復活するのだ。
そりゃ、社会人になることってのは処刑ほどつらいことでは
なさそうなんだけどさ。まいったねこりゃ。


そんなくだらねぇことを考えていたら、
中高生時代、自分がキリスト教徒だったときのことを思い出した。



中学二年の秋、俺は友達に誘われて
とある教会が主催したバーベキューに参加していた
オウム騒動が終わって間もない時期とあって、
宗教に対するアレルギーのようなものが社会に蔓延しているころだ。

その日、キリストおばさんと呼ばれる老婦人は、
俺の世界観に衝撃を与える数々の宗教的事実を語った。
それからというもの、俺は日曜となれば教会の礼拝に参加し、
真実と人生の意味をさがす求道者となったのだった。

今じゃ「神なんか知んね」という態度ではあるが、
そのときは純粋な一クリスチャンだった。
起きたときと寝る前のお祈り。
これは絶対欠かさない。



それから大学に入る時分になって、俺はキリスト教と決別することになった。
なぜなら、いわゆるその、婚前交渉ってやつが禁止されてるから。
うん、これに尽きるかな。
それから酒と煙草。
これらもどちらかというとクリスチャン的にタブーの項目だ。
っていうか教会内の高校生同士が出来ちゃった婚するし、
なんかもうね、矛盾だらけ。

それになんか変なビデオがあるのね。
どんなビデオかって言うと、
とある宗派の大集会なのね。

そんでその宗派では高名ななんとかっていう外国人牧師がいて、
そのおっさんが手からパワーを出すんだ。
すると並んだ信者さんたちがいっせいに倒れるわけ。
100人くらい、パワーで。

そのビデオを見てた教会の中にいる人たちは、
すばらしいですねー、とか、これこそ信仰が生み出したる奇跡、とか
言っていた。


とまぁそんな変なところを挙げると枚挙に暇がないのであるが、
そういったカルト的な側面と、上で述べた自らの欲求によって、
俺は教会を去ることに決めたのだった。
楽しく生きるためには戒律が邪魔であった。

そのときはもちろん、牧師先生は俺を止めた。
信じる者は救われます、と言って。
しかし、この言葉を解釈するとすごく危険な発想なのである。

まず信じる者は救われるという言葉は、
二つの意味をもつ。

1、信じるだけで救われますよ
→いまならなんと3980円で天国行きツアー(三食つき)
→なんていうか通販みたいにお買い得なイメージ

2、信じなければ救われませんよ
→てめぇ信じろ、こら。地獄行ってもしらねぇからな。
→新聞勧誘員みたいに相手を脅しつつ勧誘するイメージ。そしてしつこい。


俺はこの2の意味でとった。
というのも前々から信じない人は地獄に落ちるなんて平気で言ってたから。
さすがにこう言われると恐いし、あぁ俺は地獄に行って未来永劫苦しむのだ。
なんて想像しちゃったりするわけだが、そうなったらそうなったで
みんなで天国に殴り込めばいいわけだしまぁいっか。
「イエスの命(タマ)とったる!」
なんて気合入れてさ。



俺は今でも死を想像するとたまに恐ろしくなることがある。
その言葉によって。
ある意味トラウマだ。
だからこんなキリスト教を馬鹿にしたようなこと書くんだけど。


続く
AD

オサム夜話

テーマ:
昨夜、映画を見ていたときのことである。

そのとき見ていた映画とは、
「王立宇宙軍オネアミスの翼」というアニメで、
異世界の住人シロツグが、仲間とともに宇宙を目指し、
その過程と宇宙への到達において、
青春の意味、そして人と文明と戦争の関わりについて、
レベルの高い意識に目覚めるという、
至極愉快な物語であった。

あぁ、青春かくあるべしとソファに寝そべって、
アニメと言えども名画と言うに足る映画を鑑賞し、
幻想に浸っていた。
ブラウン管の中に俺も入りてぇと、
一歩間違えればかなり危険な域にまでのめり込んでいたのだが、
その空想のもやを打ち破ったのは、我が兄貴の帰宅であった。

帰ってきた兄貴は彼女を同伴した上、ほろ酔い加減で、
見るからにいいご身分だった。
なんかムカつく。

そんでもってやたらとにやにや微笑みかけるもんだから、
頭にくるったらありゃあしない。

俺は映画を鑑賞しているのだ。
邪魔だから自室でいちゃいちゃしててくれ、
しかしにやついた26の男は俺にこのように語りかけた。

「オサムぅ。お前5000円もするプレゼントどんな女に遣ったんだ?」

なんだその話は?
身に覚えもなく、そもそもそんな物を送る金もなければ女もいない。
というわけで、きょとんとしてしまった。

「あ、図星だな。ったく誰だよ?そのお相手は?」

兄貴が寝そべる俺を見下ろしながら侮蔑を含んだ笑いで問いかける。

「あぁん?なんの話だ?」

このように言った俺は、まさか誰かが俺のクレジットカードを盗み、
勝手にカードを使い込んだのか、と事態を把握しようと切に努めた。

「とぼけたって無駄だぞ。あそこのメモに書いてるシャネルのコンパクトってなんだよ?白状しろって、んー?」

まったくわけがわからない。
シャネルのコンパクト?
俺はプレゼントに買うものは大体アクセサリィの類と決めている。
覚えがまったくない。

「だからよー、そこにあんじゃんメモ書き」

という兄貴の言葉から俺はビデオテープを停止し、
テーブルの上にあるメモ用紙の走り書きを確認した。

「シャネルのコンパクト 5000円」
そのようにメモがあった。
しかし、これはどう見ても俺の字ではない。
このとき俺は一瞬で推理したのである。
間違いない。ハワイに行った親の土産の覚え書きに違いない。
まったく勘違いもいいところである。

「大した名推理ぶりだね。でもこれはおかんが書いたやつだよ」

兄貴の推理の短絡さにもあきれるばかりである。
テーブルの上にメモ書き→オサムがプレゼントを女に贈る
なんとも稚拙。

「あ、あ、そう」

なにが「あ、あ、そう」だ。
理不尽にプライバシーを詮索された挙句、
俺は貴様の推理によって得体の知れぬ不安に襲われ、
名画鑑賞タイムをぶち壊されたのだ。
ますます頭にきた。
ひょんなことから人は怒り狂ったりするものであるが、
その良い例がこのときの俺である。

「脳味噌が膿んでんじゃねぇの?こんな短絡的過ぎる推理なんぞ、万が一にも金田一にも当たるわけがない。ボケボケすんのもいい加減にな」

そんな風に吐いてしまったものだから、
彼女の前で兄と弟が取っ組み合いの大喧嘩。
そしたら笑っているのである、その彼女ときたら。
何がおかしい。
お前も一緒に地獄に道連れにしたろか、こら。

それなもんだから事態は収拾せず、
罵り合いが続くばかりで、
その辺の陶器などは割れ砕け、
ソファは2メートルもずれた。
滅茶苦茶のしっちゃかめっちゃかでてんやわんやである。

結局、兄貴の理不尽なる暴力に負け、否、
一応マックスパワーのパンチを見舞っておいたので、
これは引き分けであろう。
しかしこちらも被害は甚大だ。
もつれたはずみでくらった膝蹴りで、
太もものあたりがひどく痛む。

痛みをこらえて、俺はベッドに寝転がった。



そして次の日、俺は渋谷の道玄坂のあたりにいた。
すると白人と黒人のコンビが、ぺらぺら楽しそうに話している。
英語は解さない俺ではあるが、なんとなく会話内容は掴めた。
そこで俺が彼らをちらっと見ると、
なにやら血相を変えて怒り始めた。
わけがわからない。
ガンをつけた、つけない、とかそんなことで怒っているようだが、
これの意味するところは、ヤンキーなどのボンクラはこの10年以上前から、
グローバル化していたということである。
ガンをつけた、つけない。これこそ世界の屑どもの共通のケンカの種だったのだ。
などと冷静に分析している場合ではない。

直感的なヤバさを感じた俺は、脱兎の如く駆け出す。
白人だろうと黒人だろうと一対一なら倒して見せる自信はあるが、
巨躯の男、しかも異人種二人ではどうしようもない。
逃げるので精一杯だ。

道玄坂を下り、センター街を横切り、西武百貨店の通りを疾走する。
山手線のガードに至ったところで撒いたようなので、安心していると、
そうはいかなかった。
巨躯の二人は尚一層顔色を変えて迫ってくるのだ。

今度は明治通りに入り、そこから歩道橋を駆け上がり、
のろのろ歩く歩行者にぶつかり倒しながらも俺は走った。
非常事態なのだ。緊急避難なのだ。
謝る余裕などない。

それからさらに明治通りを横道に入りながら恵比寿方向へ走る。
やっとのことで、恵比寿駅に着き、
ここまで逃げればさすがに平気だろうと思い、
煙草に火をつけると、
今度は巨躯の異邦人たちはさらに増えているのだ。
その数五人。

恵比寿の広尾近辺には外国人が多く住んでいる。
俺は自らやつらの本拠地に飛び込んでしまったのだ。
飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのことである。
この場合、外国人は治外法権なので、
警察も俺を助けられないだろう。
絶体絶命。
あぁ、もう逃げられない。俺はあの外人たちに陵辱されるのだ。
それならば日本男児として華々しく散って見せよう。
と、覚悟を決めた。
外国人5人に向き合う一人の特攻隊員。

その外人たちの最初から追ってきた黒人が俺に向かってこのように言う。
「HAHAHA!どうして逃げるんだ、サミー??」


そして俺は春の日差しの中で目が覚めた。

俺の人生が見えた

テーマ:
今日の日付は3月18日。晴天なり。

この日付から2週間後、俺は広島に行き、
とある企業に入社して仕事を貰って、
給料をが入ったら町に繰り出し、
ねーちゃんと酒を飲んでたら金がなくなって、
ボーナスが出たらいつもより派手にそれをやり、
貯金もせぬままただその日その日を楽しく暮らしていこう、
って楽観的に考えてたら、結婚しなきゃという事態に陥り、
さぁ金が必要だどうする?ってなわけで身を粉にして残業をし、
寿命が磨り減っていく事を実感しつつ、
家族を養い子どもの成長を見守る幸せを覚えたものの、
やはり金ばっかかかってやってらんねぇ、という心境に至り、
しかしそれでも責任なんてかったりぃもんがあるので、
逃げるわけにもいかず、毎日しっかり渋々働きに出て、
そんなこんなで生きてたらいつの間にやら髪に白いものが混じり始め、
頭は禿げ上がり、皺が増え、
もう少しで定年だと思った矢先に長年連れ添った妻から、
離婚届を突き出されさらに追い討ちをかけるが如く、
肺ガンであることが判明し、こんなことなら煙草をやめるべきだったと
後悔しても後の祭りで、そしてその半年後、
予定よりも3ヶ月遅れて俺はゴーゴーへブン。



完璧である。
この予測は細かいところはいいとして、
大体は間違ってないだろう。

見えた、俺の人生。

2005-03-17

テーマ:
モラルと優しい心

起きたお前が見たのは朝日じゃなくて夕日だ。
また一日を無駄にしてしまったお前は、
今日という日を生きられなかったすべての人に謝れ。
さて、それが済んだら煙草を吸おうか。
歩き煙草ポイ捨て上等。


宮仕え

朝は圧縮され、
昼は詰められ、
夜はアルコールに侵食される。
日本のお父さんよ人生を逃げ切れ。


初恋

毎日帰りがけに校門で待ちぶせて、
見つからないように付いていき、
そしてやがてストーカー規正法に触れ、
周囲100m以内に近づかぬことと裁判所から命令されたら、
101m後ろから付いていく。

そのくらいあの子が好き。


コーラ

黒い液体。
飲んだら骨が溶ける。

さわやかになるひととき。




道路を渡って丘を上れば絶景が。
動く町がそこにあり、
霊峰富士は残雪を抱き、
アイツの故郷の空が見える。
人は飛べない。

就活とんかつミンチかつ

テーマ:
いやぁ、世の中の大学3年生は就職活動ですなぁ。
新品のリクルートスーツにぱりっとしたシャツ着ちゃって、
去年の今頃を思い出しますよ。
あ、でも4年生でも頑張っておられる方も
まだまだたくさんいらっしゃるのですよね。
これは失礼しました。
しつれい膣礼、なんてね、ぷぷ。

かく言う俺は4月からちゃんと行くところはあるのですよ。
某東証一部上場のメーカーってやつ。
つまり俺は一応一流サラリーマンってわけ、ははは。


とまぁ優越感に浸ってみたものだが、
去年のこの時期、一体俺はどこの企業に入り、
いや、もしかするとどこも入れないかもしれぬ、
この先どんな生活が待っているのか、というようにわくわくしていた。


北は文京区から南は大田区まで東奔西走。
あるときは桜吹雪を浴びながら、
またあるときはスーツを切る俺には厳しい
初夏の日差しを受けながら、
そして雨に打たれて。
とにかく走った。

もうなんか「走れオサム」って感じ。
オサムは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の面接官を除かなければならぬと決意した。
オサムには社会がわからぬ。
オサムは、某大学の学生である。
テニスをし、女と遊んで暮して來た。
けれども内定に対しては、人一倍に敏感であった。


このように常に燃えていたのであった。

とある企業の面接では、

「当社への志望動機を話して下さい」
「はいっ!御社は欧米に強いS友とM井の微妙な組み合わせが、はっ!」
「微妙な、ねぇ…」
「い、いえっ!ぜぜぜ絶妙な」
「微妙でも絶妙でもどっちでもいいよあはは」
「あ、あははははー」

以上のように空回り気味ではあったが、
やる気に満ち溢れていた。
しかし今思えば、何ゆえこんな失言をしてしまったにもかかわらず、
その面接に受かったのだろうか。
やはり面接なんぞいい加減なのだ。
主観ってやつがモノを言う。

社会なんざそんなもんなのである。
誰も客観的に判断なぞしてはくれない。
だから、

「てめぇに俺の何がわかるんだこの禿。
どーせてめぇなんか、仕事ができねぇから
こんな面接なんてやらされてんだろう。
社内で肩身が狭いから学生イビリか。
おめでてぇな禿」

これが喉から出かかったことは何度となくあった。
だが、社会とはそういう理不尽さによって成り立っているのだ。
例えば顧客にとんでもねぇクソ野郎がいたとしても、
「はい、ありがとうございますお客様」
と笑顔で言わなければならない。
そしてすこしでもその笑みがひきつってもいけない。
それが出来ずにサラリーマンにはなれないのである。
嗚呼悲しきかな、日本のお父さん。


俺は垣間見たのである、社会を就職活動を通じて。
醜さ惨さ切なさ痛々しさ、
言うだけでキリがない。

しかしそれでもなお、俺には言いたい事がある。
女子学生に対してだ。


あるときのこと、
就活をする女子学生と話をする機会があった。
このとき俺は、言いようもない怒りを覚えたのだ。
その女子学生曰く、
「ぅわたしはぁ、営業とかSEじゃなくてぇ、
もっとクリエイティブで楽しい仕事をしたいの。
だからぁ、マスコミか出版社しか受けないつもりぃ」
俺はそれに対して、
「うんうんそうなんだ。いいとこに決まるといいね」
などと適当に相槌を打っていたが、
本当の所、
「ふざけんな馬鹿。夢見てろクソが」
と言いたかった。

女子学生は男子学生に比べて楽しい仕事や、
創造性を使う仕事などを求める傾向が強い。
それに対し男子学生は、年収や福利厚生や安定を求める。
すると当然行き着く先は、営業である。

つまるところ、結婚という逃げ道を考えて偉そうに就活しているのだ。
営業なんぞやりたくないというのが本音らしい。

何が男女雇用機会均等法だ馬鹿馬鹿しい。
辛そうな仕事は俺たちに押し付けるのか。
それで何が自立した女性だ、いい加減にしろ。
権利ばっか叫んでんじゃねぇ。


そりゃまだまだ男社会だっていうのもわかるし、
女性にはいろんなハンデが課せられてるのもわかる。
さらにそんな自分に都合のいい考え方ではなくて、
就活に真摯に向き合っている女子学生がいることも付け加えておく。


だが、そういう頭に来るものの言い方はやめて欲しい。
気分が悪くなるから。


このように言いたい放題言わせてもらったが、
垣間見たムカつくものがいっぱいの社会に、俺は4月から出て行く。
一体何が待ち受けるのか、それはわからない。

だが俺はきっと勝ってみせる。

第6次家族大戦

テーマ:


「父上、車を使わせていただけませんか」
「ダメだ。その日からハワイに行くので成田まで乗っていく」
「そんな話は聞いてないですけど」
「とにかくそういうわけだ」
「アカウンタビリティってやつを果たしてないじゃんか」
「うるせぇなぁ。あきらめろ、決定事項だから」
「ウチは民主主義じゃあなかったのかよ。アカウンタビれよ」
「わぁ」
「ぎゃあ」


百歩譲って車を使う予定があるのはいい。
だが海外旅行に行く事を直前まで息子にも告げないとは、
何たる両親であろうか。
非常にエキセントリックな夫婦である。

それに対して俺は異議を申し立て、
戦いがはじまり、それに加えて兄まで介入してきたもんだから
収まりがつくわけがない。
もうめちゃくちゃの糞味噌いっしょである。


「そもそもハワイ行くってのはどういうことだよ?最低でも一月間前にゃそういうこと話すだろ普通」
「何甘えたこといってんだ。23のくせに」

ここで兄が出てきて、

「そんな大事な事はもっと早く言えよ。何のために毎月5万も入れてると思ってんだ」
「たかだか5万程度でガタガタ抜かすな」

兄も怒り心頭である。
兄弟で共同戦線が構築され、
2対2の状況になるかと思いきや、
ところがそうはいかない。

「ていうか俺が最初にカレンダーに書き込んでおいたんだから、優先権は俺にある」

などと抜かしゃあがったのだ。
さっき書いたばかりくせに。

事態の争点は車の使用権に尽きるのであって、
決してこのエキセントリックな夫婦を非難するような状況ではないのだ。
つまり親父対兄対俺ということには変わらない。


しかしここで俺は一計を案じた。
親父はおかんに弱い。
だがおかんを一対一の状況下で言い負かし、
おかんを味方につければ趨勢は一挙に俺に傾く。

俺は古の諸葛孔明並みの策を考えたのである。

が、ここで忘れてはいけないのが兄の存在だ。
1対1の状況というのは常に起こりうることだが、
第三の勢力がいるというのはなかなかややこしい。
油断はできない。

というわけで更なるカードを俺は切ることにした。
兄に対しては貸しがある。
以前、兄に貸してやったMDプレイヤーが壊れて、
兄の自室に放置されているを発見していたのだ。

それを咎めることで、車の使用権を得、そして金を支払わせられる。
まさに一石二鳥。


以上を脳内での計画どおりに実行し、
親父たちは高速バスにて成田に向かうことになり、
兄は俺に対して15000円も支払うことが決定された。
母は俺の激しい非難によってめそめそ泣いてしまったが、
それに増しての最上の効果はあった。
完璧である。
うへへ。


かくして俺は車の使用権をゲットし、スノボへ行く費用をも得たのであった。



そのあと車が使えることになったのを友人に連絡した。

「もりもり」
「おぉオサム」
「車つかえそうなんだけど」
「あぁそれはもういいよ」
「あ?今なんとおっしゃいました」
「俺んちの車は無理でよー、だから車は借りることにしたよ。ほら、エルグランドってあんじゃん。ちょっと高ぇけど7人乗れるし」
「わかった。それじゃもう車はいいのな。また連絡頼むわ」


なんとも皮肉な結果である。
車の使用権をめぐって我が家は戦いとなり、
異論・反論・オブジェクションで、
おかんは泣き、親父がそれをなぐさめ
兄は俺にやり込められて金を支払い、
俺は知略を尽くし勝利したというのに。
これまでの家族間での戦いはなんだったのだろうか。



しかしここで結局得をしたのは兄だった。
過去のそういったトラブルを持ち出し、
金を返還しろというのだ。
そんなわけでMDプレイヤーの件は強引にうやむやにされ、
車の使用権も俺から譲られたのであった。

こないだのこと

テーマ:
鳥がちゅんちゅらちゅんちゅらやってきて、
それを窓から見ていたウチのネコが感極まって、
「え、え、え」「ああ、あ」
とかそんなやりとりをしていたらしく、
鳥がいなくなって機嫌を損ねたネコが寝ている俺に向かって、
「んにゃんにゃーお」
これを訳すと、
「さっさと起きろ阿呆」
という意味で飼い主の俺と彼女で
心が通じているんだか通じていないんだかわからない、そんな朝。


目が覚めた俺はさっそくの朝風呂。
風呂においてあるラジカセからはくるりの曲が流れてきた。
このくるりってやつらは曲者で、
気分を憂鬱にさせる曲ばっか歌いやがる。
「じんじゃーえーるかってーのんだこんなあじーだったーっけなー」
うるせぇ、ジンジャーエールは読んで字の如く生姜味だ馬鹿。

そんなこんなで朝からイラつく。
「しょーこーしょーこーしょこしょこしょーこーあーさーかーらーうんこー」


そんな気分を晴れさせてくれたのは一通のメールだった。
この間の友人のスノボ来ないかメールの続きである。
日ごろから人は見た目じゃない、心だ、と偽善的に公言してる俺だが、
「その子たちの写真をよこせ」
とリクエストしていたので、写メールが届いたのだ。

しかし添付ファイルを開いた瞬間殺意が芽生えた。
とてもかわいいとも言えないし、まして美人なんかでもない。
費用は大体2万。
それとそいつを天秤にかけたら2万のが重い。
命は地球よりも重いとか言ってるやつらがいるが、
俺だったらそいつの命より2万をとるね。
と書くとあまりにもひどすぎるのでやめとこう。

次会ったらぜってぇ殺す、と決意を固めていると、
携帯がまたもやぶりぶり鳴り始める。
こんどは電話だ。

「おっす、おはよー」
「おっすでもおはよーでもねぇよ」
「機嫌悪ぃなぁ」
「てめぇなんだよアレは」
「ふがははははは、ふがっふがっ」
「ふがふが笑うな馬鹿」
「いや、実はあれは別の女」
「え?なんですって?」
「ホントはみんなけっこうかわいいよ」
「マジで?」
「マジ」
「おいおいあせったよ」
「その子たちの写メ送れって言われてもちょっとさぁ」
「まぁ無理にとは言わねぇから」
「で、本題に入るけど、車出せる?俺も出すけど人数が多いんでさ」
「おうよ、とりあえず聞いてみるわ」
「わかったら連絡してれ」
「あいあい了解ー」

てぇわけで、車の使用許可をとらにゃあならんのですね、はい。
しかしながら週末は親父のゴルフかアニキのサーフィンで使われそうなので、
先に車を押さえなければならない。

しかしこのとき、
これが元で第6次家族大戦が勃発するとは誰も予測していなかった。

続く

馬鹿と鋏は使いよう

テーマ:
『馬鹿と鋏は使いよう』ということわざがある。
意味は、良く切れる鋏も使い方が悪いと良く切れないが、
愚かな者でも使い方によっては役に立つこともあるということだ。

確かにそうだ。
物は使い方次第で様々な結果を出す。

しかしだからって馬鹿と鋏をいっしょにすんじゃねぇ。
ふざけんな。

鋏は常に役立つ。
ちょきちょきちょっきんと紙が面白いように切れる。
切断、即ち破壊。
それによって新しいものが創造されるのだ。
破壊と創造が一体となっている。
人類の英知によってもたらされたすばらしい道具である

馬鹿に何をやらせたって大体いつもダメだ。
同じ失敗を何度も繰り返すし、
なんていうか飲み会に呼んでも空気を読めない。
いや読もうとしていない。
もうぶち壊しだ。
ちゃぶ台返しだ。


ったく誰がこんなことわざ作ったんだよ。
ちょっと説教してやるから出て来い。

まぁ例え話ってのはわかるけどよ、
じゃあ馬鹿に鋏を使わせたらどうなるのか、
シミュレーションしてみた。


「よーし、鋏を使うゾ!じょきじょきじょき…あぁッ!紙と一緒に指まで切っちゃった!痛いよ痛いよ~!!あれ!?はずみで今度は電気のコードまで切っちゃった!し、痺れる~!!じたばたじたばた!あぁ!地面を転げまわってたら心臓のあたりに鋏が刺さってる!!!ぎぎぎょわ~…んがぐぐ(死)」


とまぁこういう感じだ。
つまり『馬鹿に鋏を使わせるな』の方が正しい。
サルに原子炉の管理を任せてはならないのと同様に。