2004年9月発症から2008年11月まで当時の手帳や書類を見ながら思い出して記録しました。2009年1月からはリアルタイムで書いています。2011年3月4日天国へ旅立ちました。アメンバー希望の方は2011年3月2日の記事をお読みの上申請してください。

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2012-03-04 23:40:42

ありがとうございました

テーマ:その後

細々と続けてきたブログですが

これを最後の更新にします。


大切な人を失った人が持つカレンダーは

とても不思議なカレンダーで…

3月4日に向けてのここ1~2ヶ月は

命の灯が消えるカウントダウン↓

その日に気持ちがもどっていき

正直きつかったです。


そしてまた新たな一年の

スタートを切ったような気持ちです。

あいた穴はそのままで。


思い出を反芻しながら

また次の一年を重ねて…

その繰り返しなのだと思います。


ブログなんだから

思いつくまま日常を書けば?

とも言われますが


…想いが深くなるほど

どう書いていいかわからなくなる

『キャパの小さい頭脳』の私なので

(↑息子にこう言われたなぁ)


そしてここは

必死に過ごした愛しい日々の

大切な記録ハートでもあるので


そっとこのままにしておこうと思います。


息子のお友達や

息子に関わってくださった人たちが

それぞれの忙しい日常の中でも

何かの折にふと息子のことを

思い出してくれる…

ほんの一瞬であっても

そうやって、あちこちで

ポツリポツリと誰かの心に出没して流れ星

命のバトンとして繋がっているのだ…と

思います。


つらい時、苦しい時、

どうしていいかわからない時

私はここに書くことで気持ちを整理して

また顔をあげることができました。


皆さま ありがとうございました。


感謝を込めて。


明日天気晴れ


2012-03-04 23:35:49

限定記事 今日の中心

テーマ:その後
2012-03-04 09:25:10

中心

テーマ:その後

1年が経ちました。

短いような、長いような

何も変わらないような

何もかも変わってしまったような…。


悲しいのは 住民票。

1ページ目 夫と私の記載。

2ページ目には 長男と その下に

(以下余白)


何度見ても

(以下余白)


私たちは4人家族。

バラバラになりかけた家族を

繋ぎとめてくれた息子。

我が家は息子を中心に成り立っています。

亡くなってもずっとそれは同じ。花


この家だって

家族を維持するために息子が

プレゼントしてくれたようなもの。


リビングの息子コーナーの端に

無線LANのルーターも置いていて

なんとなく

いつも息子が家中に電波電波

飛ばしてくれているように…

勝手にそう思っています。


私の愚かな妄想を

嘲笑うような

(以下余白)。


血を流すような心の痛み。。。


それでもまた…

あちこちに分散して収納してある

息子の残した品々を…

引き出しを開けては撫でてみたり

クローゼットの中の服を確かめたり

屋根裏にひっそり置いてある

義足を抱きしめて


他のどこでもない

息子の居場所はやっぱりこの家。

ずっとそばにいるよ。

君は我が家の中心キラキラ


…性懲りもなく

バカみたいに

そう思い続けます。


これからもずっと…。


2012-02-04 09:31:46

指先

テーマ:その後

ホームで電車待ちの列。

斜め前の高校生の男の子が

手にしていたPSP(透過)

器用に素早く動くその指先。

細さ、長さ、爪の形…

あまりに息子の指に似ていて

じーーーっと見入ってしまい


泣いてしまった。


電車を1本見送りました。


外で泣いたのはこれが2度目。


1度目の時は

泣いてからその理由に気づいたんだ。。。


駅前でひとりの車椅子の方を見かけ

スロープだったので声をかけ

上まで車椅子を押して行き

「ありがとう!」

「いいえ~。」(^^)/

普通に別れた後のこと。

10歩程歩いたところで

いきなり涙が噴き出すように溢れ

止まらない涙


車椅子の持ち手の形状・素材が

息子の物と同じで

握った感触と

押した時に感じるあの重さを

頭は回っていないのに

体が覚えていて

息子と結びついて

それで涙が溢れているんだ…と気づき

そうか、そうか、と納得して

更に涙を流しながら歩きました。


11か月。

もうすぐ1年。


その日が近くなるにつれ

なんか

ふりだしに戻る…みたいな。


どうしていいか

わからない気持ちです。

2012-01-04 10:31:51

家族写真

テーマ:その後

10か月。

大事な人を亡くした人は皆

もうひとつのカレンダーを持つと言いますが、

事あるごとにその人のいたその時を思い出し

その人を心に想っては泣いたり、笑ったり…

皆、そうなんでしょうね。


去年の年末年始の頃は

喘息や帯状疱疹、そして腰椎転移で

息子はずいぶん苦しい毎日だったんですよね。

そんな中でも、合間の調子がいい時にうまくあたって

元日には夫の田舎に日帰りで行き

おじいちゃんおばあちゃんと会えたし、

1月9日には麻薬パッチを貼りながらだけど

お兄ちゃんの成人祝いということで家族で食事に行けました。


中学以降は写真を嫌がるようになり

正面向いた写真なんてほとんどないですし

まして家族写真など撮らせてもくれなかったのですが、

その時だけは「お兄ちゃんの成人の記念に」と

何年か振りに家族写真を撮らせてくれました。


そしてそれが息子が写った最後の写真となりました。

一番最後の写真が家族写真…。

普段着だし、笑ってないけどね。

それでも、嬉しい。

ありがとう。


script_magicalmaker,http://www.magicalmaker.com/js/ameblo.js.php?upwh=1685648-1325610572-340-255


2011-12-04 08:30:27

感覚

テーマ:その後

9ヶ月目の息子の日ですが、

以前にもご紹介したハワイの塩沢家

(脊髄小脳変性症のクリちゃんと千秋さん、そして淳子さんの三人家族)

を応援するサポートコミッティによる街頭募金が

今日、新宿でありますので、先にご紹介させてください。


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10:30~15:00(予定)

新宿駅南口~東南口歩道・東南口エスカレーター下広場

http://ameblo.jp/kurichan-support/entry-11081611676.html

多くの人に病気の事を知ってもらい、一日も早く新薬ができてほしい…

淳子さんの希望、是非一緒に分かち合ってください。clover*

淳子さんのブログhttp://ameblo.jp/junko-shiozawa/

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寒いのが嫌い、雨降りは大嫌い、

天気の悪い日は憂鬱で、出掛けるのがとても億劫・・・な私でしたが

息子がいなくなってから、そういう感覚がなくなりました。

なくなったというか、どうでもいいと思えて

雨でも寒くても、何も思い煩うことなく出掛け

仕事や用事を事務的にこなし、

一日が終わって、やれやれ…と思います。


夫の会社がどうも危ないと聞いた時も

結局会社を辞めてまた転職すると告げられても

ふぅん…で終わり。

以前のような、焦りや不安で押しつぶされそうな感覚というのが

なくなってしまいました。


息子と過ごした必死で濃密な時間を経て

あの日、私の中の一部も一緒に死んでしまったから…

今残っている私や夫のことは

何があってもまぁどうでもいいというか…。


そうやって1か月、1年、10年…さっさと過ぎて

早く息子に会える日がくればいい…と思います。


お天気や生活はどうでもよくなったのですが

PCの不調は一気に憂鬱になります。↓↓

実は私の使っているノートPCは

去年、それまで使っていた古いノートPCの画面に線が入ったり

立ち上がりもすごく時間がかかっていたのを息子が見かねて

私の誕生プレゼントにと、息子が買ってくれたものです。ハート

(なんたって我が家では息子が一番お金持ちなもので…)

でも実際は息子が亡くなるまでは入院の都度、それを病院に持ち込み

息子が使って、時々私が合間に借りる…という形でした。


息子亡きあと(息子のデスクトップPCは両親に形見分け)

そのノートPCを今は私が全面的に使っていますが

それに息子のスカイプや携帯の記録なども残してあるので

PCの不調でそれらが消えてしまったら・・・というのが

・・・唯一不安でドキドキすることです。

きっと、そういうデータはUSBとかCD?DVD?などに

どうにかすれば落としておけるのでしょうけど…。くしゃくしゃ

「そんなこともできないのか。」

・・・息子の呆れ顔が目に浮かびます。

そうだよ。

君がいないからダメダメだよ。


このノートPC、まだ1年と少しなのに、どうも調子が悪く、

とうとう電源すら入らなくなり、修理に出しています。

(今、長男のPC借りて打っています。)

無事帰って来ますように。


今年もあと1か月を切りました。

私にとって、一部人生が終わった年。

震災と原発事故…多くの人にとっても忘れることのできない年。

何があっても年は暮れてゆき、

また新しい年に向かうのですね。


どうか今困難の中で頑張っている人たちに

安らぎがありますように。

光がさしますように。


悲しみを抱える人たちの心が

少しでも和らぎますように。


少し早いですが

今年一年、お世話になった皆さまに

心から感謝いたします。

ありがとうございました。


皆さまよいお年を。虹

2011-11-04 15:51:26

ひとり言

テーマ:その後

8ヶ月だね。

8ヶ月だな。

朝、夫との会話。

それだけ。

でも、それだけでいい。

想いを共有できる人がいるのは

きっととてもありがたいこと。


泣くのはそれぞれ一人の時間に。

夫は車の中で時々泣いているらしい。

私は日中一人の時に。


一人になると、メソメソしながら

この悲しい感情はなんなんだろうと考えたりする。


例えば、

もしも長男が遠い地方で寮生活だったり

就職や結婚して家を出て、

年に1度も帰って来ないとしても…

会えない長男を想って泣いて寂しがったりは

きっとしない。


会えないというのは同じなのに

どうしてこんなにも感情が違うのだろう…。


やっぱり生きているか、死んでしまったか。

その違い…なの?


8ヶ月前まではいたのに、今はいない。

なら、地球のどこか遠くに留学に行ってると

思い込んでみたら…どうかな?

それが地球じゃなくてもう少し遠い所だっただけ…

そう思ってみたら…

少しは悲しみが減るかな?


…な…わけないか。


失ったものや、

欲しいけど手に入れることのできないものに

どうしても意識が向かうのは人間の性…?


でも、私の意識が向っていないだけで

本当は私の周囲に大切なものはまだまだたくさんあって…

それも失ってみて初めて大切さに気付くんだろう。

家族や友達がいて

元気な体があり

ちゃんと食事が食べられて

暖かく寝る事ができる。

ありがたくて幸せと思わなきゃ…。


訳わからない呟きで

ごめんなさい。

2011-10-04 16:11:16

17歳

テーマ:その後

空を見上げることが多くなるこの季節。

どこにいるのかなぁ…と

見えないのについ探してしまう。


昨日は息子の誕生日でした。

17歳。

おめでとう。


言いながら、やっぱり涙が出てしまう。


夕食に、マックのバーガーやポテトを夫が買ってきてくれて、

7か月ぶりに…食べました。

夫も私も、涙ふきふきバーガー食べました。


数日前にはホーム病院内のNPO法人から

初発行されたというニュースレターが送られてきました。

寄付した息子のお香典で創設された骨・軟部腫瘍研究基金から

研究されている先生への助成金贈呈式の記事が

写真入りで掲載されていました。


よかったね。


社会に貢献とか、お世話になった人に恩返しとか出来ずに…

ってログに書いていたけれど

16歳にして十分すぎるほどしていると思うよ…。


スカイプがピコピコしていて

見ると、誕生日おめでとうって

何件か…。

誰だかわからないけれど

お友達だよね。

どうもありがとう。


script_magicalmaker,http://www.magicalmaker.com/js/ameblo.js.php?upwh=1685648-1317720627-340-255


去年君と行った公園。

今週末じーじ&ばーば、にーに&〇んちゃんと行って来るね。

高校の学園祭もこの週末にあるみたいだけど…

それはちょっと…かあさんは行けないかな。


高2の学園祭って一番楽しい頃じゃないかな。

みんな充実して過ごしてほしいです。コスモス

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