2008-01-30 20:46:25

金銭感覚の異常性・22

テーマ:田中正造の虚像と実像

前回紹介した逸見斧吉宛ての「お金を恵んで下さい」という手紙は、大正2年3月10日に、正造が無銭宿泊を覚悟して滞在した、新橋の越後屋から出したものでした。


なぜか同じ日に、同じ逸見斧吉宛に、正造はもう1通ハガキを出していますが、そこには、「知らず知らず腹中イツシカ空ともなりし時多くありしと見えて終に疲労に変じたるこの罰、今朝よりまた復活に到りまして候(疲労は回復した、ということでしょう)。ドテラ他一物逸見5男君より正に・・・」とあります。


どうやら、日暮里の逸見斧吉は、新橋の宿屋にいる正造まで、息子を使ってお金(一物)を届けさせたようです。


実はこれより2日前の3月8日、驚いたことに、正造はこの宿屋から「お金を恵んでほしい」という手紙を、もう一通出しているのです。
相手は染色業の林重平という人で、内容は次のとおりです。


「ご無沙汰つかまつりました。かねがねご心配下され候谷中収用価格の控訴裁判官および書記、弁護士数名、鑑定人同道、来る12,13,14日頃、東京より古河町に出張、谷中調査に相成り候。・・・かれこれ○(お金の意味)何ほどにても、実は、7,8,9にても急ぎ為替御贈り下されたく候」


そして、その2日後の10日、前日に11通という沢山の手紙を書いたその翌日に、次のような封書を林さん宛てに出します。


「久しく御無音して突然に金円借用の事まで申し上げ候に付き、次便ハガキにお詫び申し上げ候次第。・・・正造年73の老朽といえども、天地人道のためにはおよばずながら勢いの大小(政府その他の大きさと谷中の小ささ)に論なく今日までは継続して力を尽くしつつあれども、たまたま疲労に取り臥し候まま、この東京より金借申し上げ候次第、悪しからずおくみ取り、お手許になくとも百方ご工夫下さり候いて、至急このところに御回金相成候様お願い申し上げ候。くれぐれ病気にあらず、疲労中といいども床に臥していてこの手紙です。早々当用のみ。頓首頓首。林重平様、同御母上様、同御家内御中」

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2008-01-26 21:05:52

金銭感覚の異常性・21

テーマ:田中正造の虚像と実像

逸見斧吉宛の手紙を見てきましたが、正造の死の年である大正2年3月10日のそれは、彼がついにここまで落ち込んでしまったかと思わせるものがあります。


「この越中屋(港区新橋にあった)に信用減じました。忽ち減じました。この宿屋去る(明治)32,33年の頃宿屋開業、今日に無事に成長せしほどにて、人を見る眼は光れり。正造の一文無しを早くも見て取りてより、非常に信用なしとはなれり。これむしろ営業上ほめてよろしく候。ただし、34,35年など正造この新店に来たりて旅籠銭を相談して、一昼夜金27銭で、誠に一汁一菜の相談にて厄介になり、最も多くの鉱毒民と共に30銭以下にて宿したり。当時は新店なり。中々27銭でも信用高かりし。今は50銭でも一両日以来は俄かに甚だ信用を減じて、疲労中、床中の不便言語に絶せり。(ドテラ)もなく、寝ていても外風寒く候得ば外に出ること思へよらず。昨夜柴田兄より20銭葉書代とせしのみ」


「わたくしの疲労より約束の果たせぬところより万事ぼろの顕れるので、四方八方また大停滞。大破も小破も忽ちに出来いたし申すべきありさま。かたがたにて候えば、ドテラ一枚。もし、これ無き候わば、小夜具一つ、これは車上日暮里(逸見の家がある)に逃げ帰る途上の準備に候。その車(たぶん人力車)の帰り持たせてやるおよそ金5円以内、宿屋に勘定いたすのです。郵便、紙、牛乳いろいろ立替もあり、5円では如何か。・・・わたくし動き不便となりまして候。この段ありのまま御届け、且つ平に御救いを願い上げたく、この一書拝呈せり。頓首」


長い手紙ですが、新橋の宿屋に泊まったが、金がなくて払えないので、5円恵んでほしい、その前に、そちらに受け取りに行くのに着る物がないので、ドテラを届けてもらいたい、と解釈できます。


それにしても、「平に御救いを願い上げたく」とは、自業自得とはいえ、なんとも哀れな老人の最後を物語っています。


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2008-01-23 20:56:17

金銭感覚の異常性・20

テーマ:田中正造の虚像と実像

田中正造は、遠慮とか慎ましいとかには全く無縁の、無神経で非常識人間だと、言えるようです。
前回は、逸見斧吉たちから数多くの着る物をもらっていた話をしましたが、次の手紙では、自分の使う物だけでなく、逸見とは何の関係もない人に指定した物をただでやってほしいと、宇都宮にいる正造が、逸見におねだりをしています。何というあつかましさでしょう。


いったいこんな人を、歴史的な偉人として教科書で教えるなんて、日本の教育は、いったいどうなっているのでしょう。


「置き炬燵一個、これを栃木県旗川村大字小中医院中井育氏に、お贈りお願いに候。この医師は、継母の病気・死去まで充分世話をしてくれた人です。近頃病人となり、貧乏医で困ります。わたくし出京の折ごとに夜具の中に入れていただきましたとき暖かでした。これをです。その品をいただきたいのでお願いします」(明治45年1月26日)

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2008-01-19 20:21:43

金銭感覚の異常性・19

テーマ:田中正造の虚像と実像

働くことができるのに、仕事をしようとしない貧乏人が生きていくためには、着る物や食べ物も人からもらわなければなりません。


正造の場合も例外ではありませんでした。逸見斧吉に対しては、お金だけでなく着る物もねだっていましたし、その他の人からもいろいろもらっていたということが、彼の手紙を読めばはっきりと分かります。


明治43年7月3日付けで、古河町の旅館から正造が逸見斧吉に宛てた手紙を、以下に引用します。


「先ごろいただきたる去年の羽織、この間紛失せしため、田中屋(古河町の旅館)の下女なか子、戸棚まで探すや大風呂敷一個発見。おどろき開き見れば、こはいかに、一昨年の冬服一通り、木下(尚江)兄にもらった襦袢、それから牛込大学(早稲田大学)に演説に行く時着せてもらった綿入れ2、下着白1、これは貴下より借りたる物、そろってありました。冬になりて狼狽しての借り着、昨夜はこの品が誰から借りたのかも忘れていたのを、この間、(谷中村の)間明田氏より昨年10月頃借りた物だといわれて恐縮です」


正造は、襦袢や下着や綿入れなどを「借りた」と書いていますが、「これはもらったものではない。いずれは返すつもりだ」と言明している所に、平気で嘘をつく正造の姿を見ることができます。しかし、誰がこんな衣類を貸したなどと思うでしょうか。正造という人は、このように、世間を欺く事に終始していたのです。あきれるばかりです。



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2008-01-16 20:29:02

金銭感覚の異常性・18

テーマ:田中正造の虚像と実像

逸見斧吉に向けたお金の無心状は、まだあります。
これを読むと、正造と言う人はこの方面の文才が抜群に優れているという感想を持ちます。前回の手紙から半年後の明治43年5月11日のものです。


「恥を忍び、侮辱を忍び、迫害を忍び、寒暑を忍び、病いを忍び、私情を忍び得るも表面なり。内心怒りと色とは忍びかねしは壮年の時代なり。今や飲食を忍び、起臥すべき枕すべき所を忍び、虚栄を忍び、欲を忍び得るも、未だパンを絶つ能わず。間食を絶つ能わず。パンのほかに空気と聖霊とによりのみにて生ける能わず。しかもまた、このほかにも予の悩みあり。借金を返済し能わざるにあり」


「この一大事、人道の全てを償う能わず候。いわゆる敗軍の兵は論ずべからずで、予正造の苦痛ここにあり。このほかに苦痛なし。多年銅山党や奸賊の迫害はこの金策に害を加えしことのみなり。貧ますます貧せしめ、窮はますます窮さしめたり」


ここまでは、悲惨きわまる状態にあると告白していますが、「金を送って」とは直接書いていません。しかし、正造はこの日、もう一通の手紙を次のごとく書き、斧吉が送金せざるを得ないような状況を作っていました。


「拝啓、また封書にして申し上げます。・・・原田定助殿失敗後は、3月より出金余儀なく中止となり、故郷の継母と愚妻病気であるよしなれども、この方面だけは、原田定助にて少しずつ救うとの由にて申し出たり。・・・借金のことは貴下に申し上げるつもりはなかりし。寸暇すらあれば相談するところも少々ありと、一日一日と伸ばしたたるはよろしからず。年々寸暇なくしてむなしく罪を深めたり。実は小生の親類・親友の間に、貴下か木下(尚江)君のご尽力を得ればとも考え中に候。何分一寸のばしになりました次第です」


この日の手紙は、正造の発言の矛盾がよく現われていますが、「借金を返済できないのが予の悩み」といいながら、「このほかに苦痛なし」とうそぶいています。普通なら最大の苦痛なのに、どうしてこんな事がいえるのでしょう。


返済できないのは、自分が仕事をしてお金を稼がないからなのに、反対派が金策を妨害していると、他人を加害者にしているのですから、あきれはてます。


「お金の事はあなたにお願いするつもりはなかったが、親類などのまわりがお願いしたらといっている」と、お金をねだる事まで他人に責任を押し付けています。



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2008-01-12 21:58:45

金銭感覚の異常性・17

テーマ:田中正造の虚像と実像

逸見斧吉には、何時までも甘えてお金の無心を続けていたようで、それは正造に宛てた斧吉の次の手紙からも証明できます。


その内容から、斧吉は正造の行動にむしろ反対していることが判明しますが、にもかかわらず、お人よしの斧吉は送金を続けたこともわかります。


「遊水池問題も茨城はついに可決の醜態を演じました様子。ご焦慮の程も拝察され、ただただ噂してのみおります。如何とも力が及びません」


「(しかし)問題が問題のため、闘われることは、真の解決をもたらすでしょうか。いつもながらの疑問に打たれる次第でございます。別券にて少しばかりお送りします。またご入用の時にはおっしゃって下さいませ。すぐお送り申しあげます」(明治42年12月6日)


正造の一番の支援者だったこの人でさえ、「いつもながらの疑問に打たれ」ていた、というのです。100年後の今の人々が何の疑問を抱かずに正造のことを「神に最も近づいた人」(花村富士男)などと褒め称え、このように問題がある人間を、学校でも偉人として教えているのは、いったいどういうわけなのでしょう。あきれ果てるばかりです。



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2008-01-09 20:57:03

金銭感覚の異常性・16

テーマ:田中正造の虚像と実像

原田定助からの送金がストップした後、正造がお金をねだり続けたのは、缶詰メーカーの2代目社長だった逸見斧吉でした。
全集にある手紙類を見てみると、かなり頻繁に「金をくれ」と言っていたことがわかります。


斧吉に宛てた次の手紙は、お金の前にまず着る物を求めていますが、彼の場合、衣食住の全てを他人に依存していたので、他人からもらうものは、現金以外の方がはるかに大きかったのではないかと思われます。
他人からお金や物をもらうコツのようなものが、これを読めばよくわかるのではないでしょうか。
それにしても、彼はなぜ自分で働いて、自分のお金で生活しようとしなかったのでしょう。不思議です。


「今宇都宮に着きました。然るに、着る物は単衣一つに袷せ一つ、薄い下着二つに外套ですけれども、少々寒く候間、小包にて羽織だけお贈り下され度、お手数お願い申し上げ候」
「困るは例の金円にて候。まことにまことに重ね重ね恐れ入り候えども、金5円也小包の中に為替でお入れお願い申し上げ候
」(明治40年11月18日)


9日後、正造は、宇都宮の猪熊国三郎方から斧吉に宛ててハガキの礼状を出しています。この内容も興味深いものがありますので、紹介します。


「昨日、ご封書と小包正に拝受。御封中の御為替も正に拝受仕り候。右お手数かたがた、ひとかたならず有難く奉り存じ候。さて、わたくし自分の用には数通の手紙差し上げても、着物も懐も暖かくなり、用が足りると、御礼にはただこの端書一葉です。恐縮恐縮」(明治40年11月27日)


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2008-01-05 21:10:36

金銭感覚の異常性・15

テーマ:田中正造の虚像と実像

同じ原田なので、やはり正造の親戚だと思いますが、足利町の原田政七に正造が宛てた明治40年4月9日の手紙もまた、きわめて興味深いものがあります。


同時にこれは、原田定助からの送金が途絶え、定助の姉や弟も頼りにならない事が分かった正造が、やむなくこの人に泣きついたことがわかる極めて貴重な資料でもあります。


「1.金20円也。右借用致したく候。実は御貰い申したいのです。貰うとは申せぬから借用と申し上げます。委細は後で分かります。定助殿には当分お話しお控え下されたく候」


「本金このたび限りごく内にてご貸与相願いたく候。なお、あと20円計り、佐野(町)小島氏にも前に申し上げ候事あり。ごく内にて願い上げ候。・・・名古屋(定助の姉原田たけ子のこと)よりは少しずつ贈られ、定助殿よりも少々ずつはもらって今日までやり来り候ところ、ここに非常の欠乏を生じ、全く進退差し支え候次第、何とも申し上げ兼ね候えども、今回だけ極内にてご採用下されおきたく、伏して、ひとえに懇願仕り候」


「貰うとは申せぬから借用と申し上げます」に、いかにも正造らしい手口がうかがわれます。
佐野の小島の分も20円くれと頼む所にも、それが感じられます。自分の分なのに、他人の分だといってだます手口です。


「定助やたけ子からの送金がまだある」というのも、おそらく真っ赤な嘘です。


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