2006-12-31 20:00:29

桐原書店の「新日本史B」④

テーマ:検定教科書の嘘・いつわり

「足尾鉱毒事件と田中正造」というタイトルの当該文章は、最後に次のように書かれています。


「その後半生を足尾鉱毒事件に捧げた田中は、1913(大正2)年、<下野の国は大正2年正月亡びたり>のことばを残して72歳の生涯を閉じる。死に際して、田中はその全財産を被害農民の対策費として寄付した。」


「全財産を被害農民に寄付した」とは、あまりにもひどい嘘です。

土地は売ってしまって資産はありませんし(全集・第2巻の634頁に地所の売渡証が載っている)、国会議員時代に歳費を辞退して以来収入はゼロです。

もともと生活費も運動費も支援者から献金を受けていたため、彼は、奥さんに生活費さえ渡しておりません。

のみならず、貧乏な被害民からさえお金を借り、しかもそれさえ踏み倒しています(全集に島田熊吉及び増田清三郎からの催促状が載っています)。

人から恵んでもらって生活している人が、どうして被害農民に寄付などできるのでしょう。


2006年4月26日、この教科書のさまざまな間違いを指摘した私の手紙に対する桐原書店からの返事が来ました。

内容はこうです。


「お手紙、確かに頂戴いたしました。記述の内容につきましては、これより執筆者と協議をおこないたいと存じます。結果が出るまで少々お時間がかかるかと思いますが、結果が出次第、ご連絡申し上げます。」


返事はまだ来ません。しかし、「執筆者と協議」して結論が出ると思っているのでしょうか。執筆者は抵抗するに決まっています。何が間違いかは、編集部で調べれば簡単にわかるはずです。なぜそうしないのでしょう。全く不思議です。


何時までも高校生に嘘の歴史を教え続けるつもりなのでしょうか。

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2006-12-24 11:51:03

桐原書店の「新日本史B」③

テーマ:検定教科書の嘘・いつわり

教科書の説明は更にこう続きます。


「1903(明治36)年、栃木県と政府は、渡良瀬川下流の谷中村一帯を買収する計画を立てた。ここを一大遊水池とし、水量を調節して洪水を防止しようと考えたのである。こうして鉱毒問題は治水問題にすりかえられて、谷中村に集約された。」


「田中は、問題の本質をそらしたこの案に、猛烈に反対した。しかし、政府はこれを強行し、1907(明治40)年、谷中村に土地収用法が発せられて家屋はとりこわされ、谷中村一帯は水没した。」


「鉱毒問題は治水問題にすりかえられて、谷中村に集約された」とありますが、この段階ではすでに被害農地は回復し始めて鉱毒問題は解決しており、次の対策として洪水防止のための谷中村の遊水池化が計画されたのです。

それなのにどうして「すりかえ」になるのでしょう。


「谷中村に土地収用法が発せられて家屋はとりこわされ、谷中村一帯は水没した。」と政府の政策を批判していますが、前述のように、この計画には確固たる理由があり、上流の農民の支持があり、国会の決議も県議会の決議も経ています。それでも間違いだという根拠があるなら、それを説明すべきです。

これでは、「田中正造が善で日本政府は悪だ」という政治的に偏向した説明、という印象しか受けないではありませんか。


ところで、1907年は、「家屋がとりこわされた年」とも、「谷中村が水没した年」とも読めます。こういう曖昧な文章は、避けるべきだと思います。

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2006-12-17 12:05:37

桐原書店の「新日本史B」②

テーマ:検定教科書の嘘・いつわり

この教科書からの引用を続けます。


「田中正造は、1891(明治24)年、帝国議会でこの鉱毒問題を取り上げ、銅山の営業停止と農民の救済を政府に迫った。その後、被害農民たちも警察の抑止をふりきって大挙上京し、政府に惨状を訴えた。こうして足尾鉱毒問題は世の注目をあび、当初田中の訴えに耳をかさなかった政府も、世論に押される形で、1897(明治30)年、ようやく<鉱毒予防命令>を出した。これに対し、政財界に絶大な影響力を持つ古河は、被害農民の一部を買収するなどして運動の切りくずしをはかった。」


「銅山の営業停止と農民の救済を政府に迫った」は、事実ではありません。
1891(明治24)年12月18日の正造の質問書は、「足尾銅山に対する政府の責任と、被害民の救済方法、将来の鉱毒防止対策を問いただしたもの」で(岩波新書の『田中正造』131頁)、政府に営業停止など迫っていないからです。
同書によれば、正造が銅山の営業停止に関する請願書の草案を作成したのは、1896(明治29)年9月15日になってからです(134頁)。


「当初田中の訴えに耳をかさなかった」とありますが、上記の質問にも、「原因はまだ不明だが、帝大の教授たちが調査中だ」といった答弁をしており、事実は耳を貸しています。


「政財界に絶大な影響力を持つ古河」も嘘です。
古河市兵衛は、政・財界人との付き合いが当時もっとも少なかった経営者で、絶大な影響力など全くなかった人です。
陸奥宗光との関係が深かったのは、個人的なつきあいであり、また、陸奥は政治家としてはアウトサイダーでしたから、癒着だという判断はまるで筋違いです。


市兵衛は、加害者責任をすぐに肯定し、すばやく損害賠償の示談交渉をはじめ、政府の公害防止工事の命令に対し、すべて素直にこれを履行しています。したがって、「被害農民の一部を買収するなどして運動の切りくずしをはかる」必要はありません。


「<鉱毒予防命令>を出した。」としながら、この教科書は、古河鉱業が、この命令に従って公害の歴史上最大の大規模工事を敢行し、それが成功して被害農地が復旧したという重大な事実を完全に省いています。


高校の教科書が、何でこれほどひどい嘘をつかなければならないのでしょう。


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2006-12-10 11:06:38

桐原書店の「新日本史B」①

テーマ:検定教科書の嘘・いつわり

この高校教科書を、少しずつ引用しながら、間違いを指摘していきます。


「足尾銅山は、1877年に京都の古河市兵衛の手に移ってからは、・・・産銅額は飛躍的に増加していった。」


古河市兵衛は京都の出身ですが、事業の本拠は始めから東京ですから、「京都の古河市兵衛」では真意が伝わりません。こんな書き方をすべきではないと思います。


「銅山による山林の乱伐や煙害で山ははげ山になり、ひとたび大雨がふると、渡良瀬川は氾濫して洪水をおこした。洪水は広範囲に鉱毒をまき散らして農地を荒廃させ、作物は育たず、農村は疲弊した。」


洪水の原因は特定できません。渡良瀬川は江戸時代から洪水が多く、そのために沿岸の農地に豊かな実りがもたらされた、というのが定説です。
例えば、田中正造研究者の花村富士男は「谷中村は、3年に1度は昔から洪水があった。2年間は豊作、1年間は洪水と、そのくり返しが多かった。」と書いています(『神に最も近づいた人-田中正造覚書』)。


「銅山による山林の乱伐や煙害で山ははげ山になった」ことが洪水の原因だと教えることは、明らかに間違っています。


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2006-12-03 21:09:44

山川出版社の「日本史A」③

テーマ:検定教科書の嘘・いつわり

この教科書は、最後に次のように書いています。


そこで(鉱毒被害が止まなかったので)、1901(明治34)年に田中は議員を辞職し、その年末の議会開院式から帰る天皇の行列に直訴を試みたが、果たせなかった。」

「政府は1907(明治40)年、被害と洪水を緩和するために、渡良瀬川と利根川の合流点の近い栃木県下の谷中村を廃村として住民を集団移転させ、遊水池にした。」

「しかし、田中はこれを不服とする住民とともに谷中村に残り、1903(大正2)年に亡くなるまでそこに住んで政府に抗議し続けた。」


「鉱毒被害が止まなかったので直訴を試みた」は、これまで何度も述べたように事実ではありません。

明治34年10月6日付の朝日新聞で明らかなように、すでに豊作になった田畑もあるからです。


谷中村の遊水池化の目的は、鉱毒被害の緩和ではなく洪水防止ですから、これも嘘です。

政府は、鉱毒被害がなくなったことを確認したうえで、この計画を推進しています。資料をよく調べてください。

田中正造の政府への抗議は、あくまでも個人的な行動であって、日本国民の立場から言って、この抗議が正当であるという根拠は何もありません。谷中村より上流の農民は、すべてこの政府案に賛成しているのです。


にもかかわらず、正造のほうが上流の農民より正しいと生徒に説得できるはずはないではありませんか。


問題点を指摘した私の手紙に対して、本年5月10日付で山川出版社の編集部から返事がありました。

それには、「ご指摘の点については、著者に照会して検討したい。」とありましたが、著者は反論するに決まっています。相談して正しい答えが出るものでしょうか。

「少々時間を頂きたい」とも書いてありましたが、いまだ音沙汰なしです。

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