2006-05-28 11:38:15

花村校長のあきれた個人崇拝①

テーマ:栃木県人の大法螺

田中正造を猛烈といっていいほど崇拝している民間の研究者が、栃木県にいます。


出身は福岡県ですが、歴史の教師として県立足利女子高等学校に赴任して以来、同県の多くの県立高校で教鞭をとり、今市、宇都宮北、宇都宮南高校などの校長を歴任した県教育界のエリートで、同時に岩波書店の『田中正造全集』の編集に関係したことから、次々と関係論文を書き続け、これまでに田中正造の本を5冊も自費出版しているのですから、その入れ込みぶりには唖然とせざるを得ないものがあります。


その人の名は花村富士男。はっきり言ってとんでもない元校長先生です。
なんといっても吃驚したのは、平成3年に出版したシリーズの最初の本が、『神に最も近づいた人 田中正造覚書』となっていたことです。
これでは、実態からあまりにも外れているからです。


全集をパラパラめくって、正造の国会演説を見ていけばすぐに分かりますが、彼がしゃべっているその中身は、口からでまかせで事実無根の話が多く、そもそも真実味が感じられません。


実際に研究者から彼の虚言がいくつか指摘されていますし、私は彼の書簡や演説から数え切れないほどのウソを見つけました。とにかく、常にいろいろなウソを重ねていたことは間違いありません。


そもそも、普通の人間なら何らかの労働をして生活費を稼ぐのに、彼は働かないので収入がなく、それが当たり前のごとく、生活費も活動費も金持ちの親戚や支援者からもらっていました。もっと問題なのは、奥さんには1銭も渡していなかったことです。ですから正造夫人は、内職で暮らしを立てていくしかありませんでした。


もっとひどいのは、お金に困っての果てに貧乏な被害農民からさえ金を借り、返せなくなって踏み倒していることです。
どんなに立派な演説をしても、被害農民を救うと称して立ち上がっても、お金に対してこんな汚いことをする人は、私には許せません。人の道に外れているとしか思えないので、「神に最も近づいた」と賞賛するなどとんでもないことで、絶対反対です。


その個人崇拝ぶりについては、次回から具体的に書いていきます。


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2006-05-21 20:36:02

立松和平の突拍子もないウソ②   

テーマ:栃木県人の大法螺

立松和平が自らライフワークだというもう一つの小説が、『毒 風聞・田中正造』ですが、ここにも足尾鉱毒事件にかかわるとんでもないウソが見られます。

この小説の第2章は、庭田という被害農民が明治31年に作文した「鉱毒地鳥獣虫魚被害実記」をそのまま素材にしているのですが、それは次のような文章を並べることによって構成されています。


「マルタという魚の最盛期は、桜の花の盛りです。ハヤは、梨の花の盛りを旬(しゅん)といたします。渡良瀬川の川幅いっぱいに網を張りますと、慶応より明治12,3年の頃までは一晩に百貫以上はとれました。(中略)鉱毒被害以来、マルタもハヤもまったくとれません。」


しかし、この被害実記はすべて同じ調子で、上記のように「かつてはこのように豊かな自然があったが、鉱毒被害以来それがなくなった。」という書き方がされており、どの程度の被害があったのか、その具体的内容はほとんど書かれていないのです。つまり「被害実記」にはなっていません。よく読むと実にいい加減な資料だということがわかります。しかし、これだけではありません。


実は、鉱毒の被害が発生するのは明治17年頃からです。ですから、「明治12,3年頃を境に魚がとれなくなった」と書いているこの記録は、明らかに捏造された作文だということを証明しています。つまり、真実の記録ではないということができます。

庭田という農民が、いつごろから公害が発生したのかわからないはずはありません。それなのになぜわざわざこんな嘘を書いたのかといえば、田中正造が明治30年から「公害の発生は明治12,3年頃」と嘘を言い始めたので、この嘘に合わせる必要があったからです。


ということは、田中も嘘をつき、それに合わせて被害農民も嘘を言っているこの記録は、明らかに意図的な虚構であり、資料としての価値はないと言えます。


ちょっと調べれば、田中正造に重度の虚言癖があることがわかるはずです。しかし、立松は、正造の言うことを頭から信じ込み、その上、政府と古河の公害対策が成功した事実を読者に何一つ知らせず、逆に政府の無策を非難するような小説を書いて、読者をだましているわけですから、まさに大法螺吹きの栃木県人だということが出来ます。

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2006-05-14 12:01:10

立松和平の突拍子もないうそ①

テーマ:栃木県人の大法螺

斉藤ディレクターは、足尾鉱毒事件をテーマにした『その時歴史が動いた』に、マスコミで大活躍する栃木県人、立松和平をゲストに起用しました。


立松は、足尾銅山の抗夫だった人を曽祖父に持ち、生まれ育ちは宇都宮ながら、夏休みになると足尾にあった親戚の家に遊びに行き、「子供の頃は足尾に住んでいたといっていいくらい」この地に縁があって、鉱毒事件に関する小説を2冊も書いている人だったからでしょう。

しかし、立松は、放送で「田中正造に唯一出来ることは直訴だった」と言っただけでした。直訴のその時すでに、公害防止工事の効果で被害農地が回復し始めていたのに、何も調べていない彼は、学校の教科書に書いてあるニセの解説程度のことしかコメントできなかったわけです。


足尾鉱毒事件をテーマにし、自らライフワークだとする彼の小説のひとつが『恩寵の谷』ですが、この中で、足尾銅山の所長(責任者)だった木村長兵衛を悪役にして、しかし立松は、次のように時間を勝手に逆回転しているのですから、あいた口がふさがりません。


「長兵衛は、渡良瀬川の下流で魚が大量に浮かび、殊にアユの量が減ったのは鉱毒が原因だというウワサを耳にした。もし漁民が失業したというなら、いつでも銅山で雇ってやる、と会議の席で彼は何度も何度も大声を出した。」

「もう何年も前から農作物の収穫が減少してきた。栗、栃、柿、梨、梅、桃も収穫がなくなり、木もしだいに枯れていく。田畑に作物が育たないのも、茸が生えなくなったのも、馬が死んだのも、母親の乳がでず赤子が夭折するのも、製錬所の煙のせいだという。つまり、すべての責任は長兵衛に帰すのだから、賠償金を払うべきだというのだった。」

公害が事件として顕在化するのは明治23年8月の大洪水からです。同年11月に谷中村が製錬所の移転を要求し、12月には吾妻村が採掘停止を求める上申をし、栃木県会も原因物質の除去を建議しています。

田中正造が帝国議会で最初の質問をするのは翌明治24年12月、原因は足尾銅山の排出物だと、東大教授古在由直が発表したのは25年2月です。

そして、立松がこの小説に利用した上記の被害状況が記録されるのは、間違いなく明治30年以後のことです。

ところが、木村長兵衛は明治21年4月に死んでいるのです。ですから、生存中に上のような公害の話が持ち上がるはずはありません。


彼は、田中正造を英雄にし、古河市兵衛を悪者に仕立てるために、意図的に歴史を捏造したのでしょう。

まったくペテン師的な行為ではありませんか。栃木県人らしさを売り物にする人気小説家の、これが現実です。


      

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2006-05-05 12:01:43

NHK斉藤ディレクターの無知

テーマ:栃木県人の大法螺

2002年2月20日、NHKテレビの人気番組『その時歴史が動いた』は、「田中正造、足尾鉱毒事件に挑む」を放送しました。


斉藤ディレクターとは、この番組の制作・演出をした教養番組担当の斉藤圭介のこと。彼は、事件の主舞台の足尾の町で生まれ育った栃木県人で、銅山が閉鎖した1973年に地元の小学校に入学し、「銅の成分を沈殿させる茶色い大きなプールのような施設も、子供時代の記憶の回路の中にしっかりと組み込まれ、」「銅とともに生きた土地の空気を、胸の奥深く吸い込んできた」そうである(取材ノート)。


しかし、いったいどうしたことなのでしょう。彼が子供時代に見た風景も吸った空気も、この番組に何一つ反映していなかったのです。
放送は、「政府も古河も何の対策もとらなかったので、最後の手段として、田中正造が明治天皇に直訴した。」という内容になっていました。
彼が「しっかりと記憶している」公害防止用の沈殿池は、何のために、誰がどのように造り、実際にどれほどの効果があったのかなどを、彼はなぜ調べようとしなかったのでしょう。


1903年6月、政府は、6年前に造られたこれら沈殿池の効果で、鉱毒が渡良瀬川に流出しなくなったと発表しました。
当時の最高のレベルにいた専門家による、政府のこの調査結果さえ調べていないのは、いったいなぜなのでしょう。


『田中正造全集』の別巻にある「年譜」には、「1903年10月、鉱毒被害地の稲豊作」と明記されています。
彼が小学生の頃盛んに読まれていたに違いない『下野人物風土記』の3集には、「鉱毒問題は、この施設によって解決した。」とはっきりと書かれているではありませんか。


結局彼は、生まれ育った足尾のことなど何も知ろうとしなかったことがわかりますが、その理由は、彼がある種の偏見を持っていたからだと思います。


この放送を再録した単行本には、「政府は、洪水の際に鉱毒水をためる貯水池を造り、被害を抑えようとした」と、谷中の遊水池のことが説明してあります。


しかし、政府がこんな変な理由で遊水池を計画するはずはありませんし、防除工事が成功して、洪水があっても鉱毒に侵されなくなったので、この説明はあまりにもお粗末な作り話になってしまいます。おそらく彼の頭の中には、「政府も古河鉱業も誰がなんと言っても悪である」といった観念しかなかったのです

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