2005-07-30 22:01:07

日経から訴えられる⑦

テーマ:新聞社の偏向

裁判の結果は、1,2審とも予想どうり、日経新聞社の請求を棄却するものでした。
その内の、2審、東京高裁の判決から、理由の一部を紹介します。


「本件記述部分が、古河市兵衛の再評価を行うとともに、これに関連して、足尾銅山以外の鉱山の公害の実態を再検討しようという学術的な意図に基づくものであることは、明らかであり、控訴人新聞記事について、上記の問題意識に基づいて行う意見ないし論評の表明は、公共の利害に関する事実にかかわり、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる。」


「そして、<彼(田中正造)が戦略的に作ったデタラメの話まで、何十万という新聞の読者に真実らしく報道するのは罪作りではないか>との本件記述部分の表現が、意見ないし論評としての域を逸脱したものかを見るに、被控訴人砂川の<実は、田中正造によって足尾鉱毒問題があまりにもクローズ・アップされたため、その陰に隠れてしまったものがある。一つはこのことで悪役と見なされた古河市兵衛の実像であり、ひとつは同業他社が撒き散らしていた鉱毒の実態である。>からすれば、控訴人新聞記事に疑問を感じ、これを批判的に採り上げざるを得ないことは、健全な言論活動の範囲内として当然のこととして理解されるものである。」


「控訴人は、この表現は控訴人がでっち上げの報道をしたというに等しく、新聞記者にとって致命的なものであって、言論機関の存立基盤を脅かす最大級の悪質な誹謗中傷である旨主張するが、わが国を代表する新聞媒体機能を担う控訴人の地位、性格等にかんがみると、独自の見解の憾みを免れず、採用することができない。」


「したがって、名誉毀損の不法行為を言う控訴人の主張は理由がない。」

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2005-07-23 21:21:31

日経から訴えられる⑥

テーマ:新聞社の偏向

第1審が終わって、敗訴した日経が控訴した第2審中のことですが、草思社からの依頼で、月刊雑誌の『草思』8月号に、この裁判のことのあれこれを書かせていただきました。
すると、草思社の編集部に宛てて、私に渡してほしいという1通の手紙が届きましたが、それは、日経新聞改革委員会からのもので、次のように書いてありました。


「私たちは、鶴田卓彦に私物化された日本経済新聞の、腐敗しきった体質を正すため、この委員会を組織した記者の有志です。8月号に載った砂川氏の寄稿を読み、自らの勤務する新聞社の横暴な提訴の事実を知り、愕然といたしました。砂川氏にお詫びするとともに、私たちの改革へむけた行動に理解をいただければと思い、筆を執りました。」
「本来、訴訟を取り下げさせるように、法務室に働きかけるのが筋ですが、改革はまだ道半ばで、現時点においては、そうした行動を取ることができません。お詫びします。その代わりといっては何ですが、砂川氏と晶文社が訴訟を戦うのに役立つ情報を提供したいと思います」 


「今、鶴田卓彦に絡んだ、数々の疑惑が浮上しています。最大の案件が100%の日経の子会社、TCW社の融資手形乱発事件で、もう一つが彼の愛人問題です。法務室は2つの問題で隠ぺい工作に躍起です。」


それから5ヵ月後の平成15年1月、鶴田社長は取締役会で辞任を求められました。その提案は否決され、その後会長を務めたものの、2ヶ月でこの役も降りざるを得なくなったということです。
鶴田社長の辞任にいたる経過については、大塚将司著の『日経新聞の黒い霧 』(講談社)に詳しくリポートされています。

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2005-07-16 21:13:46

日経から訴えられる⑤

テーマ:新聞社の偏向

この裁判で日経が提出した証拠に、小島ひでき記者の陳述書があります。とても興味深いので、その一部を引用します。


「2001年4月初め、文化部の書評担当者から私に、砂川幸雄著『運鈍根の男』が書評に値する本かどうか、検討してほしい、との依頼がありました。」
「名のある出版社の本でもあり、とりあえず読み始めましたが、古河市兵衛を無批判に絶賛する、いちじるしくバランス感覚を失調した本であると思いました。途中でいい加減、嫌気がさしたのですが、放棄する寸前に、173頁で、問題の記述にぶつかったのです。」


この陳述によって、この本がなぜ日経新聞に取り上げられなかったか。その理由が明瞭になりました。しかし、古河市兵衛の伝記は、関係者が自費出版したもの一冊しかなく、私が書いたものは資料として貴重なので、日経は書評で採用するだろうと思っていたのです。
それまで出した財界人の伝記5冊は、全国紙だけでも、読売、毎日、朝日、日経、聖教、公明の諸新聞に紹介されましたし、私が小島記者の言うような書き方をしているはずはありません。
日経新聞は、読者へのサービスよりも一人の記者の感情のほうを優先させたのです。日本の代表的な新聞として、これは明らかにバランス感覚を欠いています。古河市兵衛は古河財閥の始祖ですし、「明治十二傑 」にも選ばれた、財界一の人気者でもあったのですから。同紙がボイコットしたのは、私の本だけではありません。同紙は、それまでは、晶文社発行の本を1年に3から5冊書評で採り上げていたのですが、この裁判の最中は一切採り上げなかったのです。あまりにも冷静さを欠いているではありませんか。

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2005-07-09 21:20:56

日経から訴えられる④

テーマ:新聞社の偏向

日経の記事が引用した田中正造の演説は、「別子銅山と足尾銅山とでは天地の差がある。別子の鉱主・住友は紳士であるから、足尾の古河のように金をもうけさえすればいい、とは考えない」、といった内容でした。裁判でも、日経は正造の言ったことは正しいと主張しつづけました。しかし、鉱山業の近代化においては古河はトップを走っていましたし、公害問題に関しても同業の別子、小坂、日立の銅山より進んでいました。他社は被害者責任をすぐには認めず、被害農民と直接対決して紛争を長引かせましたが、古河はすみやかに損害賠償の交渉を始め、政府の命令に従って徹底した公害防止工事を敢行したため、被害農民との直接対決はありませんでした。
当時農業被害の原因は、鉱毒よりも洪水のほうが大きい、という説もあった中で、この古河の対応の仕方は、今日の常識から言って異例の見事さです。本を書きながらそうした事実を知らされていたので、田中正造や住友の資料だけを調べて、自分の主張は正しいといい続ける日経の頑固さには、あきれはてました。
新聞記者は調べるのが仕事です。しかも経済の専門紙ですから会社の情報はすぐ手に入ります。それなのに、自分の不勉強を棚に上げて、古河その他の公害対策を調べた者の批判に対して「報道機関に対する侮辱である」などといい続けました。
同じ経済紙でも、産経新聞の場合はだいぶ違っていました。というのは、産経でも日経に似た「われ、官をたのまず」という大型連載記事を、大阪本社経済部の吉田伊佐夫記者一人で書いていたのですが、その9回目に取り上げた伊庭貞剛の記事に、なんと日経と同じ正造の国会演説を引用したのです。
そして、正造が伊庭を評価したと書いたので、私はすぐに吉田記者に間違いを指摘した手紙を出しました。すると彼は、素直に自分の記事を反省し、単行本にする時にはなおします、という返事を速達でよこしたのです。とても誠実でした。私を訴えたときの日経新聞は、たぶん異常だったのでしょう。

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2005-07-04 09:43:37

日経から訴えられる③

テーマ:新聞社の偏向


翌8月2日(平成13年)、日経新聞に「わい曲した引用」「晶文社など提訴」「本社」との見出しで、この記事が出ました。ここには、本社は「正当な引用、論評は問題ないが、この行為は創作意図のすり替えに当たり、著作者人格権を侵害された」と主張している、と書いてありました。
さらに、同社の秋山豊広報担当部長は「記事の都合のよい部分だけを引用し,文章をすりかえて当社をひぼう中傷している。言論の自由とは無縁で、容認できない」とコメントしていました。
しかし、何で私に日経をひぼう中傷する必要があるでしょう。
私の著書のうちの3点は日経の読書欄に採り上げられました。論説委員の小島記者は、私の本を読んで大倉喜八郎の取材に来ました。編集委員の名和記者は、私の本を見て「美の故郷」シリーズの岩佐又兵衛の取材に見えました。日経新聞の企画になる[20世紀・日本の経済人」シリーズがテレビ東京で放映されたとき、大倉和親の分は私の著書を参考にしてシナリオが書かれましたし、私もゲスト出演しました。
私が日経をひぼう中傷することは自殺行為ですから、それはあり得ないことです。
「言論の自由とは無縁で容認できない」も、驚きのコメントです。私はただ本当のことを書いただけだからです。当該記事のおおよそは、次の通りでした。


①田中正造は国会で、住友と古河とでは天地の差がある、と演説した。その田中が手放しで称賛したのが別子銅山を改革した住友総理の伊庭貞剛である。
②伊庭が打った煙害の最大の解決策は、製錬所を無人島の四阪島に移転したことである。
③ただ、その意に反して移転は煙害の完全な解決にはならず、その除去には操業から35年もかかった。


私は、①と②をとりあげてこの記事を批判したのですが、③については何も触れませんでした。日経はこのことを問題にし、なぜ③を引用しなかったのか、これは正当な引用でなく歪曲した引用で、創作意図のすり替えだ、著作者人格権の侵害だ、と言って来たのです。まるで駄々っ子のおねだりではありませんか。
どこを引用しようと引用する人の勝手。それが言論の自由というものです。

皆さんはどう思いますか。

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