January 19, 2011

第9回愛知県芸大施設整備ビジョン討論会を聴いて

テーマ:愛知県芸

第9回の県芸討論会の傍聴に行ってきた。

名古屋は数日前に大雪が降っていた。大学に到るまでの道のりのあちこちにもその雪は残っていて、行くまでの間はまるでちょっとした雪山を散歩するようなものだった。この行程は何か気分を切り替えたり、あるいは考え事をするのにとても良いように思う。きっと吉村さんもその辺の事は狙いとして設計されたに違いない。ただ、歩くだけの道。市内の喧騒から離れて自分一人に至る道。芸術を学ぶ者にとって重要な行程を建築が手助けしていると言って差し支えないと思う。

討論会の会場は前回よりもさらに閑散とした感じがした。委員の欠席者は前回よりもさらに増している。傍聴席の方はというと前回よりも人は増えていたがそれでも幾らも空席はあった。その前回は学生さんによるなかなかに素晴らしい出来事があった訳だが、意外と関心は集まらないものだ。クチコミで少しは増えるかと思ったがそんな事はなかった。そんなもんなのね。

先ず座長の挨拶があり、その後に事務局長から奥村氏についての説明があった。前回奥村氏が会より離れる事を書面で言っていた訳だけど、それについて真相を質すために東京まで学校関係者数名で2回に渡って行かれたらしい。1回目は相手にされたようだけど、2回目はそのまま帰されたのだそうな。それで現在の奥村氏への対応はというと、会の議事録やスケジュールについては報告し続けるとの事。名簿を見てもその日の扱いは”欠席”という事になっていた。学校側の対応は真摯なものだけど、本人が離れると言っているのだから仕方ないものかもしれない。それに奥村氏としても政治や演歌歌手の様にカムバックするのはカッコ悪いだろう。

会議の前にはいつもどおりにその日に関係する資料が配られていた。いろいろある中で興味を引いたのは大学から出た学生向けの施設整備に関する広報パンフレットだ。今までの学校の対応を考えると素早い反応ではないだろうか。今後もこの様なパンフレットは造り続けられると言われていたのでその点は評価できるものと思う。

他にいくつか、書類について説明が行われた。まず日建設計より現況の建物の分析について話があり、多くの建物が耐震上問題を抱えている事が伺えた。もっとも耐震診断についてはパソコンのプログラムによって違う数値が弾きだされる事もあるらしい。どこまで信用して良いのかよくはわからない所もあるが、誰が見ても明らかに耐震上問題があるとされる所が放置されていたりもするので、問題があると思って構わないと思う。よくわからないのは、例えばコンクリート造の古い小学校などはまたたく間に耐震改修が行われてサッシの部分が壁になってしまったりしているのを見かける訳だが(それが良い改修方法だとは決して思わないが)、何故にここは放置されているのかという事だ。いちおうここは公立の建物である。小学生の命は大切でも大学生ならどうでも良いのか?そんな事はないと思うのだが、急いで手をつけるべき所が放置されているのは謎としか言い様ない。それとも県立と市立というそんなつまらない差での違いというものなのか。話を戻すけれど日建さんが今回出された様な資料は出来るだけ何度も何度も出すべきである。

続き水津委員及び学校関係者で作られた資料の説明がある。現況のキャンパスを分析して保存すべき所と拡張すべき所が図面で提出されていた。前回の資料を改訂したものらしい。拡張していこうという部分は変わらず緑地が充てられていたのだが、誰もその事について指摘しなかった。議論には疲れた、という雰囲気があったように思う。途中居眠りをしている委員も見かけられた。先にも少し触れたが今回も委員に欠席が多い。名簿上で7人、他にも1人が欠席と聞いた。大学関係者はほぼ出席しているのに対して有識者の側に欠席が集中している。つまりは外部の人間がほ高い割合で欠席している訳だが、これはどう捉えるべきだろうか。外部の意見を聞きたい学校側に対して出席しようとしない外部の人たち。議論はなかなか噛み合ってこなかったのだが、その歯車が奥村氏の退団によってさらに壊れてしまったのかもしれない。

学校側としては主に講義棟周辺の地域を重要と捉えているらしい。配られた図面は色分けが成されていて、その付近の色は濃い。西澤委員がその事について保存にレベルがある訳ではないと言われていた。建築は保存が目的ではなく、使う事が重要であるとお話される。今後おそらくは改修工事が行われる事によって一時的に教室など不足するおそれはあるだろう。順番にどのようにしてその改修を進めるのかプログラムを組まなければならない。新音楽棟が作られる事によって旧音楽棟が出来る訳だが、そこを学生会館に充てるという話が出た。おそらくはそのようにして出来るだけ短期間で改修していかねばなるまい。素早い動きで全体をまとめていく必要があると思うのだが、その舵取りは誰がどう行っていくのだろうか。

議会は通常2時間が予定されているのだが、今回はそこまで話す事がなかった様で30分早く切り上げられて閉会となった。あと3回、この討論会は行われる事になっている。欠席者もだんだん増えてきている訳だが、私も聴きに行けるものかどうかわからない。この場所に来てまでライブで是非聞きたいという気持ちは少しずつ減ってきている。むしろ今は、この会が終わった後にどういう展開があるのか、そちらの方が気になっている。
December 19, 2010

第八回愛知県芸大施設整備ビジョン討論会を聴いて

テーマ:愛知県芸
第8回の県芸ビジョン検討会を聴いてきた。

第7回も1ヶ月程前に行われていたのだが、他に仕事があって行く事が出来なかった。この検討会はだいたい平日の昼間に行われている。時間の確保は易しくない。2ヶ月ぶりに会場に訪れた訳だが、久々に行ったという気は否めなかった。

この2ヶ月の間に大学の建て替えの事が数回テレビで放映されている。私は生憎TVを持っておらず直に見る事は出来なかったが、ユーチューブで内の1本は見る事が出来た。なるほどわかりやすい。しかしわかりやすくしようとしたが故に、あるいはテレビというメディアの性格上と言ってもいいかもしれないが、物事を大げさに思わせるような部分も見受けられた。センセーショナルでなければ人々は振り向かないとテレビは思っている。今、それがどこのどれであるという説明は省く。それよりも逆にこの辺の事を、大学としてはオフィシャルにわかりやすい形で現況をしっかり伝えるべきではないかと思う。ネットで状況は出しているかもしれないが、それはHPのトップにリンクされている訳でもないし、しかもそこに出ているのは会議録だけである。図も動画もない。これで解ってもらおうというのはあまりに失礼ではないか。しかも未だに前回の7回目の会議録はアップされていない事からしても、新鮮な情報の重要性の認識が低い事がわかる。必要なのは「今」「何が」「どうなっているか」という事なのだ。逆に言えば大学が明らかにしない所を報道が先行した分、根源が見えずに混乱が起きている。そしてその一端を今回は討論会でも垣間見る事にもなった。それは後に明らかにする。

傍聴者は増えているだろうと予測していた。先にも述べた様にTVで放映されたからだ。一気に人並みが押し寄せるとは思わなかったが反響として傍聴者の数にそれは現れるだろうと思っていた。その事もあって席は早めに行って確保したのだが、結局のところ傍聴席は用意された10席に対して4つが埋まっただけのものだった。拍子抜けした。報道されてもこの程度のものであるという事を実感した。おまけに、と言っていいだろうか、その日は会議の中の委員でも遅刻者が3人出ていた。いろいろ理由はあるし仕方のない事もあると思う。しかしながら以前にあったような緊張感が薄れてきているかのような印象は否めなかった。会議自体も時間になったから始める、というのではなく遅刻してきた人にあわせて10分遅れて始まった。待たされた人たちはどういう気分だっただろう。始まる前から全体の印象が見えた気がしたものだった。

そんな雰囲気の中で学長の挨拶から会議は始まり、配られた資料を元に様々な話が繰り広げられた。特に今回中心に取り上げられたのは水津委員が作られた大学のキャンパス分析であろうか。現況の分析を元にして将来像を描くというものだったが、その分析にしても将来像にしても様々な委員から疑問の声が挙がった。その中でも森委員からは既存の建物の利用はどうなっているのかという質問が出た。私もその図を見ながら同様の事を考えていたのだが、図面のそこには全くと言っていいほどに既存の再利用については触れられていない。当の水津委員はその問に対して将来既存の建物がどうなるかわからないし具体的にどうなるかわからない、そして考えていないとまで言われた。考えていないと言われてなんだかこちらが考えさせられた、というよりは正直に言えばその場で憤りまで覚えたものだった。議論は重ねられてきたはずだが、未だにこうなのだ・・・。水津委員が大学側を代表する立場で案を出したのか、あるいは一個人として話したのかはわからないが、かなりがっかりさせられたものだった。「どうなるかわからない」のではなくて「どうにかしなければならない」ではないのだろうか。そしてまたしかも、その将来における建築の拡張可能なエリアの大半が緑豊かな山林部分が当てられていた。周囲環境についてどのように考えておられたのだろう、伺えるものであれば伺ってみたい。

そんな水津委員の発表に対して、というよりは補足するようにして長谷委員が、この学校には顔となる建物が出来ていないと言われた。顔となる建物・・・どうなんだろう、現在でいえば丘の上の講義棟が代表ともいえる構築物であり、他の建物はそれを背骨として全体に広がっているともいえる。現在計画が進んでいる音楽棟においてもその旨を汲み取ろうとした所は必死で、というよりは既存の建築全体に対し目立たない様に設計を進めたという事は私も何度か話に聞いており、実際にもその最高高さを押さえて設計されたものと思う。長谷委員の意見はその音楽棟の計画の流れにも逆行しかねないものと思うのだが、というよりは取り様によっては講義棟の意味存在さえも否定するものと考える事も出来るものだが実際の所はどうなのだろう。これでは日建設計さんの苦労も水の泡となりかねない。同業者として同情の余地のあるところである。

しかしながら今回はそんな水津委員のエトセトラを超える様な出来事が2つあった。一つは奥村委員の辞任である。もう一つは女学生の涙である。

資料の中に奥村委員代理の近藤委員より配られた宣言文があり、会議も終わりが近づいたと思われる頃に近藤委員はそれをひと通り読みたいと言われて許可された。3つの部分があって、1つめには自分の参加の意味がわからず、利用されていると書かれていた。2つ目は今までの奥村委員の話の要約とされており、全体計画が進まないのに個別の計画が進んでいる矛盾があらてめて指摘されていた。建物の修復保存や自然保護についても書き込まれていた。そして3つ目に開かれた討議の場を求めるとあり、多くの人々が参加出来る意見交換の場がないのか、訴えられていた。そしてその最後の方にこのビジョン検討会から離れる旨が書き込まれていた。その最後の部分をそのままここに書き写す事にする。

・・・もしかすると、この選択は間違っていると批判されるかもしれないが、私は決断した。ここに宣言します。私は「公立大学法人愛知県立芸術大学施設整備ビジョン討論会」から離れます。そして、この問題についての、とるべき道を探り、多くの方々の意見と共に考えることに勤めます。以上

離れます、つまりは辞めるという事だろうか。実はその奥村委員の資料は会議の直前に配られたもので、その内容については誰一人として知らされてない様だった。堀越委員は、遺憾であり残ってほしいと伝えられた。よくは聞き取れなかったが学長も残ってほしいといわれたかと思う。私自身も遺憾に思った。何か確かに酷いと思える部分はいくつもあるものの、それでも学校の保全について力を持って話し合える場所というのは今ここでしかあるまい。

この討論会から少し話が外れる。私は数ヶ月前、近藤委員と直に話すチャンスがあった。様々な話をしたものだが、辞めようとしている事をその場で聞かされていた。討論会の場で話すよりも外部のマスコミなどの力を利用して発言していきたいとも言われ、なるほどとも思ったものだが、敢えてそこは続けるべきではないでしょうかと私ごときが進言させていただいた。外部の力は確かに使えるかもしれない、しかしそれに効力があった時、この討論会に参加していないと力が発揮できないのではないかと考えその旨をお話した。答は曖昧だったような気がする。近藤委員は奥村委員の代理でありすぐに判断できない事もあると思う。会った次の会に辞められるという事はなかったので大丈夫かとは思ったのだが残念な結果となった。もっとも、私が想像する以上のご苦労もあったかと思う。ご心労も甚だしいものであっただろう。宣言文にもあった通り、全体計画が進まないままに個別の計画が進むという状態は一向に改善されず、その状態の中での存在は想像以上に空しいものだったかもしれない。

そんな辞任の宣言と前後するのだが、傍聴席よりいきなり意見が出た。委員の席ではない、私の隣の隣に座る女性が手を挙げて発言の許可を求めた。いったのはこの大学に在籍する学生さんらしい。あっけにとられて私もしばしメモする事を忘れた。委員の方々も、先の奥村委員の余韻も覚めやらぬままにこれだったのでかなり面食らったものと思う。当然の事だが私を含めて傍聴人に発言権はない。学長は後で話を聞くといったが近藤委員は話をさせてくださいという。堀越委員からはここでは無理だが是非聞きたいと話が出た。西澤委員もそれにつなぐ様に外で意見を言える場所を作ってほしいと提案された。結局その女学生はまともに話す事が出来ず、感極まってしまったのかずっと泣き続けていた。

彼女が何を言いたかったのかはともかくとして、この行動は意義あるものだった。学校の姿勢がわかりやすい形で示されていない事を、如実にわかりやすい形で示唆してくれた。私もこの文の最初の方に書いた通りで、学校の姿勢は未だに伝わってこないのである。討論会では様々な意見が出されはするが、それをどうするかが見えてこない。つまりは音楽棟の新築の問題や建物の老朽化の問題についても不安定なままとなっているのである。広く意見を求めるとしながらもその体制が整っていない事も示してくれた。いやまさに、その体制にこそ問題があるという事を彼女はその姿勢で示してくれたものと思う。ひょっとすると本人の望む所とは別だったかもしれないが。

遺憾ではありながらも奥村委員の辞任にも同じ事が言えるかもしれない。やはりその、いくら学校の保全を求め、あるいは全体計画の必要性を訴えた所で動かないその「体制」というものを動かすためには通常のその討論会への参加では限度があっただろう。しかしながら通常でない手段となれば異常な事でしかないのかもしれない。女学生の場合はそれが許されない傍聴席においてでの発言であり奥村委員においてはそれが辞任という事であったか。女学生のそれはおそらくは今後の発展につながるであろう。しかし奥村委員のそれはどうだろうか。私は先にも書いたがマスコミを使ってでも学校に影響を与える事はむつかしいのではないかと今回の事で思っている。当然だが多くの人の目には触れるだろう。しかし関わる者は少ない。それがこの県民性なのか国民性なのか、建築に対する愛情というのは私たちにまだ欠ける所なのかもしれない。

この日はこのビジョン検討会の後に引き続いて部会が行われる事になっていた。部会は前にも書いたのだがビジョン検討会の討論を促すために設置されたものである。これも傍聴が可能であり聞いて行こうと思ったのだが、その部会の委員である近藤委員は出席せずに出て行こうとしたので私は彼についていこうとした。そこで経緯どうのこうのを話すつもりはなく、ただ少しでも挨拶がしておきたかった。顔見知りだし。

しかしながら続いたのは私だけではなく、中日新聞と朝日新聞の記者さん計2名と竹内事務局長が続いた。記者さんはやはりその、直に辞任の事を聞いておきたかったのだろう。討論会の会場の扉を出た所で私を含めたその5名がその場にいた。

しばらくは近藤委員への質問が続いた。要約していまえば、今回のその「離れる」ということの意味の確認だ。ただ会を休む事を示すのか、それとも辞任なのか、復帰する事はあるのか、またその復帰の条件はどうなのかという所になる。曖昧とさせない記者らしい切り口だと思う。

最初は近藤委員がそれについて答えていたのだが、やはり奥村委員に直に聞かなければわからない事もあった様で途中から電話でのやりとりが始まった。近藤委員を介して記者と奥村委員がやりとりしたといっていい。場所も、竹内事務局長が配慮されてそこから移り、近くの小さな会議スペースへと移った。私なんかが付いていっていいものか迷ったが、聞いてみたところその場で反対はなかったので有り難く同席させていただいた。私なんかにも茶が提供された。傍聴し続けてこれが初めてのことである。

それで先の質問への回答なのだが、奥村委員は次の様に言われていた。

沢山の人の中にいろいろな意見がある。立った一人の奥村昭夫がこの狭い検討委員会の中で何が出来るか。一度検討会から離れる事によって自由な立場になりたい。まず、離れる。離れることかた始める。それから次を考える。今から将来の予言は出来ない。何も条件は出していない、ただ離れるだけであり自由に解釈してOKである。

それに対して記者が「いやしくも公が設置した委員会において自由に解釈しても良い、はないのではないか」と質した。尤もである。奥村委員はそれに対して、では考えてまとめますと話をした。

さんざん言っても議論できない。意見を言っても議論にならない。いても意味がないので離れる。解体はやる前に考えろ、考えた結果でやてほしい。考えもないのに進めるのは反対。建てるな壊すなとは言ってない、その前に考えろ。

携帯のスピーカーからはわずかに声も漏れていて、私ははじめて奥村委員の話し方やそのスピードを確認出来た。奥村委員は体調不良でこの会議場まで来れず、それで今回の様に近藤委員を代理に立てておられたりしている。逆に言えばどれほどの体調不良かは知らない所で、ひょっとすると話すこともままならない程なのかと思っていたがどうやらそうではなさそうである。今回、病名を近藤委員より聞くことが出来た。プライバシーもありここでそれが何であるのかを書くのは控えるが、少なくとも言葉はよどみなく流れていた。無理なので仕方のないことなのだが、直接この討論会の会場に来て話すことがあったら状況は変わっていたのではないか思う。そういうことが出来なかった以上、代理人に権利を委譲すべきではなかったかと思うのだが、今となっては遅いことかもしれない。
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近藤委員のそれらの話の後に、良い機会なので竹内事務局長に直接いくつか伺った、というよりは話してみた。まず先ほどの女学生のことで、非常に学校の状況がわかりにくいことを述べた。HPの状況を含め、「わかりやすく」物事を伝える必要があるのではないかと言った。ただ議事録を載せているだけでは伝わらないのだ。そこには理解が必要なのである。そして、音楽棟のことも緊急かもしれないけど保全のことも同等に緊急なのだと説いた。例として音楽学部棟のコンクリートの柱のことを出した。コンクリートが割れて鉄筋がむき出しになって錆び付いており、緊急に補修が必要な部分である。もちろん耐震性も損なわれているだろう。しかしながらその棟を見回しても補修も改善もされたようにはなっていない。私は建築のプロだがこれは素人の人が見ても十分に危ないと認識できる場所である。そのようなことを含め学校を保全していく必要があることを説いた。

さらに付け加えて学校に人を呼び込む工夫が必要であることも話した。現在、この大学は陸の孤島になってしまっている。最寄りの駅から以前はバスがあったがそれも途絶えてしまった。市民に開かれた大学を目指すのであれば市民を呼び込む努力が必要である。

私は先日、ともさんと共にこの大学を訪れた。土曜日だった。事前に学校側に見学出来るか電話で尋ねておいたところ、出来るが管理棟の所で署名をしてくれと言われていた。そして当日行ってみたのだが人は非常にまばらだった。12月で寒さもあり仕方はないかもしれない。それでもたとえばアーティストのギャラリーが当別に設置されておりそこも見たのだが受け付けの人以外に人気はなく、これで良いのだろうかという印象はあった。比較するのも失礼かもしれないが、ずっと僻地にある直島の美術館や、あるいは鳥羽の海の博物館の方が人がいる。ここはそれらに比べたらまだまだ街中から近いのに何故このようになるのだろう。改善の余地は沢山あるように見えた。ここは人にもっと来ていただかなければならないだろう。私は少なくともそう思っている。討論会とは関係のないことかもしれないが。
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その小会議室での話を終えて部会の開かれている場所に行った。まだ、部会は続いていた。奥村委員のその辞任に対して意見のやりとりが行われほどなく終了した。当日は日建設計さんが持ち込まれた模型が会場の中心にあった。現況の状況+新音楽棟という構成だった。悪いものではない、と私は思った。もちろんそれによって外人公舎は壊される。しかしながら全体の流れを考えると、現在使われていないその公舎を存続させることにも無理があるのかもしれない。学内は広い。そしてここを利用する人は、その規模に対して多くはないと思う。むしろ疎らに過ぎる。その末端まで使い切ることが出来ればベストだろうけど、それが出来ないとしたら何らか方策は必要ではないだろうか。必要な声は聞き、判断していかなければならない。私は当事者ではないので全ての学校の状況・・・そこにおける必要性や要望、将来的な予測など・・・を全て把握している訳ではないが、今までのその検討会やお会いした人々との話やネット上の情報の数々を振り返って今はそのように思っている。問題は全て解決した訳ではない。全体と部分というしこりは残り、また新校舎への税金の投入が妥当と言えるものなのか、県あるいは国民の財産としての活用されているかどうかの是非もあると思うが、今はそのように思っている。

全体の計画も見直す必要があるだろう、あるいは作る必要があるだろう。例えば現在、アプローチの坂を登りきった部分、つまりは管理棟と講義棟の前の部分は駐車場になってしまっている。駅からえんえんと歩いてシンボルの講義棟が見えてきて、坂を登りきってようやく着いたと思ったらそこはただの車だまりになっていてとてもガッカリさせられる所である。吉村順三や奥村氏がどう考えられていたのかは知らないが、私はここはかねてから広場にするべきだと思っていた。人々が沢山集まって自由に語り合える楽しい広場に出来たらと思う。勝手ながらそんな論をその模型の周囲に集まっている人に講じさせていただいた。誰が聞いているか聞いていないかは知らない。ただそのことを、未来につなげていきたいその事を伝えておきたかった。だまっていてはダメなのだ。女学生さんありがとう。時代は変わっていく。その時は良くても次には違う場面が展開していくのは、無常の世ならではのことである。創立当時のその精神や建築を引き継ぎながらも時代にあわせて展開していく必要が、このキャンパスにはある。
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October 24, 2010

第六回愛知県芸大施設整備ビジョン討論会を聴いて

テーマ:愛知県芸
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第六回の県芸大ビジョン討論会を傍聴してきた。

当日の天気は曇り。学内は学校祭の準備が進められているようでそれらしきモニュメントも見られたりした。しかしながら中心となる広場を見てもあまり賑やかという感じはしなかった。ここは最寄の駅から歩いて15分くらいだろうか。キャンパスは丘の上にあり来るまでの道のりは楽しめはするもののやや体力を要す。車を持っている人はいいかもしれないが校舎に最寄の駐車場は決して広いとは言えない。学校向けにスクールバスを走らせた方が良いのではないかと思うのだがそんなものはない。以前はあった様なのだがどういう訳なのか廃止されてしまったのだそうな。こういう所、なにかしら整備が後退しているのではないかと感じたりする所である。市民に開け活用できる学校を目指してらっしゃるようだが、実際どのように取り組んでおられるのだろう。

討論会が始まったのは午後2時。場所はいつもの大会議室なのだが、ここもキャンパスの状況に比例したのだろうか、いつもにない閑散とした雰囲気があった。出席者を見てみると委員のうちの3人が欠席となっている。今までだとそのような場合、代理の方が来られて席を埋めていたものだが今回はそんな事もなく、3つの空席が議場に出来上がっていた。それぞれの偶然のなりゆきなのかもしれないが、それだけでも何かこの県芸大に向けての関心が低くなったような印象を受ける。私の座っている傍聴席も空き席が目立った。すでにそこに座っている人皆は顔見知りであり、ついでを言うと全ては建築関係者だ。前から思っていた事なのだが、音楽棟の建て替えに関して音楽部の学生さん達はどのように思っているのだろう。現況に対する不便不満は出席する委員から多数述べられてきている訳だが、使っているご本人たちの生の声はなかなか聞こえてこない。尤も私がそこまで望むのも過剰な事であるのだろうが。

盛り下がるムードの中で議長の挨拶から討論会は始まった。芸大にふさわしい魅力を持ったキャンパスにしたいので意見を聞かせてほしいと言われる。意見を聞かせてほしい、か。であれば全ての意見は尊重されるべきはずなのに、今回は会議が終わってから学校側の人物が保存しようとする側の人を怒鳴る景色もあったようだ。私はその場に居合わせなかったのだが、本当だとすれば甚だおかしな事である。試合終了のホイッスルもなく意見も尊重されないのだ。そんな事では安心して意見など出したり出来ないだろう。一体ここはどういう場所なのか、曖昧なものをいつも感じる。ある意味、日本という国の陰湿な部分を見ているかのようだ。学長のその挨拶はなんて事ない事のようにも聞こえるけれど、後になって微妙な言い回しのように思えたりもしたものだった。

続いて局長より今回の検討会の議題についての説明が行われる。まず、先日行われたビジョン討論会部会の報告とその設置についての説明がなされた。いくらか意見もあったが、前回のその松隈委員が話された環境アセスメントについては何も話が進む事はなかった。がっかりである。一体何のための部会だったのだろう。松隈委員は前のブログにも書いた通りでいつも出席されている訳ではないが、今回のこの事を知ったらきっとお嘆きになると思う。委員の欠席が目立つ事を先に書いたが、この様な点が影響している事は間違いない。

局長からは続き、今回の会議は中京テレビによって撮影されるという事が加えられた。確かに議場を見回すと、前の方に小さなカメラを構えた方が一人おられた。ただしそれは学長の挨拶までという事で本会議中に撮影は行われなかった。何かこれも微妙である。会議は私も傍聴している訳なのだが、公開原則のものではないのだろうか。メディアに流布されて困るような事はないと思うのだがどうなのだろう。逆に言えば挨拶だけ公開されるというのは、いかにもこの会がオープンなのですよと言わんばかりのものであるような気がする。

現キャンパス評価の検討という事で水津委員が検討案をまとめられたらしく、配られた資料を元にしてその解説が始まった。過去において吉村さんや奥村さんが書かれた資料を元にしてキャンパスに対応するであろう場所が割り当てられ、そこにこれからの論点が見出されている。いろいろ考えられ作られた資料であると思う。説明にも時間がかかり終わった所で議会の半分の時間は過ぎていた。谷口委員が水津委員の資料と説明について、これで事が一気に進んだと賞賛を述べられた。一方で近藤委員からは解体されるという女子寮や外人公舎についての記述が抜けているという指摘が出た。そしてまた、このキャンパスにおいての生活という視点が抜けているとも言われた。学内は先にも書いたが多少交通の不便な所にあり、設立当初から多数の学生寮や先生方の公舎が設えられていた。確かに水津委員の資料を見てみるとあえて書かなかったのか、それとも偶然の事なのかそれらの点は抜けている。水津委員は近藤委員に対してこれは意見であると言い、それらの要素の参入については認めようとしなかった。やはりその、解体の事を気にかけてその視点を避けられたのだろうか。明快に物事を分析される方だけに惜しい発言だったと思う。

そしてその確認という事なのだろうが、県の長谷川委員からは学生寮、公舎とも解体の手続きに入っているという話が出た。これで決まりなのであろうか。決まりなのかもしれないしよくわからない。全体の方針が決まる前に部分が進むのはおかしな事と松隈委員や他多数の委員からこれまでに何度も発言が成されてきているが、こういう事が反映される事はないらしい。最初にも書いたのだがやはり曖昧なのである。曖昧なのに決定はなされる。学長は意見がほしいという。意見を言えば後で怒鳴られる。やはり最初に学長が言ったように意見を出すだけの場であるのかもしれない。そこで学校側に有利となる事は取り上げられ、そうでない事は無視される。ここは見せかけの場なのだろうか。委員の欠席はまだ増えるのかもしれない。
October 04, 2010

愛知県立芸術大学施設整備ビジョン検討会 部会第1回を聴いて

テーマ:愛知県芸
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県芸ビジョン討論会の部会を聴いてきた。

会議が始まる前に新音楽棟建設の予定地となっている場所に行ってみた。そこは外人公舎という現在使われていない住居が建っている所だ。もちろんこれも吉村さん奥村さんの設計になるもので、新音楽棟が出来ると自動的に取り壊しになってしまうというものである。そこに行くまでの道のりは遠くはないけど険しいものだった。道路や付近の樹木は荒れていて、途中大きな蜘蛛の巣が幾重にもはりめぐらされており、それらを注意深くかきわけなければ進めなかった。蛇さんまでもが出てきて挨拶してくれるというサービスぶりで、途中でもう引き返そうかと思ったがそこは信念を通して(?)建物のある所まで進んで行った。

見るまでは老朽化した建物をイメージしていたのだが、実際は少し手入れすれば使えそうなぐらいのものだった。コンクリートの柱や梁に大きな劣化は見られない。扉は全て鍵がかかっていて入る事は出来なかったが、ガラス越しに中を見る事は出来た。障子はあちこち破れていたが激しい損傷は見られない。経年変化での傷みはあるものの丁寧に使われてきた様子が伺えた。周囲は緑に囲まれた絶好のロケーションであり、見ていて勿体無いと思えるものだった。その事は後にここの学生であった妻に話してみたのだが、在学当時からこの公舎は使われていなかったそうな。学生の間でもやはり勿体無いという話は出ていたそうである。建築は使われなければ廃れる一方のものである。貴重なモダニズム建築の一つという事も加え活用の価値は十分にあるものと思うのだが、果たしてこれはこのまま壊されていくのだろうか。

・・・

今回は部会と言って規模を縮小したものであり、多少はラフなものかと想像していたが、実際に会場を見てみるといつもの討論会と変わらない雰囲気があった。設立したのは通常行われるビジョン討論会を円滑に進めるためと聞いている。構成員は学校側で4名、保存したい側で4名、他に理事1名。今までの会議では学校側の人間が多数を占めていたのでそれよりは評価のできる構成になっている。

この部会において座長は設定されていなかった。学校長も不在でありその代わりであろうか、部会長として施設整備委員長である長谷委員が当てられていた。それについてDOCOMOMOの松隈委員から、部会長の設置について事前の通知や承認がないのはどうしてなのかという発言があった。前回の議事録もまだ出来ていないらしく本人には経緯がわからないものらしい。ちなみにだが松隈委員は西澤委員の代理として出席されており、常にこの会議に出ている訳ではない。会の長という役割のものが一方的に暗黙のうちに決定されていたならそれは問題ではなかろうか。何も長谷委員が部会長に向いていないという事ではない。であるのに長谷氏は自分以外の誰かならいいのかと発言され、会場の一部から失笑が漏れた。決定に至るまでのプロセスは何故明確にされないのだろう。松隈委員は全て事後報告で行われるのかとも発言され不信感募る思いがこちらにまで伝わってきた。

続いて近藤委員より、配られるはずの書類が配られていないとの発言があった。過去3回私は傍聴しているがこのような事はこれが初めてではない。前の時と同じく、もしかすると学校側の単純なミスなのかもしれない。しかしながらこういう事が重なれば当然それは不信感に繋がるものである。すでに今は松隈氏の発言で学校側への不信感は出来上がっているというのに。こうなると会議の進行よりも信頼関係の構築の方が先ではないかと思えてしまう。近藤氏からはこの会議自体が無駄であるという発言さえ出た。通常であればそれは暴言に聞こえるであろう。しかしここに至ってそれはそうとは聴こえなかった。無駄とはちょっと言い過ぎのような気がしなくもないが、進展に繋がらない事ばかり続いたのは確かである。そんな状態であるのに局長からは、この会議について議事録を作成しないという発言が出た。上記の全ては重要な発言だと思う。各委員からもそれについての非難が出て急遽議事録は作成するという事になったのだが、今度は今までの会話が録音出来ているかどうかわからないと言う。何か聞いていてやるせない気持ちになった。会議を円滑に進めるために設置された部会だが、ここまでにおいてすでにこの部会自体がスムーズに展開されていない。会議を仕切っているのは今でも学校側である。どうかこの崩れた体制を立てなおしてもらいたいと思う。

そんなやりきれない状況の中ではあるが部会は続けられた。松隈氏より今ある環境をどう評価するのかという質問が出た。このキャンパスはグーグルマップを見てもわかるように緑に恵まれた場所にある。生態系の調査は出来ているのかと次いで質問がなされたのだが、それに対して即座に長谷委員よりやっていませんと返事が出た。やるおつもりもないのかと再度尋ねられたがそれについても長谷氏はないと否定される。どこかからかため息が聞こえた。是非環境アセスメントを進めてもらいたいと、松隈氏が念を押すように言われた。

環境アセスメント。恥ずかしながら申し上げると私もよく知らない言葉だった。一級建築士の試験に出てきたような記憶はあるのだがどんなものなのかはわかっていない。それで事務所に帰って早速調べてみると、大規模開発による環境への影響の事前調査だと出てきた。評価の対象となるのは環境の自然構成の良好な維持や生物多様性の確保、自然環境の保全や人と自然とのふれあいの場の形成、さらには環境への負荷などが挙げられている。その全てを行わなければならないというものではなく、事業の性質に応じて項目は選ばれるようだ。そのようしてそのアセスの事を調べ考えてみると、松隈氏の今回の発言はとても意義あるものに見えてきた。今ある環境の評価が適切に行われる事になれば、向かうべき指標が見えて来るのではなかろうか。

今までの会議では新音楽棟に関してそれを建てるのかどうかという点ばかりが論じられていたように思う。部分ではなく全体に目を向けるべきだという発言は繰り返しなされていたが、一丸となって出てくる学校側の新音楽棟建設論の展開にそれは埋没しがちなものであった。環境にはなかなか目が向けられなかったのである。この後部会ではアセスメントについてどのようにすべきかが話し合われた。はっきりとそれを行うという事にはならなかったが、今後の展開の可能性はそこに発芽したのではないかと思う。ただ気になるのは長谷氏が生態系の調査について即座に否定された事だ。そこには何か硬い意思が存在しているような感じがした。調査を嫌っているようにも見えたのだが、何か隠しておきたい事があるのだろうか。

近藤委員から新音楽棟の建設については決定なのかと質問が出た。それについて学校側の福本委員はすでに前回で決定済みだと答弁された。奥村としてはそれに賛成していないと近藤委員が反論する。前回、新音楽棟の建設については激しい議論が取り交わされ、最終的には建てる事について反論が出なかったと思う。近藤委員を中心としたやりとりはしばらく続き学校側の混乱したりあるいは不満とされるような様子が読み取れた。見ている私にもわからない事なのだが、この会議にはひょっとすると議決というものがないのだろうか?あるいは何かを決める事なく全ては進み、公舎解体の発表の様にただ学校側から決定事項として全ての事が通知されるのみなのだろうか。「すべて事後報告なのですね」松隈委員が先に言われた事が蘇る。会議のようであってこれは、会議の形を成していないものなのかもしれない。

続いて松隈委員が新音楽棟の決定がフライングとして扱われないものか懸念を示された。全体計画が成されない中でここだけがどういう訳なのか部分的に進められてしまっているのが現況である。このままでは以降何か建築の予定が必要となった時に同じ事が起きるだろう。逆に言えば全体計画こそが必要なものであり、その上で部分的なものについては進行されるべきである。何度も書いている事なのだが、今ここで必要なのは新たなマスタープランではないだろうか。全体の評価及びそのマスタープランの制作は時間も費用もかかるかもしれないが、長期的な視野の中でそれは無駄にならないものである。それによっては新しい音楽棟も今のままの規模でなくても良いのかもしれない。古い音楽棟の一部を改修し継続して使う事も出来るかもしれない。もちろん今の規模の新棟が必要となる可能性もある訳だが、気になるのは資金の事だろう。愛知県がどのようにその資金の提出を決め支払うのかわからないのだが、新たなマスタープラン作成までプールさせておく事は出来ないのだろうか。建築も環境も出来てからでは取り返しがつかないものである。可能性はないのだろうか。

谷口委員より中長期の保全計画が必要であると発言が出た。この発言も今回が初めてではない。音楽棟も緊急なのかもしれないが全体のその保全計画も緊急のはずである。修繕、補修、改修を望まれている所はいくらでもあるはずなのに、それについて計画が進んでいない状態で良いのだろうか。来年の3月が会議のゴールであると聞いているが、その時には一体何が出来ているのだろう。今回こうして部会を傍聴させていただいたが疑問は積み重なるばかりであった。ただそれでも松隈氏の発言によって展開の可能性は見出された様に思う。学校側はそれについてどう対応していくだろう。次回の21日の会議が気になる所である。

September 09, 2010

過去を振り返って

テーマ:愛知県芸

県芸大のビジョン討論会を過去3回傍聴してきた。

今の所、学校側からすると音楽棟の建設が悲願のように見える。一方で保存してほしい側からするとできるだけ学校全体を修繕し使ってほしいというのが願いである。学校側の態度は明確なのに対し保存してほしい側はやや輪郭に惚ける所はあるけれど、詳しい要望や予算がわかっていない状態であればそれは仕方のない事でもあると思う。

今ある建物を全て作り替えててしまうというマスタープランの存在が事を難しくしているのは明らかだ。その気がないと言われても、今でも模型が堂々と展示されているようでは言い訳が成り立たない。本当にそこまでの事を考えていないのであれば別の新たなマスタープランを作り、それを提示する必要があるのではなかろうか。建築は、言葉に置き換えられない部分がある。100の言葉を並べるよりも一枚の図面が雄弁に物を語る時がある。

おそらくだが学校側には要望書があると思う。すでに基本構想などが練られてきているのでそのあたりはまとめられているのではないだろうか。それを討論会に提出してみてはどうかと思う。あるいは会議室ではなくて学校を歩き回りながら話して行くという事でも良い。不満となる部分、困っている部分を表出させ保存してほしい側の人たちに詳しく伝えていくのである。今更何でそんな事を、とお考えになるかもしれない。しかしながら現在の会議の状況を見ていると、一度原点に戻られた方が良いように私は思う。

保存してほしい側の人たちの中には建築のプロが何人も含まれている。空間や建物として残すべき所や重要と思われる所、建物の新たな活用法など指摘する事が可能なはずだ。そして要望書を含めそれら全ての意見を元に日建設計に図面化してもらうのである。それは新たなマスタープランとなるはずだ。そのプランを元にして再び会議で様々に意見を交換するのである。1回で決まるはずはなく、何度も図面は書き換えられていくであろう。しかしその度に図面の内容は深まり、お互いの目標に一歩ずつ近づいていく事が出来る。今の状態ならまだ手を取り合う事は可能だと思う。一度会議でそんな事を考えていただけないものだろうか。
September 04, 2010

第五回愛知県芸大施設整備ビジョン討論会を聴いて

テーマ:愛知県芸
$Takenaka Architect office Ash

5回目となる愛知県芸大のビジョン討論会を聴いて来た。

会場に入る前に模型が一つ堂々と展示されていた。それが現在のプランとは異なる、学校側で組み立てられた全体の配置計画である事は一目瞭然であった。講義棟を除きほぼ全体が作り変えられているそれは、建物を保存してほしいと願う人々への挑発なのだろうか。暗澹たる気持ちで会議室へ入っていった。

今回も学長からの挨拶で会議は始まった。欠席されたり代理で来られている方はいらっしゃるが会議自体の構成は何も変わらない。保存していこうとする側の圧倒的不利をいつもながらに感じる。学校側は数の面でも、計画するにあたって県から予算が出ているという経済的な面からしても優位である事に間違いはない。保存しようとする側はそこに楔を打ち込むべく切磋琢磨するが、何かしようとしても特別に予算が付く訳ではないと思う。あるのは自身の持つ力と世論だけになる。不利な戦いである。

前回の展開から、今回は奥村委員より新音楽棟についての対案が示される事になっていた。興味ある所で、どのようなものとなって提出されるのかと思っていたが、配られた書類の中に奥村案とされる図面は見受けられなかった。いや、実際には奥村案は存在していたのだが、それは日建設計によって奥村委員の意見を集約して作られた図面であった。

奥村委員の代理である大谷委員より説明が始められた。配られた提案書には8月19日と日付が打たれており今回の会議前に提出されたものである事がわかる。対案を示すという所があり、そこに対案とは今ある愛知芸大のキャンパスそのものだという事が書かれていた。対案は実物であり、改修を主とし最低限の造築をすると。そして音楽棟についても改修や部分造築にするという事がそこには書かれていた。将来に向けてコンペを実施しようという意見も書かれていたが口頭での説明はなかった。

一通りの話が終わり学校関係の各委員より意見が出た。意見というよりそれはもう、音楽棟に関して奥村案に対する完全な否定と言っていい程のものだった。音楽棟を改修して再び音楽棟にする事については保存しようとする側の人を含め誰一人として賛成がなかった。

ここは苦しいところだけど形にすべきではなかっただろうかと思う。形にするのは容易な事ではなく、それを表に出せばどんなものであっても蜂の巣のようにつつかれただろう。最初にも書いたがこれは不利な戦いである。それを承知で戦っていくしかない。学校側はグループであり様々な意見を交換し団結して会議に挑むのに対し、保存したい側はそれぞれが単独の存在であり意見のまとまりに欠けているように見える。団結ばかりが良いとは思わないが、圧倒的に不利な状況をどのように進めていくべきか、そこに検討が必要である。

西澤委員より、日建から提出された資料についてよく出来ているという話が出た。また、どうか今あるものを使うという発想を大切にして下さいと意見が出た。それに対して学長が新音楽棟を作るからといって今の音楽棟を壊す訳ではないと返事が出た。この一言は重要であったと同時に、全体計画不在の不安を思う。部分が先行し全体が見えないという状態は何も変わっていない。谷口委員から音楽棟をどうコンバージョン(変換)するかは重要な事で是非そのビジョンを出してほしいと意見が出た。そしてビジョン検討会といいつつも実際にはビジョンを検討する会になってはいないと指摘が出た。全くその通りである。今のところこれは音楽棟検討会にしかなっていない。

オブザーバーである県の長谷川委員から、大学の全面改築は認めていないと意見が出た。今は緊急を要する所から検討を始めており、それが音楽棟の事だと言われた。県が音楽棟の不備を知ったのはいつなのだろう。学校側が積年の願いと言っていたところからするとここ2、3年とかいう事ではあるまい。なのに今更何故「緊急」と言うのだろう。ここには見えない点と点があるような気がする。それはここにいる人かもしれないし、いない人かもしれない。でもそこには繋がりがあって今回の事を決定づけようとしている。新音楽棟の実施設計料は今年の5月31日に県の議会で承認されたらしい。基本計画でもなく調査でもなく実施設計料である。この検討会が終わってから承認されるのならまだわかるのだが、なんでこういう順番になるのだろう。混迷は深まるばかりである。
August 13, 2010

愛知県芸大ビジョン討論会100806

テーマ:愛知県芸
$Takenaka Architect office Ash
県芸大のビジョン討論会を再び傍聴してきた。8月6日午後1時。学校はすでに夏休みに入っていて閑散としていた。討論会の行われる大会議室は別として。

前回と同じく会議は磯見学長の挨拶から始まった。討論会はその出席者の配置図が配られており、学長のみに”座長”という特別な肩書きが与えられている。取り仕切る役という事になるのだろうか。今回は学生さんたちの海外での活動状況やその活躍ぶりをお話され、前回のような苦言はなかった。活動の元となるのは施設でありその整備を行うのは大学の責任であると言われる。続いて竹内事務局長がビジョン検討会の報告書を来年3月までにまとめたいと言われた。学長のお話にしても局長のお話にしても、理解を得られる形が取れるのであればそれ事態は悪い事ではないと思う。

続いてDOCOMOMOの西澤さんが新音楽棟の配置について尋ねられた。新音楽棟については日建設計が作成した資料が配られており、配置図にその位置が明記されていた。与えられた条件と何に配慮してその場所その形になったかが書かれている。詳細に検討されたものである事がわかる一方で、同時にそれはすでに決まってしまったかのような印象を与えていた。西澤さんはその点を考えられたのだと思う。これは仮配置なのかどうなのかを学校側に問われた。それに対して竹内局長がゾーニングとしての仮配置であると答えられた。

ゾーニングとしての仮配置。局長はまだ流動性があるという事をそこで示したかったのかもしれない。しかしそれは発言と提出された図面の間での食い違いを表してしまった。そのままの事だろう、現設計を担当された奥村事務所の方がゾーニングと新音楽棟の配置との間に整合性がないと指摘し、そしてまた新音楽棟の配置が適切でないとも述べられた。

新音楽棟についてはそれから活発な意見のやり取りが行われた。中でも天野センター長が音楽棟の音響の悪さを言い、今まで何度も新棟の計画が出て来ては中断し、そして今度こうして予算も付いて進みそうになったのに再び待ったが出、その事を無念だとまで言われた。私は天野さんの真後ろにいたのでその表情はわからなかったが声は震えていたと思う。奥村さんはそれについて修繕の可能性を一旦説かれ、新音楽棟については独自案を提出されると言われた。一瞬、会場の空気が止まった。独自案。これを出すには現場を十分に解析し学校の要望を取り入れる必要がある。設計者であれば誰もが実はやってみたい事だとは思うがこれは両刃の剣でもあり、安易な事をすれば自身の立場もなくなってしまう。ボランティアでやるには荷が重すぎるように思うのだが果たしてどのような案が出て来るのだろうか。こういう論点から考えると全体の計画をコンペで寄せるのも一つの方法のように思えてくる。

奥村さんの発言に対してと言っていいだろうか、香山東大名誉教授から次のような意見が出た。「問題は複雑でないのではないでしょうか。現在の音楽棟をどう具体的に残すか。同じ音楽棟として改修する事は自分は建築の専門家であるが提案できません。他用途としても特殊な形をしておりこれも提案できない。残せないのであれば新しい音楽棟を建てなければならない。するとどこに建てるのかという事になる。今できる事は何なのかという事になります」シンプルに論を展開されてわかりやすい。ただ、他用途として使えないというのはどうだろう。建物を実際に見て来たが確かに特殊な形をしてはいる。それでもその音楽棟の建物は事務的にもあるいは創作的なスペースとしても使えるように思った。大学全体の要望を聞き、それを取り入れてどこにどのように配置するかパズルのように考えていく必要があると思う。全てのピースがうまくあてはまるとは思わないけど、それが元の建物を大切にするための適切な方法ではないかと思う。部分で判断するのは危険な事だ。

名古屋大学教授の谷口さんから、オーナーである県がオブザーバーである事を懸念するという発言が出た。所有者であれば立場的にもう少し違った場所にいていいように思う、というよりは議事進行を仕切っても良いように思うのだが何故か彼らは消極的である。続いて西澤さんが、持ち主である県には建物に対しての長期ビジョンがないのかを尋ねられた。それに対し県の長谷川課長から「そうです」という返事が返ってきた。であればここで長期ビジョンを決めても良いのかと西澤さんが間髪入れずに聞き返した。局長は返事に窮しているようだった。法人の意思もあるし尊重して取り組みますと、困った表情で答えられていた。

問題の根源はそこにあるように思う。建物は生き物であり使い続けるうちに老朽化し維持管理が必要になる。どうして修繕は行われなかったのだろう。それは誰かの意思あっての事なのだろうか。県に長期ビジョンがなかった事はここで認められた。今更その事を責めても仕方のない事かもしれない。今はその反省を踏まえて建物の現状をしっかりと見てほしいと思う。老朽化はしているけれどまだ骨組みのしっかりとした素晴らしい建物なのだ。そして生かして残していく価値のある建築なのだ。愛知県の建物に対する取り組みは一体どうなっているのだろう。この点では少なくとも前回の会議からの発展はなかったと思う。

谷口さんからは中期長期の修繕の計画が必要という話も出た。修繕の重要性はすでに言われ続けている事だと思う。なのになかなか会議の中で重要事項として取り上げられず、このような発言が出たものと思う。全体を見極めて修繕すべき所は修繕し、その上で要望を取り入れ全体を活性化させたプランを練り上げる必要がある。一方で施設整備委員の水津さんからは建築には重ね書きをしていく精神が必要なのではないかという意見が出た。過去の遺産に対してチャレンジする事も必要であるし、新陳代謝がそれによって始まるのは良いことではないかと。日建から出された新音楽棟の案があらたな軸となる可能性もあるとも言われた。新しいものを恐れる必要は何もない。新旧の対比によって新たな活動の場が見いだされるのはとても良い事だと思う。このキャンパスには無限の可能性があると言って差し支えないと思う。そのチャンスを生かすか殺すかは、今の所この会議にかかっている。

その後学長からは事を急ごうとしたのか、音楽棟として使うのは無理と同意していただけますかと採決を迫るような発言が出た。しかし会場の雰囲気は芳しくないものだった。今回は主に新音楽棟の話に終始し全体の改修の事に話が進まなかったように思う、というよりは全体の改修計画が示された案を作り上げるべきであり、それは提示されるべきである。そこからスタートする事で新たな地平が見いだされるのではないかと思うのだがどうだろう。

・・・

会議は次回の日程はまだ決められておらず、そのまま解散となった。話の全体を見回して誰がどういう立場で話しているかはわかってきたのだけど、決定権や拒否権というものがここにあるのかどうかが気になった。そのあたりをはっきりさせないのは、ひょっとするとそれが日本流のやり方というものかもしれない。一方で今回、県の立場というものが十分に問題視された。今ここでは力を持って公平な立場で全体を見渡せる存在が必要であると思う。会議は前進させていくべきものだ。実りある話し合いになってほしいものである。







July 28, 2010

愛知県立芸術大学施設整備ビジョン検討会を聴いて

テーマ:愛知県芸
$Takenaka Architect office Ash

愛知県芸大の整備ビジョン検討会を聴いて来た。

場所は県芸内の大会議室。開始は7月26日午前10時30分。今回で3回目となる会議である。新聞と噂とで吉村順三さんと奥村昭雄さんの設計によるこの建築に取り壊しの危機があると知り、ネットで関係の事を調べてこの情報に行き着いた。傍聴席も用意されるとの事で、であれば自分自身で赴いて事の真相を確かめてみたいと思い当日出かける事とした。

できれば取り壊ししてほしくないと僕自身は思っている。自分が訪れたのはもう20年も前。当時僕は卒業論文で吉村順三さんの事を取り上げており、このキャンパスを訪れて感銘を受けたものだった。当時の雑誌を彩るポストモダンと言われる建築群からは距離感がありながらも孤独ではない。人々とそれを取り巻く環境を第一にして作り上げられるここの建築郡に他にはない底力を感じたものだった。老朽化しているのであればそれはそれで改修したり他の用途を考えるなど残していく方法もあるだろう。県芸大は保存し語り継ぐ事によって今後も多くの人々に影響を与え続ける建築である。人の感性に訴えかける事十分のこの空間は残されるべきものであるし、同時に活用を続けるために整備するべきものと思う。

雲行きが怪しくなったのは最初の案が模型として学内に展示された頃かららしい。それを見知った関係者がその事に触れて噂は広まり、ついには新聞記事となって公の目に止まる事態となった。関係者はそうやって事が公になる事を予期していたのだろうか、あるいは考えもしなかったのだろうか。まあそれはいいとして私の家内も同大学の出身者で、どうしてそこまでの、まるで記憶のよりどころを蹴散らすような建て替えをするのかわからないと言っていた。模型は現在、どこかに片付けられているらしく見る事が出来ない。私自身は学校側から提出されたと言われる図面と現況を比較して見てみたのだが、それは建物のほとんどを作り替えてしまう大規模な計画であった。私は何か、自分で出来る事がしてみたいと思った。

・・・

会議は富山学部長さんの挨拶と発言から始まった。現状の建物は使い勝手が悪く堪え難いものであると最初に言われた。断熱性の問題、音の問題、雨漏りの事など、来ている学生さんに対してこの状況は申し訳ないと。おそらくその通りなのだろうと思う。キャンパスを歩いてみて老朽化の進んだ所やおそらく雨漏りがするだろう所はあちこちに見る事が出来た。しかし、ならば何故そうなる前に手を打たなかったのだろうという疑問も同時に浮かぶ。建物は老朽化し、一方で時代によって人々に求められる要素も異なってくる。メンテナンスはどう行われてきたのだろう。今までの一つ一つの苦情はどこでどのように受け止められてきたのだろう。建物の現状を見る限りそれらはどういう訳か蓄積され続けてしまったように思う。そして同時に良き助言者に事欠いていたのかもしれない。

DOCOMOMO Japanの松隈洋さんが発言された。出端を挫かれたらしく、配っていただく予定だった書類が出ていないと言われた。このことだけを考えるとそれほど問題のようには思えない。単に事務的なミスという事は十分に考え得る。しかしその話し方や周囲の受け止め方を見ていると何か雰囲気が違う。そして配られていないのはそれだけでなく、議事録もまだ出ていないという発言が出た。前回だけでなく前々回のものも出ていないと。それに対して学校側はまだ出来てませんと言い、会議場のあちこちからため息が漏れた。続いて建築学会東海支部長の堀越さんが前回の質問に答えてほしいと発言された。配られた会議関係者の資料を見ると第1回2回ですでにいろいろな質問がなされ、その回答が保留になっているようだった。メンテナンスの経緯についてもその質問事項にあった。しかし学校側からの明確な回答はついに最後まで得られなかったように思う。

「今の環境を出来るだけ残す事が重要であり、その事は検討されているのでしょうか」松隈さんが言われる。おそらく、ここにおいて建物に対する愛情の差が存在している。あるいは理解できる人と出来ない人の差かもしれない。今ある建物を大切にする、直さなければならない所は直すと大学側から返事があったけれど、それは当たり前の事でしかない。環境は何か、建築と空間の違いは何なのかとこの場に見合わない発言も出て来たりした。現況に対する不満がそこには見え隠れしているようで、この部屋はどうして暑いのか、クーラーの温度を下げろという発言も飛び出した。話が集中していかないのは話し合うべき問題点が明確にされないからだ。ビジョンについての討論会なのに叩き台としてのビジョンが出されていないのは何故なんだろう。そんな事を考えていたら次に大学の長谷さんより「何をどうするという計画は何もしていない」という発言がなされた。続いて大学の水津さんより、大学から出された第一回の計画はマスタープランではなく予算を取るための図面であったという説明が出た。それが事実であれば学校側は話を白紙に戻そうとしている事になる。しかし残念ながら何か和解出来たようなムードはそこでは産まれてこなかった。第一回がマスタープランでなく予算取りというその事が正しいとしても、全体にどうしていくという計画が何も行われていないというのもまた変な話である。何もしていない、という発言はどういう観点から出たのだろう。そんな発言で良いのかと聞きながら思った。

私と同じ傍聴席に座っておられた野田教授も安易な解体に反対されていた。そもそも野田さんはこの県芸大で建築を教えられている先生である。勤務はもう20年以上にもなっていてこの校舎の事はどこまでも把握してらっしゃるお方だ。そんな立場の方が何故かいるのが傍聴席。この事一つを取っても理解に苦しむ事である。本来ならこの討論の和に加わって論を展開して然るべきはずだ。学校側で解体に反対する先生は最初からこの検討の和から外されたのだろうか。この学校は現在、広く開かれた自由な雰囲気のある素敵なキャンパスである。陰湿めいたものは似合わないのに、どこかにそういう受け入れる受け入れないの派閥の世界が漂っているのだろうか。

松隈さんより修繕改修では予算が取れないのですかという質問があった。新築であれば県から多額の予算が取れるようだが、改修修繕では大幅に削られるらしい。それが事実であればそのために学校は改修が遅れ、思う様にメンテナンスできないままに今日に至っているという事もあるのかもしれない。県の関係者がそれに応じたけれど答えはしどろもどろだった。言葉を重ねようやくにして”改築でないと予算が付かないとは言わない”と2重の否定で答えられた。改修の事を聞いているのに改築と返事が来て、実際両者の間には規模などが異なるものと思われるのだけど、そのあたりは実際の所どうなのだろう?ひょっとすると愛知県の公の建物は未だにスクラップビルドの旧体質で進められているのだろうか。他の病院とか福祉施設とかの県の施設でも同じような事は起きていないだろうか。

そんな事がやり取りされているうちに音楽学部棟の整備についてと議題が変えられた。音楽学部長の戸山さんが現状の不備を力説される。学部長もそれに続いて同様の発言をされた。日建の若松さんからは現況の状況と改修した場合の事の説明がなされた。使いづらそうな事はあきらかであった。壁や床のコンクリートが薄くて遮音性能が低くなっているのだ。コンクリートに厚みを付けようとすると今度は構造的に耐えきれなくなる。室内側に遮音構造を施すと天井高さは低くなり、同時に部屋も小さなものになり日常の使用に支障をきたすものとなるらしい。

現状を改修したとしてもそれがかえって建物を使いにくくしていくのは私が見ても明らかだった。しかしだからといってそれがすぐに建物を壊して良いと言う理由になるものでもないと思う。音楽には向かないかもしれないけど他の使い道はあるかもしれない。構造の事を含めて平面計画の見直しなど建物を存続させる方向でまず検討すべき事である。しかしながら今の音楽棟を存続させるという考えは学校側からは出て来ていない。ここがこの、討論会を2分する大きな要因なのだと思う。残す事の検討なくして進められる事は何もない。検討の結果、残念ながら解体より他ないという事ももちろんある訳だが、そのプロセスは重要である。

音楽棟の件は全体から見れば部分的な事であるけれど、その活用一つとってもそれは全体に結びつく事である。そしてもちろん建物の老朽化や設備の問題は全体の問題だ。今必要なのはこの音楽棟の事を含め全体をどう改修して生かして行くかを示すマスタープランではなかろうか。それが出されない事には先に進むのも困難だろう。現在、設計は日建設計さんが関わってらっしゃるようだ。私自身それに異論はない。ただ、設計を引き受けたからには特にこの議会に出席された人々を納得させるだけの提案をせねばなるまい。ここで建築家に要求されるのは人々を説得しつつまとめる能力だ。時間も体力も必要なものだが、どうか素晴らしい案を作ってほしい。

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