先日出来た磯崎さんが設計した北方町生涯学習センターきらりを見てきた。
本当は伊東豊雄さんの各務原に出来た火葬場を見に行く予定だったのだが、当日が友引で開館していない事が判明。急きょ磯崎さんの北方を見に行く事にした。両方に共通して言える事は屋根がぐにゃぐにゃである事。構造設計も両方と同じく佐々木睦朗さんだ。
両方ともぐにゃぐにゃ系のストラクチャーなのに磯崎さんの方は実はあまり見る気がしていなかった。何故かというと写真で見る限りなのだが屋根の端部の処理が好きでなかったからだ。せっかく薄いコンクリのスラブでぐにゃぐにゃの屋根を作ったというのに端部にはその厚みがきれいには表現されていない。無用に暑苦しく見方によってはゲーリーになってしまうところだ。しかしながら磯崎さんの今までの作品を分析して考えてもみると、空間にもディテールに甘んじる所がないのが磯崎さんである。どうしてこんな事になったんだろうか。
名古屋から車を飛ばす事2時間。岐阜の北方町に着いた。ここはすでに妹島さんの集合住宅を見に訪れた事があったので地理的な不安はなかった。磯崎さんのを見る前についでだからと思って妹島さんのその集合住宅を再び拝見する。遠目には変わらずきれいでカッコ良く見えたものだが、近付くにつれて外壁が劣化している事に気が着いた。コンクリにクラックが入ったのか、あるいは塗装に何か問題があったのか、白い外壁はあちこちが補修されている。それが目立ってかっこわるい。どうしてこんな事になったんだかなあ。建ってから何年になるんだっけ?ちょっとググってみたのだが1期が平成10年で2期が12年の完成だった。という事はまだ10年もたっていない。劣化の進行が早すぎるように思う。
その他にも近年に出来た集合住宅もあったがそれらはすっ飛ばして磯崎さんの学習センターの前に来た。想像はしていたがおおむね写真の通りだった。屋根が重い。かろやかさが表現できれば良さそうなものなのだが、実際は重量感に苛まれているように見える。屋根の鼻というか木口にあたる所が2重になっているのだが、そこがいやがおうにもなく重さを醸し出している。磯崎さんはここで何をやりたかったのだろうか。
当日は日曜日だった。建物の名前からすると当然開いているものと思ったのだが入口は鍵がかけられて閉まっていた。どこか入れる所がないかなあと思い周囲を歩くと事務室とおぼしき所が見えてきた。中にはその関係の方もいらしゃるようで入ってみた。休みだから無理なんだろうなあと思いつつも見学の旨を申し出てみたのだが、これが思いがけず快諾される事となった。ラッキ~♪建物のパンフレットをいただいた。しかもそれだけでなくてその後その方が建物全体を案内して下さった。思わず感謝である。
「今日は高校生が演劇の稽古で使っているんですよ」とその方は教えてくださった。なるほど、裏口の方は開いていて中に入ると演劇部とおぼしき高校生たちが真剣に稽古を行っていた。中は暗がりで「足元に気を付けてくださいね」と言われて気をつける前にその方が何かにぶつかって鈍い音を立てていた。まあそれはいっか。
いきなり中央であるホールの方に通された。約400人入るというホールはその数からしてもこじんまりと見えた。中央で高校生らが稽古をしていた訳だが、マイクなしで十分に肉声が響き渡るし遠くからでも動作がはっきりと把握できる大きさだろう。残響は長くしてあるらしく、多目的ホールとパンフレットには書かれていても音楽を中心としたホールだという事がわかる。いずれにしても表現する側からすれば客からのレスポンスが受けやすくその分については申し分ないと思う。「磯崎先生は天井もぐにゃぐにゃのまま見せたかったそうですが、吊りものの関係でそうもいかなかったんです」と説明を受けた。暗くてよくは確認できなかったが、照明器具がひしめいている事はわかる。仕方なかったんだろうなあと思う。
ホールから出てロビーらしき所へ。ホール内と違ってここは窓からの光で明るい所になっている。特徴的なのはやはり天井部分という事になるか。うねった三次元の曲面で構成されていて、その天井からは何も吊り下がってはいない。「照明とか火災報知器の類も全て壁の方に取り付いているんです」と説明されて見ればなるほどだった。火災報知器は赤外線で反応するものらしく、きっといい値段がするものなんだろうなあと思った。天井はそうやってきれいなものなのだが、惜しむべきはガラスで出来た壁の部分である。風圧に耐えるべくリブは太くなって当然であるのだが、天井の軽やかさがそこで途切れてしまう。せめてガラスの天井に接する部分だけでも枠を取ってしまいたい所だが、屋根の構造を考えるとそうもいかないのだろう。そしてそんな最上部の枠の部分は外からすると隙間があるようで、そこがスズメたちの営巣の場所ともなっていて微笑ましくもあった。「ガラスが汚れちゃうんですよ」と案内の方がお話されたが、このあたりの事は実際の設計担当の人はどう考えていたんだろうか。
「サインが小さくてわかりづらいんです」どちらかと言えば苦情に近い事ばかり聞いているようだが、案内の人が決して誇張して言っている訳でないのは現地にいたらよくわかる。建物内部の案内掲示はあるのだが、確かに小さくてわかりづらい。その上にトイレは地下に降りてさらにわかりにくい所にあるらしく、おそらくは館の職員の方たちが作られたであろう案内標識があちこちにあった。今までに公共建築を多数手がけてこられた磯崎さんである。つまらない間違いはしないはずだと思うのだが、つまらない所でせっかくの評価を落としてしまいそうで残念にも思う。トップとしては全体に手がまわらない所もあると思うが、逆に言えばそのトップである磯崎さんにまではこういう話はまわってこないのだろうか、なんて思ったりもした。
「屋根はコンクリートで厚さが200程度あって、一部を除いて天井からの吊りものがないんです。」上を見ながら案内の方が教えてくださった。いいチャンスだと思って屋根の端部がどうしてあれだけ厚いのか尋ねてみた。すると「あそこは樋が付いていてあれだけの厚みになっているんです。当初磯崎さんは樋なしで行きたいと言われていてそのような模型も作られたのですが、これが施主の側から雨はどうするのだとの猛反発を受けてしまい、結果としてこのような形となってしまった訳です。」なるほど、雨の問題か。デザイン面で検討して水勾配やその流れなどを考えてどうにか出来ないものかとも思ったのだが、そういう選択はされなかったようだ。しかしなんだか勿体無いよなあ。逆にここはわざと厚みを見せるように工夫されたんだろうか。薄さが出ないのであればそれはそれで仕方ないとして。というか、いちいちそんな事気にしてるのはオレだけか?
巨匠の実作に向かって失礼な事とは思うのだが、作品の規模に対して屋根にこだわりが過ぎているのではないだろうか。自由な曲面による屋根は確かに魅力ではあるのだが、その屋根は逆に人々や空間を拘束する屋根になってしまっている。せっかくの一枚の大屋根としての魅力がここでは生かされていない。今回のこの屋根の仕組みは磯崎さんからすれば北京の国家大劇院のコンペの大屋根の流れを酌むものだと思うのだが、ここでは建築が目立たない仕組みを作るべきではなかったかと思う。手法と理論に長けた氏であるが今回の建築については残念に思った。
お礼を述べてその案内の方と別れた。最初から最後までずっと案内して下さったのだ。アポなしで来ていたのにとても親切に対応して下さった。感謝感謝である。もう一度外側をぐるっと見てまわる。おそらくこれからこういう構造を含めてぐにゃぐにゃしているものが沢山出来て来ると思う。今はその走りの時代だと思う。建築の可能性を広げたという点においてとても評価できるものと思う反面、建築と場所の関係はどう考えたら良いのかと思いもした。あるいは凡人である自分では及びもつかない事であるか。しかしながら凡人にわからなければ建築など不要のはずと思う。
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なお加えて書いておくが、私は磯崎さんの建築が嫌いな訳ではない。むしろ自称磯崎建築のおっかけファン(?)とも言うべき存在である。そんなファンにとって今回の作品はとても惜しいのである。いいかえてみれば今期低迷する巨人を激励するファンの心境と似て無くもない(ちと違う?)。「先生、これはどのように解釈したら良いのでしょうか?」と問いかけたくなる気持ちを押さえる事ができずにこのように書いてしまったのだが、建築は上記の通りで建築家のみでできるものでもない。当然そこには施主は施工業者が介在し、法規土地地域経済などなどの問題が複雑に絡み付いてくる。しかしなおそういった苦しく厳しい条件がある中で解を導き出すのも建築の仕事であるので、どうにか理解したいと思う次第である。