私はモーニンを無痛分娩、ピースを自然分娩で産みました。
モーニンのときはいろいろあって、
出産の思い出はつらい気持ちばかりが残るものとなっていました。
(モーニン出産時の記事はこちら↓
モーニン産まれたときのこと その1
モーニン産まれたときのこと その2
モーニン産まれたときのこと その3
モーニン産まれたときのこと その4
)
過去記事にもありますが、ピースをまた無痛で産むことで
モーニンに対する罪を償おうとしていました。
でも結局ピースは自然分娩で産んだわけで・・・。
そんな私はピース出産後、いったいどんな気持ちになったかというと。
晴々とした気持ちでした。
そして、恐れていた「おなかを痛めて産んだ子の方がかわいく思えてしまうのではないか」
ということ。
まったくそんなことはありませんでした。
出産後病室に入ってモーニンの顔を見たとき、
涙がでましたが、それはモーニンに対する申し訳なさではなくて、
モーニンに対する感謝の気持ちでした。
モーニン、ありがとう。おかあさん無事に産めたよ。そんな気持ちでした。
でもモーニンの何に感謝しているのか、自分ではそのときは明確にはわかっていませんでした。
それがわかったのは、出産後2日目の助産師さんと話をしたときでした。
モーニン出産時にはなかったのですが、
母親の産後の精神的ケアのために、お産について感想や意見を書いたり聞いたりするシステムができていたんです。
ピースをとりあげてくれた助産師さんが話を聞いてくれ、モーニンのときに私が無痛を選択したけど後悔しか残らなかったという話もしたんです。
そうしたら助産師さんが、
まずうちのスタッフがこころない言葉を言って申し訳なかったと謝ってくださり、
そのあと、今回も無痛で産めなくて不本意だったかもしれないけど、
おかあさんは本当によく頑張ったし、安産だったのは上の子のおかげね、と。
上の子が苦しみながらも一生懸命出てきてくれたことで、おかあさんの中に道を作ってくれたのよ、と。
それを聞いた瞬間、どっと涙が出てきました。
そして、上の子に申し訳ないという気持ちを抱く必要はない、
経過はいろいろあったかもしれないけど、おかあさんの無事に産まれてほしいという気持ちに応えて上の子は来てくれた、
そして今までずっといい子で元気に育ってきてる、
それはおかあさんのがんばりに応えてくれてるということだと。
号泣でした。
ピースが早く降りてこれたのも、それによって私が長時間苦しまずに済んだのも、ピースもがんばったけど全部モーニンのおかげ。
モーニンの顔を見たときのありがとうという気持ちはここからきてたとわかりました。
産まれてすぐからおっぱいが出ていることも、私が余裕を持ってピースの世話ができることも、
全部モーニンが道を切り開いてきてくれたんだと思うと、
どんなかたちであれモーニンが生まれてきてくれたこと、悩みながらも今まで子育てしてきたことが
なにごとにも代えがたい尊いことだと思えました。
モーニンの出産は私の罪ではなかった、やっとそう思うことができて、私の心の底にたまっていた澱のようなものがなくなりました。
1年半ずっと苦しんでいたことが、ピース出産でやっと昇華されました。
ピースも無痛ができない土曜日に産まれることで私に教えてくれたんですね。
おかあさん、僕はお姉ちゃんの作ってくれた道を通っていくよ、迷わずいくよって。
悔いの残らない素敵な出産ができた人、できなかった人、妊娠出産は人それぞれ。
でもみんな無事に産まれてるんですよね。
出産方法は表向きは母親が選んでいるものだけど、実はおなかの赤ちゃんが選んでいるのかなと思います。
自然、無痛、帝王切開。
赤ちゃんが自分に最適な、あるいはおかあさんに何かを伝えたくて、自分はこうして産まれていくんだと意志を持っているように思います。
無痛は賛否両論あるし、帝王切開を嫌がる人もいる。それによって無痛や帝王切開の人が傷つくこともある。
でも今の私は、出産方法は関係ないよと声を大にして言いたいです。
みんなみんな無事で産まれてきた、それだけが全てではないかと思います。
これから出産をするたくさんのおかあさんが、私のように思い悩むことがないことを祈ります。