恩恵と負担。 (2/20)
テーマ:議員活動今日は日帰りで沖縄へ視察に行く日です。いつもより早めに6時過ぎに起き、羽田空港へ。普天間飛行場の様子を直接見に行ける日です。いつもよりもパッチリ目も覚めます。
今回の視察は、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会の理事かまたは沖縄県選出の委員のため、セッティングされたものです。新党大地会派の私は、理事会に出席はできるものの、理事ではなく「傍聴」という立場。本来なら参加資格はないのですが、与党筆頭理事の吉良州司議員に相談をしたところ、「沖縄の問題に誰よりも取り組んでこられたのは鈴木宗男先生です。委員会としての予算は限られているので、大変申し訳ありませんが自費参加と言うことになりますが、是非浅野さんもご参加ください」とご配慮下さいました。
7時45分発の便に乗り、着いたのは10時半過ぎです。天気は曇り。気温は18℃。
昨日稚内を出て、士別市で五十嵐秘書と合流した時の気温は-17℃。同じ日本でこうも違うとは…。やはり日本は広いです。
バスに乗り込み、まずは内閣府沖縄総合事務局へ。槌谷裕司内閣沖縄総合事務局長、真部朗防衛省沖縄事務局長、竹内春久外務省沖縄事務所沖縄担当大使より、それぞれの沖縄政策について説明を受けます。
説明を受けた後、沖縄県各市町村長、議会議長等、地元首長・各圏団体長との昼食懇談会。
皆様の要望の柱は、やはり基地負担の軽減並びに沖縄振興に向けた国の振興策の充実です。日本の防衛のために沖縄がどれだけの負担を強いられているか、基地があることでどれだけ沖縄の自立的経済発展が妨げられているか。このことを日本全体の問題として捉えてほしい、と。
全くその通りです。衆議院沖北委員会としては、沖縄振興に係る「沖縄振興特別措置法」と「駐留軍用地返還特措法」の一部改正案を、与野党が心を合わせ、政争に関係なく、迅速に衆議院を通過させることで一致しています。後はそれを実行するのみです。
基地負担の軽減と振興策の充実を訴える方がほとんどだった中で、名護市の稲嶺市長が明確に「普天間飛行場の辺野古受け入れはできない」と述べられていたことが、非常に印象的でした。
内閣府沖縄総合事務局を出発し、宜野湾市の嘉数高台公園へ。そこの展望台から、普天間飛行場の全景を見ることができました。
写真ではわかりづらいかもしれませんが、住宅地が密集している町の真ん中にドンと基地がある様子が、非常に異様なものに感じられます。都市計画などについては全くの素人である私ですが、そんな私が仮に街づくりを任せられたとしても、こんな都市はつくらないでしょう。
16時から沖縄県庁に行き、仲井眞弘多沖縄県知事と会談。
福井照委員長はじめ、各理事が与野党順に意見を述べられ、最後に私にも発言の機会が与えられました。皆さん、一括交付金等、振興の在り方についてしか話題に出さないので、私から思い切って以下の質問をさせて戴きました。
「私の政治の師である鈴木宗男は、かつて県道104号線越実射訓練を自分の選挙区に移し、身をもって沖縄の負担を減らすことに尽力してきました。私も含め、沖縄県外から選出されている全ての衆参議員が、自分の選挙区に普天間飛行場を持っていくくらいの気持ちを持たないといけません。普天間飛行場を辺野古に移すとする現行案は、私としては非常に厳しい状況にあると考えていますが、もし仮に、現行案について沖縄県民の皆様が理解を示し、受け入れてくれるのなら、何が必要ですか?何がなされれば、地元の理解は得られるのでしょうか?」
この質問に対しては、知事ではなく知事公室長の又吉進氏が次のように回答されました。
「自分たちはかつては『やむを得ず』の想いで辺野古移設を受け入れました。しかし、鳩山政権が発足し、県外移設を目指すとされたましたが、結局はダメとなった。今となっては、県民の気持ちは『県内移設はダメだ』というものです。何より、沖縄に在日米軍基地の74%が集中しているという現状を考えて戴きたい。『辺野古受入れの条件は?』と聞かれ、敢えて答えるならば、日本全体が沖縄の痛みを自分自身の痛みとして、この現状を変えて戴くことです」。
やはり、口だけでなく、目に見える形で沖縄の負担を減らさなくてはならないということです。普天間から基地がなくなっても、県内に移るだけなら結局同じ、というのが県民の皆さんの気持ちなのです。
平和の恩恵は日本国民全員が受け取っているものの、そのための負担は、ほとんどが沖縄県民が請け負っている。このアンバランスが解消されない限り、または解消に向けた具体的努力が見られない限り、普天間飛行場を名護市辺野古に移す現行の日米合意案を実行することは、極めて困難でしょう。
非常に難しい問題です。しかし、何としても解決しなくてはなりません。私も含め、全議員の覚悟が問われています。












