「彼らは今、何処に居るんです?」
「言えないよ、それは・・・。」

「・・・貴方はハッカーでしょ? それも、凄腕の。
貴方があの子達の手助けをしてる事は、知っています。」
「分からないよぉ? 案外、ヤバイ事にしたかったりするのかも。」

「ふざけないでっ!!」

バシン!!、と、女性プレイヤーが勢い良く机を叩く。

「・・・ニケルというプレイヤーが何処に居るのか・・・」
「そうだね。 君の本当の目的って、彼等じゃなくってその子だよね。」
「・・・・・・そうよ・・・・・・。」

落ち着きを取り戻し、与えられていた椅子に再び座り込む女性。
目の前で足を組んで座っている灰色のトンガリ帽子を被った少女の瞳は、
まるで、全てを見透かしているか様に静かな色をしていた。

「・・・でも、教える訳にはいかないよ。」
「ど、どうして―・・・!」
「だって、君は関わってないもん。」

言って、左右の足の鞘にそれぞれ刺していた短剣の内の1本を、
机の中央に、バキィ!、と、突き立てる。

そう、この魔女っ子は呪紋使いではない。
容姿を裏切る、華麗な双剣士。
一夜だ。

「見て? このゲームはすっごくリアルでしょ。
机を剣で刺すと、その机に罅が入って、効果音を発する。 だけど・・・」

机から、刺していた剣を抜いた。
そしてそれを、再び自分の腰へと戻す。
すると、入っていた筈の罅が、あっという間に消えて無くなってしまった。

「そう。 どんなにリアルでも、これはゲーム。
この世界で死んだって、それはけっしてリアルの死を表す訳じゃない。」
「・・・分かっています。」
「ううん。 やっぱり、分かっちゃいないよ。」
「・・・、どういう意味です?」

聞かれて、一夜が唸る。
足を反対に組み直した。

ふぅ、と、深い溜め息も、一つ。

「その“在り得ない事”が、此処には存在するの。」
「・・・それって・・・」
「そう、それ。」
「だけどありえないわ、そんな事。」
「・・・常識人ね。 頑な過ぎるよ。」
「・・・・・・でも」

と、言いかけて、ふと留まる。

「・・・貴方が言う事を信じて良いのなら・・・あれも・・・」
「?」
「合点がいくんです。 ニケルくんのお姉さんとニケルくん自身が、昏睡状態って・・・」
「! そ、それって、このゲームのせいで―・・・!?」

頷いた女性プレイヤーに、今度は一夜が眼を見開いた。


※ ※ ※ ※ ※


「・・・偽物、ってワケ? どゆ事?」

腰の鞘から剣を抜きつつ、ハザマに問い掛ける太陽。
息を一度吐いてから、彼へ、ハザマが言った。

「はっきりとした根拠は無い―・・・、けど、コイツは違うな。
・・・アイツが言ってたんだよ。 “無関係だ”って。
無関係である以上、此処にこうして、しかもこんな風に現れる筈ない。」

「・・・・・・その、ニケルっていう奴が嘘を言ってた、っていう可能性は?」
「無いだろうな。 アイツは……、ニケルは、闇アウラって奴の犠牲者だから。」


「・・・ところでお2人さん? そんなに呑気に話しててイイの?」

ドゴォッッッ!!!!

「ぐっっっっっ!」
「太陽っっ!!」

ドサ!、と、太陽が地面へと叩き付けられた。
先程までは大人しかったモンスターが、会話中の太陽の背後から、突然体当たりを仕掛けてきたのだ。
大丈夫か!?、と問い掛けるハザマに、太陽はむくりと起き上がりながらこう答えた。

「平気平気。 コイツ、結構弱っちぃ。」
「―・・・だが、ゆっくりと話す暇も無さそうだな・・・」

ハザマの台詞が終わるか否かの辺りで、再び体当たりを仕掛けたモンスターを、2人は左右に跳んで避けた。

砂埃を上げた相手の足元が、休まずもう一度激しい砂嵐を発生させ、固い大地を上空に向かって蹴る。
それとほぼ同時に、またハザマへと跳び掛ってくる狼の姿をした敵・・・。
唾液を風圧で散らしながら、此方に近づいてくる。
地面に軽々と着地し、ハザマが鍵を前方に翳す。
気付けば、モンスターは目前。
相手の赤い眼と、彼の眼が合う。


「そう無駄に鍵ばっか使ってられるかって!」

吐き捨てる様に言うと、素早く、腰から札の様な物を取り出した。

「月のタロット!」

それを、相手の額にスパンと投げ付けると、まるで月明かりの様な金の光が辺りを包み込み、
その光が収まった頃には、相手は眠っていた。

「・・・・・・やっぱり、ゲームだ。」

振り返り、浮いたままでいるニケルに向き直りながら、ハザマが言った。
その青い瞳と、ニケルの怪しげな緑色の瞳が合う。

前までは、あの色がとても美しい色だと思えたのに―・・・。
今では、その瞳に光は宿っていなく、代わりにズンと重い雰囲気が取り入っていた。

「ハザマ。 君は、まだ気付かない?」

意味深なその台詞に、ハザマは首を傾げた。

「・・・何にだ?」
「こんな必殺技の一つも無い、弱いモンスター1体作るのなんて、容易いんだ。」
「・・・・・・?」
「ただの攻撃力に弱ければ、道具にも弱い。」
「・・・、だから・・・?」

「簡単だから、いくつも作れる。」

「―・・・っ!」

ようやく言葉の意味が理解出来、慌ててハザマが周りを見回した。
すると、既に反応が遅かった様で、思った通り、自分等は無数の敵に囲まれていた。

当然、それぞれの容姿の共通点は、黄緑色の不気味なタイル。
暗がりに光るそれ等は、BGMが無いこのエリアに相性が良く、非常に無気味に見える。
眼をキョロキョロと動かしながら、太陽が、離れたハザマに向かって叫んだ。

「ななななっ、何でこんなに居るんだよーーー!!」
「知るか阿呆!! 早くこっち来い!!」

2人を遠くから囲む様に、円を描く様に、此方を威嚇しているモンスター。
その空間を、太陽が慌てて走ってきた。
背中合わせになり、それぞれの武器、鍵と剣を握る。

「ど、どうするよ?」
「どうするって―・・・、これだけの量を相手にするつもりか?」
「まさか! そりゃゴメンだよ!! ましてやコイツ等って、特別なんでしょ?」
「ああ。 タダじゃ倒せないな。」

ゴクリと息を飲み込みながら、太陽と囁き合う。

「・・・太陽。 回復薬は、どれ位持ってる?」
「あぁ。 蘇生の秘薬も入れて・・・、結構在る。」
「―・・・そうか。」

なら、と、続けて

「お前は回復役に回れ。」
「え? そんじゃ、ハザマが攻撃担当?」
「攻撃・・・というより、目的は、相手を行動不能にさせる事。」
「・・・その隙に逃げるん?」
「出来れば、それが良いんだけどな・・・。 さっき、あのモンスターを眠らせただろ?
その時、バトルモードがオフになるまでの距離に引いてみたんだけど、
ゲートアウト出来なかったんだ。」
「へ!? じゃあオレ、置いてかれそうになってたの!?」
「否・・・、確信は付いてた。 いつものパターンだし。」
「・・・じゃあ、どうすんだ?」

「適当にモンスターを混乱させて、その隙にアイツを倒す。」

全ての元凶はあれだ、と、上空で浮き続けているニケルに眼をやりながら言うハザマ。
とにかく、と、続けると、

「オレの体力がヤバくなってきたら、回復ヨロシク。」
「おっけぇ。。」

顔を見合わせ、頷き合った。
そして、同時に行動を開始する。

「バトルモードがオフにならない程度の場所で、敵の攻撃避けてろよ!」
「わぁってるって―――っと!」

早速後ろから引っ掻きを繰り出してきたモンスターを、太陽はひょこっと避けた。
いくら回復役と言えども、敵にターゲットされるのは当然の仕様だ。

一方、タイミングを問われる太陽と違い、ハザマはちょっとした頭脳戦に入っていた。
何処をどうすれば、あの偽物と仮定したニケルに近づくチャンスが生まれるのか。
様々な角度から攻撃を仕掛けてくる敵を鍵で切り、そして投げ飛ばしながら、

(ニケルに近づく事を目的として、一部のモンスターを蹴散らすのが当然か。 だが・・・)

等と考えていると、一度に5匹が突進して来、慌てて巨大化している鍵をブーメランの様に投げ付けた。
それは、相手の顔面にそれぞれ直撃したが、やはり、あまりダメージは無い様で、
2、3度頭を振って、またすぐに唸り出した。
くるくると空中で空回りして戻って来た鍵をまた手に取ると、
この場所に群がってきたモンスター自体を踏み台にして、ハザマは勢い良く上空へ跳んだ。
そして

「ウルカヌス・クー!!」

いつかの、ニケルと同じ魔法攻撃を地上へと降り注ぐ。
発せられる光によって、下に集っていたモンスター達が、それぞれの動作で眩しがっている。
その輝きの中を、眼を凝らして観察するハザマ。

「! 居た!!」

すぐ横に聳え立っていた岩の搭に足を付け、弾く様にして、ハザマが地上へと降り立つ。
その先には、眼を見開いて此方を振り向いている呪紋使いの姿。

「カラミティ!!」

ガイン!!

跳び掛かってきたハザマの鍵と、鈍い音を立てて、立派な杖が交差した。

「―・・・、ボクを舐めてんの?」
「否・・・・・・?」

ギリ、ギリ、と、互いの武器を合わせながら、呟く様に会話を交わす。

「だって、甘いもん。 ボクはレベル75の・・・」
「・・・ニケル気取りかよ。」
「気取り? ボクはボクだよ。」
「そうさ。 だが―・・・」

台詞を途中に鍵を振るって、ハザマの方から交差状態を抜けた。
その拍子に、ニケルも後ろへと退く。
手元で巨大化している鍵を器用に回しながら、

「お前はお前であって、けしてニケルにはなれない。」

と、ハザマが言うと、あちら側の呪紋使いは黙り込んだ。
その代わり、口元に皮肉な笑みを浮かべている。

長い沈黙。
周りからは、モンスターの唸り声・・・。
やがて、待っていたニケルからの返事が来た。

「・・・・・・ハザマ」

気づくと、二ケルの顔から不気味な笑みがすっかり消え、
代わりに、声色と同じく、弱々しいそれを浮かべている。

「―・・・ニケル?」

察したハザマの感情が、揺れる。
杖で、必死に身を支えている。
腰を、少し屈めている。
そんなニケルに。

「ハザマ? ハザマは・・・、何処・・・・・・」
「……何、言って……?」
「ハザマ・・・、ハザマ・・・っ」

よろめきながらも、ニケルが辺りをふら付き始める。
繰り返す名前の持ち主が、目前にいるにも関わらず。

その瞳に、光は宿っていない。
まるで、何かに洗脳されている様な表情だ。

「・・・ハザマ・・・ハザマ、ハザマ・・・」
「?」
「ハザマ、は・・・」

何かを、言おうとしている。

「ハザマは・・・・・・っ」
「おい。 ニケ・・・」

「ダメっっ!!」

「!?」

大声を、上げた。
眼をギュッと閉じ、しゃがみ込んでいるニケル。
明らかに、先程までの様子とは違う。

「ダメ。 ダメだよ・・・! 出来ない・・・ボクには」
「ニケル! ニケル、しっかりしろ!!」
「どいてっ」

バシッ!

“偽物”と推定していたハザマだったが、目の前で可笑しくなったニケルの肩を揺すってみる。
ところが、敢え無くニケルの杖によって、強く弾かれてしまう。

「嫌だ―・・・、ボクは、ボクはもう殺したくない!!」

≪・・・≫

「ボクは、ボクは―・・・」

地面に倒れ込んだまま、身を捩りながらニケルの様子を窺う。
何処かで、見た事のある映像。
―・・・誰かと会話している?・・・―

「ボクは、ハザマを殺したくなんかないっ!!」

≪・・・良いの?本当に、殺さなくて・・・≫

「・・・・・・。」

気が付いた。
これは。
脳に直接響き渡る様な、この声は・・・

すぅっ、と、ニケルの背中から透けて出てきた存在。
緑色の薄気味悪い肌。
薄紫色に染まっている、髪。
肩の見えるワンピースを着た、小さな少女。
目元は見えないが、やはりあの嫌な笑みを浮かべている。

闇アウラだ。

「ハザマが死んだら、このゲームは・・・!」

≪・・・じゃあ、お姉さんはどうなるの?・・・≫

「・・・・・・あ。」

悪魔の様にニケルの耳元で囁く、闇アウラ。
ニケルが、それにハッという顔になる。

≪・・・お姉さんは?死んじゃうよ?・・・≫

「だ、だけど・・・」

≪・・・どっちを信じるの?・・・≫

「え―・・・」

≪・・・あの子と、私と……、どっちを信じる?・・・≫

「・・・・・・」

≪・・・弱いあの子と、強い私。どっち?・・・≫

黙り込んでしまったニケルを、さらに追い詰める。
ニケルの息が、上がってきていた。

≪・・・あの子は、お姉さんを助ける力なんて持ってないの・・・≫

「・・・っ」

≪・・・お姉さんを助けられるのは、私だけ・・・≫

「・・・」

≪・・・忘れたの?お姉さんは私の傍に居る、って・・・≫

「っ!」

「―・・・!?」

ぺろりと真っ赤な舌を自分の唇に伝わすと、闇アウラは掌を天へ掲げた。
すると、人の形をした氷の様な物が、姿を表す。
目を凝らして中身を見ると、其処には―・・・

「・・・菫・・・っ?」

目を開けたまま上を向き、氷の中に閉じ込められている菫の姿。

≪・・・ね?助けられるのは私だけ。ハザマを失ったって、何も困らないでしょう?・・・≫

「何、も?」

≪・・・そう。何も。何も・・・≫

「あんな世界に、帰らなくてもイイ?」

≪・・・勿論。ニケルと、私と、お姉ちゃんの…、3人だけの場所だって・・・≫

「・・・そんな場所、が・・・、ホントに・・・?」

≪・・・信じてくれないの?私を・・・≫

「・・・・・・ううん。」

「! ニケルっ!」

騙されている。 暗示に、掛けられている。
闇アウラは、一度ニケルを殺そうとした奴だ。
信じられる筈がない。
そう感じたハザマは、はっきりと首を横に振ったニケルの名を、強く呼んだ。
しかし、もうその声は届かないらしく・・・、

「ボクらを助けてくれるのは、アウラ。 君だけ・・・」

ぎゅうっ、と、触れられない筈の闇アウラを、ニケルは抱き締めた。
その身体に、闇アウラが吸い込まれていって・・・。

此方に、眼を向けられた。
冷たい視線。
もう、さっきまでのニケルではない。

また、初めの様子に戻ってしまっていた。

「・・・・・・ニケル。」

本当に、もう届かない。
ハザマの声。

「・・・、否。 お前は、違うんだな。」

あちら側にいるニケルが、顔を上げた。
邪悪な笑顔を浮かべている。
殺気を含んだ、そんな・・・。

ハザマが、鍵の切先をニケルへ向けた。

「お前は・・・ニケル操って、どうしようってんだ?」
「・・・フフ」
「何が可笑しい・・・!?」

笑みを零す呪紋使いに、ハザマは強く問った。

「貴方は、何も分かってない・・・」
「何もって何がだッ! お前だって・・・そうだろ!!?」
「私・・・? 私は、この世界の全てを知っている。」

バシンッッ!!

再び、ニケルの杖と鍵を交差させる。

「お前は・・・、何も分かっちゃいない! 其処に居る菫だって、偽物だろう!!」
「・・・、違う。」
「嘘を吐くな!!」

「嘘じゃない。 これは本物。 本物の、菫。」
「なら、何処にその証拠が在るって言うんだ!! 世界に聞くのか!? 世界の神にでも!!?」
「・・・世界の神なら、此処に居る。」
「―・・・、何だと?」

再び怒声を喰らわせようとしたハザマの口が、小さく開いた。
その様子にニヤリとしながら、“ニケルの姿をした誰か”は、手を広げた。

「私は、やがてこの世界の神になる。 そして、アウラも消し去るの・・・」
「・・・・・・違うだろ。」
「・・・?」
「神はモルガナだろ?・・・、そうじゃない。 俺が・・・・・・」

キッ!、と、呪紋使いを強く睨む。

「俺が言いたいのは! そうやって手を広げて笑い掛けるのは、ニケルしか居ないって事だよ!!」
「・・・何?」
「分かっちゃいないんだよ! アイツはアイツだ!! そして、アイツでしか在り得ない・・・!!
だから・・・、闇アウラ!! お前も、ニケルにはなり切れない!!」

声を震わせながら、ハザマは叫んだ。
息を切らし、肩を上下させている。

「・・・“3人だけの世界”ってのも嘘だろ? ニケルを利用する為の・・・」
「そうね。」
「それは認めるのに・・・、何で、偽物の菫の事は認めないんだ・・・」
「・・・・・・、変わらないでしょう?」
「?」
「本物も、偽物も。」
「―・・・何様だ、お前。」
「・・・・・・さぁ?」

ガイイィィインッッッ!!!!


                 第十六話、完(