携帯からも読み易いし、編集もし易いので。

更新の記録はまた、TOP頁 に記載していきます。


日記の様な記事は此方。


アメブロとはお別れです。

記事はこのままにしておきますが、宜しければ、移植先までお越し下さい。

それでは。

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第七話「they and we」

テーマ:
((自分をも破壊する力。))



透き通った、冬の空。
六月のものとは信じ難い。

わたしは、走っている。
追い風が吹いているから、これといって疲れもしない。
にも関わらず、

「理咲ぁーーっ。」

後ろから聞こえてくる弱々しい“アイツ”を置いていかない様、
ゆっくりとしたペースを保ってるんだけども。

「無理! も、もう無理!!」
「叫ぶ力があるなら」
「無理無理!」
「もう其処だろ?」

隣を走っていたら、彼の頭を引っ叩いてる処だ。

「大体・・・何で、こんな早くっから連絡来たんだよ?」
「おばさんに頼んでたの。 “何時だろうと連絡下さい”って。」
「ふーん。」

振り返ると、漸くわたしに追い付いたヤスヒコが、退屈そうな顔をしていた。
また、焼餅。 大概にしないと、お餅だって焦げてしまう。
人の気持ちにまで意見する様な自分はお断りだから、思ったって口にしないけれど、
それが反って、ヤスヒコの感情を負に引き寄せている気がするのも、確か。

(でも、付いて来るんだよなぁ。)

何だかんだで、ヤスヒコも気になってるんだ。
“The World”の異変について、そして、ゆず自身についてこそが。

そう。
彼女がゲームで倒れてから、一ヶ月もの日数が経過していた。

CC社の意志によって、面会を断られたわたし。
彼らのやり方に納得のいかない、ゆずのお母さん。
“The World”内で調べを進めてくれた、ヤスヒコ。
それぞれが、それぞれなりに動いた。

でも。
今朝、ゆずは目を醒ました。

「そして」も「だから」も、相応しくない。
わたし達は絶対に空回りしていたし、
おばさん曰く、意識の戻る寸での処まで、容体には変化の一つも見受けられなかったらしい。
電話をくれた彼女自身が、誰よりも驚いていた。

無論、わたしだってそう。
だって、これというのは、つまり・・・。

「理咲ー?」

悪い癖だ。 考え込んでいると、他を疎かにする。

「うん!」

ずっと先で歩みを止めている、ヤスヒコの姿。
初めて、ゆずと一緒に、病院へ行った時みたい。
あの時も、わたしは。

「息切れ、直ったんだ?」
「あ、ほんと。」

気安い会話に乗って新里病院の正面玄関を過ぎ、裏へ回る。
何せ、早朝中の早朝だ。 病院全体が眠っていると思った。
でも、裏側に出て直ぐの第二駐車場には、黒い車と、啜り泣く声があった。
わたし達は身を隠すみたくして、裏口を利用した。

入って直ぐのエレベーターに飲み下され、やっと、緊張から自由になって。
ヤスヒコから訊ねられる。

「何階?」
「四。」
「おお、不吉。 らしいけど。」

どういう意味?
聞き返そうとして、辞めた。
切り替わってゆく数字のランプを仰ぎながら、別の問い掛けを練り直す。

「・・・ヤスヒコはさ。」

横っ面からヤスヒコの視線を貰って、続ける。

「ん?」
「その、ゆずの事、嫌いじゃないんだよね。」
「うん。 まあ、苦手ってのは、多少。
・・・アイツ、ああいう性格じゃん?
だから普通に話せんだけど、だから苦手みたいな、ね。」
「へ?」
「理咲はサッカーもやるけど、アイツとは違うし。」

それって

「ゆずは、男っぽ過ぎる?」
「そっ。」

ゆっくりと、ヤスヒコへ顔を向ける。
彼は罪悪感に欠ける表情で、引き続き、答えを並べている。
が、わたしには、その殆どが伝わらなかった。
右から左に抜けていくんじゃない。 最初から、音自体が無い様な。
失望に耳を塞がれてる、様な。

(何だ?)

不可解だ。 ヤスヒコの言葉一つ一つを裏返してやりたい。
出口を力いっぱい抑えていなかったら、こいつは今頃、表に流れ出ていただろう。
・・・ゆず本人ならば兎も角、どうして、わたしが。

渇いていく視界の中で、エレベーターが大げさに揺れる。
地震でも起こったのかと思いきや、これが此処の正常らしい。
目の前の壁が、四階のアナウンスと息を合わせ、二つに割れた。
今度こそ、ぼやっとしている場合じゃない。

「っ理咲!」

降りなくちゃ。
そう足を踏み出したわたしは、彼の呼び掛けに立ち止まった。

けれど“彼女”に、迷いは無い。
もしくは、小蝿の羽音も聞き取れない程、何かに集中していたのか。
その顔に険しい物を見た直後、わたしは結局、ドアの境界でぶつかった。
彼女と。

「気を付けてよ!」

モノクロームの欝の直後に、サイケデリックな怒りを目に入れた感じ。
わたしは開くばかりになる口を閉め、改めて動かそうとしたが、

「良いわよ!」

その鈍さを見限って、彼女はエレベーターへ、さっさと退場してしまった。
あまりのキャラクターっぷりに、後味の悪さより、爽快さが際立つ。
一方のヤスヒコは、

「あれ、同じ中学の。」

と、わたしより冷静。
未だに彼女を見ているのか、壁となったエレベーターから、視線を外せないままでいる。
実体は無い。
けれど、わたしもヤスヒコの真似をして、その背中越しに彼女を見た。

「そうだっけ。」
「ほら、オレらの教室見てくる、あれだよ。 がら空きになってもさ。」
「・・・ヤスヒコが見てるだけじゃない?」
「違うっ。 時事ネタだっ。」
「あんまりそゆのに敏感だと、女の子になっちゃうよ。」
「理咲。 河東とつるんでから、性格悪いぜ。」
「知ってる。」

ゆずとは、丁々発止とやり合うからね。
あれ?

「て、事は。 ゆずのお見舞いだったのかな。」
「ええ?」
「空き教室で見られるものっていったら、寝てるゆず位だよ。」
「・・・まさかあ。」

あらゆる念を込めて、ヤスヒコは否定した。

「お嬢様ぁな服装見たろ。 高飛車だし。 それで柚木に惹かれるか?」
「惹かれるってのは」
「惹かれないだろ。 あんなお下劣な野蛮人と接点なんか、まして。」
「ヤスヒコ。」
「何だよ。」

「聞こえる、ってな。」

ピシィッ。

なんていう音が、聞こえた気がした。
でも、久し振りだからかな。 ワクワクしているだけのわたしだ。
もし本気の制止をするなら、もっと早くに済ませていたし。

「御無沙汰。」

かくして、“本人”の気配を認めざるを得なくなったヤスヒコに、
正真正銘のゆずが笑った。

只、わたしの期待通りに、事は運ばないみたい。
彼女の連れてきた点滴が、ヤスヒコの眼を捕らえたから。

「・・・嗚呼。」

オプションだ。
そう囁いたゆずに、粒子レベルにまで磨り潰した声で、ヤスヒコが浴びせる。

「聞いて良いか。」

それは、けれど、質問じゃなかった。

「知ってるよな。 オレも、“The World”のプレイヤーっての。」
「ああ。」
「何、嗅ぎ回ってた。
昏睡状態になった奴ってのは、BBSで持て囃される。
消しても消しても話題になるからな。 管理もお手上げ。 でも」
「俺は徹底管理。」
「所謂、廃人から。 やっと、お前らしい情報貰った。
けど、その奴らでさえ、お前のPC名知らなかったんだ。」
「・・・。」

“何、嗅ぎ回ってた。”
言葉にされなくとも、再び宙を行き、ゆずを目指す。

「・・・解らない。」
「情報は良い。 只さ。」
「嗅ぎ回る、訳。」
「ああ。」
「否。 訳が。 自分でも解らない。」
「・・・え?」
「巻き込まれたのは確かなのに、俺がやらかした気もする。
・・・否、やらかした。 だから、収拾位はつけるつもりで居る。」

話し終えてから、ちょっとばかし睨みを利かせるゆず。
次の問いに備えてか。
しかし、ヤスヒコの面ときたら、既に戦意を失っている。
と言うか、下らない事に付き合わされ、うんざりしている。

例の探偵より控えめに頭後ろを掻いてから、彼は言った。

「ま。 オレはオレでやるし、お前はお前で、やりたいんだよな。」

初めてかもしれない。
ヤスヒコの一言に、ゆずが顔色を変えたのは。

「でも、必要なら言えよ?
折角リアルで知り合いなんだし、これでもオレ、顔は広いんだからさ。」
「・・・ああ。」

紐がするする巻き取られる。 ゆずをぴんと、巡っていた紐。
さっきのわたし達二人を縛っていた緊張と、その紐とでは、ちょっとばかし造りが異なる。
思い出した風に。 少し遣り辛そうに、そして、ゆずが沈黙を切った。

「入れよ。 帰るには早いだろ。」

つられて、へらりと、ヤスヒコも。

「来るんにだって、早過ぎたけどね。」



「良かったな。 割かし元気で。」

何の気も無しに、ヤスヒコは溢した。
何の気も無い。 現実をアバウトに眺めて、心が、
「こんなもんだろう」と、声に差し出したまんま。

ぴちゃ、ぴちゃ。
連日の雨で出来た水溜りを無遠慮に踏みながら、わたしも、何となく答える。
帰り掛けの青空は、太陽を既に、真上に掲げつつあった。

「ちゃんと、ゆずだったよね。」
「アイツ。」
「うん。」
「アイツ、大丈夫なんかな。」
「うん?」

止まって、ヤスヒコは、地面を見下げた。
鼻を下に伸ばして、唇を内側へ、きゅっと仕舞う。

「・・・ヤスヒコ?」

唇を解いた彼と、目が合う。

「御免。 苦手って、言ったけどさ。
お前、心配してんだよな。 最近だけじゃなくて、ずっと前から。
段々その、オレもだよ。 よく分かんないけど。」

哀しそうに染まる、目の色。

「何なんだろうな。」
「・・・。」
「アイツ、どうしてさ。」

いつも、抑えて。

わたしも分からないという事。 此処に居るヤスヒコは、よく知っていた。
普段から心配だなんて、わたしはしていないけれど。
登校してきた彼女に、お弁当を一人で広げる彼女に、とぼとぼと帰りたがる彼女に、
わたしが寄っていく理由。
自分でも把握していない、しようともしていなかった部分。
そこを彼は、“心配”に要約する。

わたしは彼の判断を、只管に正しいと思う。
ヤスヒコもまた、そうだったのだろうから。
焼餅では、なかった。

「御免。」

彼は親友だから、別に、良いのかもしれない。 でも。
喉の奥を熱くして、一度、潤もうとした眼を擦る。 大きく息を吐く。

「わたし、何も出来ないなんて、思いたくないんだ。
縋ってたいからじゃないて。 ゆずが助けてくれたみたいに。
・・・会話になってないね。」

気が付けば二人で、情けなく笑みを浮かべていた。
自分が口にしたい考えを、二人して、何処かにやってしまって。
オレ達って馬鹿だよね、と、納得しちゃって。

だって、何にも解らない。
改めてその事実をなぞろうとする、指が震える。
わたしは駄目だ。 けれど、だからって、ゆずを神様には仕立てたくない。
彼女を強くしてはいけない。 頭の中が、散らかってゆく。

「オレにゃ言えそうにない話も、ゆずは聞いてくれたんだな?」
「うん。」

ヤスヒコには、“女より男の方が子供子供している”というお決まりが、当て嵌まらない。
昔から。 恥ずかしげも無く、沢山、優しい言葉をくれる。

「ゆずは、まあ、実はイイ奴なんだろ。
でも、理咲もイイ奴だよ。 屈託無くって、ちゃんと頑張れて。
そゆとこ、ゆず“が”気に入ってんだろ。 何でもない奴なんかじゃないよ。」
「・・・うん。」

わたしに伝わったのを見て、ヤスヒコがにこりとする。

「で、七月は席替えだな!」

そうだね、と、相槌を打ちそうになり、わたしは踏み止まった。

「ヤスヒコ。 七月といえば期末だよ。」
「・・・期末ですね!」
「また柚木と近い席になれたら良いなーとか、言おうとしたんでしょ。」
「冴えてる、お前。」
「ふふ。」

歩き出して間も無く、中学の裏に差し掛かる。
此方とは別の世界から、校庭を駆ける生徒の声。

そういえば、前にゆず、ヤスヒコとわたしの関係は良いモンだと言っていたな。
前なら自覚していなかった事だけれど、多分、
ヤスヒコにせよ、わたしにせよ、自慢の一つとして、お互いを大事にしている。
だからこうしていられるのだろうなと、今は、心から思う。

面倒臭い勘違いをした時期があった。
でも、やはりヤスヒコは、あれからわたしのボールをまともに取れていない。
彼曰く、「理咲のボールは攻略不能」らしい。

「・・・情報通の、江本クン。」
「ん。」

歩く動作に釣られ、ぼこんぼこんと上下する校舎。
脳味噌って面白いな。 色んな情報から、思考を展開する。

「部活って、何人以上志望すると通るの?」
「新設か?」
「そう。」
「ご、にん。 じゃないか。 ・・・え、理咲。」
「ふふふ。」
「あー・・・、あー。」

フェードインする、ヤスヒコの薄ら笑い。

「ま、頑張れよ。」
「ヤスヒコは?」
「オレは万年、帰宅部だろ。」
「そんな事は知ってる。 協力してくれないの?」
「えー。」

文句垂れようとした彼の顔が、途端に緩む。
どうやらあちらでも、思考が愉快に広がった。 みたい。

「“The World”でも始めてくれたら、話が変わる。 かもな。」
「何て言うか知ってる? それ。 馬鹿の一つ覚え。」

回答の隙を与えずに返すと、ヤスヒコは膨れてみせた。
そろそろ、年甲斐も無く、なんて、形容したい。

「でも。 良いよ? それもそれで。」
「まじでかっ。」
「ゆずのくれたゲーム画像、綺麗だったし。 ゆずとも遊びたいし。」
「お前って奴ァ。」

と来て、わたしより一つ多く思い付く、ヤスヒコ。

「否、おばさんが許さないって。」
「あ。」

無神経過ぎた。

「でも、アイツ次第かな。 アイツだし。」

それ、わたしにも通じる台詞だよ。
ゆずのお母さんに、わたしが。 戒められている。

おばさんの怒った表情。 ゆずは、どうなのかな。
わたしと同じ様に、わたし以上に、感じるものがあるに違いない。
違いなかった。


されども、彼女は、ゲームを再開した。
わたしの耳には、壊れてゆく音が、届かなかった。


                 第七話、完
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カイナ様に頂いた、ハザマです。


今回の整理中、トラックバックを送った記事ごと捨ててしまいましたので、改めて。

有難う御座います。

当時は何の予告も無かったから、本当に突然の事で、驚いたなあ。 嬉しかったなあ。

hanyaさんがまた、コラボだと言ってくれたのも。


胸の内なんか、2割でも口にすると嘘になるから、あまり言いたかないのですが。

このイラストが大好きです。 家宝です。


カイナさんは元気にしてるかなあ。

.hack//Kiss'Keys【連載中】

テーマ:
目次)





プロローグ「運命」

第一章/
    第一話  「鍵戦士」
    第二話  「勇者の手掛かり」
    第三話  「消えた面影」
    第四話  「睡眠に沈殿を」
    第五話  「俺が勇者」
    第六話  「剣士と呪紋使い」
第二章/
    第七話  「捕らわれ」
    第八話  「一体化」
    第九話  「それぞれの2人」
    第十話  「割れた天井」
    第十一話 「すれ違い」
    第十二話 「不正」
第三章/
    第十三話 「マチュ・ピチュ」
    第十四話 「アクリア」
    第十五話 「再会」
    第十六話 「二つの意識」
    第十七話 「君を取り戻す囁き」
    第十八話 「真相」
第四章/
    第十九話 「未知のロッカー」
    第二十話 「幻想の果てに見えるモノ」
    第二十一話「夕桜の記憶」
    第二十二話「悲鳴」
    第二十三話「重なるレイヤ」(前編)
    第二十三話「重なるレイヤ」(後編)
    第二十四話「マイ・アウラ」(前編)
    第二十四話「マイ・アウラ」(後編)
第五章/
    第二十五話「温かな檻」
    第二十七話「選ばれし逸材」(前編)
    第二十七話「選ばれし逸材」(後編)
    第二十八話「人を守る手」(前編)
    第二十八話「人を守る手」(後編)
    第二十九話「共鳴する想い」
    第三十話 「分かり合うことで」
第六章/
    第三十一話「無知の知」

第三十一話「無知の知」

テーマ:
ルートタウン―水の都 マク・アヌ
「・・・そうか。」
ダスクを背負い、レイラを横に連れながら、夕日色の運河へ差し掛かる。
ハザマが、ぽつりと囁いた。
「“タスクスレイラの鍵”って。 司の感情で出来た、アウラが作ったから?」
「そのとおりです。」
答えるダスクの声は、先程よりも、はきはきとしているようにとれる。
「しかし・・・、
司に関わっているという意味なら、闇アウラにも言えること。」
「?」
「語源を、知っていますか?」
僅かに、ハザマの歩くペースがゆるんだ。
その足元を確かめてから、ダスクが続ける。
何故か、顔をレイラに向けて。
「・・・あれは、ぼくが受けたメールの、文字化けした日本語より汲みとられたもの。」
「メール・・・って、ニケル?」
「いいえ。」
ゆるゆると、首を横に振るダスク。
「アウラからです。 残念ながら、原文はもう残っていないでしょうけど。」
「・・・どう読めた?」
「何かが攻めてくる。 その何かから、私を助けてくれと。
その“何か”の部分が、特にひどく文字化けしていて。
やっと読めた文字を組み合わせたのが、“相子零羅(タスクスレイラ)”です。
相性の相でタスク、子供の子がス、ゼロのレイに、修羅のラ・・・と、書きます。」
「・・・意図的な文字化けか?」
“何か”に勘付いたのか、ハザマが訝しげな顔をする。
「メモったんだけど・・・。 八相の“相”、それを生み出した母を持つ“子”供。
“羅”が、八相みたいな敵の存在を意味するとしたら、
タスクスレイラは、モルガナの“零”番目の感情ってことになる。」
「ハザマも、そう思いますか。」
言って、アジトへ繋がる階段を前に、ハザマの背中から、ダスクは降り立った。
少々、体勢を崩したものの、きちんと地面を踏んでいる。
「でも、俺は・・・、相って、あくまで外側のことなんじゃないかって。」
ハザマのこの発言に、真剣な顔付きをしながら。
「闇アウラは、スケィス、イニスを使った。
連鎖するとか、抑えるなら分かるけど、感情が感情を使うって変だろ。
けど、相が表面的な意思表示でしかなかったら、言える気がするんだ。
アイツは、“モルガナの心”なんじゃないかってさ。」
「面白い話です。 ただ・・・それだと、矛盾が生じる。」
「何故、利用されていることに気づかないのか?」
「それもありますが。
心がむき出しの状態で存在するのなら、そこに理性は存在しない筈ですよ。
彼女に、彼女自身の理性が無いとすれば、説明出来ない事柄が増えてしまう。」
「ううん。」
下から、レイラが否定した。
「八相は、表面的な感情・・・。 そして、零相目は、モルガナの心。
でも、本体の心の割合が高いのも、確か。」
「・・・もしかして、セグメント一つとっても、色んな感情が・・・?」
「入ってる。 私にも、周辺の様子を察知する機能があるもの。」
その言葉一つ一つに、ハザマは胸を痛めた。
幼女と言うに相応しい容姿の子供が、難しい言葉を並べ、悲痛な現実を淡々と語っている。
実に合理的だ、AIというものは。
それを自らの子の姿に形成した、ハロルドの意思が分からない。
否、分かりたくもない。
気づけば、顔を歪めるハザマへと、レイラが微笑み掛けている。
まるで、「大丈夫」とでも言っているように。
「・・・だけど、一つだけ。 極端なセグメントが出来上がった。」
「?」
「それを取り戻してないから、今の本体は勢いを失くしてる。
そして、そのセグメントだけは手にしたくないから、それから逃げ回ってる。
だって」
きゅっ、と。
レイラが、ハザマの指先を掴む。
そして、
あれは、モルガナの本能でしかない。」
重た過ぎる、沈黙が訪れた。
しかし、ハザマの思考は休むことを知らず、働き続ける。
(セグメント・・・。
一つ目が闇アウラ自身で、二つ目がニケル、三つ目は・・・司だったんだろうな。)
でなければ、ああしてミミルに言いきることも、司本人が還ってくることも出来なかった。
貫通した彼の腹部が光っていたことも、おそらく、その正しさを証明してくれる筈だ。
(四つ目が俺といるレイラ、で、五つ目がダスク・・・?)
とすると、確かに、六つ目には宛てがない。
モルガナの分身なのか? 否、しかし、と、またハザマは考える。
“私に深く関わった存在”。 あの時の言葉は、アウラすらも指す可能性がある。
が、リアルを持たない存在、
つまり、彼女やモルガナみたく、ゲーム内にのみ生を受けている者は、
セグメントを抉られた瞬間の二人の様子を見ると、戻ってこられないように思えた。
身の痛みも覚悟した上で、出来れば、犠牲者はプレイヤーのみと割り切りたい。
何故なら、
(・・・じゃあ、ダスクは?)
そう。 彼を判別することは容易くない。
どちらの側にも足を踏み入れてしまっているからだ。
闇アウラが己の一部を取り返しにダスクを襲った場合、
セグメントを取り出されたダスクは、その存在を保てるのか。
確かに、セグメントの還るべき場所は闇アウラであり、
ダスクにとってのそれとは、
後天的に備わった“生きるために必ず持っていなければならない物”ではない。
しかし、隣に立つ今の彼に、一人で動き回るだけの力は残っていないようにも思えてしまう。
この状態から、セグメントという一種のエネルギー源すら引いてしまった場合、
彼の生命は維持され続けるだろうか?
万が一にでも、HPが0となったら・・・どうなる?
ダスクには、司のような“起きている生身”もなければ、
ニケルのような“代替となるPCの身体”もない。
レイラも言った。
昏睡状態のPCにとって、リアルの身体とは、“生き返る為の確認”である、と。
そして、ダスクの身体は、今・・・

「ハザマさんっ。」

突然、BGMすら鳴り終えている静けさの中へ、女性の声が投下された。
名の呼ばれた方を見上げると、白い階段の上からMIKIが降りてくるところが、一人称の視界に入る。
それから、アジトの扉の隙間より、「おかえり。」と笑う一夜。
「何?」
マイナスの根底に沈みかけていたハザマの意識も、それらによって引き戻される。
「ニケルくんのことで、少し、お話がしたくて。 そちらの方は?」
「嗚呼・・・」
「初めまして。 重槍使いのダスクです。」
ハザマが目線を動かす間に、自己紹介を済ませてしまうダスク。
てきぱきとした彼へ、上から一夜が浴びせた。
「初めましてーっ、あちしは一夜ですー。
早速で申し訳ないんだけど、メンアド交換して、中でお話聞かせて貰えますー?」
「ぼくの方からも、お願いしまーす。」
「あ、後・・・そこに、闇アウラと似た女の子いるよねー?」
その発言に、ハザマは察した。
どうやら、ニケルやダスクのような特殊な人物でない限り、
同じアジト内にいなければ、レイラの姿を目にすることは叶わないようだ。
自分も求められていることを理解したらしく、
ハザマと絡めていた指先をほどき、ダスクの手を掴むレイラ。
不安そうな面持ちの顔を、ハザマに持ち上げる。
「皆、優しいよ。」
何処となくぎこちなさを感じさせるハザマの口調に、レイラの表情が苦笑いへと変わった。
「・・・、一緒に行きますー。」
二人のやり取りを確認してから、ダスクはゆっくりと階段を登っていき、
階下には、MIKIとハザマのみが取り残された。
「場所は?」
「え・・・。」
MIKIは、独りでに自分から背中を向けるハザマを目で追い、戸惑ってしまう。
その姿が想像出来たのか、僅かに首を後ろへ傾けたハザマより、言葉が投げられる。
「立ち話で済むのか?」
「あっ、いいえ。」
返事をしてすぐ、少年の後につくMIKI。
やがて、「この辺りで良いか。」とハザマが零した場所は、
夕闇の奥でひっそりと存在する、水路沿いの路地裏であった。
特に同意を求めることもなく、近くにあった木箱へ腰掛けるハザマを目にし、
MIKIも地面へと座り込んだ。
長い足を伸ばすことでPCの体勢をリラックスさせると、
心なしか、リアルで感じている緊張までもが解きほぐされるようだ。
「・・・これから話すこと、ニケルくんには秘密にしてもらえないかしら?」
「んー。」
下から己を覗き込んでくる女性から視点を外し、代わりにそれを空へとやりながら、ハザマが唸る。
が、いつまでもそう誤魔化していることは出来ない。
かくん、と、一度だけ首を折ってから、
本物の人間のごとく自然な速さで、再びMIKIと目を合わせた。
「約束は出来ないな。 何かの時には、言っちゃうかもしれない。」
「何かって?」
「ニケルとの会話でMIKIの話題が出た時とか」
「大丈夫よ。」
珍しいな。 すぐに、ハザマは思った。
MIKIとはあまり対話をしたことがない。 ないが、
“人の言葉を遮るようなタイプではない”という位置づけが、
ハザマの心内では少なかれされていたのだ。 MIKIという人物においては。
しかしながら、それもそう間違ったものではなかったようで、
MIKIはあえなく、「私ったら」といった具合に口を覆ってしまった。
“こうなってしまうと、彼女は先を言わなくなる”。
この勘にも似たもう一つの宛て所を受け、ハザマから続けることにする。
「ニケルとは、あんまり仲が良くない?」
考えもなく発した自分の口ですら、一瞬、覆ってしまいたくなったが、
浴びせられたMIKIの方は、嫌そうな顔をしなかった。
素直に頷きながら、
「だから、彼のことが分からないの。」
と、穏やかに返してくれるMIKI。
「ニケルくんとババロアの関係は、ハザマさんも知ってる?」
「多分、血の繋がった兄弟。」
「・・・じゃあ、ワタシとババロアのことは?」
「へ?」
明確な台詞で聞き返そうとして、ふと、いくつもの場面がハザマの脳裏で交錯した。

((彼は、ワタシの親類に当たる人だから・・・・・・。))
((でも今は、どっちの兄さんとも別居中だし。))
((ボクは・・・、“The World”に、自分から逃げてきた。))

(早合点しすぎか? ・・・でも。)
記憶以外の根拠はなかったが、告げてみることにする。
「ニケルとは別居中の、夫婦。」
「そう。 聞いていたのね。」
「詳しくは知らないけど。」
「嗚呼。」
力なく、MIKIの肩が落とされる。
「察した、か・・・。 どうしてワタシには、それが出来ないんだろう。」
「?」
「ニケルくんに嫌われてる。 何も分かってないから。」
「何も・・・って、おい。」
独りで立ち上がり、そのまま街の表通りに歩いていこうとするMIKI。
ハザマも慌てて、PCの腰を持ち上げた。
「きっとワタシの性格なのよ。 でも、嫌われていようと、
ニケルくんがリアルに戻ってきてくれるのなら、それで良い。
有難う、ハザマさん。 ちょっとだけだけど、分かった気がするわ。
じゃあ・・・」
ぱしっ
肌と肌とが当たるような音。
歩みを止めたMIKIの振り返った先には、彼女の手首を掴むハザマの姿があった。
「MIKI。」
自分の名を呼ぶ少年に、MIKIの中の糸が張り詰める。
正確に言えば、彼の、海の色をした深い眼に。
そこには、泳ぐ魚が存在しない。
命の気配なき海底へ一筋の太陽光が差していて、ただただ、その光景がこちらを煽る。
張り詰めた糸が、波打つ。
「分からないよ。」
ざわめく心音。
MIKI、言ったよな。 彼のことが分からないって。
・・・アイツがどういう環境に置かれてるのか、俺は知らない。
何かあるってことだけは感じてる。 でも、実際を知ってるMIKIには及ばない。
そこまで言うと、ハザマは重いため息を落とした。
しかし、それを引きずるようにしつつも、更につらつらと自分の主張を述べていく。
「“俺は”の話だけど、決めたんだ。
ニケルが何を望んでいるのか、ちゃんと見て確かめる。
憶測だけじゃ届かない場所があるから。
・・・でさ。 そうしようと思って、ふっと考えてみたら、俺って何も知らなかったんだよ。
だけどMIKIは、経験でニケルを知ってる。 きっと、俺よりアイツのこと、考えてる。
だから、分からないなんて言うな。
これだけのことをした上で、まだ分かろうってしてるんだから。」
自己を認めろということなのだろうか。
・・・貴方に何が分かるのっ?」
真っ直ぐかつ自分勝手なハザマの意見が、
MIKIの中に珍しい感情の種を植え付け、芽を出すように促してくる。
そう、反感が。 反感が芽生えた。
ハザマの腕を振り払い、そのままの勢いで彼と向き合う。
灰色の瞳をむき出しにして。
「ワタシはただ、ババロアと一緒にいたい!
夫婦が別居を強いられるなんてことこそ可笑しいわっ!
だけどニケルくんには、彼と菫ちゃんしか・・・ッ嗚呼・・・っ!!」
そこまでまくし立てると、MIKIは力を失ったようになり、
あえなく地面へとしゃがみ込んでしまった。
「だから、MIKI。」
囁きながら、崩れてもなお嗚咽する彼女の隣に屈むハザマ。
「分からないんだよ。」
「っ。」
「分からない俺の意見を聞きたがったのは、MIKIだろ。
分かんない奴の意見なんて、失礼なことばっかだ。
けど、MIKIは聞きたかったんだろ? 偏見もクソもないことを。」
少年の言の葉に、はっとさせられた。
そうじゃない。 ワタシは、何も知らない人の意見を聞きたいのではない。
ハザマとニケルが、以心伝心の関係にあるように見えた。
繊細で裏表のあるニケルの性格を、付き合って日の浅いハザマが理解しているように思えた。
ハザマからヒントを貰えば、ニケルを攻略出来ると。 彼と上手くやっていくための術を知れると。
安易に、何とはなしに、ハザマを信じきっていた。
しかし。
当のハザマは、自己の立場に驕っておらず、まだ彼を学ぼうとしている。
一方のワタシは? 自分の性のせいにして、本当の彼から目を逸らそうとしているだけなのか。
ニケルという一人の人間を、楽に、簡単に、理解したつもりになる。
それで終わりなのか。
「・・・違うわっ!」
運動をしているわけでもないのに、MIKIの息が上がっていく。
「ワタシは・・・っ、あ、ワタシ・・・っ?」
“憶測だけじゃ届かない場所がある”。
先ほどのハザマの声を飲み込もうとして、気がついた。
自分の経験でニケルを判断するという方法をとることが、
彼を理解したつもりになるには手っ取り早かった。
だから、単純なヒントを受け取って、それだけでやり繰りをしてしまおうとした。
だから・・・ニケルは。
「MIKI?」
呼吸を繰り返すのみとなった目の前の存在を、ハザマが怪訝そうに見つめる。
と、
「分かった。」
「・・・は?」
素っ頓狂に発言したMIKI。
彼女自身も、ハザマと同じように間抜けな顔をして、彼と見つめ合う形をとった。
「さっき、ニケルくんに言われたの。 アンタがボクを嫌ってるんだって。
そんなことないのよ。 ないのに・・・でも、同じことだわ。」
「え、と・・・」
「分かった気になることって、とても失礼なことよね。」
もう、MIKIは笑顔になっていた。
「ニケルくんは、お母さんやお父さんに隔離されて生活してたの。
二階にしか入れる部屋がなくて、ババロアと菫ちゃんの三人で暮らしてて。
だけど、ワタシとババロアが同居することになったから、菫ちゃんと二人きりになって
・・・その菫ちゃんも意識不明になったでしょう?」
「う、うん。」
それは、自分が聞いてはいけないような内容を含んでいたが、
晴れ晴れとした表情で語られるものだから、
ハザマの方もつい、聞き手となって耳を傾けてしまう。
「ババロアと暮らしたい気持ちは、結局、彼もワタシも同じなのよ。
だからさっき、リアルに帰れたら一緒に暮らさないかって、ニケルくんに提案したの。」
「それで、“アンタが嫌ってるから駄目なんだ”って?」
「それから、“いつもボクのせいにしないでよ”。」
「・・・なるほど。」
相槌を打つと、ハザマは姿勢を楽にしようと、すぐの地面で胡坐を組んだ。
「その時は分からなかった。 ワタシの何が悪いのって思った。
でも、そう思い込んでいただけ。
ワタシは・・・何となく彼を知ったつもりになって、
自分にはもう足りないことなんてないって。 反省をしていなかった。
大人だもの、ワタシから歩み寄らないといけないわね。」
「凄いな、MIKIって。」
「え?」
「そういう大人、俺の周りにはいねェわ。」
いつもより語尾を緩くし、自然体のままに笑い声を上げるハザマに、
MIKIはライトな疑問を持った。
「ハザマさんって、おいくつ?」
「13。」
「え、う、嘘?」
「心外だ。」
「ご、ごめんなさいっ。 ロールしてて・・・、はたちくらいだと思ってた。」
「そういうMIKIは?」
「25歳。」
「結構いってんだ。」
「・・・それも心外だわ。」
笑みを浮かべながらも、会話の勢いに応えてくるMIKI。


“今度は、お前からだ”。
彼女の性格を知るきっかけとなってくれたニケルに、心の中でだけ、ハザマは呟いた。

※ ※ ※ ※ ※

「・・・素敵。」
時を同じくして、アジトの隅で上級プレイヤーの会話を聞いていたレイラが、
誰に言うでもなく、そう零した。




満ち足りた表情で。

                 第三十一話、完
最後まで使いきらないと、ケチャップは捨てられない。

意識すれば、余計な事をする前にゴミ箱へやれるのだが、
少しでも気を抜くと、空気の音しか発しないチューブを絞るという行為に没頭してしまう。
それが使命だとでも言わんばかりに。 狂気にでも囚われているかの様に。

俺は病んでる。
そう、自覚している。 でも、鬱ではないと思っている。
趣味の“絵を描く事”を止めていないから。

・・・この見解も違うかもしれない。
“昔の母さん”に「続けて欲しい」と言われたから、続けているだけで。
謝罪したいという念い(おもい)。 俺の指は、鉛筆に縛られている。
俺の意志じゃない。 描くという行為を、苦痛に感じているのかもしれない。
呪縛だ。
俺は、病んでいる。

このもやもやとした気分を拭い去りたくて、
自室のベランダから、下のゴミ捨て場に、プラスチックだけが詰まったビニールを放り投げる。
人が居るかどうかは、落ちた音が響いてから確認した。
プラスチックと言えど、結構な重さだ。
もし誰かに当たっていたら、十一階からという事も加わり、負傷させていただろう。
やらかした後になって、事の大きさと、自分の不正常さとに眉間を押さえた。

パンパンの・・・、ところどころ角張っている指定のゴミ袋。
詳細な中身は、捨てるに捨てられずにいた、ケチャップのチューブ数十本。
マヨネーズは溜まらない。
好みの問題もあるが、彼らは、ちょっと下部に残っている位なら赦してくれる。

何を?
・・・何をだろうか。 深く考えた事は無い。

が、解放を望んでいるのは確か。
両親を失ったあの日から、俺はずっと、赤という色に繋がれているのだ。
この鎖を断って、自由になりたい。
だが、このまま変化もせずに、だらだらと生きていければと思う。

母さんの肯定、父さんの否定。 拒絶。
孤立する自分。 何も知らない“今の母さん”、皮肉な言い訳と。
真実を伝えてNOと答えられ、腐るより、欺瞞を繰り返して万人向けの意見を発信している方が、
よっぽどスマートに生きられるという事を学んだ。
赦してくれ。
トラウマや仄暗い過去は、俺が俺である事に同情してくれる。
だから、どうか。

沸騰する、それでも大人しい感情の海を宥めてから、
干していた最後のタオルケットを取り込もうとして、止めた。
その上から手摺りに凭れる。

僅かに上半身を乗り出し、橙色の空を隅々まで見渡すと、
そろそろ夜が訪れる時刻なんだと・・・不意に、気力が無くなっていくのを汲み取る。
このまま全部を逃してしまえば、直ぐにでも飛び降りが図れそうだ。
けれど。

「だから、選ばれた・・・。」

何度目になるか知れない。 レイラの言葉を反芻した。
挫けそうな時の、俺の呪文。 これだけで満たされていく様だ。
俺の存在を赦してくれる。 否、寧ろ、俺のこれまでが無くてはならないとでも言うような、それ。
信じたい。 というより、今は縋るしかないだろう。

立ち止まるのに使える時間なんか、もはや有りはしないんだ。
俺は守る立場にある。
その事を、最近になって、漸く認められるようになってきた。
進歩だ。 ちっぽけな俺の、ちっぽけな一歩。

鬱血しているみたく染まる空の端っこを目に、こうして、自己の正当化をしていると、
部屋が俺を呼び戻そうとしている現実に、遅れて気付く事となった。
小脇にケットを抱え込んでから、窓の縁で乱雑にサンダルを脱いで、

「もしもし。」

開け放ったままだった窓の戸締まりをしつつ、携帯に一声掛ける。

『あたし。 コズエ。』

少し久しぶりに聞く声が唐突に感じられ、反応に困った。
そんな俺を気遣って・・・かは分からないが、即刻、彼女から用件に入ってくれる。

『ねえ、何で“ゆず”なの?』
「・・・は?」
『河東さん。 アンタの事、そう呼んでたじゃない。』

違った。 早く、俺の考えを聞きたがっているだけだ。
せかせかしている。 要求しなくとも、どんどん、向こうから情報が流れてくる。
情緒という名の情報が。

『アンタを認める奴なんか居ないわよ。 無駄なのに・・・。
親しい振りして、どうせ最後には、自分の味方にしようって事なんでしょ。』
「違う。」
『嘘。』
「嘘じゃない。」
『あたしがアンタの事で的外れな話、したこと無い。』
「それは」
『分かってるんだから。』

・・・そうか。 じゃあ、勝手に進めてくれ。

どうせお前は、自分の思った通りに事が運べば、それだけで満足してくれるんだろ?
俺の意思なんか、その過程には要らない。
なのに、実在する俺まで巻き込んで、自身の妄想に現実味を帯びさせようとする。
そんな自己満足、夢の中で済ませてくれれば良いものを。

『河東さんには言ったの?』
「否。」
『“今は”ね。 で、どう説明するつもり?
まさか、あたしん時みたいにするんじゃないでしょうね?』
「あんな押し付け、もうしない。」
『自分は変わったとか、思い上がってる訳か。』

やれやれ、といった具合に、電話口から溜め息を吐かれた。

『小二の時だっけ。
・・・アンタの本質なんて、あれから何も変わってないじゃない。
あたし、知ってるのよ。 三年と喧嘩になった理由も。』
「・・・。」

『馬鹿にされたんでしょ? アンタ短気だから・・・直ぐ怒っちゃって。
あたし、見てたの。 先生呼んだのもあたし、分かってた?
分かる訳無いよね。 あたしの事なんか、アンタは。
・・・そうよ、アンタいっつも、自分の事ばっか。 自分にしか興味無いの。
それなのに、河東さんの手助けして。
優しくされた理由知ったら、あの子どう思うかな?
あたし、仄めかしてみても良い? それとも、全部言ってあげようか。
本人からより、あたしから伝えられた方が、あの子も気が楽なんじゃない?
・・・ねぇ。 黙ってないで、ねぇ、何か言ったらどうなのッ?』

「・・・よく」
『え?』
「よく喋るな。」

やっと口を挟んだ俺に、彼女はまた、ぎゃんぎゃんと言葉の弾を乱射してくる。
こいつはきっと、俺との電話を切る度、
会話を終える度、無力感に襲われるのだろうな。

俺だって、コズエの事は分かってる。
彼女の主張したい事も。 ・・・小学一年生からの付き合いだし。

どうしてそうなのかまでは理解し兼ねているのだが、
恐らくコズエは、俺の視線を、自分自身に向けさせたいのだろう。
俺の帰るべき場所が、自分である事を願っている。 そうも取れる。

只、それらの欲求は、単なる好意から来るものではない。
寧ろあいつは、俺を心から恨んでる。
だから俺に、自分の正常さを訴えたい。 見せ付けてやりたい、というだけなのかもしれない。
肯定せずとも、俺の真実を知っていて良いのは自分だけだ。
“私に認められなかったお前を、誰が認めてくれようか”、と。

俺を無機質な人間に仕立て上げる事で、自分に関心を持たれない事すら常識にして。
お前は満たされるのか?
たったそれだけの事を、生きる理由に定めてしまったとでも?
愛憎の念か。
俺は赤色に、コズエは、俺に繋がれている。
そう。

「俺は、誰にも言わない。」
『は?』
「コズエ。」

俺が彼女を、こんな風にしてしまった。

「・・・理咲に。 河東サンに“ゆず”って呼ばせてるのは、
同じ事を繰り返さない為だよ。」

はっきりと告げ、反応も待たずに、俺は携帯の通話状態を切った。
何を言われても、思われても、此方の気に障る事等無い。
否、どうでも良かったのだ。


((わたしじゃ、駄目かな。))


(駄目だな。)

理咲が、ではない。
俺の抱えているものが、彼女を駄目にしてしまう。
だから“駄目”で、だから、冷たく突き放した。
でも、顔には表れていただろうな。 頼るものを探す、弱い俺の内側が。

理咲は鈍いが、感受性が強い。 俺の傍に居たら、きっと気が狂う。
実際、彼女は俺の苦悩を共有したがっていて、だけど俺を知らなくて、悩んでいる。
そうと気付いていて、理咲を手放さない俺は・・・
コズエの言う通り、自分の事しか考えられないコドモなのか。

“ゆず”と呼ばせる事で、彼女に俺を抑制させる。
戒めといったところだ。
結局は、理咲を利用しているに過ぎない行為。
自己本位で、鼻持ちならない。
全く、コズエの中にいる俺は、現実の俺と変わらない。

「だから、選ばれた。」

赦しの呪文を唱えると、台所へと急ぐ俺がいた。

ケチャップを。 ケチャップを絞らなくちゃ。
母さんが呼んでる。

戒め。 呪縛。 覚醒剤使ってる阿呆みたい。
不気味で・・・分かっているけれど、
赦されたいのに、赦されたくない。
否。

俺が、俺を赦せない。

ぷすっ

ぷすっ

「だから」

空気に混ざって、僅かに飛び出す緋色。

萎れ掛けの風船から、ぷしゅーっと、酸素が抜けていく様な感じ。
二酸化炭素だけが取り残される。

・・・ねぇ、こういうの、初めてじゃないよ。

そうだ。 こんな時、いつもは誰が支えてくれた?
弱ってる俺を察して、「大丈夫」と。 一体誰が言ってくれてた?
ねぇ。 お願い。


((ハザマ。))


ぷすっ


「・・・選ばれた。」


孤独を知った日。
俺が吐いた場所に、赤が降る。





誰も居ない。



                 番外編2(後編)、完
来年は、年賀状が出せないんだって。
どうして、と聞いたら、オバサンはこう答えてくれた。

「貴方のお父さんとお母さんが、死んでしまったから。」

うちは喪中なんだって言う。 だから出せないんだ、と。

出せないのは良いんだ。
でも、出さないと、年賀状って返って来ないんじゃないかな?
それは困る。

だって母さん、よく張り切ってた。
人様の年賀状の下に書いてある数字で、切手とか果物とかが貰えるんだって。
楽しそうに教えてくれた。
だから。

だから、おれは。






.hack//Kiss'Keys

        番外編 ~過ぎて往く者~






目覚めて最初に感じたのは、ベッドにしては硬い感触。
次いで直ぐ、薬品の強い匂いが鼻を襲った。
そして、黄ばんだ壁に、ちっとも眩しくない蛍光灯。
此処は・・・

「愛ちゃん?」

おれを覗き込んでくる女の人の服装で、何となく状況を理解する。
白衣って事は、きっと病院なんだ。
でも、どうしておれが?


(あ。)

記憶が、一気に呼び起こされる。 嫌な感じがする。
本当はかいちゃいないんだろうけど、冷や汗が全身から吹き出てる気さえしてきた。
嗚呼、嗚呼、

此処は、病院なんだよ。

自分の考えと現実が一致していそうで、急に恐ろしくなった。
萎れ掛けの風船から、ぷしゅーっと、酸素が抜けていく様な感じ。
二酸化炭素だけが取り残される。
・・・ねぇ、こういうの、初めてじゃないよ。
そうだ。 こんな時、いつもは誰が支えてくれた?
弱ってるおれを察して、「大丈夫」と。 一体誰が言ってくれてた?
ねぇ。 お願い。

「かあ・・・さん・・・。」

いつも通りに。

強く強く願うおれへ、女の人は囁いた。

「今、この部屋で・・・。」

この、と、彼女が首を傾けた先に、それは存在していた。
ドラマでしか、おれは見た事が無かった。
部屋の扉の上、“手術中”という真っ赤なランプ。
でも、それはもう、点灯していなかった。

点灯していない。 手術、してない。
終わってる。 終わってるんだ。
だけど、女の人は、「今、この部屋で」って。
手術じゃない?
じゃ、何してるだよ?

そうして、引き付けられる様に、導かれる様に、皮のソファーから立ち上がった。
身体が軽い。 ついさっきまでは、力を失っていたのに。
・・・あ、そうか。
力が無くなってるから、軽いんだ。
お化けみたい、おれ。
お化け。

「愛ちゃ・・・」

後ろから、弱々しい声がする。
おれを止めたがってる風だったけれど、無理にそうしようとはしてない。
何の障害も与えられないまま、おれはゆっくりと、そのドアに手を添えた。
透けない。 触れる。 おれ、お化けじゃない。
なのに。

重い扉を潜り、視界が受信した映像には、お化けにすらなれていないナニカが転がっていて。
あ。 嗚呼。

とても綺麗な、赤。

「柚木先輩っ? お子さんが、あ、先輩っ。」

おれが入った途端に、室内が騒がしくなるのを感じる。
でも、それらが何に対して驚いているのか、何故、おれにばかり目を盗られているのか、
分からなかった。

「心配しないで。」
「でも、この子」
「私が面倒看るから。 今は、只・・・。」

周りが口にしている事も。



「俺は認めないぞ!! お前だって、適当にあしらってるだけだろ!?
大体、こんな子供にっ。」
「今、この子が伝えてくれた事が、嘘であれ、本当であれ、現実なの。
私達は、愛の親よ。 誰が何と言おうと、私達だけは、愛の心を蔑ろにしてはいけない。」

「・・・狂ってる。 お前、お前ら、狂ってるぞ。
こんな・・・、っ、気持ちが悪いっ!!」



血塗れに、血のお漬物になっている人の顔ですら。

「父さん?」

違う。 違う、違う。
無意識に出ただけだ。 絶対、父さんなんかじゃない。
だって言ってたじゃないか。 おれの事、「気持ちが悪い」って、父さん。
頷いてくれなかった。 認めてすらいなかった。 見下した目で、おれを見ていた。
ね、汚いもんね。 狂ってるもんね。
おれなんかの為に・・・、ある訳ないよね。

「とう、さ」

生臭い、魚屋さんの前に立たされている気分。
肉片とトマトジュースが其処ら中にぶちまけられていて、
床に滴り、ちょっとゼリー状に固まってるとこがある。

「父さん、父さん。」

ストレッチャーの下にしゃがみ込み、そのプルプルする固まりを潰しに掛かった。
張りは無い。 ねちょっとして、直ぐに掌から形を失った。

「とう」

黙れ。
ジュースだらけのままの手で、自分の口を塞ぐ。
それから、綺麗な方の右腕を目前のベッドに掛け、力を注いだ。
痙攣しちゃってて、足だけではとても立てそうになかった。
否、未だ足りない。 足りないよ。

「愛ちゃん。」

ビチャッッ

「愛ちゃんが倒れた所はね・・・多分、線路より前だったんだよ。
だから、そのままでも、愛ちゃんは助かってた。」
「柚木さんっ?」
「でも、お父さんとお母さんは、愛ちゃんより身長があるでしょ?
だから、被さった二人は、遠くに飛ばされてしまったの。」

トマト色の水溜りに尻餅をついている所から、
今度は何に頼る事も無く、ゆっくりと起立した。
足だけでいける、という確信をしていたから。
もう、何処も震えちゃいない。

心の方も、いたって平穏。
自分でも驚いてしまう程に、けれど、驚く事すら叶わない。
何だか、感情という感情を失くしてしまったみたいだ。
この眼に映る全てが、他人事に思えてくる。
“哀しい”も“苦しい”も、すっ飛んじゃって、跡形も無い。

ムズカシイ言葉で表わす処の、“客観的”ってやつ。
事実を、そのままの姿で捉えられる。
感想とか、それに対する感情とかが除外されてる状態。
有難かった。


((その手で、大切な何かを守りなさい。))


何も、怖くない。



「そっかぁ。 でも、あたしは前のより好きだよっ。」
「?」
「“柚木”って。 あ、ねぇ、“ゆず”って呼んでいーい?」
「・・・うん。」

両親が死んで、名字が変わった。
それは、おれがあの新里病院にいた少しの間、
ずっと世話を焼いてくれていた女の人のと同じ物だ。

あの女の人は、母さんの姉らしい。
だから、おれのシンケンをとる事も、名字を変える事も、訳無かった。

・・・そんなの知らない。
おれは、貴方なんか知らない。

知らない人と、行き成り、それも、二人だけの生活。


((何だって、話して良いんだよ?))


「何か変だったんだー。 ゆずって、“愛ちゃん”って感じじゃないじゃん?
男の子っぽいっていうか、あ、御免っ。」
「ううん。」

母さんはもう居ない。
だけど


((貴方を分かってくれる人が現われる筈。))


あの日の前夜、母さんは言ってくれたから。

「コズエちゃん。」
「ん?」
「あの・・・ね、おれ。」

コズエちゃんを信じる。
一番仲良くしてくれて、一番、おれの事を分かってくれる子。
分かろうとしてくれる子。

おれが何であれ、どんなモノを抱えていたって、
きっと、それを許して、ずっと仲良くしてくれる。

コズエちゃん。

「おれ、さ。」



新しい家の押入れから、素早くダンボールを取り出した。
蓋のテープが外してある。 そのまま、箱を引っくり返す。

がさがさがさ、と、紙ばっかりがフローリングに広がった。
最後に、ちょっと重みのある音を立てて、
スケッチブックと、それにくくり付けてあるクレヨン入れが落ちてきた。

早く書かなきゃ。
忘れない内に、早く。

乱暴にスケッチブックを捲り、白いとこを見つけるや否や、
クレヨン入れから黒を掴んで、脳にある言葉を書き殴る。
どうしようもない憎しみを込めて、焼き付けてゆく。

書きながら、次に残さなくちゃならない台詞を呟いていた。

「ナニソレ。 ゼンゼン。 ワカラナイ。」

チガウヨ、ダッテ、ユズチガウモン、ドウミタッテ、チガウモン。
ゴメンネ、アタシガアンナコトイッタカラ、キニシタノ。 ソダヨネ。
ゴメンネ、ホンキジャナイヨ、ダカラユズ、チガウデショ。
オカシイヨ。 ユズオカシイヨ。
ダッテ、ダッテチガウモン、ダッテ、ユズハ

そこまで書いて、指が言う事を聞かなくなった。
コズエちゃんの話を思い出そうとしても、頭が熱くなっちゃって、真っ白になる。
でも、覚えてるよ。 何を言ったのか、ちゃんと。


((意見も、文句も、受け入れなさい。))


受け入れなきゃ。 おれは、本当の事として見れていないだけだ。
母さんの言った通りにしないと、誰も、おれを分かってくれない。
分かろうとすらしてくれない。
そう、コズエちゃんみたいに

否定する。


((愛は、強い子だもん・・・。))


気が付くと、頭から熱が抜けていた。
さっきまで煮えくり返るようだった心臓も、おでこの辺りにあった痛みも、落ち着いてる。

「母さん。」

喉が、無意識に求めて、啼く。
駄目だよ。
分かってる。 母さんは、居なくなっちゃったんだ。
もう何も教えてくれない。 使える口が無い。 身体も無い。
おれが壊したんだもの。
肯定する。

おれは、強い子だから。

暗くなっていく、部屋の片隅。 オバサンはまだ帰ってこない。
独りにも、慣れた。

大丈夫。 おれには、母さんの言葉がある。
全部、スケッチブックに記録してある。
これがあれば平気だ。 一緒にいられる。
だいじょぶ、だいじょぶだよ。

ガサッ

背後にあった、横立ちしたまんまだったダンボールが、口を下にして倒れていた。
それを目にして、知らない場所に行っていた精神が、戻ってくる。
途端、我に返った気がした。
ぶら垂れているだけだった両手が勝手に動いて、散らばっている紙を片付けようとして。
と、正方向にしたダンボールの底に、まだ何かが刺さっているのを見つける。
思考が、完全に止まってしまった。

それは。
あの日着ていた、オバサンに洗う事を許さなかった、純白の。
トマトに汚された、今となっては茶色いシミが点々とついてしまっている、セーターだった。

膝から力が抜けてしまう。
あれは、あの“客観的”は、真実じゃなかったんだ。
血管の働きが可笑しくなっていただけで、おれは。

今更、これまでの感情が押し寄せて、どっと溢れた。

大洪水さながらの勢い。
怒りと、哀しみと、苦しみと、訳の分からない恐怖。
全部が、目尻から流れ落ちる。

どんなにそれをなすり付けても、トマトジュースは消えない。
だのに、血の臭いは感じられない。

そこでやっと、解かるようになった。
いなくなったんじゃない。 壊されたんでもない。
おれが殺した。 死なせた。
味方を、亡くしちゃったんだ。

その事からずっと意識を逸らしていた、
逸らしていなくちゃ泣かずにはいられなかった、弱さ。
トマト色はぐるぐるぐるぐる。 超特急で視界を泳ぎ、翻っては、
遮断機の様に点滅して、おれを嘲笑う。

たまらなくなって、嘔吐した。


                 番外編2(前編)、完(
彼女は。
ノアリは、この世界で初めて出来た、たった一人の友達。
自分のレベルに合わないエリアで、
モンスターを大量に連れ、逃げ惑っていたオレを、彼女は救ってくれた。


((初めましてー! ・・・って。 すっごいヤバかったり?))
場に合わないハイテンションさに気後れしながらも、オレが何とか頷くと、
((待ってね。 回復してあげるから!))
と言って、自分のHPにも余裕なんて無い筈なのに、
ノアリは、大量のリプスを掛けてくれて。
((え~っ、3レベ!? ここの基準って10だったよーな・・・、
つってもまぁ、アタシも8なんだけどさっ。))
((ね、メンバーアドレス交換しない?
今日はちょっと・・・アレだけど、次にINかぶったら、一緒に遊ぼっ?))
((マク・アヌでアウト、やめた方が良いよ。
紅衣の騎士団ってうざい奴らがはってるからぁ・・・。))


もう、そのたった一人との縁も、この手で絶ってしまった・・・。
ふと思いたって、メンバーアドレス帳を見ようとすると、「登録されていません」という表示。
今まではあった彼女の名前が・・・、消えてしまったようだ。
相手が消せば、消された方のアドレス帳からも、相手の名前は消える。
それは仕様であり、仕組みである。 そこに不条理なんて無い。
無い筈、なのに。
「ノア、リ・・・。」
喉から絞られる声が、ただ、彼女だけを求めている。
認めたくない。
オレは、あんな奴に縛られなくちゃならない程、弱くないんだ。
けど、彼女を殺めたという“生々しい感触”は、この手にこびり付いて、離れてくれない。
・・・PKに、不条理なんて無い。 それも仕様で、仕組みなんだから。
何度も言い聞かせ、自己嫌悪に酔う。
(・・・馬鹿だ、オレ。)
PKを称賛してくれていた、唯一の友達すら殺して。
独りになって、何を考えるでもなく、さっきの映像を脳内で繰り返したかった。
だから

Δ 隠されし 禁断の 聖域

足が勝手に、ここへ向かってしまったらしい。
「・・・?」
僅かに開いている、外と聖堂内部とを繋ぐ扉。
そこからはいつも、決まった賛美歌が漏れて聞こえてくる。
が。 その賛美歌の様子が、今日は少しだけ違っていた。
・・・人の。 プレイヤーの声が、混ざってる。
目の前の隙間から中を覗いてみると、髪が踊っている様が窺えた。
PC自体が聖堂で舞い、歌を歌っているみたいだ。
・・・こんな日に限ってか。 その長い髪は、ノアリとお揃いの水色をしている。
チャリ
重斧、“地獄よりの使者”を構えた。
馬鹿なオレの前に立つ、水色頭の馬鹿な奴。
死んじまえば良い。 そこで歌ってんのが悪い。
自分でも信じられないような、やり場の無い、身勝手な理由だと思う。
けれど、これもまた、不条理ではない。
オレはPKなんだから。
聖堂へ飛び込み、視界が暗闇に覆われる。
映像が切り替わる!
下の方の“The World”という表示が消えたと同時に、ライオバニッシュを繰り出した。
持ち主のレベルによって、攻撃範囲が広まるスキルだ。
斧を振り回すカオちんを見ながら、既にオレは、優越感で塗れていた。
これなんだよ。
不意をつかれた時の、獲物の間抜けな顔。 これを拝む為に、オレは殺るんだ。
舌で、乾いた唇を舐める。 興奮する。 抑えられない。
女は、オレを見上げてるだけ。
抵抗なんかしなくて良い。 されるがまま、逝ってくれよ・・・!

ブォンッ!!!!

泥濘に嵌まったタイヤが回ろうする、あの時の音が響き渡った。
「何してるんですか?」
すかっと、空気を切る。
オレの横で、若そうな女の声がした。
まさか。
慌てて振り返ると、そこには、水色の頭が。
「ここに、敵は居ませんよ。」
「・・・!」
馬鹿にしやがって。
もう一度スキルを発動すべく、決まった動きを繰り返そうとする。
が、次の瞬間にはもう、オレの身体は、彼女の腕に収まっていた。
「大丈夫。」
「ちょ・・・っ」
「怖がらなくても、何も居ません。」
何だ、何なんだコイツ。 ステータスでも弄ってるんじゃないか?
99レベのオレのスキル、避けられる奴なんか、まず居ない。
襲ってきた相手に、こんなことしてるし。
PKって言葉を知らない?
ってか、そんな奴に、何でオレは丸め込まれてるんだ。
嗚呼、違う、コイツは知らないふりをして、オレをからかってる。
こんな阿呆っぽいのが? オレを?
・・・自分に、むかっ腹が立ってくる。
「離せよっ!」
叫んで、重斧で距離を置こうとしたら、あっさりと自由にされてしまうオレ。
恥ずかしい。 余裕が無い自分と、そんなことは気にもとめてなそうな、コイツ。
誰かに比較されてるわけじゃないのに、
わなわなと、コントローラーを持つ手が震えた。
「・・・あの」
「五月蝿いっっ!!」
忘れろ、こんなオレ、消してしまえ。
女性PCに吹っ掛けたい言葉と、情けない自分への台詞とが、ごちゃ混ぜになる。
それと同じようにして、滅茶苦茶に斧を振りまくった。
なのに、彼女は動じない。
喋りながら、軽々とオレの攻撃を避けていく。
どんな構造してる、奴の頭は。
「わたし、悪いコトしちゃいました?」
「良いから・・・ッ」
「歌が五月蝿かったんなら、謝ります。」
「死んどけよ!!!!」
空っぽなだけだ。
それに敵わないオレは、どんだけ?
「ギガンブレイクっ!!」
間合いを詰めたところで放つと、綺麗な床が振動する。
気づけば、ゲームなのに、息を弾ませてた。
でも良い。 奴には聞こえていない。
だって、死んじまえば
「ごめんなさい。」
・・・死んじまえば。
「何、で・・・。」
脱力して、カオちんの指から、巨大な斧が落下した。
そして、それを両手で拾い上げる、目の前の女性PC。
その身体は、オバケにすらなっていなかった。
手ごたえはあった。
さっきまで感じていた身体的なものじゃなくて、
正確に言うと、殺した時の・・・爽快感のようなのが。
あったんだ。 あったにも関わらず、女は何にもなかったみたいに、普通にしてる。
ここまでくると、オレの温さとか、隙とか、そういう要素が原因とは考えづらい。
殺せないことに、安堵してしまった。
これは、“そういう仕様なのだ”、と。
「大丈夫ですか?」
重斧を受け取らないオレ。 奴が、心配そうに覗いてくる。
モーションでカオちんを頷かせると、明かりが点いたような顔で笑われた。
悪意は、感じられなかった。
「アンタ・・・、不正PC?」
「え?」
「だって、オレの・・・。」
「あぁっ。 ここ、神サマに守られてるんですよ~?」
「・・・は?」
「敵も出ないし。 安全なんです。」
確かに、敵は出現しない。
だが、過去にオレは、ここでPKを遂行した。 そして、成功させたのだ。
加護なんてもの、あり得ない。
「嘘言うな。」
奪うようにして、彼女の手から斧を取った。
「おっ!」
「・・・んだよ。」
「ネカマさんですか? 初めてお話しますっ。」
嫌味の一つでも返ってくるのかと思いきや、
今更なことに着目し、それも感動してやがる。
コイツ。 ロールなのかもしれないが・・・、間違いなく天然だ。
「可愛いPCさんですねぇ。 お名前、何ていうんです?」
「・・・カオちん。」
「カオちんさん・・・、言い難い。 カオちんで良いですか?」
「別に。」
「わたしは“フラウ”です! 呼び捨てでお願いします。
あ、メンアドも教えて~っ。」
土石流みたいに話し掛けてくる。
疲れる。 疲れるタイプ。 そんで、モロ初心者。
普通、自分をPKしようとした奴、それもネカマから、メンアドなんか聞き出そうとするか?
誰も居ないアドレス帳が丸見えだ。
そう思いながらも付き合ってる、自分にも納得がいかない。
早く切り上げてしまえば良いのに。
何で、こんな奴・・・。
「友達、ですね。」
メンアドを渡され、“双剣士・フラウ”が、温かく微笑んだ。
ひらひらをあしらった白い上着に、膝まである薄茶色のズボン、
顔には黄緑のウェイブを彫っており、揃いの瞳を持っている。
長い髪は・・・やはり、ノアリと同じ、水の色。
可愛いPCではあるが、
敬語といい、その清楚な感じといい、何処となく昴にも似ていて。
むかつく。
苛立ちが、まんま、口調に表われた。
「勘違い・・・。」
「?」
「ネトゲで友達とか、あるわけないし。」
「っ! そ、そんなことないっ!」
やっぱ、コイツは言い切れるのか。
裏切られたことなどない、温室で育つのを許された人間。 大切にされてきた心。
全てが、オレとは異なる。
「相手が見えないからこそ、試されることもあります。」
綺麗ごとで片付けようとする。 見てるだけで、反吐が出そう。
・・・、違うか。
「不公平じゃん。」
「え・・・?」
「トモダチってさぁ。 試すもんなの? 試されるもんなの?
ってか、一方的に試すとか、訳分かんねェ。」
綺麗ごとばっかなのは、オレの方だ。
混じり気一つ無い純粋なものを、望み過ぎてる。 妥協が出来ない。
だからか、世界が歪んで映る。
一方、他の、あっけらかんとしてる奴らってのは、もう見限ってる。
こんなもんだろ、って、リアリストになって。 子供のふりを続け、笑いをとって。
そんな猿芝居、オレには出来ない。
ガキだ。
あのハッカーに言われたって、仕方ない。
オレは、クソ餓鬼だ。
「そういうことじゃ、ないですよ?」
ガキに、とぼけたリアリストが続けようとする。
けど、無駄。
アンタとオレじゃ根本が違い過ぎるし、オレは、自分の意見を曲げない。
「ガキだから」。 そういう理由に、平気でぶらさがってられる。
子供じみているとも思わず。
「お互いの違いを認めて・・・、共存していくでしょ?
知らない内に、どこが違うかを試し合って。」
「分かんない。」
「分かるよ。 カオちん、自分の意見を持ってるもん。」
だから、それを主張したから、自分は相手と違うモノって理解してる?
・・・それが何だ。
分かってたって分かりたくないことは、ゴミのように存在するだろ。
好きなモノと自分は同士なのだと、信じていたいだろ。
「・・・知ってるか?」
感情が溢れ出してくる。
外部へ。
「どんなに仲良くなった奴でも、
一つだって許せないことがあったら、人は平気で棄てる。」
「・・・そんなこと」
「縋るな。」
「違う。 それは、本当に仲良くなったんじゃない。」
本当に仲良くなったんじゃない。
本当・・・、本当って?
((いつか! カオちんと一緒にダンジョン行くつもり。))
あれは、本当じゃなかったっていうのか?
((キモいんだよ!!))
本当なら、認められたのか?
笑って、許してくれたのか?
「・・・。」
オレこそ、縋るのも大概にしろ。
「・・・あ。 わたし、何か・・・。」
我に返ったように、真剣だった面持ちを解くフラウ。
彼女へ背を向け、オレは言った。
「疲れた。」
「ごめんなさい・・・。」
アンタが悪いんじゃない。
そう出掛かって、口を噤んだ。
オレだって、衝動だけで当たりはしなかった。 許す理由が何処にある?
「・・・落ちる。」
小さく吐いて、聖堂からアウトした。
もう、夜も明けてくる時間だ。
眠りたい。

それで、ノアリを忘れられるのなら。

※ ※ ※ ※ ※

醜くなってしまった、遺跡都市。
その奥で、
恰幅の良い中年男性のPCと、すらりとした女性・・・ティファが、何やら話し込んでいた。
「大体・・・このグラフィックは? まるでネットスラム」
「私の意図ではありません。」
自分の言葉を遮られ、少々不機嫌になる男性。
その表情を知ってか知らずか、ティファは、淡々と続ける。
「おそらく、より安定しやすい形を求め、このように再構築されたのだと。」
「プログラムが、自発的にか?」
「はい。」
「お前の憶測は信じられん。」
「だからと言って、“ヘルバが手を出した”。 本当に、そう思われるのですか。」
「・・・先程の、“カオちん”というPCはどうなんだ?」
指摘され、上司であるらしい男は、答えから逃れるように話題をすり替える。
「不審な動きは無いだろうな。」
「これといって。 ・・・否。」
「?」
「ルートタウンで、PKを行ったようです。」
「何だとっ。」
やはり不正なPCじゃないか!
騒ぎ立てる上司に対し、ティファは至って冷静だ。
立ち入ることの出来ない場所に入ったPC。
攻撃は仕掛けられても、相手を殺すまでには追い詰められない。
そういう場所でPKをした、PC・・・。
彼女はいくらも、慌てた様子を見せない。
「今、彼女がログアウトしました。 念の為、PCデータを保存中です。」
「念の為? 完璧な黒だぞっ。」
「“異変”とも考えられます。」
「っ・・・、くだらない。 くだらない憶測だ。」
そう囁いて、男はくるりと後ろを向き、白い光を放った。
輝きが彼を覆い、立方体となって、地面より空へ発つ。
高い所まで昇っていくと、中に収まっていた男性PCごと消えてしまった。
「田川 薫(かおる)・・・。」
独りの空間へ呟き、ティファも、タウンから転送される。
その行方は、誰も知らない。

※ ※ ※ ※ ※
「・・・?」
だるい高校を終わらせ、自宅ポストを開けてみると、
郵便物が届いていることに気づいた。
珍しい・・・、オレ宛ての。
通信教育の誘いなんかと違って、純白の、飾り気のない封筒。
裏側に返してみても、個人や企業の名は記されていない。
エレベーターへ乗り込み、封を切る。
「・・・っと。」
出した書類から逃げる、派手な紙があった。
そいつを空中で掴んで、印刷されている事項を見つめる。
“Her SIGN 2010,01/24”?
ツルツルとした質感、持ちやすい長方形。
そこに、タイトルや日付、詳細な場所などが書かれているとなれば、
イベントか何かのチケット、と、考えるのが普通だ。
でも。
こんなのにオレを招待する奴、知り合いに居ただろうか。
不可思議さを感じながらも、同封されていた書類を開くと、
まず、“Cyber Connect社”とあるのが窺えた。
変だ。
“The World”に関わる情報が、何故、ネットを経由してこない?
第三者には読まれたくない・・・、機密だとでも言うのか。
「まさかな・・・。」
そうだったら面白いという、ただの洒落だ。
躊躇なんかせず、オレは続きに目を通した。

「不正な行為が見受けられた。
チケットを持って、指定されている日時、場所へ来てほしい。
実際に話を聞きたいのだ。
尚、こちらの頼みを聞き入れなかった場合、
それなりの対処がとられることを覚悟しておくように。」

頼みだ?
ネットゲームのそれとはいえ、客相手の記し方というのを知らなさ過ぎる。
命令、否、脅迫じゃないのか、これは。
・・・待てよ。 “それなり”か。
PC削除を意としているのなら、望むところかもしれない。
ノアリを、無かったことに出来る。
なら、聞き入れない方が楽だ。
そのことが分かって、オレは、チケットごと書類を破ってしまおうとした。
しかし、出来なかった。
最後の一行を、見てしまったから。
「・・・ティファ?」

あの、ハッカーの名前だった。

                 第二話、完