天上大風

地方政治について真面目に考えます


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去る5月1日、新潟県庁にて、泉田知事と、全国若手市議会議員の会 北信越ブロック 新潟県地区の議員による懇談会に参加させて頂きました。
新潟県の代表、魚沼市の本田議員さんが、私の質問の様子をUPして下さったので、よかったらご覧下さい。
緊張してますね。かなり挙動不審です(あまり見て欲しくない気も・・・)。



県央地域では地域救命救急センターの設置が政治的な課題になっていますが、
医師不足が問題になっている中で、
地域の病院の再編も含めた新たな基幹的病院の設置が検討されています。

これからの時代に適した、住民の利用しやすい医療体制の実現が必要と考えます。

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5月3日は憲法記念日でした。
憲法について思うことを多少書いておきます。

憲法は、国家統治のための基本法というべきもので、
その国がどういう国なのか書いてあるのが普通です。

なので、憲法の内容を考えるなら、
政治体制や経済体制を含めてどういう国が望ましいのかを
まず考えなければいけないということになります。

そこで、憲法が語られる場面では、国家体制や国際社会での国家のあり方など、
壮大な議論が展開されるということになっています。

しかし、そんな壮大な議論も重要ですが、ちょっとお待ち頂きたい。
「国家」は領土、国民、統治権の3つがあって初めて成り立つと言われてますが、
その中でも「国民」が最重要で、これがなければ「領土」も「統治権」も語る意味はないと思います。
国民一人ひとりの集合体である大きな「国家」と構成員たる国民個人との関係も考えてみるべきではないでしょうか。

個人の集合体としての「国家」は基本的に多数決で動き、時に少数者の利益を害します。
国民一人ひとりが「全体」=「国家」によって不当な迫害、利益の剥奪を受けないように守ること、
これも憲法の重要な機能になっています。

以上まとめると、
憲法は、国家の仕組みや統治の方法を定めたルールブックであると同時に、
多数意思という強力な根拠を力にして向かってくる国家権力から個人を守る盾でもあるのだと思います。
日本国憲法では「盾」の機能は主に第三章「国民の権利及び義務」(第十条から第四十条)に表されており、
統治の基礎はそれ以外の部分(第一条から第九条および第四一条から第百三条まで)に主に表されています。
(余談ですが、日本国憲法に「領土」の規定はありません。これは領土が他国との関係で決まるものなので、国際条約で定められるのが普通だからです。)

日本国憲法第三章は短いですが、皆さんにもぜひ重要視して頂きたいと思います。

簡単に書くつもりが長くなりました。
最後に私が最も重要と考える憲法規定を挙げて終わりにします。

日本国憲法
第一三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

この一文を実現するために他のすべての条文があるのだと思います。

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テレビを見てたら裁判員裁判の話題になっていたので、ちょっと思うことを書いておきます。

悪い事をすれば厳重に処罰する、それでいいじゃんと私も思います。

市民も裁判に積極的に関わった方が公平な裁判につながる、そう思いますよね。

ただ、悪人を処罰すればいいと思うのですが、刑法って案外難しいんです。


例えば、理解しやすいところで、
人が自分の行為によって他人を死に至らしめた場合、

殺害する意思に基づいてその行為を行なっていれば、
刑法199条(殺人)に該当します。
第百九十九条  人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

一方、殺す意思は無くその行為が事故によって発生した場合は、
刑法210条(過失致死)です。
第二百十条  過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。

更に、痛めつけてやる!くらいのつもり(殺すまでは思っていない)が、死に至る結果を招いた場合なら、
刑法205条(傷害致死)です。
第二百五条  身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期懲役に処する。

処罰にそれぞれかなりの開きがあります。それでも、上記のように書くと3種類を明確に分けられるようにも思います。しかし、現実の事件に当てはめようとすると、時に相当な困難を生じます。

具体例①
A男は某日早朝、河川敷でゴルフの練習をしていた。付近の土手には散歩をする者も多数見受けられ、ゴルフボールを現実に打てばそれらの人に当たる可能性はあると思いつつ、自分の腕をもってすればボールを打ってもそれらの人に当たるまいと考え、ボールを打った。そのボールは散歩中の甲女の頭部を直撃し、甲女を死に至らしめた。

具体例②
B男はゴルフ初心者で、ボールを打っても普段はせいぜい100メートルしか飛ばず、思った通りの場所にも飛ばすことができなかった。某日夕方、河川敷でゴルフの練習をしていたB男は約150m先の土手上に、散歩する会社の上司乙男を見つけた。普段から乙男を憎んでいたB男は、この機会にゴルフボールをぶつけて乙男を殺害しようと思い付き、自分の腕前では乙男に怪我くらいはさせられるかもしれないが当たらないかもしれないと思いつつ、それでも思い切りボールを打った。そのボールはB男の思い通り真っ直ぐに飛び、乙男の頭部を直撃し、乙男を死に至らしめた。

皆さんなら①のA男、②のB男、それぞれどの様な刑にしますか。
極端な例だと思われるかもしれませんが、現実の事件は証拠に基づいて事実認定を行うという作業が入るので、更に微妙な判断を迫られる事もあろうかと思います。

市民の感覚を司法の場に取り入れるという裁判員裁判の制度趣旨は理解できますが、
実際に裁く立場に就く市民の精神的な負担は大きいと思います。

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