知覧で感じたこと

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週末大隅半島で仕事を終え、豪雨の中、反対側の薩摩半島の知覧特攻記念館を訪れた。
ひたすら涙。そして感謝。
来てよかった。
本当に来てよかった。
理由は、先日の、オバマ大統領の誠実で知的な演説、そして声高に謝罪を求めない日本政府のリーダーたちの寛容な大人の態度を見て、大きな感動を味わったから。
妬み、誤解、そして争いで、人は、国は傷つく。
お互いの国同士の悪口も、ストレスの”はけ口”に”は”なる。
しかし、起こってしまったことに、何日も、何ヶ月も、そして何年も、後悔して悩んでいることは理解できても、第三者に”告げ口”、誇張した悪口、はたまた虚言を吐くのは、”浅ましい”。
誰も人の悪口など聞いて楽しいものはなかろうに。
どこかの国々のリーダー、どこかの会社のボス。
器の小ささを、”庶民”は見ている。
告げ口を”創作”する前に、やる”べき”ことはたくさんある。
リーダーは前向きに、意欲的に、過去を”咀嚼”し、大きな心を示し部下を幸せにする義務がある。

それができなければ、リーダーという立場に居る資格はない。
いればただ迷惑なだけ。
Waste of energy and time.
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指導者の器

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仕事の合間に、この風景を見るのが大好き。
蒼い空を背景に霧島山が美しい。
心が休まる。
もうここに来て9年目。
僕は、1(いち)職員として今の病院にお世話になっているし、他の病院でも、風来坊に徹している。
病院もたくさんの職員で構成されている。
ボスは大変だと思う。
本当に感謝している。
病院以外にもたくさんの”組織”がある。
政治の、そして筋トレの世界も同じ。
管理者、指導者、そしてボス とは寛容でなければ務まらない。
ボスの中には、虚言、妄想で言葉を発する”輩”がいる。
頭の回転(だけは)早く、レスポンスが良いので、担ぎ上げられてボスになっただけの人もいる。
いずれも、興奮しやすい、キレやすい特徴がある。
とにかく喋る。
電話だ、メールだ、会見だ、昼夜を問わない。
思いついたら”誰かに”連絡をしようとする、できないと”切れる”。
華々しく、興奮していると人目は惹く。
人も集まってくる。
でも、その”メッセージ”に内容のないこと、それが”作り物”であることはすぐに”バレる”。
多くの言葉が虚言であることは虚しい。
”周り”が幸せでなければ、周りが幸せを感じなければいけない。
”部下”は、じっと見ている。
見つめている。
心地よくなければ知らないうちに離れていく。
そして裸の王様は、独り残される。
囲まれた生活以外、慣れていない王様の末路は寂しい。
まだ独りの方が良い。
王様は、自分の”興奮”を笑顔で聞いてくれる、
そんな心許せる”パートナー”を見つけることがいかに大切か、いつかわかる時が来る。
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指先まで通う刺激

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脳は筋肉を支配している。
ヒトは動物なので動く場所には必ず筋肉がある。
指先も然り。
神経の興奮で筋肉は動く。
筋肉は神経の奴隷なので、とにかく命令を”こなせ”ばいい。
すぐサボる。
手を抜く。
だから何度も刺激を与えなければいけない。
強すぎる刺激でもいけない。
支配しすぎてもいけない。
奴隷を優しく見つめる、、見つめ続ける。
でも、奴隷も年取っていく。
老いは悪いことでもない。
少しでも、心地よい刺激を、幸せにする刺激を与えることが脳の役目。
興奮しすぎると、伝わったと思っても、逃げてしまう。
今日も、仕事で疲れ果てたが、ふと思いつき、電子ピアノと”遊んだ”。
指先で鍵盤を触れ、何度も繰り返し、その感覚を伝え合う心地よさ。
美しい旋律を奏でることは全然できないが、楽しめる”方法”を教えてくれた亡き母に感謝したい。

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囲わない筋トレ空間

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大阪市内で学会が開催されていたので、久しぶりにストロング安田氏に会いに行った。
彼は、僕をライターとしてボデイビル界に”引き込んだ”張本人”。
彼の基地、ストロングデポは、北新地から東西線放出(はなてん と読む、とても読めない、、)駅を少し歩くとすぐに判った。
地下はドリアンのテンプルジムの雰囲気。
なかなかいいね。
このデポの設計をされた、にこやかな吉川さんにもお会いできた。
しっかりトレーニングされているのだろう、”ごっついスーパーマリオ”だ。
筋トレとは、気軽なもの。
正しい理論、やり方など”ない”。
ふと、ウエイトを、ある時は、ぎゅーっと重いものを、ある時は心地よいマシンで”ちんたら”。
いつでも、したい時にする。
僧帽筋を使って、肩をすくめて、ラットプルしてもいい。
大円筋をうまく使って広がりを意識して引いてもいい。
筋肉は神経の奴隷である。
動かす。
意識して動かせば良い。
隅々に気持ちを行きわたらせれば良い。
心地よければ良い。
真実などない。
真実を語る資格のある人などいない。
いるなら、宗教家か狂人だろう。
デポには二段ベットが備え付けの”合宿所”も、セミナー室もある。
ここで、お宝マシンに囲まれトレーニングについて気軽に語り合える時間を持てる人たちは幸せだ。
ストロング安田氏が筋トレを”武器”に明るく開放的なビジネスをされていることが嬉しく羨ましい。
ここで”一室を構える”ボデイカラーのカリスマ伝道者森本さんにお会いできなかったのが残念。



夢に出てきて気になって仕方がないことがあり、久しぶりに両親が眠る場所を訪れた。
”家紋の付いた石のドア”を開けると二人の”お骨”はちゃんと仲良く眠っていた。
静かな時間。
ここだけは時が止まっている。
ふるさとの川も山も変わらない。
その間、便利すぎて心を乱すデジタルツールは封印。
麓にある昆虫博物館を40数年ぶりに訪問した。
ここは昆虫採集に没頭した小学生の頃、夏休み終了後に一度だけ表彰を受け標本を展示してもらった思い出がある。
建物も全く変わらない。
門限ギリギリまでカゴいっぱいに採取してきた昆虫やセミ、蝶を、図鑑を見ながら、必死になって固定液を注入しながら標本板に貼っていた時代を思い出した。
美しい羽も、複雑な外骨格も、採取して”自然でない”空間に置かれた瞬間からその形や輝きは失われていく。
空間と時間を目一杯使っているからこそ、美しい。
自分勝手なわがままで、自分の空間に押し込めようとするから、反発が起きる。
小さな昆虫も、それを”もてあそぶ”自らも壊れていく。
僕が子供心に、気づき実感したこと。
今でも”人”との付き合いで大切にしている。
知人に、背骨を持つ僕たちの仲間の動物と、昆虫という背骨の持たない動物の違い、造物主である神様が迷っているかのような驚くほどの多様性など、”解説”しながら、心地よい空間で静かな時間を過ごせた。