(たぶん長くなります)
息子達の春休みを利用して、家族で被災地ボランティアに行ってきました。
行き先は、宮城県の浦戸諸島にある朴島という小さな島。
7世帯15人が住む、主に漁業で生計を立てる高齢者の島です。
本当はもう少し世帯数があったのですが、地震で家が全壊し、一時的に島を離れているとのこと。
夜行バスで23時東京発。
途中、高速道路の通行止めのため一般道へ下りたため、予定より2時間遅く宮城県塩釜に到着。
そこから船に乗り換え1時間。
40名定員のところに60名のキャンセル待ちという満員御礼ツアー。
現地に着いたら小さな集会所で荷物を置いて簡単に自己紹介。
男女比約1:1
年齢層は、10代、20代、30代、40代、50代がほぼ同数。60代らしき人2名。
参加者はほとんどが東京・埼玉・千葉の方でしたが、中には長野や佐賀からの方も。
約半数は一人で参加。
残りは親子、夫婦、孫と祖母、カップル、さまざまな関係で。
ボランティア初体験が約半数、半数は2~10回目のリピーター。
現地のコーディネーターがマッチングに入ると
「高台の神社の清掃に5名、力仕事なので男性!」
と声をかけると、頼もしい大きな声で
「ハイ!」
「ハイ!」
・・・と、5~6名の若い男性が即座に手を挙げる。
「留守中の家の畑から白菜の種をとる作業!」
と声をかけると、年配の女性が静かに手を挙げる。
「残りは海岸でがれき撤去!」
我が家は13歳最年少の息子が足手まといにならないようにと躊躇しているうちに、『残り」のメンバーに。
みんな、「被災地の力になりたい」という強い意志を持って集まったメンバーだから、遠慮もしないしでしゃばりもしない。
自分の気持ちだけで動いているので、他人のことは気にならない。
かといって思いやりは、ある。
最高齢と思われる男性が「私は体力がないから少し休みます」と抜けても、誰も文句を言わないし、お互いを認め合ってる感じが心地よい。
海岸のがれき撤去といっても、砂浜でゴミを拾うのとは大違い。
津波が引いた漁港近くにたまった物や、地震で倒壊した家屋を重機で片付けた跡に残った物を、ひたすら拾い集める。
釘や魚の網、鉄筋コンクリートの一部を思われる針金とコンクリートがくっついた物、木造住宅の柱の一部と思われる木片、ガラス片・・・
踏み抜き防止のインソールを装着した長靴、軍手とゴム手袋を重ねた手、途中雨が降ってきたため上下雨具を着て、ガムテープに名前を書いた名札を胸に貼り、夢中で作業しました。
それほど乗り気ではなかった息子達をチラチラ見ると、3人ともものすごくがんばってる!
すごい集中力で。
途中「ちょっと力がいるんで何人か来て」と誰かから声がかかると自然に行ってる。
今回のボランティア参加は、被災地の悲惨な状況を息子達に見せるのが目的の一つだったのですが、むしろボランティアの意義を知るいい機会となりました。
12時。
朝自己紹介しあった集会所で各自お昼をとる。
全員高速のSAで昼食を調達する予定でしたが、ほとんど売り切れでみんなおにぎり1個程度。(うちも)
そこへ、島民のおばあちゃんが、タラの芽のてんぷらを大根の醤油漬けを持ってきてくれて、みんなで一口ずつありがたくいただきました。
50分の休憩後、午後の作業。
朴島は地震での被害はあったものの、津波での被害者はいなかったせいか、凄惨な現場を見ることなく終了。
島民の方と名残惜しく手を振りながら船で島を離れ、塩釜港へ。
朝着いた時は知らなかったのだけど、塩釜付近は津波で大きな被害を受けた地域。
残った大きな建物は修復され、流された家の跡は更地になり、ここに津波が来たと聞かなければ最初から建物が少ない土地って思ってしまうかも。
今回のボランティアツアーには「笹かまぼこ工場見学」が含まれていて、申し込んだ当初は「のんきなもんだな~」なんて思ったりしたのですが、私が浅はかでした。
この笹かまぼこ会社、津波で1Fの工場は全滅、2・3Fは1ヶ月もの間避難所として使われていたそうで、ようやく立ち直って操業し始めたそうです。
工場には「ここまで津波が来ました」とわかるよう壁に色がつけてあり、一同神妙な面持ちに。
売店では必要以上にかまぼこを購入しちゃいました。
(私は無類のかまぼこ好きなので問題なし♪)
被災地支援って、いろんな形があるんだなあって改めて思いました。
それから一路、東京へ。
みなさんそれぞれ達成感を持っているのか、バス車内には缶ビールを開ける音が。
もちろん私たち夫婦も小さくカンパイ。
出発前は、「自分なんか役に立つのかな」「よその片付けする暇があったら自分の家を片付けるべきでは?」「ボランティアって生活に余裕のある人がやるもの」とか思っちゃって、躊躇する部分が大きかったのですが、すべて覆されました。
「やれる人がやれることをやるだけ」
頭ではわかっていたけど、心で理解した感じです。
これって、PTA活動に通じるな~って思いました。
PTA会長在任中に経験したかったな。
イヤイヤやってるから文句が出たりトラブルが起こるんです。
システムを変えるより、心構えを変えるほうに尽力すべきだった。
でもそれって簡単なことではないですけどね。
上手く言えないけど、今回のボランティア活動は今後の人生に大きな影響を与えることになりそうです。
そして、またボランティアに参加したいという強い気持ちが残る、印象深い経験でした。
息子達の春休みを利用して、家族で被災地ボランティアに行ってきました。
行き先は、宮城県の浦戸諸島にある朴島という小さな島。
7世帯15人が住む、主に漁業で生計を立てる高齢者の島です。
本当はもう少し世帯数があったのですが、地震で家が全壊し、一時的に島を離れているとのこと。
夜行バスで23時東京発。
途中、高速道路の通行止めのため一般道へ下りたため、予定より2時間遅く宮城県塩釜に到着。
そこから船に乗り換え1時間。
40名定員のところに60名のキャンセル待ちという満員御礼ツアー。
現地に着いたら小さな集会所で荷物を置いて簡単に自己紹介。
男女比約1:1
年齢層は、10代、20代、30代、40代、50代がほぼ同数。60代らしき人2名。
参加者はほとんどが東京・埼玉・千葉の方でしたが、中には長野や佐賀からの方も。
約半数は一人で参加。
残りは親子、夫婦、孫と祖母、カップル、さまざまな関係で。
ボランティア初体験が約半数、半数は2~10回目のリピーター。
現地のコーディネーターがマッチングに入ると
「高台の神社の清掃に5名、力仕事なので男性!」
と声をかけると、頼もしい大きな声で
「ハイ!」
「ハイ!」
・・・と、5~6名の若い男性が即座に手を挙げる。
「留守中の家の畑から白菜の種をとる作業!」
と声をかけると、年配の女性が静かに手を挙げる。
「残りは海岸でがれき撤去!」
我が家は13歳最年少の息子が足手まといにならないようにと躊躇しているうちに、『残り」のメンバーに。
みんな、「被災地の力になりたい」という強い意志を持って集まったメンバーだから、遠慮もしないしでしゃばりもしない。
自分の気持ちだけで動いているので、他人のことは気にならない。
かといって思いやりは、ある。
最高齢と思われる男性が「私は体力がないから少し休みます」と抜けても、誰も文句を言わないし、お互いを認め合ってる感じが心地よい。
海岸のがれき撤去といっても、砂浜でゴミを拾うのとは大違い。
津波が引いた漁港近くにたまった物や、地震で倒壊した家屋を重機で片付けた跡に残った物を、ひたすら拾い集める。
釘や魚の網、鉄筋コンクリートの一部を思われる針金とコンクリートがくっついた物、木造住宅の柱の一部と思われる木片、ガラス片・・・
踏み抜き防止のインソールを装着した長靴、軍手とゴム手袋を重ねた手、途中雨が降ってきたため上下雨具を着て、ガムテープに名前を書いた名札を胸に貼り、夢中で作業しました。
それほど乗り気ではなかった息子達をチラチラ見ると、3人ともものすごくがんばってる!
すごい集中力で。
途中「ちょっと力がいるんで何人か来て」と誰かから声がかかると自然に行ってる。
今回のボランティア参加は、被災地の悲惨な状況を息子達に見せるのが目的の一つだったのですが、むしろボランティアの意義を知るいい機会となりました。
12時。
朝自己紹介しあった集会所で各自お昼をとる。
全員高速のSAで昼食を調達する予定でしたが、ほとんど売り切れでみんなおにぎり1個程度。(うちも)
そこへ、島民のおばあちゃんが、タラの芽のてんぷらを大根の醤油漬けを持ってきてくれて、みんなで一口ずつありがたくいただきました。
50分の休憩後、午後の作業。
朴島は地震での被害はあったものの、津波での被害者はいなかったせいか、凄惨な現場を見ることなく終了。
島民の方と名残惜しく手を振りながら船で島を離れ、塩釜港へ。
朝着いた時は知らなかったのだけど、塩釜付近は津波で大きな被害を受けた地域。
残った大きな建物は修復され、流された家の跡は更地になり、ここに津波が来たと聞かなければ最初から建物が少ない土地って思ってしまうかも。
今回のボランティアツアーには「笹かまぼこ工場見学」が含まれていて、申し込んだ当初は「のんきなもんだな~」なんて思ったりしたのですが、私が浅はかでした。
この笹かまぼこ会社、津波で1Fの工場は全滅、2・3Fは1ヶ月もの間避難所として使われていたそうで、ようやく立ち直って操業し始めたそうです。
工場には「ここまで津波が来ました」とわかるよう壁に色がつけてあり、一同神妙な面持ちに。
売店では必要以上にかまぼこを購入しちゃいました。
(私は無類のかまぼこ好きなので問題なし♪)
被災地支援って、いろんな形があるんだなあって改めて思いました。
それから一路、東京へ。
みなさんそれぞれ達成感を持っているのか、バス車内には缶ビールを開ける音が。
もちろん私たち夫婦も小さくカンパイ。
出発前は、「自分なんか役に立つのかな」「よその片付けする暇があったら自分の家を片付けるべきでは?」「ボランティアって生活に余裕のある人がやるもの」とか思っちゃって、躊躇する部分が大きかったのですが、すべて覆されました。
「やれる人がやれることをやるだけ」
頭ではわかっていたけど、心で理解した感じです。
これって、PTA活動に通じるな~って思いました。
PTA会長在任中に経験したかったな。
イヤイヤやってるから文句が出たりトラブルが起こるんです。
システムを変えるより、心構えを変えるほうに尽力すべきだった。
でもそれって簡単なことではないですけどね。
上手く言えないけど、今回のボランティア活動は今後の人生に大きな影響を与えることになりそうです。
そして、またボランティアに参加したいという強い気持ちが残る、印象深い経験でした。






