1 | 2 | 3 |最初 次ページ >> ▼ /
2012年03月30日(金) 14時46分59秒

あたしが思う美しさの基準

テーマ:ふと思ったあれこれ
よく周囲から、山本はダメンズ好みだとか
男を見る目がおかしいとか、散々言われるのですが、
まあ、反論するつもりはありません。

ただ、まじめに説明したことがたぶん一度もないので
図々しくもブログに書いてみちゃおうかなと。

私は、その人の中で一本ばちっと筋が通っていることに
ものすごく惹かれるんです。

それが周囲から見て理解できなかったり、
あほじゃね?と思われていたり、
変人と思われていたりしても、
私はそういう人を美しいと思ってしまうのです。
果てしない興味がわいてしまうのです。

みんなの評価で自分が友人を作ったり、恋愛したりするわけではないので、
自分以外の人がどう評価しようと、私が楽しければ、素敵だと思えれば
それがすべてなんです。

こんなにさまざまなことの価値基準とかなんだとかが多様化して、
昨日と今日で評価が逆転してしまうほど
ものすごいスピードでめまぐるしく変化していく毎日の中で、
ゆらりゆらりと、またはぶんぶんと振り回されてほとんどの人は生きています。

ところが中にはごくわずかに、「自分はこう」という軸があって、
盲目的であっても、排他的であっても、
ぶれずに突き進んでいる人がいます。
そんな姿を見ると私は、ああ美しいと感じてしまうのです。

それを100人中99人がダメなやつだと評価を下したとしても、
私が「美しい」と思うことができればそれがすべてです。

その結果、山本はダメな男が好き、男を見る目がない、
そう周囲には映るらしいのです。

みんな、心配してくれてありがとう。
それと、心配かけてごめんね。

でもね、あたしは幸せなんですとても。
だからどうか、その点に関してはほっといてください。

2012年03月29日(木) 13時04分32秒

ツケは忘れた頃に払わされる。

テーマ:ふと思ったあれこれ
人間は、失敗を繰り返す生き物です。
だから、としをとっても、間違いや失敗を犯すことは別に恥ずかしいことじゃ無いのです。

ですが、人に迷惑をかけたり、
人の心をふみにじるようなことを平気でする、というのは
恥ずかしいことです。

もしそんな恥ずかしい失態を演じてしまった場合、
人は適切な方法でおとしまえをつけなくてはいけません。
つまり、責任を取る、ということです。

これをやらずに適当にうやむやにして
図々しく生きているしょうもない老人を私はひとり知っています。

はてさて、この老人、結局どうなっていくのだろう?
と、離れたところから冷やかに観察していたのですが、
一年以上が過ぎてもおとしまえをきっちりつけることもないし、
というかむしろ時間が過ぎたことを味方につけて
取らねばならぬ責任をうやむやにして闇に葬ろうとしている。

ああ、なんてだらしのない、しょうもない老人なのだろう、
と個人的に思っていました。

また、それを知っていながら、
その老人の権威にすがり、
特にその責任を追及しようともしない連中にも、
同じように嫌気がさしておりました。

ところが因果応報というか、
神様はきちんと見ていらっしゃるというか、
まあそんな出来事が起こりました。

私はどちらに加担する気もないし、
むしろ思い出したくないのでできればほっといてほしいけれど、
そういうのは私個人の問題ではないのだということも理解できます。

今後どんな展開になるかは予測できませんが、
この老人が、何かしらの制裁をつきつけられるであろうことは
なんとなく予想できます。

清く正しい心の持ち主、自分に確かな自信のある人は、
権威だの、知名度だの、実績だの、
そんなことに惑わされないのだなと思いました。
本当はそんなことは当たり前なのだけど、
人間は弱い生き物なので、何かにすがったり、ぶら下がったりして生きていく人を
私は頭からは否定しません。

でも、悪いことは悪い、だめなものはだめ。
これはうやむやにしたらいけない。
責任を取らない人を許すわけにはいかないし、そんな人は信用できない。

そういわれて、ごもっともすぎて美しいと思いました。
つまり、それ以外の人は美しくないということです。

私には、ほんとにすばらしい友人がいるのだなあと
つくづく思った昨日の夜でした。


2012年03月22日(木) 21時32分56秒

めんどくさくないのが基本

テーマ:ふと思ったあれこれ
仕事も人間関係も、明らかに潮目が変わったと実感する毎日です。

人間関係が自然と変わったのではなく、
私が、「この人たちと交流していると楽しい」と思える人のタイプが変化したと言って、
おおよそ間違っていないと確信しています。

結局、こちらが何かを投げかけたときに、
きちんとかえってくる、これがやっぱり一番心地いいのだと思いました。

おそらくこの3年半ほど、
ある出来事の反動だったのだと思います。
メールしても返信率は50%以下、
電話しても相手が出るor折り返してくる確率50%以下、

そういう人々とかかわっていることが新鮮だったし、
意味の分からない“自由”を獲得できたような
ほんとに意味のわからないことに至福を感じていました。

どう考えても異常です。

ただ、そんな私の嗜好にはそれなりに理由があって、
人間、行動の自由を著しく限定されたりすると
精神に異常を来すのだということがやっとわかりました。

自分はこの3年ほど、

「こちらからメールしてすぐに返信をよこすような男の人はろくなもんじゃない。
他にやることがあるだろう、男のくせに。」

と思ってきました。

どう考えても異常です。

最近とても、ふつうにコミュニケーションをとれる人が
普通に素敵だと思うようになりました。
私の中の大きな変化です。

これが何の反動でもなく、ニュートラルな状態であるといえるでしょう。


最近、自分がかかわっている仕事が明らかにリソース不足で、
それでいてそんなに予算が潤沢にあるわけでもなく、
そんな中で「誰かいないか?学生とか。」と尋ねられ、
某大学生(4月から大学院生)に白羽の矢を立てました。

トータルバランスで見て、彼しかいないと思ったのです。

・私がコミュニケーション取りやすい(個人的に親しい)
・IT関連のバイト経験がある
・優秀である

等々の条件を満たしているのは彼しかいない。
そう思って連絡してみたところ、快諾。
ほっとけば自分でちゃっちゃとアプリ作る、
求められた機能を実装できる、きちんと返信来る(ちょっと変わってるけど)

当たり前だよそんなの。って言われてしまうかもしれないけれど、
そんな当たり前がやっと心地よいと思えるようになりました。

世間がびびるくらいのエリート教育をひた走ってきた彼が手伝ってくれて
なんだかいろんな意味で安心です。


ここには書けないいろんな呪縛から逃れて、
いつ誰と何をするかを自分の思うままに選択できる自由。

自由は無敵だ。
忙しくて寝る暇すらないけど、
楽しいから頑張れます。

というか、ひとこと言わせて。
U君、ありがと。あたしの依頼を快諾してくれて。
間口の広さと応用きくぶりは、さすがですよ。

感謝。

Amebaおすすめキーワード

    1 | 2 | 3 |最初 次ページ >> ▼ /
    アメーバに会員登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト