出馬打診

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(今日もキメたゼ、ベイベー)

そう思いながらくつろいでいた有名ミュージシャン「久米野孔明」のレコーディング後の控え室にノックの音が鳴り響いた。


「どうぞ」


椅子の背もたれにふんぞり返り、タバコを天井に向かって吹きかける。

レコーディングに魂を燃やし尽くして今日は完全燃焼だった。


「すみません」


ゆっくりと声のしたドアのほうへ目をやると見慣れぬスーツ姿の男がいる。

音楽業界関係者ならば、もう少しくだけた雰囲気がしてよいものの、石のような堅物が入ってきた感じがした。

ミュージックの「み」の母音の「ぃ」の音さえも発音できないような堅物だ。

どこかで見たようなお堅い雰囲気。

そういえば住民票を移す時に役所にいる公務員が同じようなオーラを発していた記憶が脳裏に浮かんだ。


「あんたどちらさん?どっかの音楽会社の人?」


ありえないが、一応は聞いておくべきだと思った。

するとスーツの男は手に持っていた皮の黒いかばんを床に置き、自己紹介をしだした。


「これは自己紹介が遅れまして失礼いたしました。わたくし,、こういうものでございます」


スーツの男は指をすっと裾側へ折り曲げ、振ったかと思うと、次の瞬間には名刺が出ていた。


「うおっ!あんた、今どっから出したんだい?」


スーツ姿の男は恥ずかしがりながら、


「こう見えても、手品が趣味でして、よく先生たちには評判なのですよ」


(ん?せんせい?この人教育関係の人か?)


そう思い名刺を見ると「甘辛国家党 金田もちひこ」と書いてある。


「甘辛国家党!?」


甘辛国家党といえば衆参両院の過半数を占めている国内最大与党だ。

そんなことは政治に興味のないミュージシャンでも知っていた。


「はい、わたくしたちは次の選挙のと・・・」

「帰って」

「いえ、まだ話が」

「俺はもう済んだから。政治に興味ないし」


久米野が控え室から追い出そうとすると、金田は閉められようとするドアに顔を完全に挟まれながらも、とっさに叫んだ。


「あ、あなたが路上で叫んでいた、激烈ミスターロンリーサタデーナイト以来、ずっと私はファンなのです!」


久米野は固まった。


(ばっ・・・馬鹿な・・・あれはストリートで歌って以来、永遠に青春の一ページとして俺の思い出のアルバムに鍵付きで封印していたものを、なぜここここ、こんな・・・みゅーじっくの「み」の母音の「ぃ」も発音できねぇようなやつが知っているんだ・・・)


久米野は固まりながらもドアを閉める力を弱めなかった。

金田はドアに挟まれ顔を完全に潰されながらも言い続けた。


「あ・・・あなたが、ウィンターシーズン100日連続強行独断ライブを敢行したときに、毎日来ていて、最後の日にギターケースの中に1万円を入れていった人のことを覚えていますか?」


久米野は思い出していた。

あのライブは過酷を極めた。

47章まである「爆裂ミスターロンリーサタデーナイト」を6時間かけて歌い上げる。

冬のかじかんだ手は切れ、ギターの弦は切れ、ついでに俺の脳細胞もぶち切れ、路上の通り行く酔っ払いはもっとブチギレた。

何もかもがハイテンションで、何もかもがカオスだった。

そんな中、一人だけ毎日来てくれていた人間がいた。

革ジャンに「SAPPORO ICHIBAN!」と刺繍の入った野球帽を深々とかぶっていた。

その人は必ず27章から32章までを聞いていって帰っていった。

最後の日、吹雪のアーケードで、雪こそ当たらないものの、風が吹きつけ、手はもう凍りついたように動かなかった。

それでも俺は歌い続けた。

誰もいないストリート。

そこへあの革ジャンの男が来た。

「SAPPORO ICHIBAN!」の刺繍が入った野球帽。

間違いなかった。

最後の日はほとんど聞いて帰っていった。

そして俺がすべて歌い終わった後、革ジャンの男は紙袋を俺のギターケースに投げ捨てるように置いていった。


「あの、思い出してます?」


久米野のドアを閉める力が緩んだ一瞬をつき、金田が固まっている久米野に割って入る。


「すまん。もう少し思い出に浸らせてくれ」

「紙袋の中に一万円入っていましたよね?」

「まさかあんた・・・あんたなのか・・・」

「はい。そうなのですよ。それで・・・」

「帰って」

「えー!どどどどどうしてですか」

「政治興味ないし。それに俺の過去の秘密を知っているやつは敵だ」

「じゃあばらしますよ」


久米野は一言で再度固まった。

(卑怯な・・・これが政治的裏工作というやつか・・・)


「まあ、そう悪い話でもないのですよ。ちょっと車の上でオリジナルソングを歌ってもらえればいいだけの話です」

「え?なにそれ。そんな簡単なの?」

「ええ、ええ。あとは私が用意しますからまかせてください」

「えー、でも政治は・・・」

「ばらしますよ」

「はい。やります」


~数週間後・・・公園の前の選挙カーの上にて~


キュイーン、とスピーカーからエレキギターの音が漏れる

通り行く人々はこれから何が始まるのだろうと、注目しだす。

久米野がメンバーに合図し出す。


「ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、ふぉっ!」


ジャカジャカと流れ出したロックミュージックにいよいよ人々は怪訝そうな顔をいっせいに向ける。

現場にいた、当時42歳の会社役員男性は、後にテレビの特集番組に、こう答えている。


「いえ、そりゃあね、お昼時の人通りの多い公園ですからね。みんなびっくりして見ていましたよ。甘辛国家党って書いてあるし、選挙宣伝なのか、ゲリラライブなのかわからなかったですけれど、誰でも知っているような国民的ロックスターですからね。よきにしろ、悪きにしろ、注目しますよ。中には嫌悪感むき出しにする人もいましたけれど、音楽聞くにつれ、みんな黙っていきましたね。それだけメッセージが直に伝わって、心を揺さぶったんですよ。そう、あの歌は凄かった・・・」

久米野は街頭で叫んだ。


「いくぜ!お前ら!この俺の魂聞きやがれ!」


伴奏が始まり、久米野はシャウトした。


「腐った政治家もういらねぇ!

腐った政治ももういらねぇ!


消費者とっても困ってる!

国民生活あえいでる!


借金ばかりで潰れそう!

文句ばっかり言うんじゃねぇ!


不満があるならぶっ壊せ!

じいちゃんばあちゃん大事にしなさい!

子どもに愛を与えよう!


わがままばかりでダダこねる!

大人も子どももみな同じ!


貴様らみんな八つ裂きじゃ!

貴様らみんな火あぶりじゃ!


ファッキンジャパーン!

ファッキンジャパニーズ!


皆が罪人許しあえ

明日を目指せ

トゥザビューティホーカントリー!」


選挙権を獲得したばかりだった、某有名私立女子大生、当時20歳の方は、あの時の歌を聞いたときの事を振り返った。


「ソウルフルなシャウトに私はもう体中をゆさぶられる思いでした。選挙のことは何もわからないし、政治も興味なかったけれど、この人には投票しようと思いました。暴力的なサウンドの中に優しく熱い魂が込められているのはよくわかりました。今思い出しても震えてきます」


~テレビの対談シーン~


司会者が語りかける。


「どうですか?当時のVTRを見て」


司会者と対峙している男は七三のバックの髪型に、がっしりとスーツで固められている。

当時の面影もない。

今や党内最大派閥となった久米野派のトップ久米野孔明は語る。


「いやはや、若輩とはいえ、お恥ずかしい限りでございます」

「これからはもう音楽活動はしないのですか?」

「それはもう私はいつも国民のために、まい進しておりますので、国民の皆様がお望みとあればもう・・・」

「最後に、ファンの皆様に一言お願いします」

「俺のソウルはまだ燃え尽きちゃいねぇぜ!センキュー!」

「ありがとうございました」


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「君のハイヒール借りていいかな」

「やめて!この水虫男!」

僕の名前はアキオ。彼女の名前はアオキ。いやそれは苗字で、名前はミカ。同棲中だ。

彼女は僕がハイヒールを借りようとするといつも怒る。水虫がうつるというのだ。

彼女の料理はとてもまずい。いつも真っ黒で、備長炭をかじったほうがずっとましだ。

彼女の言い訳はいつもこうだ。

「ごめんね。あなたが魅力的過ぎて焼きすぎちゃった」

惜しいけど座布団一枚までは届かないめちゃくちゃな言い訳だ。

僕はそんな彼女が大好きだ。

彼女は時々妙なものに疑問を持つ。

「ねえ、アキオ。水鳥って水面下でかいている足の運動量によってどれくらいのカロリーを消費しているのかな?」

僕はいつも彼女の質問には答えられない。

「わからないよ」

「あ、水かきダイエット法ってないかな?やってみたいな」

彼女がどこでどのようにしてそれを行うのか怖くて聞けなかったりとか、とにかく突発的だから僕は何も突っ込めない。

僕はタバコを吸うけれど、彼女は大嫌いなので、いつも僕にタバコをやめろと言う。

この前は変な味がすると思ったらフィルターの中に正露丸を入れられた。

どうにも腸の調子がいいと思ったらそれだった。

しゃれを言っているわけじゃない。

ミカは僕がタバコを吸うせいで、悪い空気を吸っているからと言って、よく酸素バーに出かける。

「あのねぇ、たらこ味がめっちゃおいしいのぉ」

ミカはうきうきしながら僕に話しかける。酸素バーって酸素を吸うのだろうとは思っているけれど、まるで食べてきたみたくしゃべる。

「最近のお気に入りはもっこりチョモランマ味。しこしこしててすっきりするの」

その時とても表現がえろいと思ったけれど、「そうなんだ。僕もしこしこしたいよ」って言ったら、「一人ですれば?」って言われた。

なんだかよくわからないけど、時々とても辛らつだ。

そんな僕でもミカ以外のたのしみのひとつやふたつやみっつはある。

最近できたビストロレストラン「イカスミ」がお持ち帰りように売店で販売しているイカスミプリンを食べることや、街を歩く男が前かがみで歩いているのを見て男の事情を垣間見たり、幽体離脱して空を飛びたいなとか思って空を見上げることだ。

でも僕はいつも幽体離脱職人が近くに住んでいることを知ってどの人か気になっている。

幼馴染のミカと本格的に同棲するようになったのは2年と6ヵ月と1時間35分前、いや36分前だ。

一緒に飲んでいたら僕の肩に寄りかかってきて彼女は言ったんだ。

「今日はちょっと酔ったみたい。ねえ、泊めてくれる?・・・うっゲロゲロっ!」

「うおっ!この女!僕の股間のチャック開けてゲロ注ぎ込みやがった!」

股間が生暖かくてとても気持ち悪かったからすぐ帰ろうと思ったけれど、彼女は放っておけなかったから家まで連れて帰った。

結局その夜はミカと二人で朝まで生春巻きプレイ安心サイドギャザー付きで楽しんでしまったけれど、その後彼女が寝ゲロをしているのを見て、たつものもたたなくなった。

まあその夜だけだったけど。

次の朝彼女は開運グッズのチラシを熱心に見ていた。

「ふむふむ。幸運のまぐろが1Kg24万円か・・・今が買い。信じるものは救われるか・・・迷うな」

と言ってチラシを見ながら僕の財布に手を伸ばすものだから、

「だっ!?ちょっ!?どわっ!?」

とわけのわからない気合とともに止めようと思ったら、ドアフォンが鳴るものだからなんだろうと思って玄関に出たら、ロボットとガラの悪そうな人が4人と、その奥に宇宙船なんか浮かんでいるものだから、びっくりして用件を聞いたら、「幸運のマグロが」だなんて言うものだから、

「うぉい!おまん!なんばしとっと!?」

ってミカを問い詰めたら、

「ああ、マグロね。えへへ」

って、とても最後まで聞いていられないこと言うから速攻で断ってドア閉めたらロボットが自爆してどうやら片付いたらしく、ミカには黙っていたけれど10キロのダイナマイトでも吹っ飛ばない頑丈なドアだったものだから僕は無事ですんだ。

「なにか朝ごはん食べる?」

と聞くと、肉まんがいいというから買ってきたら、ミカはひたすらじっと見ていた。

「どうしたの?食べないの?」

不審を抱いた僕の言葉に彼女は、

「ほら、あたしってレディースだったから冬になるとタイマン張るくせが抜けなくって」

肉まんとタイマン・・・対するまんじゅう、でタイマン・・・理解できたようなできないような。

僕はチャーハンも食べたかったから買ってきたけれど、御箸二膳要求したら、ストローを四本入れてくれた。

最近のコンビニのサービスって奇抜なんだなと思いつつ挑戦したけれど、ストローでチャーハンはとても食べづらい。

その時電話がばあちゃんからかかってきて話したけどばあちゃんの口癖は「もうあたしゃ老い先短いからね」ということだけど、もうその言葉は16年聞いてきた。

あと20年は生きそうだ。

ばあちゃんの電話の内容は、部屋にミカちゃん連れ込んでるね、ということだった。

どこから覗いているのかと思ったけれど、ばあちゃんによれば、

「あたしゃぁ、こう見えても長く生きているからね。たいていのことはわかるのさ」

と言っても、どう見てもばあちゃんは長く生きているのがわかるし、この問題は長く生きているうんぬんとはまったく次元の違う話だと思った。

ばあちゃんいわく、「いい女は逃しちゃいかん」とのことだった。

その言葉に衝撃を受けた僕はさっそくミカに大事なことを打ち明けようと思った。

「ミカ!結婚し」

すべて言い終わる間もなく、ミカにフルスイング四回転半ムーンサルト月面着陸式なんちゃってエルボードロップをくらってダウンしてしまった。

そんなこんなで、たぶん結婚前提にして同棲をしているわけなのだけど、この前エロ本の隠し場所がばれて、筋肉マッチョウーマンの本にすりかえられていた。

同じヌードでもぜんぜん燃えないから、彼女のハイヒールを借りようと思って外に出ようと思ったわけだ。

それが今。

「それじゃあ、手繋ぎながらでもでかけるか?ミカ」

そう言うと彼女はとても嬉しそうにうきうきしながら腕にしがみついてきた。

「アキオ。いこういこう。愛してる」

僕と君とのなんでもない、大切な日常だ。





今年も一年ありがとうございました 人気ブログランキングへ
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フリーター畑耕作

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長年わずらってきた痛風に畑耕作は悩んでいた。
「母ちゃん、どうやら俺もうダメみたいだ」
「んだら弱音吐くでね!」
母親は厳しく耕作をしつけようとしていた。
口にくわえていた特大のするめいかで耕作を殴った。
口から糸が引いていた。
父親はすでに三年前に他界していた。
耕作は67歳でニートまっしぐら。
「早まったが後悔はしていない」
が口癖だった。
「働いたら、負けだ」
己への強い決意が、苗木から立派な盆栽になったチエコにもよく現れている。
チエコは昨年の盆栽大会では大賞を受賞した自信作の盆栽だ。
恋人は、チエコだけで充分だと思っていた。
「チエコ、俺のことはジャッキーって呼んでくれよ」
チエコが微笑んでいるように見えた。
耕作はチエコから離れることができず、仕事を探そうとも思ったが、肌身離さず持ち歩いていた。
ゆえに、仕事をしようと思っても必ず面接で落とされた。
「その手に持っている鉢植えはなんですか?」
「これは鉢植えじゃね!恋人のチエコだ!」
「ありがとうございました。出口は椅子から南南東へ7歩ほどのところにありますので、お気をつけてお帰りください」
面接官の手元にある紙には、耕作が部屋に入ってきて三歩目で×印をつけていた。
面接官は耕作の話を聞く前から勝利したような気がしていた。
耕作のチエコへの愛は深かった。
チエコと離れるくらいなら死んだ方がましだった。
母親は父親が死んでから口癖のように呟いていた。
「父ちゃんが生きていればこんなことにならなかったのに」
父ちゃんが生きていてもどうにもならなかったから今があるのに、と耕作は思った。
しかし耕作は自分を変えようと思っていた。
その決意を今こそ母親に伝えるのだと思った。
あいかわらず、するめいかをかじりながらテレビを見ている母親の後ろに座った。
まるで親父のような背中だがどこか肉付きのよい豚を思わせた。
テーブルの上には、ワンカップが五つ空けられていた。
「母ちゃん・・・」
母親は振り向きもせず、無言だった。
「俺・・・チヨコと結婚するよ!」
その瞬間母親の目にも止まらぬアイアンクローが飛び出してきた。
いつ、後ろ向きの体制からこちらへの攻撃を繰り出せるというのか。その動きは音速を超えていた。
とっさに、かわした耕作の頬に二本の傷跡がすっと残った。
母親から次々と繰り出されるアイアンクローの応酬にただかわすしかなかった。
あれに捕まったら二度と逃げられない。
かのルーテーズも母親を絶賛していた。
とにかくここは逃げるしかないと思った。
耕作は紙一重でかわしつつチエコとの脱出を考えていた。
母親のアイアンクローが家の大黒柱を粉砕した。
家が傾く。
時間がない、チエコを守らなければ。
部屋にあるチエコを抱え、ベッドの下からちらりと見えたエロ本を見た。
ささやかなチエコへの裏切りだった。
「これからはチエコ一筋だ。俺がお前を守る」
母親の魔の手が迫ってくる。
すばやい攻撃を繰り出しながら母親は言った。
「逃がさんぞー!!ジャッキー!!」
「え・・・」
どうしてチエコにしか言ったことのない俺のニックネームを知っているのだと耕作は思った。
動揺した瞬間、脇にしっかり抱えていたチエコが揺らぎ、防御の甘くなったところへ母親のアイアンクローがチエコを貫き粉砕した。
「チエコー!!」
耕作は悲しんでいる暇はなかった。
天井が崩れだし、もうこの家がもたないことを意味していた。
早く脱出しなければ。
逃げようとした時、母親の目に涙が浮かんでいるのが見えた。
「母ちゃん・・・」
でも、放っておいて逃げた。
すでに日も暮れ始めようとしていた。
夕日の中に土煙を上げる家の残骸を耕作は突っ伏しながら見ていた。
「母ちゃん・・・すまねえ」
耕作は改心していた。
もう、母親を悲しませるようなマネはしないよと固く心に誓った。
瓦礫の上に立ち、夕日に向かって言った。
「母ちゃんの死は無駄にしない」
突然瓦礫の中から母親が瓦礫を吹き上げるようにして復活してきた。
「耕作・・・お前・・・」
とりあえずビンタしておいた。
「すまなかった・・・母ちゃん」
二人は手を取り合って、お互いを許しあった。
戦ったもの同士にしかわからない、かたい友情にも似ていた。



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桂沢湖激闘戦

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北海道三笠市。三笠市役所秘密部隊、三笠防衛隊、小隊長佐藤の朝は早かった。

朝四時に起き、必ずランニングをする。更年期も過ぎ、そろそろ定年の時期にさしかかった佐藤が今だもってこの職についていられるのは、毎日どんな天候でも欠かさずに続けてきた体力作りのためだった。

三笠防衛隊の主な任務は、桂沢湖に時折出現する不審な巨大生物の監視と、市内の混乱を避けるための非常事態の速やかなる収拾であった。

もう何千回と同じランニングコースを飽きることなく走ってきた。時間を計り、ペースを落とさず走る。年月がいつの間にか若かった佐藤の顔にも深々としわを埋め込ませていった。

佐藤はまだ若かった頃に一人の息子を亡くしていた。長男の順二である。正確には現在も行方不明中である。桂沢湖の付近で目を放した隙にいなくなってしまったのだ。その思いが桂沢湖への固執をうんでいないと言ったら嘘になる。子供はそのまま大きくなっていれば28歳になっているはずだ。佐藤夫婦は悲しみを乗り越え、また新たに子供をもうけた。次男の幸太郎と、長女の美佳子である。彼らは今立派に成長している。

次男の幸太郎は父親の背中に憧れていた。大学を出、三笠防衛隊のオペレーターに所属することになった。働き出して早二年。大きな事件もなく平和に過ごしている。

佐藤がランニングから戻ると幸太郎がようやく起き出していた。


「おはよう父さん」


「おはようじゃないだろう。もっと早く起きろ。緊張感がなければ非常事態にもすぐさま対処できないぞ」


肩をすくめ、眉を上げ、しょうがないなというジェスチャーをした。いつもの平和な朝だ。なんら代わり映えがしない。毎日はなんら裏付けのない平和への観念を植え付けるのに充分だった。

パトロールは必ず人気のない早朝と夜に行われる。それ以外は観光客などがいるので、売店などでソーセージなどを売りながら密かに桂沢湖を監視している。

オペレータールームは三笠市役所の地下施設に存在している。核攻撃のも耐えられる強固なシェルターとなっており、最悪の非常事態を想定しての作りだ。非常事態にはいち早く、市長及び、市職員がここへと非難し、各部隊に指示が出せるようになっている。


いつものパトロール。いつもの「異常なし」の言葉。午後にはぽつりぽつり来る観光客へ、「ソーセージいかがですか」と売店を営む隊員たち。


「はぁ、俺らどうしてこんなことしなくちゃいけないんスかね」


新入りの柳沢は、この暇な毎日に嫌気がさしていた。防衛隊なのだから、もっと戦ったり、市民に憧れたりする職業だと思って入ったものが、毎日のこの売店での暇な作業。そして部隊の非公式化による隠密活動。たとえ、万が一にもこの平和が破られたとしても自分たちの存在は隠さなければいけないのだ。

時折団体観光客が来る。柳沢は中学生たちを見て、地味なこの仕事にますます苛立ちを覚えた。


「ああ、俺ってもっと派手に生きるべき男なのになあ」


柳沢の憧れは止まらなかった。幼い頃ヒーローに憧れ、そして彼らのように正義のためにたたかうべきヒーロー像を夢見てきた結果がこれだと思うと柳沢を失望させた。中学生でもナンパしようかという考えさえも浮かんだ。もうどうでもよくなってきていた。誰か傷心中の女性でも来ればいいと思っていた。そうすれば少しはラブロマンスが楽しめる。だが、そんな考えも虚しかった。


「よし、今日はもうあがりだ。あとは夜のパトロールだな」


毎日売店の売り上げを計算する。大事な防衛隊の資金源だ。


「13820円か。きついな」


佐藤は今日の売り上げを見てため息をついた。ため息が日課になっていた。いつも通りの夜が訪れようとしていた。


「隊長。今日はやめましょうよ。何にも出てきやしませんよ」


柳沢が佐藤に愚痴っていた。佐藤は耳をかさない。たんたんと準備をし、柳沢に早く準備をしろと催促をする。


「すんません。トイレいってきます」


と、柳沢がトイレへと消えていったときにサイレンが鳴った。場は緊張に包まれた。


「桂沢湖に巨大怪獣出現。隊員は即時巨大怪獣を退治せよ」


本部からの指令が部屋中に響く。佐藤はすぐさま戦闘服に着替え外に出た。


「隊長!見てください!」


隊員の後藤が指差す先にはサーチライトに照らされた巨大怪獣がいた。


佐藤は唖然としていた。ついに来るのか。どこにこんなに大きくなれるほどの食料があるんだ。だがそんな考えはあとにしようと思った。湖から今にも上がろうとする怪獣を今すぐに止めなければならなかった。

そこへ柳沢が怪獣へと走り寄っていくのが見えた。


「柳沢!」


佐藤の叫びは柳沢には聞こえない。柳沢は怪獣の足元で、ついにこの時が来たのだと思っていた。


「正義の力!見せてやる!みんな!変身だ!!」


誰に向かって言っているのだろうか。柳沢は一人だった。一人で叫んでいた。そして、片腕をぐるりとまわし、両手を反対方向の斜め上へと、さっと動かした。そして柳沢は一度ジャンプをして、急いで戦闘服を脱ぎだした。戦闘服の下には、自分で作ったのだろうか、手製のコスチュームが見える。色はレッドだった。

だが、柳沢が戦闘服を腰の辺りまで下ろしたときにすでに怪獣はその足で柳沢を蹴り飛ばしていた。柳沢は小さな人形のように軽々と飛ばされ、湖へと消えた。


「柳沢隊員の位置反応消失しました!」


本部のオペレーターからの声が耳元の受信機に届く。虚しい響きだった。続いて受信が入る。


「皆のもの。ついにこの時が来たのだ」


「市長!」


隊員全員が声をそろえて言った。それはまぎれもなく三笠市長の声だった。


「この時のために秘密兵器を用意していたのだ。それを使い、怪獣の上陸を阻むのだ」


「しかし、市長!どうやって!?」


佐藤は叫んだ。今にも怪獣はこちらへと向かってこようとしているのだ。秘密兵器なんかどこにもない。どうしようもないではないか。


「腰の筒状のものを使え。我が三笠市研究所が総力を結集させて作ったライトセーバーだ」


「ライトセーバー!?」


言われて見ると腰に筒状のものが見える。筒についているボタンを押すと、ネオンのような光るビームが伸びて剣のようになった。


「フォースを信じるのだ」


佐藤は見知らぬ老人の顔がふと心の中に浮かんだ。違う。そんな場面じゃない。佐藤は心の中から老人を蹴落とした。


「よし!みんな!行くぞ!」


全員重力を無視したかのような跳躍力で怪獣へと飛び掛った。だが、怪獣の腕の一振りで皆弾き飛ばされてしまった。


「ここは揺動作戦だ。皆散ったところで、怪獣がひるんだら俺が攻撃する。揺動が通じなかったら手薄なところを狙って各自襲い掛かれ。散れ!」


隊員がさっと怪獣の周囲へと散っていった。怪獣は簡単にこの作戦に引っかかった。佐藤から目を背けた時、チャンスとばかりに怪獣の胸めがけてライトセーバーを突き刺した。

その時に佐藤は何か怪獣から聞こえたような気がした。その音はオペレーターで次男の幸太郎がはっきりと聞いていた。


「父さん!父さんって言ったよ!父さん!」


「バカヤロウ!そりゃ、お前、父さんって三回も言ったろ!」


「そうじゃなくて、怪獣が父さんって!」


「なにっ!?」


ぐおおおおん、と叫びを上げながら怪獣の色は失われていく。みるみるその体が石へと変わっていった。


「ま、まさか、順二か!?」


怪獣の瞳から一粒の涙がぽとりと落ちた。そして、最後にその顔までもが完全に石と化した。すべては終わったのだ。

怪獣はその後、その場に保存しておくことにした。新たな観光名所になるかと思い、市長が保存を決定したのだ。

化石化した怪獣の色は佐藤隊員が丹念に塗っていったという。まるで、我が子の肌をぬぐうかのように。

佐藤隊員はその後、辞職した。


この戦闘記録は今でも三笠市役所重要機密文書保管室に保管されているといううわさだ。



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夫婦喧嘩

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~さようなら。追ってこないでください。顔も見たくありません~


「ったく、あのヒステリー女め。まだ怒ってたのか」


久しぶりの夫婦喧嘩。次の日起きた夫はテーブルの上の手紙を見つけた。


「あ~あ、なんにもないな。牛乳でも飲むか」


いつも通り、牛乳を口にする。追ってもしょうがないと思っているのか、特にあわてた様子もない。内心イライラしていて許す気にもなれなかった。


しばらくすると、腹が鳴り出す。


「む、なんだ。急に腹の調子が悪くなってきたぞ。うぅ・・・トイレ・・・」


くの字に折れ曲がり、腹を押さえてトイレまで行くと、ドアに張り紙が見える。


「な、なんだ?牛乳に下剤を入れておきました?なんだって?」


トイレを開けようとする夫。しかし開かない。どういうことだ。何度強く開けようとしても開かない。鍵がかけられているのだ。


「おい!中にいるのか!?開けろ!もれる!!」


腹がぴゅぅぴゅぅ鳴っている。叫びながらくねくねと体をうねらせる夫。中からしめたとばかりに意地の悪い声が聞こえてくる。


「あら、残念だったわね。私もお腹の調子が悪いの。外があるでしょ。してきたら?」


もちろん、お腹の調子が悪いのは嘘だ。妻はトイレの中でゆうゆうと雑誌を読んでいた。


「ちくしょう・・・こ、このやろ・・・」


そろそろ抵抗する意思すらも失わせるほどの緊迫感だった。肛門を全身全霊の気合を込めて閉めている夫には冷や汗が流れ、たったひとつだけを残して選択肢をすべて奪い去ってゆく。

くねくねと体をくねらせながらついに夫は外へと出る。確かこんな趣味のやつもいるんだよな。チクショウ!俺はそんな趣味なんかないぞ!と、心の中でつじつまのあわない怒りを込みあがらせていた。もはや思考は混乱している。

庭にある木の下で、ズボンを下ろし、腰を下ろす。そしてようやくすべての魂への重圧を解き放ったかのように肛門を緩める。


「ワウ!ワウ!ワウ!」


飼い犬のシロが吠え出した。喉の奥を鳴らして威嚇している。

が、いったんでかかったものは止まらない。圧政から解放された自由の民のように、下半身は自由を謳歌している。


「しっ!しっしっしっ!」


追い払おうとしてもシロは鳴き止まない。あまりにもうるさく吠えるので、隣の家の二階から小さな娘が不審がって窓から覗いてきた。

双方、筆舌につくしがたい驚きに包まれ、娘は窓を一瞬にして閉め、夫は顔を背けた。だが、夫が顔を背けたからといって、何もならないことはわかっていた。

すべて出し終わると、ある問題がでてきた。紙がない。このままズボンを上げて家の中に戻ろうか。それにしてもシロがうるさい。とにかく家に戻ろう、と思ってドアノブに手をかけるとドアが開かない。中から鍵がかけられた。絶体絶命だ。どうしてくれる。俺はこのままここにいるのか。妻の仕打ちは周到だった。もうダメだ。謝ろう。素直に謝った方がずっといい。夫は覚悟を決めた。もうこうなると涙さえもとめどなくちょちょぎれる。鼻水も出る。恥も外聞もなく謝った。


「すまない!俺が悪かった!もうお前のマンゴープリンは食べない!ケースで買ってくるから許してくれ!」


夫はようやく免罪され、ドアが開かれた。まるで開けられたドアから光が溢れ、そこに立つのはすべての救いを求めるものに手を差し伸べる優しいマリアのようだった。苦しみから解放された夫は、妻の大事にとってあった、たったひとつのマンゴープリンを食べたまま、面倒くさいからといって「明日買って来る」と言い張るなんて決してしまいと心に誓っていた。


自分にとってどうでもいい問題が、これほどまでに妻を悩ませているとは夢にも思わなかったのだった。



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下着ショップ 亜由美の憂鬱

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下着ショップの店長亜由美は閉店の時間が近くなり、店内に客もいなくなったことから、ほっとしかけていた。

ここは飲み屋街に近いショップ。

お客は飲み屋街で働くお姉さまたちが多くきたりする。


店内に人の気配がする。

ちらりとピンク色のスカートが見えた。


「いらっしゃいませ・・・ぇ」


思わず亜由美は言葉を詰まらせそうになった。

その後姿。ゴスロリ 風の衣装で背が高く、肩幅は広い。体ががっしりとして筋肉質。背中の筋肉の引き締まり具合から胸板の厚さも予想できた。盛り上がった腕からは鍛え上げられた男臭さがにじみ出ている。その男が赤い、総レースのブラに手をかけようとしている。

振り向けば、コワモテ。一見カタギには見えない。ホリが深く、眉毛が厚い。角刈りに鋭いまなざし。どこかの格闘漫画の悪役でこんなキャラクターの人間を見た。


だが亜由美はしり込みすることはなかった。


(女性客が減ってきていて売り上げも落ちている。なんとかしなければ)


迷うまでもなく声をかけた。


「どんなのお探しですか?」


「え・・・Dカップくらいの・・・」


男は見かけによらず声がかわいかった。作っているのだろうか、それとも地声なのだろうか、声だけならセクシーな美人を想像しそうな声だ。それにしても、この客はどこから来たのだろう。もしや、飲み屋街の女装クラブだろうか。亜由美の考えは止まるところを知らなかった。

しかし、亜由美はそれどころではなかった。売れなければ、売らなければ、お店の売り上げは上がらない。

亜由美は必死に男に言われた商品を探した。

とは言うものの、やつの胸囲はざっと見積もっても低く見積もっても1M近くはあると見ていい。アンダーが85くらいじゃないと入らないだろう。やつのごつい胸にあうブラはどれだ。いいかげん、どうでもいい気がしたが、ここはショップ店長のプライドがうずく。とにかく合うやつを選んでやろう。


「これなんていかがでしょうか?」

亜由美は手に取った花柄のついた白のハーフカップのブラ を選んだ。

男は両手でブラを広げ、微かなる微笑を浮かべながら言った。


「うん。なかなかいいわね。試着してきていいかしらん?」


いいえとは言えない。客に対して、いいえなどという選択肢は許されないのだ。売り上げに繋がるサービスだ。はっきり言ってどうにでもなれと思っていた。


「どうぞ。試着室はこちらになります」


「ありがとう」


そう言い、男は試着室のカーテンを閉める。そして中からかわいい声が聞こえる。


「ちょっと待ってて」


ああ、本当に声だけなら美人に見えるのに。何?ちょっと待ってて?どういう意味だろう。もうこんな客相手にしたくない。誰か男に頼んで、売りつけてやりたい気分だ。


「物凄い美人が入っていますから10万であなたの好きにしていいですよ」


そう男に持ちかけたら商談成立だろう。ただしカーテンを開けたあとは阿鼻叫喚の渦に巻き込まれるに違いない。そんな考え事をしていたら、カーテンがざざっと物凄い勢いで開いた。


「どう?似合うかしら?」


亜由美の目の前に広がったものは、まるで脱水症状の果てに見た砂漠の蜃気楼の中に浮かぶオアシスだった。逃げても、その逃げ道は幻でしかなく、この乾燥機の中に入れられてぐるぐる回されているようなひどいめまいは消えはしないのだ。なんとか意識を保ち、午後の微熱ほどに戻っためまいを気力でカバーする。もう立っているのがやっとだ。気を抜いたらふっと気を失いそうだ。そう、霧がぼんやりと晴れた先に見えたものは、れいのハーフカップブラに包まれた分厚い胸板だった。まるでブラと筋肉の壮絶なる戦い。その胸板に気合でも入れようものなら、ホックがぶちぎれそうなほどのひしめき合い。ブラが胸板に食い込み、胸板がブラを押し返すせめぎあい。そしてハーフカップのブラから毛のはえた右乳首が見えていた。

もうダメだ。耐えられない。神様許して。どうしてこの私をここまでいたぶるの。亜由美の心は崩壊寸前だった。

そうだ。売り上げだ。売らなければ。

かろうじて正気を取り戻した亜由美はまるで病状が末期に近づき、死期を悟ったかのようなか細い微笑を男に投げかけた。


「よく、お似合いですよ」


「そう?ありがとう。これ、気に入ったわ」


そう言い、鏡を見ながらくるりと自分の姿を確認する。そこで回るなと亜由美は思った。この悪魔のメリーゴーランドの中でディズニーチックな曲に包まれているのはあんただけだよ、と言ってやりたかった。


「色違いのやつをもう一つくれないかしら。黒がいいわね」


ただ、かしこまりましたと言い、ふらふらと花柄の黒のハーフカップブラを取ってきた。そして男はレジでお金を払い、去り際に、


「また来るわね」


とにっこりと笑って夜の街へと消えていった。

男が去ったあと、亜由美は燃え尽きていた。最終回でホセ・メンドーサと戦い終えた矢吹ジョー のように真っ白に燃え尽きていた。人生は常に真剣勝負。切るか切られるかなのだ。亜由美は誰にとも笑いかけることなく、目を閉じてうっすらと笑っていた。



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昼の日差しの熱が強く残る夕暮れ時、若き担任教師の榊(さかき)が家庭訪問先の家にいた。

まるでごぼうをくっつけて作ったようなひょろひょろとした担任教師はかすかな風にも吹き飛ばされてしまいそうだった。

「それで、お子様のことなのですが・・・」

 そんな話はどうでもよかった。今榊の飲んでいるコーヒーの中には媚薬が入っているのだ。さあ飲むがいいわ。そして私を襲うのよ。久美子の内心はビッグバンのあとのように爆発的によこしまな心が広がっていた。

 榊の様子が変だ。先ほどから体をクネクネさせてまるで獲物を狙う蛇のように目つきが怪しくなってきた。ついにきたわ。久美子はそう思った。

「あの、お母さん。トイレを貸してもらってもいいでしょうか」

そんな馬鹿な。入れる薬を間違えたのか。久美子は榊がトイレへ行ったあとに混ぜた薬を確認した。

「間違いない。入れたのは確かにキャベジ・・・いや、違ったわ。媚薬は確かに入っているはずなのになぜ」

納得がいかない。下剤が入っているわけじゃないのにと思っていた。納得がいかないのと榊の様子が気になって、わざわざトイレのドアを叩いた。

「あの・・・大丈夫ですか?」

 すると中から元気な声がする。

「いやー、僕コーヒーアレルギーだったんですよ。すっかり忘れていた。あはは」

あははじゃねぇー!!そんなの忘れるなよー!!久美子はじれてきた。

(もうこっちのあそこは練りに練った納豆以上に糸引きぬめぬめなのよ)

 久美子は決心した。もう待てない。現場に突撃する特殊部隊のようにトイレのドアを蹴り破った。

 久美子がトイレの中に跳び入ると吹っ飛んだドアに当たって榊は失神していた。久美子はトイレのタンクをパンチでぶっ壊して水を榊に浴びせ、叩き起こした。

「あ、お母さん。ありがとう。僕は何者かに襲われていたようだ」

 頭を打ったせいか榊は混乱している。チャンスだと久美子は思った。

「危ないところだったわ。実は先生が果敢に戦ってくれたおかげで悪者は逃げていったの。ありがとう。先生」

 とりあえず設定はこんなもんでいいだろうという久美子の打算は当たった。抱きつく久美子をごぼうのような腕が抱きしめ返す。そのきゃしゃな腕はもう折れそうだ。だがしっかりと抱きしめる榊の腕からは完全に久美子の罠にはまっていることがありありとわかった。壊れたトイレタンクからはシャワーのように水道水が飛び出ている。

「先生、抱いて」

 もう手順なんてどうでもいい。ここはゴリ押しだ。久美子は服を三倍速で淫らに脱ぎ捨てた。肌を伝う水はところてんのように体をはって落ちていく。

「お母さん」

「いやよ。久美子ってよんで」

 榊の服を四倍速ではぎとりながらなまめかしい艶やかな声でささやく。

「息子が帰ってきちゃうの。だから、早く」

「僕の息子は年中在宅だよ。久美子」

 そんなギャグはいらねぇんだよ!!バカ!!久美子は切れそうになったが、そっと感情を抑えた。じれったくてたまらない。これも彼の作戦なんだわと前向きに考えた。

「お願い。もうたまらないの。ねえ、入れて」

 久美子は榊のをそっと握った。が、握れきれない。

(なんなのこれ、でかすぎるわ)

 手をゆっくりとスライドさせながら久美子は恍惚感に浸っていた。榊は撫でられた猫のように目を細めて体をぴくんと時折震わせている。

「榊さん・・・入れるわよ」

 と、久美子が行為に及ぼうとしたその時、いきなりトイレの天井の一部が開いた。

「久美子・・・お前・・・」

 久美子と榊が見上げたその先には久美子の夫が覗いていた。

「あ、あなた。いつからそこにいたの」

 久美子はびびりまくっていた。天井裏にそんなスペースがあったなんて知らなかった。

「お、お父さん。これは誤解なんですよ」

 見上げる榊が必死に訴える。何が誤解なのか、人間ピンチの時はつじつまが合わなくても言い訳をするものだ。四角い天井のスペースから夫は二人を見ながらわなわな震えていた。そして天井のスペースからもうひとり顔を覗かせた。久美子の父だ。

「久美子・・・わしぁー情けないぞ」

「ぱ・・・パパ!」

 もうひとりついでに顔を覗かせた。

「久美子・・・あたしはそんな子に育てた覚えはないよ」

「ま・・・ママ!?」

 久美子の母だ。三人でいつからそこにいたのだろうと考えるよりも前に三人の会話は続いていた。

「それにしても・・・凄いのぉ」

「はい。お父さん・・・あんなのめったにありませんよね」

「ああ、ひさしぶりの若者だわ」

 何の会話だかわからないが、榊は生涯感じたことのない恐怖の旋律をおぼえていた。体の奥底が危険信号を発している。

「それじゃあ、お父さん、お母さん・・・ここはじゃんけんで」

 久美子はこれから起こることを知っていた。これ以上の犠牲は出させない。榊さんは私が守るわと決心した。力いっぱい榊に叫ぶ久美子。

「逃げて!あなたはこれから鉄仮面をはめられて地下室で調教されるのよ!」

 榊は三人の手を見ていた。逃げるよりも恐怖で足がすくむ。じゃんけんは一度で決まった。グーを出した久美子の父が勝ったのだ。

 運命は、決まった。

 久美子は超低空ドロップキックで榊を蹴り飛ばした。榊は壁をつき抜け、家の外へと裸で飛んでいった。どこまで飛んでいったかわからない。


 一方、久美子の息子は榊の家へ来ていた。

「奥さん、旦那さんが帰ってくる前に何回天国へ飛んでいけるか試してみましょうよ」

(今時の、ませたガキは生育が早いのね)

 榊の奥さんは久美子の息子の胸板を指でなぞっていた。

 もうすぐ空を飛んで裸の旦那が帰ってくる









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