駒田は西日本最強武闘派集団、坂本組系西郷会の幹部だった。

 ある日、組長に呼ばれた駒田は組長室へ訪れた。いつも組長室のドアをノックする時、張り詰めるような緊張感が全身を引きつらせるかのように満ちてくる。

「駒田です。組長、お呼びと聞いて参上しました」

 だが、中から声がしない。不思議に思った駒田は、ドアを開け、思い切って中へ入ってみる。

「組長、駒田です。失礼します」

 深々と下げた頭を上げると目の前の机にある高級革張り椅子に誰も座っていない。部屋を見回しても誰もいない。組長と声をかけてみるが反応はない。組長が部屋にいないとわかると駒田の緊張が少しだけ解けた。部屋を見回すほどの心の余裕ができた。

 机の上には葉巻の箱の中にキューバ産の葉巻が何本も入っている。その奥には革張りの椅子があった。ふと、革張りの椅子に視線が止まった。駒田の心の中に巣くうかわいい子悪魔ちゃんが駒田の心をくすぐった。

(ちょっとだけなら、あそこに座ってもいいかな)

 部屋の中をくまなく見回す駒田。

「誰もいませんよねー」

 とヒソリと独り言をいいながら机の奥へと行ってみる。いつもは机の正面に立っていただけあって、机の奥に立つと緊張してきた。いつもは組長がいる位置に自分がいるのだ。

 ゴクリと唾を飲む駒田。

 そして椅子に背を向け、ゆっくりと腰を落とした。

 椅子の奥まで吸い込まれるような感覚が駒田の尻を包んだ。

(これが、高級革張りの椅子の威力か)

 あまりのすわり心地の良さにうっとりとしていた。さすがに葉巻に火をつけるわけにはいかなかったが、咥えてみて自分が組長になった気分に浸っていた。

「すぱすぱー。あーうめぇー」

「ずいぶんと偉くなったじゃねぇか。ああ?駒田よ」

 振り向いた速度0,0003(ゼロコンマゼロゼロゼロサン)秒。頬が空気摩擦で燃えるかと思ったほどに駒田はす早く振り向いていた。そこには組長が駒田を見下ろしながら立っていた。目には殺気のオーラが漂っていた。

「く、くくくくくくく組長」

 駒田はあまりの驚きにろれつが回っていなかった。もうダメだ。これは指を落とすぐらいじゃすまされない。駒田は積極的に出た。まずは謝罪の気持ちを示さなければならない。組長の目の前で土下座をし、懐からドスを取り出し、左手の小指を目の前に出し、ドスを当てた。

「おい、駒田。それがてめぇの落とし前のつけかたかい」

 駒田はピタリと止まった。それじゃあどうすればいいんだと駒田は悩んだ。単純一筋でここまで生き残ってきた駒田にはこれからの行動を搾り出す知恵もなかった。

 組長が革張りの椅子に座ると机の一部が開いてインターホンのようなものが出てきた。

 組長がボタンを押すと、ピンポーンという音が鳴った。

(だ、誰の家?)

 駒田は考えた。だが答えは見つかるはずもない。

 机の一部がまた開いて、今度は小さな萌え系アニメに出てくるような美少女フィギュアが出てきた。

「総帥」

(総帥!?本部のトップか?いや違う。総帥なんて知らないぞ。誰なんだ)

 組長は水着姿で四つんばいになって、胸の辺りを腕で挟んで巨乳を強調してある萌えフィギュアに話しかけた。

「総帥、どういたしますか」

 すると萌えフィギュアから野太い声が響いてきた。

「他人の場所まで自分の場所と化すずうずうしさに気付かない愚か者は幼稚園からやり直せ」

「仰せの通りに」

 組長が恐る恐る土下座のまま見上げている駒田を見下ろしながら、葉巻を口に咥え、火をつけ、長い煙を吐くと、やや天井を眺めたまま言った。

「駒田。落とし前はつけてもらう。きっちりとな」

 私立第二幼稚園ぞう組。47歳武闘派。駒田武。明日から幼稚園に通うことになった。






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桜も香る四月。咲き乱れた花々と共に入学式が行われる。小学校という新しい環境の中で新一年生は春を迎えるのだ。がやがやと落ち着きなく新しい担任を待つ新一年生たち。すでに席から離れる児童たち。担任は体つきのがっしりした角刈りの大男。親を前に一通りの挨拶を終わり、子供を帰す。背広よりもジャージの方が似合いそうなスポーツマンタイプだ。

次の日。あいかわらずまとまりのない教室に全員がそろう。初めてのホームルームのため担任を待つ児童たち。
そこへ見慣れぬ大男が教室へとぬっと入ってくる。ドアを開けて勢いよく閉める。両側の三つ編みのおさげに白のセーラー服にミニスカート。昨日の角刈りはどこへいった。足から男臭い毛がこれぞと言わんばかりに生えている。昨日の背広姿の面影さえもないその姿にスポーツ漫画の主人公が最終回で死んでしまったかのように真っ白に沈みかえる児童たちの頭。もはや思考は理屈を超えている。元角刈り、黒板にチョークで書きなぐる。その勢いにばらばらとチョークがかけていく。穂母田茂雄。
「昨日の紹介はすべて嘘だ。ほもだしげおが私の本名。よろしくね」
と、りんごを片手で握りつぶしたようなウィンクを飛ばす。児童はメルトダウン寸前、そろそろ長き沈黙から覚めて現実を理解しようとしている。児童たちの頭の中の凍りついたスポーツ漫画の最終回は急展開し、序曲を奏でようとしている。そしてそのもろい均衡と沈黙を破ったのは一人の女の子の泣き声だった。扉に走る男子児童。席から逃げようとする女子児童。皆扉に向かって一目散に走る。まるでその扉が最後の楽園への道を示すかのように。だがしかしどうしたことか扉が開かない。もはや核のボタンは押された。核爆弾を落とされた児童たちのパニックは最高潮にのぼる。悲痛な泣き声と叫びが飛び交い、扉に群がる姿はまさに地獄絵図と言っても過言ではない。
「その扉ね、このスイッチ押さなきゃ開かないの」
と、手元に小さな棒のようなスイッチを握りながら、いかにもかわいらしく猫なで声を出す茂雄。その至福の笑顔に、放たれた無数の矢のような視線が突き刺さる。うわあと叫ぶ児童たち。まさにバトルロワイヤル。弱きものから死んでいく弱肉強食。ここでは五分の魂すら生き残れぬというのか。
「元気のいい子達ね。あたし、ご、の、み」
もうだめだ。誰もがそう思い絶望のどん底への集団心中を図ろうとする寸前、英雄は現れた。
先ほどから一人だけ冷静に席に座っている男子児童。彼の名を鷹津明(たかつあきら)という。
「せんせ、そのボタン押せばいいんでしょ」
茂雄が鋭い視線を向ける。その瞳の奥深くに好敵手を目の前にしているような恐れと驚きとを浮かべながら。
「鷹津・・・貴様・・・」
教室の中を一陣の風が吹いた。人類最後の戦いを見守るかのように固唾を呑んで立ち尽くすそのほかの児童。ついに最終決戦の火ぶたはうって切られた。
「うぬにこのわしが倒せると思うてか」
静かながらも体の奥底まで染み込むような声だった。もはやそこにはかつての油断などない。ついに茂雄を本気にさせたのだった。その体から発する気の強さに砂塵が舞い上がる。だが茂雄は朝露の中の密林よりも静かで落ち着いている。席をがたんと立ち上がる明。茂雄の深き瞳からはもはやどのような動きも読み取れない。一瞬の油断が命取りとなる。
「なぜだ・・・なぜ・・・そんなことをするのか」
その遠き問いかけの中に怒りの炎を人知れず燃やす明。茂雄は狂ったように笑い出し、こう答える。
「馬鹿め!これが人権だ!これが自由だ!何者もこの俺の邪魔はできんのだ!」
机の上を片足で勢いよく踏みつける。茂雄のミニスカートがめくりあがり、白い純白のパンティーの中に荒野の一匹狼がもっこりとなりを潜めている。児童たちはメデューサの姿を見たかのように阿鼻叫喚の渦の中で固まる。この悪夢を解き放てるのは明だけなのだ。ふっと明の口元がつぶやく。
「外道め・・・」
仕掛けた。児童たちは皆思った。明は目にも止まらぬ速さで地を蹴り茂雄へと向かう。その速さに瞬きをも許さないほどだった。が、見守っていた児童の一人、浅野佳代子は茂雄の余裕の笑みを見て不審を抱いていた。何か企んでるわと。明が茂雄の間近までさしかかろうとする瞬間、急に床が開いた。明の姿はその穴の上でふっと消えた。児童たちの息が止まった。口元をにんまりと開き、勝利の笑みを浮かべる茂雄。だが茂雄は横に何かを感じた。そして気がついたときには、今まさに拳を右頬に受けんとする自分に気がついていた。速すぎると思う間もなかった。それはまるで一瞬であり、しかしスローモーションのようでもあった。茂雄はまともに明の拳を受け、扉側に吹っ飛ぶ。その手の平の先からは扉のボタンが中へと放り投げられる。明はボタンを宙で取り、その手を天へと高々と掲げる。ボタンは押され教室の扉が開き、まるで闇の中から光の漏れてくるさまを見るように児童たちは歓喜し、英雄を称える。そして今日の終業のチャイムが学校中に鳴り響く。永遠の平和を約束されたかのように。

・・・なんて話があったらおもしろいなぁ。



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