(今日もキメたゼ、ベイベー)
そう思いながらくつろいでいた有名ミュージシャン「久米野孔明」のレコーディング後の控え室にノックの音が鳴り響いた。
「どうぞ」
椅子の背もたれにふんぞり返り、タバコを天井に向かって吹きかける。
レコーディングに魂を燃やし尽くして今日は完全燃焼だった。
「すみません」
ゆっくりと声のしたドアのほうへ目をやると見慣れぬスーツ姿の男がいる。
音楽業界関係者ならば、もう少しくだけた雰囲気がしてよいものの、石のような堅物が入ってきた感じがした。
ミュージックの「み」の母音の「ぃ」の音さえも発音できないような堅物だ。
どこかで見たようなお堅い雰囲気。
そういえば住民票を移す時に役所にいる公務員が同じようなオーラを発していた記憶が脳裏に浮かんだ。
「あんたどちらさん?どっかの音楽会社の人?」
ありえないが、一応は聞いておくべきだと思った。
するとスーツの男は手に持っていた皮の黒いかばんを床に置き、自己紹介をしだした。
「これは自己紹介が遅れまして失礼いたしました。わたくし,、こういうものでございます」
スーツの男は指をすっと裾側へ折り曲げ、振ったかと思うと、次の瞬間には名刺が出ていた。
「うおっ!あんた、今どっから出したんだい?」
スーツ姿の男は恥ずかしがりながら、
「こう見えても、手品が趣味でして、よく先生たちには評判なのですよ」
(ん?せんせい?この人教育関係の人か?)
そう思い名刺を見ると「甘辛国家党 金田もちひこ」と書いてある。
「甘辛国家党!?」
甘辛国家党といえば衆参両院の過半数を占めている国内最大与党だ。
そんなことは政治に興味のないミュージシャンでも知っていた。
「はい、わたくしたちは次の選挙のと・・・」
「帰って」
「いえ、まだ話が」
「俺はもう済んだから。政治に興味ないし」
久米野が控え室から追い出そうとすると、金田は閉められようとするドアに顔を完全に挟まれながらも、とっさに叫んだ。
「あ、あなたが路上で叫んでいた、激烈ミスターロンリーサタデーナイト以来、ずっと私はファンなのです!」
久米野は固まった。
(ばっ・・・馬鹿な・・・あれはストリートで歌って以来、永遠に青春の一ページとして俺の思い出のアルバムに鍵付きで封印していたものを、なぜここここ、こんな・・・みゅーじっくの「み」の母音の「ぃ」も発音できねぇようなやつが知っているんだ・・・)
久米野は固まりながらもドアを閉める力を弱めなかった。
金田はドアに挟まれ顔を完全に潰されながらも言い続けた。
「あ・・・あなたが、ウィンターシーズン100日連続強行独断ライブを敢行したときに、毎日来ていて、最後の日にギターケースの中に1万円を入れていった人のことを覚えていますか?」
久米野は思い出していた。
あのライブは過酷を極めた。
47章まである「爆裂ミスターロンリーサタデーナイト」を6時間かけて歌い上げる。
冬のかじかんだ手は切れ、ギターの弦は切れ、ついでに俺の脳細胞もぶち切れ、路上の通り行く酔っ払いはもっとブチギレた。
何もかもがハイテンションで、何もかもがカオスだった。
そんな中、一人だけ毎日来てくれていた人間がいた。
革ジャンに「SAPPORO ICHIBAN!」と刺繍の入った野球帽を深々とかぶっていた。
その人は必ず27章から32章までを聞いていって帰っていった。
最後の日、吹雪のアーケードで、雪こそ当たらないものの、風が吹きつけ、手はもう凍りついたように動かなかった。
それでも俺は歌い続けた。
誰もいないストリート。
そこへあの革ジャンの男が来た。
「SAPPORO ICHIBAN!」の刺繍が入った野球帽。
間違いなかった。
最後の日はほとんど聞いて帰っていった。
そして俺がすべて歌い終わった後、革ジャンの男は紙袋を俺のギターケースに投げ捨てるように置いていった。
「あの、思い出してます?」
久米野のドアを閉める力が緩んだ一瞬をつき、金田が固まっている久米野に割って入る。
「すまん。もう少し思い出に浸らせてくれ」
「紙袋の中に一万円入っていましたよね?」
「まさかあんた・・・あんたなのか・・・」
「はい。そうなのですよ。それで・・・」
「帰って」
「えー!どどどどどうしてですか」
「政治興味ないし。それに俺の過去の秘密を知っているやつは敵だ」
「じゃあばらしますよ」
久米野は一言で再度固まった。
(卑怯な・・・これが政治的裏工作というやつか・・・)
「まあ、そう悪い話でもないのですよ。ちょっと車の上でオリジナルソングを歌ってもらえればいいだけの話です」
「え?なにそれ。そんな簡単なの?」
「ええ、ええ。あとは私が用意しますからまかせてください」
「えー、でも政治は・・・」
「ばらしますよ」
「はい。やります」
~数週間後・・・公園の前の選挙カーの上にて~
キュイーン、とスピーカーからエレキギターの音が漏れる
通り行く人々はこれから何が始まるのだろうと、注目しだす。
久米野がメンバーに合図し出す。
「ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、ふぉっ!」
ジャカジャカと流れ出したロックミュージックにいよいよ人々は怪訝そうな顔をいっせいに向ける。
現場にいた、当時42歳の会社役員男性は、後にテレビの特集番組に、こう答えている。
「いえ、そりゃあね、お昼時の人通りの多い公園ですからね。みんなびっくりして見ていましたよ。甘辛国家党って書いてあるし、選挙宣伝なのか、ゲリラライブなのかわからなかったですけれど、誰でも知っているような国民的ロックスターですからね。よきにしろ、悪きにしろ、注目しますよ。中には嫌悪感むき出しにする人もいましたけれど、音楽聞くにつれ、みんな黙っていきましたね。それだけメッセージが直に伝わって、心を揺さぶったんですよ。そう、あの歌は凄かった・・・」
久米野は街頭で叫んだ。
「いくぜ!お前ら!この俺の魂聞きやがれ!」
伴奏が始まり、久米野はシャウトした。
「腐った政治家もういらねぇ!
腐った政治ももういらねぇ!
消費者とっても困ってる!
国民生活あえいでる!
借金ばかりで潰れそう!
文句ばっかり言うんじゃねぇ!
不満があるならぶっ壊せ!
じいちゃんばあちゃん大事にしなさい!
子どもに愛を与えよう!
わがままばかりでダダこねる!
大人も子どももみな同じ!
貴様らみんな八つ裂きじゃ!
貴様らみんな火あぶりじゃ!
ファッキンジャパーン!
ファッキンジャパニーズ!
皆が罪人許しあえ
明日を目指せ
トゥザビューティホーカントリー!」
選挙権を獲得したばかりだった、某有名私立女子大生、当時20歳の方は、あの時の歌を聞いたときの事を振り返った。
「ソウルフルなシャウトに私はもう体中をゆさぶられる思いでした。選挙のことは何もわからないし、政治も興味なかったけれど、この人には投票しようと思いました。暴力的なサウンドの中に優しく熱い魂が込められているのはよくわかりました。今思い出しても震えてきます」
~テレビの対談シーン~
司会者が語りかける。
「どうですか?当時のVTRを見て」
司会者と対峙している男は七三のバックの髪型に、がっしりとスーツで固められている。
当時の面影もない。
今や党内最大派閥となった久米野派のトップ久米野孔明は語る。
「いやはや、若輩とはいえ、お恥ずかしい限りでございます」
「これからはもう音楽活動はしないのですか?」
「それはもう私はいつも国民のために、まい進しておりますので、国民の皆様がお望みとあればもう・・・」
「最後に、ファンの皆様に一言お願いします」
「俺のソウルはまだ燃え尽きちゃいねぇぜ!センキュー!」
「ありがとうございました」
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