ペット

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「今日はユカちゃんをおいしいおすし屋さんに連れて行ってあげるよ」
ケンゴの言葉に喜ぶユカ。
「ねえ、今日はケンゴに大事にしているペットも見せてあげたいの。一緒に連れて行っていい?」
「え?ユカちゃんペットなんて飼ってたっけ?」
「うん。いいよね?」
屈託のないユカの笑顔に嬉しくなるケンゴは二つ返事で承諾した。


銀座のとあるすし店で犬らしききぐるみを着た男がすしを食っている。
「おやじのところのマグロはうまいね。これ朝一だね。最高だよ」
「ありがとうございます」
ユカの隣に座るきぐるみ男。マグロ、中トロ、トロを立て続けに五貫ずつも食べている。
「あ、ペットってそれ?」
ケンゴが思わず聞く。ケンゴの額からは脂汗が止まらない。
「何よ。それってひどいわよ。ちゃんとマーシーって名前があるの!」
ユカの反論にすし屋の大将が言う。
「あの、うちペットの入店お断りなんですけど」
ユカは目頭を立てて怒る。
「あんたねえ!見りゃわかるでしょ!黙ってなさい!」
「すいません」
気が強そうなのにすぐに黙り込む大将。高倉健に憧れている。
犬はトロをぺろりとたいらげると、今度は
「大将!エンガワとウニとイクラとクロダイとタチウオ。タチウオあぶったのと生とで全部それぞれふたつずつね」
ケンゴは焦った。食いすぎだ。この大食いの馬鹿め。人の金だと思って。ユカちゃんとのアバンチュールがめちゃくちゃになる。
「あ、そこの犬!食いすぎだろ!」
思わず突っ込むとユカが割ってはいる。
「マーシーくんになんてこと言うの!マーシーくんは私の癒しなのに…」
ユカが泣きそうになる。男は女の涙に弱い。
「ごめんよユカちゃん。そんなつもりじゃなかったんだ」
「じゃあどういうつもりなの!ペットをいじめるケンゴくんなんて嫌い!」
ユカは立ち上がり大将に言った。
「今頼んだやつ寿司折にして。あと中トロとトラフグ、アワビ、アカガイ、シャコとアナゴ二貫ずつね」
ケンゴはあわてて抗議する。
「ちょっと!そんなに食べるのかよ!」
ユカは無言で涙をぬぐった。
もうケンゴはそれ以上何も言えない。
「お待ちどうさまでした」
大将が寿司折を渡すとユカと犬は出て行った。
「ちょ、ユカ…ちゃん…」
ケンゴは「帰る」と力なく言った。
「十二万円になります」
大将に言われて噴出しそうになった。
そりゃあ、あれだけ食べればかかるわ。
「ありがとう、ございますっ!」
大将はケンゴが出る際に深々と頭を下げた。
大将は高倉健に憧れている。
ケンゴが外に出ると、出入り口のすぐ横の壁に先ほどの犬が寄りかかり、きぐるみのままタバコを吸っていた。
犬はケンゴの出てきたのを見るとタバコを足で踏み消し、ケンゴの肩をポンポンと叩いた。
そして犬は言った。
「まあ、そんなしょっぱい人生の一コマもあるって」
がっくりと肩を落とすケンゴに犬は哀愁漂う背中を見せながら去っていった。
「待て」
ケンゴは気がついた。
「元はと言えばお前のせいじゃー!」
ケンゴの声は銀座界隈にむなしく響いた。
とりあえず、明日ユカちゃんに謝って機嫌を直してもらおう。
惚れた男は、辛い。





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