「生かされている」
1年前の今ごろ、日本人の誰もがこう感じていたでしょう
人は意思をもっているから
その意思で自由にできる手足をもっているから
ケガや病気を避け
この世の悪という悪を退け
自然をも制すことができると信じ込んでいた
その思い込みがこっぱ微塵に砕かれた
1年前の3月11日
道端の草は
思わぬときに雨に打たれようと
何者かに踏みつけられようと
ひたすらその時を生き抜く
人も、草も
自然の、宇宙の、一部として
同じように生かされている
逃げられない災害、悲しみ、苦しみ・・・
それが宇宙の営みの一部として私たちに与えられたものであるなら
すべて抱えて「今」を生き抜くしかないのでしょう
1年前の今ごろ
計画停電の静寂の中
ろうそくのゆれる炎を見つめていたら
誰かが弾くドビュッシーの「月の光」が聞こえてきました
夕闇のせいか、つっかえつっかえの旋律ではあったものの
そのピアノの音色は妙に心に沁みてきたのでした
あれから1年
たびたび「生かされている」ことを忘れそうになりますが
謙虚に、まじめに、笑顔は出し惜しみせず
身近な人を思いやり、遠くの人も思いやり、自然の世界に心を寄せて
「今」を大事に暮らしていこうと思います



