吉備路残照△古代ロマン

吉備路自転車道を回って以来、すっかり古代吉備国の残り香に取り憑かれました。
吉備は歴史と神話が絡み合っているからか、多くの遺蹟の故事来歴が謎に包まれています。
鬼ノ城 温羅伝説 鳴釜神事 …それらの謎に自分なりの解釈を加えていくのを楽しみにしています。

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$吉備路残照△古代ロマン-平重衡 平重衡 安福寺所蔵

清盛亡きあと、平家一門の繁栄は夕陽が西の空に沈んでゆくがごとく、目に見えて輝きを失っていく。

もちろん、時の勢いというものがあろう。

だが、もう一つ見逃せないのはリーダー不在ということではないだろうか。

保元・平治の乱で目覚ましい活躍をした嫡男の重盛はすでになく、平家の繁栄を築きあげた清盛が幽明境を異にした今、総帥は二位尼の第一子ではあるが、凡庸な宗盛である。


妻子思いのエピソードがある一方、とても将器とは思えない逸話がいくつか残っている。

源平の棟梁同士である源頼朝とからむ逸話から。

ある意味、源平の戦いは平宗盛vs源頼朝ということになる。

『吾妻鏡(あづまかがみ 鎌倉幕府の歴史書)』によると、
頼朝は壇ノ浦の戦いの直前、弟の範頼に宛てた手紙のなかで、「内府(内大臣:宗盛)は極めて臆病におはせる人なれば、自害などはよもせられじ」と記している。

壇ノ浦で生け捕りにされて鎌倉に護送された時には、食事もとらずに泣いてばかり。

頼朝と対面した時には出家するからと助命を求め、居合わせた者らから、「これが清盛の息子か」と嘲笑された。


二位尼は、そんな宗盛の決定に従って安徳天皇中宮徳子とともに、都を離れて西国へ向かった。

いわゆる平家の都落ちである。

中国から九州へと西走するが、いったん勢力を盛り返して一の谷に陣を敷いた。

だが、軍事天才義経の「鵯越の逆落とし」などによって惨敗。

一門の多くが戦死、二位尼最愛の息子重衡は捕えられた。

重衡は都に連れ戻され、捕虜として都中を引き回される。

その噂を、母は耳にした。

ほどなく、「重衡を助けてやるから、三種の神器を返せ」という後白河法皇からの院宣がとどく。

使者は、二位尼あての重衡の手紙も持参していた。

「重衡を、今生で今一度御覧ぜんと思し召され候はば、三種の神器の御事を、よき様に申させ給ひて、都へ返し入れさせ給へ。さらずば、御目にかかるべしとも存じ候はず」


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$吉備路残照△古代ロマン-源頼朝 伝源頼朝坐像 鎌倉鶴岡八幡宮に伝来 東京国立博物館所蔵

入道相国、さしも日頃はゆゆしげにおはせしかども、誠に苦しげにて、息の下にのたまひけるは、「われ、保元・平治よりこのかた、度々の朝敵を平らげ、勧賞(けんじやう)身に余り、かたじけなくも帝祖・太政大臣に至り、栄華子孫に及ぶ。

日ごろは豪気な清盛が息も絶え絶えに、「私は保元・平治の乱以来、たびたび朝敵を平らげ恩賞は身に余るほど。
畏れ多くも安徳天皇の外祖父となり、太政大臣に上った。栄華は子孫にも及んでいる。

○今生の望み一事も残るところなし。

この世に何一つ、思い残すことはない。

○ただし思ひ置くこととては、伊豆の流人、前兵衛佐(さきのひやうゑのすけ)頼朝が首を見ざりつるこそ安からね。

ただ、伊豆に流した源頼朝の首を見なかったのが心残りだ。


○われいかにもなりなんのちは、堂塔をも建て、孝養をもすべからず。

死後、仏塔を建てなくていい、仏事供養の必要もない。


○やがて討手を遣はし、頼朝が首をはねて、わが墓の前に掛くべし。

すぐに打手を送って、頼朝の首をはね私の墓前に供えよ。


○それぞ孝養にてあらんずる」とのたまひけるこそ罪深けれ。

それこそが供養だ」と仰ったのは、誠に罪深いことであった。


  ……(一語一語を忠実に訳してはいません)……


以上、清盛が長年連れ添った妻・時子に語った遺言である。

フィクションであろう。

清盛最後の望みは、頼朝の首をとって自分の墓前に供えよというものだ。

鎌倉時代に書かれた平家物語の作者は、頼朝が平家を倒して幕府を樹立したことを知っているが、清盛は知らない。

清盛が亡くなったのはまだまだ平家全盛のころ。

死ぬ間際に、伊豆に流した源氏の若造が「墓前に供えよ」というほど気にかかっていたということはあるまい。


仏塔を建てるな仏事供養をする必要もない、とも言い残した。

これは、南都焼き討ち事件と呼応する。

清盛には最後まで仏心がなかった、と言いたいのだろう。

だから、諸行無常の響きとともに平家は滅び去った、と。

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$吉備路残照△古代ロマン-平等院 平等院:この世の西方極楽浄土


そうした作者の清盛に対する憎悪が、清盛は熱病で悶絶死したと書かせたのではないか。

無間地獄に落とす前に、現世で、仏敵清盛に焦熱地獄を存分に味わわせてやりたかったのだろう。


ただし、清盛は南都に総大将として派遣した末子重衡に、東大寺と興福寺に火を放て、と命じてはいない。

戦火が、たまたま東大寺や興福寺方面へ吹く強い風に乗って、大仏などを襲ったとも言われる。


清盛は厳島神社に平家納経をおさめているし、日頃の仏事供養もなおざりにはしていないようだ。

後世、比叡山を焼き討ちにしたり一向一揆の勢力を根絶やしにしようとしたりした織田信長のような、破壊的な革命的価値観の持ち主ではないだろう。


平家物語は、琵琶法師の弾き語りで広く流布した作品であり、そもそも仏教説話的な要素が色濃い。

祇王祇女仏御前たちは若くして髪をおろして出家、西方浄土に往生するために朝夕、念仏を唱えた。

平家物語がこしらえた、理想的な生活なのだろう。


九条兼実も、浄土宗の開祖法然上人に帰依している。

庶民代表といえる白拍子から摂政関白まで、ひたすら極楽浄土を希求しているのだ。

そんな社会風潮の中、清盛にその意図があったかどうかはともかく、結果的に大仏を焼いてしまった。


この事実が、清盛を悪者にするために史実を歪曲したり、逸話をこしらえたりした最大の理由ではないだろうか。


時子は耐えられないほど熱かったが、熱病で苦しんでいる清盛の枕辺に寄って、涙ながらに尋ねた。

○御ありさま見奉(たてまつ)るに、日に添へて頼み少なうこそ見えさせたまへ。この世におぼし召し置くことあらば、少し物の覚えさせたまふ時、仰せ置け

日増しに、ご回復の望みは少なくなっていくようです。
もし何か言い残すことがあれば、少しでも御気分のいい時におっしゃって下さい。



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