荒井修のブログ

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posted by asa1021bun
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この28日から昨日まで倅と孫達を連れて新潟の舞子というスキー場に行って来た。

数年前から孫達がスキーに行きたいと言い続けていたが、なかなか予定がかみ合わず今年初めて2泊3日のスキー旅行が実現した。

私は幼稚園の頃からつまり昭和20年代後半からスキーを履いていたので、いささかの自信があったのだが、どうせのことなら私がまだ滑れるうちに孫達に私のすべりを見せておきたいと思っていたし、スキーの歩き方や転び方や止まり方も教えたかったので、私が都合のつく春休みの季節で雪質も悪くなっている事を考慮に入れ、なだらかなゲレンデが続く舞子を選んだのである。

最初のうちは歩く事もままならぬ様子で悪戦苦闘が続き、途中で「そりで遊ぶ」と言い出すのではないかと思ったが、どうにか歩けるようになり、転び方も教えたところでリフトに乗せた。

そこから転んでは立ち上がり、滑り始めると転びを繰り返していたが3本目のリフトに乗った頃には1度か2度しか転ばなくなり、4本5本と滑らせると、途中のコースもちょっと傾斜のあるところを通らせても1度も転ばずに滑り降りるようになった。

すると、「ジイジみたいに、しゅっしゅっと曲がりたい」と言い出した。

しゅっしゅっといってもシュテムクリスチャニアかパラレル程度で孫達と同じほどのスピードを保っているだけなのだが、足が揃って曲がりながら止まるようになりたいと言う事であろうが、ジイジとしては大変いい気分であった。

昼食の時になると「じいじ、平らなのにスケートみたいに滑るでしょ、あれやりたいなー」と言い出した。

スケーティングの事であろう。私と倅は顔を見合わせてしまった。そういえば倅も昔同じことを言ったなーと当時を思い出したが、当時倅にやらせたところ、子供は足の長さが足りず一方のスキーのテールにもう一方の板が乗ってしまい結局あきらめたと言う思い出が二人の脳裏によみがえっていたのだろう。

倅が「パパもジイジに同じことを言って教えてもらったけど、結局足の長さが足りなくて出来なかったんだよ、もう少し大きくなったらパパが教えてあげるからね」と言っていた。

私はいつまで滑れるか判らないが私が教えたいと思った。

しかし午後に入ってリフトに乗り滑り降りた時、私は足が痛くなってきたことに気がついた。

我々はスキーと靴を借りていたので貸し靴のせいだと思い、「俺、足が痛いから一本休むからお前二人を連れて行ってやってくれ」と言って貸し靴のコーナーに行った。

貸し靴担当者に「足があたって痛いんだが」と言うと「足の幅はここのネジを広げてください」と言うので、「いっぱいまで広げたんだけど、それでも痛いんだ」と言った。

「お客さんの足を見せてくれますか?」私は靴下を脱いで足を見せた。

「お客さん、外反母趾ですね。これはご自分の足型で作らないと無理です」

ショックだった。外反母趾で貸し靴があわないとは。

来シーズンまでに靴を作らないと孫達にスケーティングを教えられないのか。

家に帰ってそのことをかみさんに言うと「もう何回スキーに行けるかわからないんだか、一回か二回のために作っても仕方ないでしょ」と言われた。

そうか後1回か2回なのか、またしてもショック!

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posted by asa1021bun
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今回の門前会のお題が桜と言う事で、お話は盛り沢山です。

いつものように歴史的にもお話しますが、私がまだ若い頃菊五郎劇団のお花見に誘われて参加した時のお話や、浅草のお囃子連のお花見のの話など思いで深い思い出も語るつもりです。

そうそう桜に因んだ歌舞伎の話もいっぱいいたしましょう。ただ相手が右之さんですから、話がどこへ飛んでいくかは判りません。それでもいとうせいこう氏が戻してもらえればしゃべりたいと思っています。まだ予約状況は桜の開花と共に遅れているようですから十分入れます。

中村座も残り2ヶ月、寂しい限りですね。

一度は聞きに来させたいけどやっぱり四月の稽古中ですから無理でしょうね。

その分4月の法界坊で大暴れしてもらいましょう。

posted by asa1021bun
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最近よく聞く言葉に「もて期」という言葉があるが、振り返ってみると、私にはそんな時期が有ったのか無かったのか、有ったとしてもそれは私自身が気が付かないうちに終わったようだ。

ただし「伸び期」と言うのは確実にあるようだ。

例えば仕事のための参考になる美術書を見ていると、どの本の何ページかを知らず知らずのうちに覚えてしまい、自分の扇子のデザインで菊を描こうと思うと、今描きたい菊の参考になる葉っぱの部分はどの本の何ページで、花びらを描くにはこちらの本の何ページの菊の方が参考になるか頭に入っていて、30冊から40冊程度の分厚い美術書が頭に入っていたので、パクルのではなく、オリジナルがどんどん描ける様になった時期である。

しかしそんな伸び期と言うのは誰にもあるようで、その伸び期にうまく乗って行った人は成功し、そんな時期にちょっとよそ見をしたために伸びそこなう人もいるようだ。

歌舞伎役者にもそんな時期があるようで、私が親しくしている人達でも、そんな伸び期がかなり遅く来た人も、伸び期を気が付かずに「あんな良い役者だったかなー?」と思う人もいる。

特に職人と役者はその時期が目に見えるので判りやすいのだろうし、だから恥ずかしさを常に持っているのである。

それは若い修行時代のことを知られている先輩や、お客様がいる限り消える事がないのだ。

私には「あんな不器用だった奴が、よくここまでになった」と言う声が今でも聞えるような気がするのだが、そんな声が聞えているうちが花なんだろうと思う。

そうでないと今後の私にはもう伸び期が来ないような気がする。

「えっ、そんな年になってまだ伸び期なんて言っているの?」と思うかもしれないが、それは10年がんばって1センチかもしれないが何もしなければ、体力的にもどんどん下っていくのだから仕方ない。

現に目のほうはだいぶ老化してきているし、ちょっと描かないでいると、一筆で描く円はどんどん歪になってしまうからだ。

だから若い人達に言いたい。

何時来るかわからない伸び期のために日々があると思ってがんばろうと。


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