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2011-09-09 16:04:21 Theme: アルコール依存症

久しぶりのエントリー

3月11日の地震がきっかけになり、ブログの更新が途絶えてしまった。あれから半年。当初は地震や原発が落ち着いたら再開しようを思っていたブログですが、ずるずるとタイミングを逸してしまっていました。
思い立ったが吉日ということで、本日より再開します。(できるだけ続けようと思いますが、中断してしまうかも・・・)。

さて、前回のブログエントリーから半年近くたち、妻がどう変化しているかということから、ご報告いたします。結論から申し上げますと、一進一退しながらも現状は「相変わらず」といった感じです。

半年の出来事をざっくりと報告します。


まずは地震の日のお話です。


【3月11日地震当日】
それまで13日続いていた「飲まない日記録」を、この日も更新し14日に伸ばしていたと思いますが、実際は謎です。というのも、この日は帰宅すると、なぜか家はもぬけの殻で、妻の顔を見ていないので、飲んだか飲まなかったかは不明ですし、第一、そんなことどうでもいいだろという日でしたので・・・・。
地震が起きたその時、私は会社に、子供は学校に、妻は家にいました。
また、予定では、この日の夕方に義母がウチに立ち寄り、妻と子供を車に乗せて、義母の家に連れて行く、ということになっていました。


私:
17時ごろ会社を出発し、徒歩で帰路に着く。18時ごろ家に到着するも、誰もいない事に驚愕!!家族とは地震後から連絡を取ろうと試みていましたが、電話もメールもまったくつながらい状況でしたので、帰宅時点まで連絡をとれていませんでした。ですので、居るはずの家族が居ない、もぬけの殻状態の我が家をみてビックリ。

あれほどの地震のあとでも、パワフルな義母なら来ているかもしれないと想像していましたので、3人仲良くウチにいるものだと思い込んでいました。電車も動いていない状態にもかかわらず、誰もいないということは、義母の車に乗って移動しているとしか考えられません。しかし、フツーの人の判断ならば、幹線道路はどこも大渋滞している中を車で移動するのかと、疑問もわいてきます。

しかも、書置きの類も一切無い。百歩譲って実家に行くとしても、その程度のこともしないとは、こっちは腹の中が煮えくり返るほどの思いです。大きな余震がまだ頻発している中、しかも、東京でも津波警報が出ている中、海に近いエリアに住む義母の家に行く・・・。建物の構造も、明らかに我が家のほうが丈夫。いったい、この親子には危機管理とか、命を守る本能とか、一切ない生き物なのか???

9時ごろやっと電話がつながる。予想通り、まだ車中とのこと。6時ごろウチを出発し3時間経過しているが、聞けばウチから3キロ程度しか進んでいない。即刻折り返して戻るように伝えるが、反対車線もビッシリ込んでいるため、戻ることができないという・・・。Uターンは無理としても、どっかで右左折するなりすればいいのに、それもできないということらしい。

結局、実家に着いたのが深夜1時。普段なら30分もかからない、わずか10キロ程度の道のりを、7時間。食料も、水も、簡易トイレも積んでいない車で、津波警報のさなか運河沿いを通っていったことに、私は激しい憤りを覚えた。



あとからわかった娘の状況:

そろそろ下校というときに地震発生。
学校で家族が引き取りに来るのを待つ。ともだちのおかあさん達がぞくぞく学校にやってきては、子供をつれて帰っていく。途中、マンションのおとなりさんのご主人がやってきたが、ご主人の身元がわからないので、引渡してもらえなかった。その後、同じマンションに住んでいる上級生のお母さんがやってきて、一緒に連れて帰ってくれた。


あとで聞いた妻の状況:

地震発生時、爆睡。地震だと思わずに、自分が酔っているかと勘違いしたが、水槽から水がこぼれているのを見つけ、地震だと気がつく。となりのご主人が「学校に行ってみますね」といってきたが、瞬間、何のために学校に行くのか意味が理解できなかった。なんとなく心配になり、階下の上級生ママに連絡。上級生ママが学校に様子見に行くことになった。

テレビもつけなかったので(そんな人がこの世にいるとは、驚愕!)、こんな大地震だとはわからなかった。義母の車で出かけるとき、ぞろぞろ歩いている人は見たが、なんかのイベントでもやっているのだと思った(本物バカだ、この人は)。


義母に聞いた話:

地震が起きたときは、陸橋を通過しているときだった。最初は大きな車での揺れかと思ったが、信号機が大きく揺れているのを見て、地震だとわかった。今振り返ると、そのとき何故そう考えたのか不思議だが、急いで娘を連れて帰らなくては、と思ったそうな。


地震から半年たってのエントリーですが、この親子の行動は、今、思い返すだけでも腹が立ってきます。

2011-03-10 22:12:32 Theme: アルコール依存症

3月10日 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆飲まない日13日目

妻はアルコール依存症だ。


今日で飲まない日が13日目になるのだが、強い離脱症状はなくってきているというが、波があるので、また強い離脱症状が繰るのではとの怖さを抱えているという。また、依然、飲酒欲求はあるようだ。


日に日に気持ちは穏やかになってきた。時に能面のようだったり、時に睨み付けるような視線であったりしたのだが、今は顔にやさしい表情が戻ってきている。


娘とのコミュニケーションもおかしな様子はなく、信頼関係を取り戻しつつあるように見える。

さらに一歩進んで、自分の今までの人生を振り返り、生き直しをはじめて欲しい。


私は、妻のアルコール依存症の最大の原因は、妻自身の性格にあると感じている。彼女自身が変わらなければ、また飲酒の罠に陥ることは明らかだから、考え方を変え生き方を変えていくことが重要なのだ。過去を振り返って、遠い記憶を呼び戻し、今の歪んでしまった思考回路の出発点を見つけ出すこと。そこにさかのぼって、本来乗るべきだった軌道に修正すること。母親に依存していることは自覚があるのだから、これからは親離れすること、また、義母も子離れすること。今はまだいいけど、いずれチャレンジしてほしい。



2011-03-09 22:51:31 Theme: アルコール依存症

3月9日 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆飲まない日12日目

妻はアルコール依存症だ。


妻は昨日の夜から、ちょっと神経質な感じである。それは、今日行く予定の断酒会は初参加の場所だから。緊張しているよう。義母と一緒に行くことが、心の支え。娘のバレエのことはお友達のママにお願いできたので、ストレスになっていない。昼前から義母と一緒に行動することになるので、今日飲むようなことは考えにくい。晩御飯のしたくも義母が手伝ってくれるだろうから、これもストレスにならない。


朝、妻と話す。妻は、昨日がんばって掃除機をかけたといって、誇らしげだ。普段なら、掃除をかけなくてはならないと、そのプレッシャーを跳ね除けるため、景気づけの一杯をあおってから掃除をしていたというが、昨日は飲まないでクリアできたといって、自慢している。なかなか理解するのはむずかしい話ではあるが、アルコール依存症になる人は、きっとそんな思いと戦っているのだろう。


以前に、こんなことがった。頑張って掃除機をかけたからきれいでしょ。ベランダも掃除したのよ。と、誇らしげにいうことがたまにあったのだが、その日たまたまインターホンの来客者画面に、宅配便でもない、マンションの管理人でもない、私の知らない女性が記録されているのを見つけた。その次に、また掃除を頑張ったといった日にも同じ人が映っていた。調べてみると、清掃業者を招き入れていることがわかった。そうならそうといえばいいのに、自分が頑張ったというカタチにして私にアピールしたかったのか。人からの目を気にして、「できる私」を演じる妻が痛々しかった。


昨日は自分の力で掃除をし、また、飲まずにできたことが、妻の自信になっていくのだろう。一日一日の、飲まない積み重ねや、小さな自信の積み重ねが、きっと大きな実績につながるはずだ。


夜、会社から戻ると、妻の笑顔。断酒会は依存症患者よりも家族のほうが圧倒的に多く、居心地が悪かったというが、そのことを笑って話してくれた。また、一歩回復。嬉しいことではあるが、一喜一憂しないでおこう。この先山もあれば谷もあるのだから。



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