
絵 川原絹子
かれこれ10ヶ月ぐらい抱えている画集がある。
最初は撮影データを頂き、依頼主も簡単に本作りができると思っていたようだが、
色校正やテスト印刷は何度出したことやら。
作家のもとに通ううちに、最終的には私自身が全部の作品を撮影し直すことになってしまった。
それでも81歳の画家は仕上がりに100%満足してもらえず、私は未だに絵の質感や色との格闘中である。
最善をつくしたはずなのに、絵の印象が違うという。
確かに撮影→データ作成→印刷と、行程を繰り返し度に、絵のデータは圧縮されるわけだから、
どうしても絵の濃度は濃くなる。
こちらもそんなことは百も承知で、ラチュチュード全域を使ったオーサリングを心がけているのだが、悩む日が続いている。
さっきはたと気がついたのだが、この作家の絵はかなり大きい。
当然、印刷はその何分の一のサイズに縮小されるわけだ。
縮小されるということは、絵の具の濃度も当然濃縮されるわけだ。
大和絵は鉱石を粉砕した素材を絵の具にしているわけだから、分子レベルで鉱石の素粒子間の距離も近づくことになる。
困ったことに鮮やかな色ほど、濃くなるのだ。
「こんな派手な緑色じゃないのよね」
そう言われて来た理由がやっと分った。謎が解けたのだ。
色別に彩度を落とせば、実際に見た絵の印象に近づけるはずだ。
さあ、もう一息、がんばろう。
PS
例えば、淡いあじさいの花を写真に撮って、ブログにアップした途端に派手で下品な色になった。
これも、同じ法則ですね。
だから、写真は撮るものでなく、誕生させるものなんですよ。














