美術ACADEMY&SCHOOLブログ出動!!!

美術Academy&Schoolスタッフがお届けする、ARTを巡る冒険の日々♪

美術ACADEMY&SCHOOL のブログ出動!!! ⇔2011年3月よりアメブロに引っ越しました♪



テーマ:

画を生きた生涯を空間に確認する


 
myamada_pr

 美術界の流れに背を向けて、描くことと生きることを同位にした画家・山田正亮

 時にその言動はスキャンダラスな醜聞となって残っている彼の生涯は、ただひたすらに己の生を、「描くこと」に費やしたものでした。

 ストライプの作品で知られる彼の画業が、没後6年を迎え、初めて本格的に検証される展覧会が東京国立近代美術館で開催されています。



 
myamada_scene1
展示風景
作品が並ぶかっこいい入り口

 孤高の中で生み出された作品は5000点を超え、その作品のすべてに克明な記録を残していたという山田が目指し、求めたものとは何だったのか。

 選りすぐりの油彩約200点と、紙作品約30点、それに50冊に登る制作ノートの初公開の構成。
 
 そこには、遺された作品の科学的な検証の結果も踏まえ、生み出された作品に迫る、画期的な個展となっています。

 会場は最新のLED照明を、作品に合わせて細やかに変化させ、色彩にこだわった彼の創作の繊細な重なりや変化がより観られるように工夫されています。

 また、時系列を基本に並べられる各部屋も、作品に合わせて展示方法をひとつひとつ変えていて、それぞれの空間がかっこよいのも魅力です。
 
myamada_scene3 myamada_scene9 myamada_scene15
展示風景
ある部屋では年表仕立てで作品が並ぶ。
展示風景
ここでは壁一面のインスタレーション風に。
展示風景
白のトーンだけでキリリと引き締まった壁も。



1.Still Life (1948−1955)
 
myamada_scene2
展示風景
繰り返しの中に表現の変化が見られます。

 戦後、自らの記憶の中にある静物を描き続けた山田。
 まずはキュビスムやセザンヌの影響を感じさせる「Still Life」の連作を確認します。

 繰り返し同じモティーフを構図を変えながら描き、やがてそれらが抽象化されていくさまには、早くも画と対話しながら突きつめていく彼のスタンスが垣間見られます。



 
myamada_06
《Still Life no.64》 1953年 油彩・キャンバス 41×53㎝


2.Work (1956−1995)

 
myamada_scene7
展示風景
ストライプが鮮やかに見える照明にも注目。

 そして彼のトレードマークとも言える「Work」シリーズ、さまざまな色彩のストライプの時代へ入っていきます。

 彼の画業のうち、最も長く、最も多くの作品を生み出したシリーズは、50年代をB、60年代をC、と年代で分けられて、90年代のFまで続き、制作順に番号が付せられました。



 
myamada_07
《Work B.125》 1956年 油彩・キャンバス 117×91㎝
宇都宮美術館蔵
 
myamada_01 myamada_02
《Work C.73》 1960年 油彩・キャンバス
180×68㎝ 東京国立近代美術館蔵
《Work C.77》 1960年 油彩・キャンバス
180×68㎝ 東京国立近代美術館蔵
 
myamada_08
《Work C.92》1961-62年 油彩・キャンバス 117×91㎝
横浜美術館蔵
 
myamada_012
《Work C.216》 1964-65年 油彩・キャンバス
162×97㎝
 
myamada_010
《Work Ep.447》 1984年 水彩・紙 79×109㎝
 
myamada_03
《Work F.116》 1992年 油彩・キャンバス 182×259㎝


 時代ごとに少しづつ、時に急激に変わりますが、基本的には直線を組み合わせるストライプ、ボーダー、クロス、矩形の連なりを描き続けます。

 それらに施された色彩の何と豊かなことか・・・・!

 何十何百の色が重ねられ、並べられた画面は、ぜひ近づいてじっくり観てください。
 ふるえるような色彩の重層が確認できた時、それは単なる抽象的なラインから、詩的とすら思える表情を見せてくれます。

 それぞれの部屋のセレクトとそこから醸し出される雰囲気とともに、楽しんで。
 
myamada_scene5 myamada_scene6
展示風景
展示風景
myamada_scene12 myamada_scene11
展示風景
展示風景
myamada_scene13 myamada_scene14
展示風景
展示風景

 グリッドを区切る線も、区切られた矩形も、微妙にトーンを変化させ、目に心地よいリズムをもたらしてくれます。

 
myamada_scene8
展示風景
見ごたえのある制作ノートのプロムナード。

 この間にまるで時間を超える回路のように、制作ノートが壁に並ぶ通路があります。

 丁寧なデッサンやさまざまな言葉の集積は、それだけでも作品といえそうな美しさと、やや脅迫的な怖さを伴って、切なくなってきます。

 95年、「Work の系列はその円環を閉じた」として、40年続けたその制作に自ら終了を告げるそうです。




3.Color (1997−)
 
myamada_scene10
展示風景
こちらもまた異なる展示空間で作品が映える。

 左目の手術の後、「まだやり残したことがある」と始められたのが、「Color」でした。

 モノトーンの色面の作品が並びますが、ここでもやはり、画面隅などに現れる下に塗られた色の層が、単色ではない多様なニュアンスを湛え、ミニマリスムとは異なる彼の求めた世界が感じられます。



 
myamada_09
《Color no.98》 1999-年 油彩・キャンバス 65×53㎝



 「描き続けたまえ 絵画との契約である」と自らを絵画に捧げた山田正亮の真摯と狂気。

 
myamada_011
山田正亮ポートレート 1956年

 画に魅せられ、描かずにはいられない、突きつめずにはいられない、苦しみと歓びに殉じた画家の、幸福で不幸な生涯。

 その相対する要素が塗りこめられた作品たちは、一見同じパターンを表しながら、豊穣な表情を持っています。

 静かに沈殿する情熱の叫び――それぞれに考え抜かれた空間とともに感じてください。


 
myamada_05
東京都国立市の山田正亮のアトリエ
会場出口付近には撮影可でアトリエも再現されています。


 近年、戦後日本のアートシーンが世界で見直されている中、山田の仕事もそのひとつの視座として注目されています。

 昨年にはロンドンでも個展が開催されたこの時期に開催された本展は、これからの研究に大きな第一歩となることでしょう。

 その意味でも見逃してはもったいないです。
 今週末まで。お急ぎを!



【同時開催】

 2階のギャラリー4では「瑛九1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす」も開催中!

  彼の評伝を著した友人で、画家でもある山田光春旧蔵の作品と資料が収蔵された、その中からのお披露目です。

 所蔵品を含めた戦後の版画作品から油彩による晩年の点描作品など、書簡や資料とともに展示される空間は、さながら“ミニ回顧展”といえる充実ぶり。

 彼の目指した「レアル(リアル)」の表現、追求し苦闘する姿を作品で実感できることでしょう。
 書簡を翻刻掲載したカタログも注目です!
 
eikyu_scene1 eikyu_scene2
展示風景
フォトコラージュは今でも新鮮!
展示風景
晩年の油彩作品
 
 
(penguin)
 
 

カラーパレット 『endless 山田正亮の絵画』 カラーパレット
 
開催期間:~2月12日(日)

会場 :東京国立近代美術館 (竹橋)
    〒102-8322 東京都千代田区北の丸公園 3-1

アクセス :東京メトロ東西線「竹橋駅」b1出口、徒歩3分
     * 駐車場はありませんので公共の交通機関をご利用ください
開館時間 :10:00~17:00
       (毎週金曜日は20:00まで、入館は閉館の30分前まで)

休館日 : 月曜日

観覧料 : 一般 1,000円(800円)/大学生 500円(400円)/
     *( )内は20名以上の団体料金。高校生以下は無料(学生証をご提示ください)
     * 障害者手帳をお持ちの方とその付添者1名は無料
      (入館の際に障害者手帳をご提示ください)
     * 本展の観覧料で当日に限り同時開催の「瑛九1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす」、
     所蔵作品展「MOMATコレクション」も観覧可能

お問い合わせ :Tel.03-5777-8600(ハローダイヤル)

美術館サイトはこちら

 
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:

大胆、カラフルなデザインに通底するフィンランド・スピリット


 
marimekko_pr
 渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムでは、フィンランド発、世界で大人気のマリメッコの展覧会が開催されています。

 ファブリックから始まり、その大胆な模様と色彩で今やバッグや小物に至るまで、ナチュラル志向の女性たちを魅了したブランド、マリメッコの魅力をその創始からたどる内容は、デザインの国フィンランドのデザイン・ミュージアムのコレクションから約50点のファブリック約60点の貴重なヴィンテージドレスを含む豊富な資料で魅せてくれます。




Introduction マリメッコとは?

 
marimekko_scene8
展示風景
大きなファブリックに迎えられる入り口
 会場に入ってまず圧倒されるのが、壁一面に吊るされるファブリックの数々。

 素朴ながら独創的な模様と色彩の氾濫は、あっという間にマリメッコの世界へと導きます。

 フィンランド語で「マリーのドレス」を意味するマリメッコは、テキスタイルを学び、広告代理店での経験を経たアルミ・ラティアにより、1951年に創業されました。

 才能あるデザイナーを集め、巧みなPR戦略により、60年代には世界的なブランドとして成長します。
 特にケネディ大統領夫人だったジャクリーンが着用したことは、アメリカから世界への有力な宣伝効果を持ちました。
 
marimekko_03
ジャクリーン・ケネディが購入したドレス≪ヘイルヘルマ≫ 1959年
 ファブリック≪ナスティ≫(小さな無頭釘)、1957年
 服飾・図案デザイン:ヴオッコ・ヌルメスニエミ
Design Museum / Harry Kivilinna

 デザインの元になっているのは、フィンランドの伝統的モティーフや自然。
 それらを大胆に使用することで、独特の味を持つカラフルな布地を作り出します。
 
marimekko_04
ファブリック≪シィールトラプータルハ≫(市民菜園)
図案デザイン:マイヤ・ロウエカリ 2009年
Siirtolapuutarha pattern designed for Marimekko by Maija Louekari in 2009

 創業者ラティアの「伝統的な家庭環境と、変化し続けるこの世界の新しい生活環境を結ぶ架け橋」という理念は、こうしたファッションの世界を超えて、ライフスタイルそのものの提案へと広がるほどに成長していくのです。


マリメッコの歩み 1951-2016

 マリメッコを支えてきたのは、多くの女性デザイナーたちでした。
 ここでは、時系列に各デザイナーの個性的で多様なデザインを原画や制作物から観ていきます。
 
marimekko_07
ドレス≪キヴィヤルカ≫ 1957年
ファブリック≪ピッコロ≫(ピッコロ[擬音]) 1953年
服飾・図案デザイン:ヴオッコ・ヌルメスニエミ
Design Museum Archive

 ラティアのコンセプトワークとPR戦略は非常に優れており、そのカリスマ性がマリメッコの強力な土台を形成しました。
 数々のロゴマークの提案を蹴って、現在につながるシンプルな書体を採用した過程や、さまざまな広告のスクラップブックなどからその跡をたどります。

 デザイナーとしては、初の正社員デザイナー、ヌルメスニエミをはじめとして、マリメッコでは最も有名といわれるマイヤ・イソラ(わたしたちにもおなじみ「ウニッコ」のデザイナー)、ヌルメスニエミを継いで服飾デザインを担当したアンニカ・リマラ、ウール製品に才を発揮したリーサ・スヴァントなど、それぞれが、自分を活かしながら、バラエティに富んだデザインを創作していきます。
 
marimekko_scene1 marimekko_scene2
展示風景
広告写真とともにウールのドレスが並ぶ
展示風景
さまざまなデザイナーたちの競演

marimekko_01
ファブリック ≪ウニッコ≫(ケシの花)
図案デザイン:マイヤ・イソラ 1964年
Unikko pattern designed for Marimekko by Maija Isola in 1964

 そうした中で、ベンッティ・リンタの入社をきっかけに、ファッション・デザイナーを起用することになったマリメッコで、初めて日本人スタッフとして抱えられたのが脇阪克二でした。

 
marimekko_scene12
展示風景
脇阪克二のデザインのコーナー

 どこか和の平面性を残した彼のデザイン画とドレスは必見!



 また、創業者であるラティア亡き後を継いだマルヤ・スナの元では、二人目の日本人デザイナー石本藤雄が、特にインテリア用のファブリックで名を馳せたそうです。

 
marimekko_scene7
展示風景
石本藤雄のデザインのコーナー




 現在フィンランドで陶芸を制作してるという彼のデザインは、抽象的な文様の組み合わせで、どこかクール。脇阪とは対照的な魅力を放ちます。





 
marimekko_scene10
展示風景
ファブリックモティーフを使用したテーブルウェアも

 2000年代に入ると、レトロ・ファッションが見直され、マリメッコでも初期のデザインがさまざまに復活してきます。








デザインの芸術
 
marimekko_scene5 marimekko_scene4
展示風景
植物がモティーフのシックなファブリック
展示風景
都市や森のイメージがファッションへ

 会場では「マリメッコの歩み」と合わせて紹介される、マリメッコが持つ芸術性は、モティーフの種類、そのシリーズ展開や柔軟な変容、そしてさらなる応用としての、テーブル・ウェアや子供向けの小物や靴、女性のバッグからなんと航空機のデザイン(!)まで、広がりを見せます。
 
marimekko_scene9 marimekko_scene6 marimekko_scene15
展示風景
子ども用の小物やスニーカーがかわいい
展示風景
おなじみ「ウニッコ」の製品たち
展示風景
こんな航空機乗ってみたい!
 
 
marimekko_05
ドレス、服飾デザイン:ミカ・ピーライネン 2001年
ファブリック≪マンシッカヴオレト≫(イチゴの山々)
図案デザイン:マイヤ・イソラ 1969年 Design Museum / Harry Kivilinna


 ある時は軽やかに、ある時はシックに、またある時は楽しげに、そしてユーモラスに、またはシャープに。
 
marimekko_scene11 marimekko_scene13
展示風景
ひとつのモティーフがバリエーションに
展示風景
目も覚めるような色彩の組み合わせが美しい

 幾何学的な模様があり、植物をモティーフとした有機的なものがあり、ストライプがあり、ボーダーがあり、単色の色面の組み合わせあり…と、それらのファブリックとドレスが競演する空間は、多様なのに、どこか落ち着きを持った華やかな空間になっています。

 そこにこそ、フィンランドという土地に根差した自然との共生と、現代に合わせて飛翔する先進性を融合させるために、クリエイターたちの独創性とアイデアを求めたマリメッコの理念が現れるのでしょう。
 
marimekko_06
ドレス≪カトリッリ≫、ファブリック≪プケッティ≫(ブーケ)
服飾・図案デザイン:アンニカ・リマラ 1964年
Design Museum Archive / Photo: Seppo Saves

 出てくるときには幸せな気分になる展覧会♪
 まもなく終了です。お見逃しなく!
 
(penguin)


 
『マリメッコ展 ―デザイン、ファブリック、ライフスタイル』

 

開催期間:~2月12日(日)

会場 :Bunkamura ザ・ミュージアム (渋谷)
    〒150-8507 東京都渋谷区道玄坂 2-24-1

アクセス :JR「渋谷駅」(ハチ公口)より徒歩7分
       東京メトロ銀座線、京王・井の頭線「渋谷駅」より徒歩7分
       東急・東横線、東急田園都市線、東京メトロ・半蔵門線、
       東京メトロ・副都心線「渋谷駅」(3a出口)より徒歩5分
     * お車の場合、専用駐車場はありません。東急本店駐車場(有料)をご利用ください

開館時間 :10:00~19:00
       (毎週金・土曜日は21:00まで、入館は閉館の30分前まで)

休館日 : 無休

観覧料 : 一般 1,400円(1,200円)/高校生・大学生 1,000円(800円)/小・中学生 700円(500円)
     *( )内は20名以上の団体料金(電話での予約必要 Tel.03-3477-9413(Bunkamura))
     * 学生券をお求めの場合は学生証の提示が必要
     *障害者手帳の提示で割引料金あり。詳細は窓口でお尋ねください

お問い合わせ :Tel.03-5777-8600(ハローダイヤル)

公式サイトはこちら
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:

 

 

清らかな和様染付に魅せられる空間

 

 

sometsuke400_pr

 

 新春の根津美術館では、そのコレクションから、「伊万里焼」とも称される肥前の磁器の歴史を観る展覧会が開催されています。

 

 日本国内で初めて磁器が造られたのは1616年、現在の佐賀県にあたる肥前で、朝鮮から渡来した陶工による焼成の成功とされています。

 それを記念して、実業家・山本正之により当館に寄贈されたコレクションを中心に、400年にわたる日本磁器の魅力を改めて紹介します。

 

 「伊万里焼」というと、江戸末期から明治にかけて輸出された大ぶりで豪華な器を想像しますが、山本コレクションの特徴は、国内で愛でられ、使用された小ぶりなものが多いのが特徴だそうです。

 

 このためか、素朴なものから技巧の凝ったものまで、会場に並んだ作品はいずれもどこか優しげ。温かく、手に取ってみたい身近さを感じさせ、その美しさとともに、使われながら大切に遺されてきたことがわかります。

 

 会場に沿ってそのいくつかをご紹介~。

 


磁器の誕生

 

sometsuke400_scene1
展示風景
どことなくかわいらしさを感じる初期伊万里たち。

 

 透明感を持つ白さとその硬さから生まれる清冽な磁器は、中国で生み出され、世界が憧れた焼き物だったといいます。

 1610年代に朝鮮の陶工により肥前にもたらされた技術は、日本をその生産の二番手に押し上げました。

 

 技術は朝鮮半島からでしたが、その文様は中国の景徳鎮窯の染付の影響が強いのだとか。

 

 藍の染付や白磁から、わずか30年ほどの短期間に、青磁や瑠璃釉の生産まで可能になりました。

 「初期伊万里」と呼ばれる、おおらなか絵付けと生がけによる分厚い釉薬が特徴の1640年ころまでの肥前磁器を観ていきます。

 

sometsuke400_scene2
展示風景 右から《染付鷺矢羽根文皿》、《染付花文松皮菱形皿》、《染付布袋文輪花皿》、《染付吹墨双鷺文皿》
肥前 日本・江戸時代 17世紀前期-中期 根津美術館蔵 山本正之氏寄贈

 

 素朴な花鳥や人物の染付はかわいらしく、思わず笑みがこぼれます。

 


色絵の誕生/技術の向上

 

sometsuke400_scene3
展示風景
色も形も工夫を凝らした色絵作品。

 

 染付の生産に成功してからおよそ30年後には、現代にも継承されている「柿右衛門」の初代が色絵の技術を習得します。

 

 そこには、動乱で不安定になっていた明王朝から清王朝への移行期に、中国の陶工たちが渡来したことが関係しています。

 

 この頃、「祥瑞様式」といわれる軽やかな色合いのものや「古九谷様式」といわれる濃厚な色合いのものが生み出されました。

 

 さらに技術は飛躍的に向上、素地はますます白さを極め、染付の発色も、その繊細な線描も、器の形も整って、精緻さと安定感を増していきます。

 

 鮮やかな色絵や、藍の濃淡と繊細な筆遣いがもたらすみごとな染付を堪能するコーナー。

 青磁も洗練され、釉薬の工夫もみごとな微妙な地色に染まった上品な器にもうっとりです。

 

sometsuke400_03
《染付流水菊花文稜花鉢》 肥前 日本・江戸時代 17世紀
根津美術館蔵 山本正之氏寄贈


文様・器型の和様化

 

sometsuke400_scene9
展示風景
独自の形の工夫が楽しい和様磁器たち。

 

 初期には中国の文様を写していた日本磁器は、17世紀に入ると技術や知識・経験の蓄積により、やがて形も描かれる文様も日本独自のものを創出していきます。

 

 形では軍配や富士山をあしらったものや、葉や瓢箪、鶴などの花鳥の形象をそのまま器にしたものが生み出されていきます。

 

 

 

 

sometsuke400_02
《染付雪柴垣文軍配形皿》 肥前 日本・江戸時代 17世紀
根津美術館蔵 山本正之氏寄贈

 

 染付では文様を埋めつくさず、余白を活かし、左右非対称の構図や色紙、秋草など、日本人好みの図案が用いられたものが現れます。

 

sometsuke400_01
《染付蝶文稜花皿》 肥前 日本・江戸時代 17世紀
根津美術館蔵 山本正之氏寄贈

 

sometsuke400_scene5 sometsuke400_scene6 sometsuke400_scene7
展示から 濃淡の紅葉の散るさまがモダン
《染付紅葉散文輪花鉢》 
肥前 日本・江戸時代 17世紀中期-後期
根津美術館蔵 山本正之氏寄贈
展示から 富士形の絵付けには銀彩が
《染付銀彩山水文富士山形皿》
肥前 日本・江戸時代 17世紀中期-後期
根津美術館蔵 山本正之氏寄贈
展示から 赤と金銀彩が効いた非対称の美
《染付赤金銀彩藁屋文皿》
肥前 日本・江戸時代 17世紀中期-後期
根津美術館蔵 山本正之氏寄贈

 

 

sometsuke400_scene8
展示風景
形も色もさまざな、小ぶりの和様磁器のケースはステキ♪

 

 磁器のびっしり埋まった文様があまりお好きでない方には、ぜひおススメの空間(笑)。

 

 形、図案ともに、その発想の妙に落ち着きと洗練さが加わって、時代を超えてモダンにすら思える、デザイン抜群の品々です♪

 

 

 

 

 


肥前磁器、海外へ/絢爛華麗な金襴手

 

sometsuke400_scene10
展示風景
鮮やかで精緻な色絵から豪華な金襴手まで

 

 肥前磁器は、他国への輸出が停止していた中国に代わり、徐々に東南アジア、中東、ヨーロッパへ進出していきます。

 

 1659年にオランダの東インド会社からの本格的な輸出が始まると、ヨーロッパ人の好みに合わせた、大ぶりで派手な器や置物などが生産されました。

 

 

sometsuke400_scene14
展示風景から 今年の干支の置物は粋なセレクト
《色絵鶏置物》
肥前 日本・江戸時代 17世紀後半-18世紀前半
根津美術館蔵 山本正之氏寄贈

 

 

 

 

 1680年代後半には、景徳鎮窯で生み出された「金襴手」を手本とした肥前磁器の金襴手も誕生します。

 

 染付けに加えて、国内向けには金、赤、青、緑、紫、黄など多色を使用した豪華絢爛なものが、海外向けには金と赤を主体とする華麗なものが造られたそうです。

 

 

 

 

sometsuke400_04
《色絵寿字文独楽形鉢》 肥前 日本・江戸時代 17-18世紀
根津美術館蔵 山本正之氏寄贈

 

 打って変わって眩しいほどにきらびやかな器たちが、「金襴手」として並ぶコーナー。
 時代をたどって観てきた眼には、その配色や文様の細やかさ、豪華な造りに技術の粋が見えてくることでしょう。

 


肥前磁器の広がり

 

sometsuke400_scene11
展示風景
一般消費者向けも現在では高級品…?

 

 18世紀になると、海外需要が減少し、肥前磁器も国内向け製品に注力するようなります。

 

 これまでの富裕層向けの高級品だけではなく、一般消費者向けの日用品も生まれました。

 

 また、焼成も瀬戸や京都などで成功し、こうして磁器の生産、流通、消費が広まって、日本の磁器も近代へ入っていくのです。

 

 


鍋島の世界

 

 第2室では、官営窯として生産されていた「鍋島」で、もうひとつの肥前磁器の世界を観ていきます。

 

 将軍家や他大名への贈答品として、厳格な規格と管理の元に造られる最高級品、その格調の高さと大胆なデザインは、現代のわたしたちにも魅力的です。

 

sometsuke400_scene13 sometsuke400_scene12
展示風景から 薄瑠璃に装飾的な露草がモダン
《薄瑠璃釉染付露草文壺形皿》
肥前 日本・江戸時代 17世紀中期-後期
根津美術館蔵 山本正之氏寄贈
展示風景から 藍に浮かび上がる3羽の白鷺が絶妙
《染付白鷺文皿》
肥前 日本・江戸時代 17世紀後期-18世紀前期
根津美術館蔵 山本正之氏寄贈

 

 さわやかな藍の素朴さから洗練の濃淡へ、唐様の精緻な文様から和様の形と文様の変化、シンプルな色絵から豪華絢爛な金襴手へ、超高級品から庶民の日用品まで、400年の歴史が見せる多様な肥前磁器の美しさを堪能できる空間です!

 


【同時開催】

 

展示室3

■特別展示 興福寺中金堂再建記念事業 「再会―興福寺の梵天・帝釈天」

 

 7世紀後半に藤原鎌足の発願により建立された山科寺を起源とする古刹、興福寺は1717年の大火以降復興造営が途絶え、明治維新の神仏分離令に端を発する廃仏毀釈によって寺は疲弊、その際にかなりの寺宝が流出しました。

 

 現在根津美術館に所蔵される《帝釈天立像》もそのひとつで、興福寺に残る《梵天立像》ともに、康慶門下の仏師・定慶により造られたことがわかっています。

 

 このたび、中金堂再建を記念した展覧会が東京を皮切りに開催されるのに合わせて、興福寺多川貫主のご厚意により梵天と帝釈天の再会がかないました。

 

sometsuke400_scene15
展示風景
(左)《帝釈天立像》 定慶作 鎌倉時代 建仁元年(1201) 根津美術館蔵
(右)重要文化財《梵天立像》 定慶作 鎌倉時代 建仁2年(1202) 興福寺像

 

 長い時を超えて、ふたたび再会を果たしたこの2躰の仏さま、彩色も残り、どっしりとしながらも美しいたたずまいと端正な表情を観られるまたとないチャンスです!

 


展示室5 百椿図

 

sometsuke400_scene16 sometsuke400_scene17
展示風景
赤、白、緑、淡い中間色もある椿たち。金彩もあでやか。
展示風景(部分拡大)
こんなモダンな器も描かれていて器物も楽しい。

 

 お正月の根津美術館の恒例、伝 狩野山楽筆《百椿図》の2巻も堂々全幅の展示です!

 

 江戸初期に空前のブームとなった椿。

 百種をこえる椿が、さまざまな器物とともに金箔も交えて描かれた、楽しく豪華なこの作品は、新年ぴったり。

 

sometsuke400_05
《百椿図》(部分) 伝 狩野山楽筆 2巻 紙本着色 日本・江戸時代 17世紀
根津美術館蔵 茂木克己氏寄贈

 

 各図に添えられた著名人たちの賛を楽しむもよし、書かれた内容とともに画の意味を考えるもよし、フラワーアレンジメントとして意匠を楽しむもよし。

 

 椿に因んだ工芸品の展示と並ぶのも、また一興。

 まさに“百楽”のひとときです。

 


展示室6 点初め(たてぞめ) ―新年を祝う―

 

sometsuke400_scene18
茶室のしつらえ
梅竹文の広口釜に冷泉為恭筆 《小松引図》が掛かる

 「初釜」ともいわれる「点初め」はその年最初の茶会のこと。

 

 今年の干支「鶏」や正月にちなんだ茶道具が、新年を祝う空間を造っています。

 

 

 

 

 

sometsuke400_06
《赤楽富士絵茶碗》 伝 覚々斎作
施釉陶器 日本・江戸時代 17-18世紀
根津美術館蔵

 

 

 

 (←)表千家6代の作と伝えられる楽茶碗。
 白泥で大胆に描かれた富士山が新春を寿ぎます。

 

 

 

 

 

 

sometsuke400_scene19
展示風景から
小川破笠作 《黒楽写し瓢箪文茶碗》
紙胎漆塗 日本・江戸時代 17-18世紀
根津美術館蔵 

 

 

 

 

 

 もうひとつの注目は、こちら(→)。

 

 なんと!紙に漆を塗ったお茶碗です。
 見た目と感触を裏切る、トリックアートのような茶目っ気たっぷりの作品は、手に取ってみたいところ。

 

 ぜひ近づいてじっくりご覧あれ!

 

 

 


※このほか特別催事として、庭園内の茶室では期間限定で現代作家6名による磁器作品も展示されます
 17世紀から21世紀へ、何が受け継がれ、何が変わってきたのか、ご興味ある方は美術館のホームページ(下記記載)をチェックして!

 

新春からてんこ盛りの根津美術館、今年も楽しみです♪

 

 

(penguin)

 

 

コレクション展 「染付誕生400年」

 

開催期間:2017年1月7日(土)~2月19日(日)
    ※「再会―興福寺の梵天・帝釈天」の特別展示は3月31日(金)まで(ただし2/20~3/3は休館)

会場 :根津美術館 (青山)
    〒107-0062 東京都港区南青山 6-5-1

アクセス :東京メトロ 銀座線・半蔵門線・千代田線 表参道駅下車
       A5出口(階段)より徒歩8分/B3出口(エレベーター・エスカレータ)より徒歩10分
       B4出口(階段・エスカレータ)より徒歩10分

開館時間 :10:00~17:00 入館は16:30まで

休館日 :毎週月曜日

入館料 : 一般 1,100円(900円)/学生 800円(600円)
     *( )内は20名以上の団体、障害者手帳提示者および同伴者1名の料金
     *中学生以下無料

お問い合わせ :Tel.03-3400-2536

公式ホームページはこちら

 

 

いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
開館50周年記念特別展 山種コレクション名品選Ⅲ
 
東西検証第一弾。京都画壇の雅と斬新を観る


 
nihonga_kyoto_pr
 山種美術館では、昨年から開館50周年を記念した特別展で、当館ご自慢のコレクションたちをさまざまな切り口で紹介しています。

 現在開催されているのはその第3弾、その名も「日本画の教科書」として、充実の名品たちで近代の日本画を見直す企画です。
しかも今回は「京都編」。

 「西の栖鳳、東の大観」と言われた明治以降の日本画壇をそのままに、東西に分けて検証する、丁寧で贅沢な教科書空間が展開します。

 やや遅めですが(汗)、「京都編」をご紹介します~。


第1章 近代京都画壇と美術教育

 
nihonga_kyoto_scene1
展示風景
竹内栖鳳の作品が並びます。
 円山四条派の流れを汲み、写実に西洋の技法を採りいれていった明治期の京都画壇は、1880年に日本で初めての公的美術教育の機関として田能村直入を初代校長に、京都画学校を設立します。

 やがてその中心人物として活躍した竹内栖鳳らにより、京都市立絵画学校が卒業生のために開校され、旧来の徒弟制度から、各々が純粋に自分の画を追求できる環境が整い、それぞれの工夫と創意が生きた京都画壇は大きな潮流を生み出しました。

 まずはそうした明治期の画家たちの名品に、その礎を築いた足跡をたどります。

 入り口すぐに出迎えてくれるのが栖鳳の傑作《斑猫》
 
nihonga_kyoto_A0144  
竹内栖鳳 《班猫》 【重要文化財】 1924(大正13)年 絹本・彩色 山種美術館
 
 毛づくろいのふとした拍子につと金緑の目をこちらに向ける、猫の一瞬のしぐさにメロメロです。

 
田能村直入 《百花》 1869(明治2)年 絹本・彩色 山種美術館
nihonga_kyoto_A0111_02 nihonga_kyoto_A0111_01
nihonga_kyoto_A0111_04 nihonga_kyoto_A0111_03
 京都画学校の田能村直入の作品。
 綿密な写実、あでやかな彩色、まさに百花繚乱の絵巻は新春にふさわしいです。

 
nihonga_kyoto_A01388
西村五雲 《白熊》 1907(明治40)年 絹本・彩色 山種美術館
 栖鳳に師事した西村の第1回文展出品作。
 白熊というこれまでにない新しい対象を胡粉のグラデーションで描き出しています。
 動物園で写生したという白熊、その峻厳な背景は彼の創作です。

 
nihonga_kyoto_kansetsu
橋本関雪 《霜の朝》 1935-44年頃(昭和 10年代) 絹本・彩色 山種美術館
 官展で活躍した関雪は、中国・日本の故事や風物を得意としていましたが、昭和期には動物画を多く生み出しました。
 動き出しそうな白リスに対し、軽やかな岩の筆遣いがよいバランスを保っています。


 そしてもちろんこの作品も。
 
nihonga_kyoto_scene2
展示風景から
村上華岳 《裸婦図》 【重要文化財】 1920(大正9)年 絹本・彩色 山種美術館
 昨年重要文化財に指定された村上華岳の傑作。
 「裸婦図」と題されながらも、その姿は現実の存在を超えて、神的ですらあります。
 日本でもあり、東洋でもあり、そして西洋の女神にも思える永遠の形象化、ぜひ近くでじっくり堪能してください。胡粉の輝きが肌の滑らかさにさらに美しさを加えています。


 このほか、冨田渓仙《嵐山の春》土田麦僊《芥子図》《香魚》など、新春の空気を楽しめるセレクトがGOOD。
 
nihonga_kyoto_scene4 nihonga_kyoto_scene8
展示風景 
展示風景 


第2章 画家たちのまなざし

 首都が東京に遷り、さまざまな制度や価値観が大きく変貌する中で、京都画壇の画家たちも、伝統を引き継ぎながら、そこに新しい切り口や表現を模索していきます。

 この章では、そうした彼らの成果を描かれた主題に注目して観ていきます。
「人を描く」では主に女性の表現を、「風景を見る」ではそれまでの日本画を超えた新しい風景表現を、「生きものへのまなざし」では写実を超えて、そこに独自の単純化や象徴化を付与した作品を。

 そこには長く培われた日本画の要素を素地にしつつ、時代を、そして自分を織りこんで、次代の日本画を創出していく姿が浮かび上がります。


nihonga_kyoto_A01333
土田麦僊《大原女》1915(大正4)年 紗本金地・彩色 山種美術館
 大胆に断ち切られた画面に横一列に並ぶ大原女のやわらかい動きと肉感的な姿には西洋絵画の影響も見て取れます。
 桜の樹によって分かれた小屋のある左画面の静けさと、せっせと足を動かす大原女の足音が、対照的な1枚。
 
 
nihonga_kyoto_A0346
上村松園《牡丹雪》1944(昭和19)年 絹本・彩色 山種美術館
 まだ女性が職業として画家となることが困難だった時代に、他の画家を圧して美人画で名を馳せた松園。
 雪の中を行く二人の女性を左隅に配することで、しんしんと降る雪の空気がみごとに描かれています。

 
nihonga_kyoto_scene5
展示風景 
たおやかな品格の上村松園による美人画コーナー
 美人画のコーナーでは松園の作品が一画をなしています。
 美しい姿に女の情念を籠めることに長けた松園が好んで題材とした能のテーマからの《砧》をはじめ、品格の空間になっています。







 
nihonga_kyoto_A0010
山元春挙 《火口の水》 1925(大正14)年 絹本・彩色 山種美術館
 風景では山元春挙が。

 アメリカへ行くなど、京都画壇にいち早く写真や洋画の技術を導入し、新しい表現をもたらしたといわれる彼の作品は、遠近法もしっかりして、洋画の風景画にも見えてきます。
 実際に写真撮影したものも参考にしたというこの作品、おそらくは創作で加えたであろう、水際にいる2頭の小さな鹿の姿を見逃さないで。


 
nihonga_kyoto_scene6
展示風景
日本画で使用される画材から臨む。
 会場には、日本画に使用する素材や道具の展示もあり、鮮やかな色彩の絵具と形も大きさも多様な筆が、こうした作品を生み出していくことをより臨場感をもって感じられる、楽しい趣向です。









 このほか、写実の京都画壇に、平坦な彩色とフォルムで、印象的な平面性をもたらした福田平八郎《筍》をはじめとする作品たち、穏やかな動物画を得意とした山口華楊、母とは画題を異にして、静謐な動物を描き続けた上村上篁などから、現在も活躍する上村淳之竹内浩一まで。

 的確な写生と近代の感覚を融合させていく過程が目で確認できた京都編。
 さて、次回東京編と合わせた時に、そこに見えてくるものは・・・?

 まもなく終了です。
 まずは急ぎ京都編教科書を“一読”ください!!

 
(penguin)


 
【開館50周年記念特別展】山種コレクション名作選Ⅲ
日本画の教科書 京都編 -栖鳳、松園から竹喬、平八郎へ-
 
開催期間:2016年12月10日(土)~2017年2月5日(日)

会場 :山種美術館 (恵比寿)
    〒150-0012 東京都渋谷区広尾 3-12-36

アクセス :JR恵比寿駅西口・東京メトロ日比谷線恵比寿駅2番出口より徒歩約10分
      恵比寿駅西口より日赤医療センター前行都バス(学06番)、「広尾高校前」下車、徒歩1分
      渋谷駅東口ターミナル54番乗り場より日赤医療センター前行都バス(学03番)、
       「東4丁目」下車、徒歩2分

開館時間 :10:00~17:00 入館は16:30まで

休館日 :毎週月曜日

入館料 : 一般 1,200円(1,000円)/大高生 900円(800円)
     *( )内は20名以上の団体料金
     *障がい者手帳、被爆者健康手帳の提示者および同伴者1名の料金は無料
     *中学生以下無料
     *きもの割引 会期中きものでご来館の方は団体料金になります
     *リピーター割引 使用済み入場券(有料)のご提示で会期中の入館料が
      団体料金になります(1枚につき1回限り有効)


お問い合わせ :Tel.03-5777-8600(ハローダイヤル)

公式ホームページはこちら



 
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:

 

江戸中期、秋田に咲いたもうひとつの絵画

 

 

akita_pr

 江戸時代半ば、秋田藩出身の若者がひとつの絵画を確立します。

 

 当時江戸では蘭学をはじめとする西洋知識の吸収が盛んになり、同時に画の世界では、中国の写実的な画風をひく南蘋派が流行していました。

 

 発明家で有名な平賀源内の秋田来訪をきっかけに、江戸に派遣された小田野直武は、当時24歳。

 

 生来の画力に、そうした文化的環境に囲まれて、あの『解体新書』の挿絵を担当します。

 それらの経験から、西洋の遠近法、中国の写実、そこに日本画の手法を融合させた独特の画を創成したのが小田野直武でした。

 

 秋田藩主佐竹曙山や角館城代佐竹義躬(よしみ)らに影響を与え、「秋田蘭画」(秋田藩士が中心に描いた阿蘭陀風の絵画)が確立したのです。

 

 直武は、江戸に出て7年後、ようやく30代に入ってすぐに亡くなります。
 平賀源内の獄死とともに、いまなおその死は謎に包まれているという彼の短い活躍が遺したものは、その後、いったんは歴史の中に埋もれて行きました…。

 

 しかし、その斬新な視点と画法は、司馬江漢を経て、開国へ向かう江戸末期には銅版画と油彩画に引き継がれつつ、20世紀、昭和に入ってから秋田出身の日本画家・平福百穂によってふたたび脚光を浴びることになります。

 

 サントリー美術館では、この小田野直武の7年を中心に、秋田蘭画の遺したものを一堂する展覧会が開催されています。(前期は12/12まで。現在は後期展示となっています)

 

 「世界に挑んだ7年」と題された秋田蘭画を概観する展覧会では、当時可能な限りの情報の中で、地方から西洋と東洋と日本を結んだ特異な絵画を創出した、挑戦と研鑽の跡を観ることができます。

 

 

 第1章 蘭画前夜

 

akita_scene4
展示風景(前期)
会場の章立てもお洒落な設営。プロローグから。
※展示替えがあります

 小田野直武は秋田藩角館の武家に生まれました。

 前年には後の秋田藩主佐竹曙山が、同年には角館城代の佐竹義躬が生まれています。

 

 武士のたしなみとして学んだ画に才があった直武は、藩お抱えの画師から狩野派を学ぶかたわら、浮世絵風の作品も遺しており、幅広く学んでいたことがうかがえるそうです。

 

 まずは、「秋田蘭画」に至る前の直武の初期作品を観ていきます。

 

 

akita_scene1
展示風景(前期)
初期の直武の作品。画力に注目
※展示替えがあります

 英一蝶の作品を模写したと思われる粉本や《鍾馗図》などからは、筆の強弱、墨の濃淡が活き活きとしていて、彼の画力を実感できます。

 

 また鷹を描いた作品(展示替えあり)からは、躍動感ある鷹の細やかな羽毛の表現に、後の写実の技が感じられます。

 

 


 第2章 解体新書の時代~未知との遭遇~

 

 1773年に、鉱山開発のために秋田を訪れた平賀源内との出会いが、直武の運命を大きく変えました。

 

 その才を評価した源内から呼ばれたのか、直武はすぐに秋田藩から江戸行きを命じられ、源内の元へ派遣されました。

 

 そして74年に杉田玄白らが翻訳を進めていた『解体新書』の挿絵師として抜擢されます。

 おそらく、そうした西洋の版画や挿絵の世界は、直武にとっては、見たこともないような新しいものとの遭遇だったに違いありません。

 

 文化の中心地江戸で、直武が出会ったであろう、貴重な西洋書籍の数々や、江戸で流行っていた眼鏡絵の実物とともに、当時の彼の環境を体感します。

 

akita_03
「解体新書」(部分) 杉田玄白ら訳、小田野直武画 一冊(序図)
安永3年(1774) 国立大学法人東京医科歯科大学図書館
【全期間展示】

 江戸中期の知識人の成果の集大成のひとつ、『解体新書』。(期間中ページ替えあり)

 後期には5冊まとめての展示もあります!

 原書も展示されていますので、直武の模写がどれほどに精緻だったのかも確認できます。

 

 

 このほか後期には平賀源内の書簡や彼の自画自賛像、作者不詳ながらファン・ロイエンなる画家の油彩を写した《花鳥図》(なんと絹本に油彩!)なども楽しめます。

 


 第3章 大陸からのニューウェーブ~江戸と秋田の南蘋画~

 

 1731年に日本に渡来した沈南蘋によりもたらされた中国の花鳥画は、その華やかで写実的な表現が、日本に大きなブームをもたらしました。

 

 直武が江戸に滞在していたころは、そのブームの真っ盛りであり、江戸にそれをもたらした宋紫石から、彼も大きな影響を受けたようです。

 

 ここでは江戸や秋田で活躍した南蘋派の作品を通して、直武が学んだもうひとつの秋田蘭画の要素である、中国絵画の影響を観ていきます。

 

akita_scene3  

akita_scene2
展示風景(前期)
松林山人の《牡丹図巻》から臨む
※展示替えがあります
 
展示風景(前期展示)
南蘋派の花鳥画は見ごたえたっぷり♪
※展示替えがあります


 松林山人《牡丹図巻》(場面替えあり)、富士を描いたものをはじめ、秋田藩横手城代をパトロンにしていた佐々木原善、山人を師とした宋紫石の充実の南蘋派の花鳥画が並ぶ空間は、壮観のひとこと。

 色彩といい、写実といい、いずれもみごとです。

 


 第4章 秋田蘭画の軌跡

 

 1777年に、直武は秋田に帰郷します。
 その際に、博物学を愛好していた佐竹曙山や佐竹義躬らに支持され、画法が伝わったとされています。

 

 その後、直接秋田藩に召し抱えられた直武(それまでは佐竹北家組下だった)は、曙山の参勤交代に伴ってふたたび江戸の地を踏むことになります。

 

 いよいよ本展のメインコーナー。

 直武により完成され、影響を受けた彼らが研究し、極めた「秋田蘭画」の精華の数々を堪能します。


 現在観られる後期展示のものから。

 

akita_05
重要文化財 《唐太宗・花鳥山水図》 小田野直武筆 三幅
江戸時代 18世紀 秋田県立近代美術館
【展示期間:12/14~1/9】l

 重要文化財になっている直武の三幅対の作品。
 極端に前景を大きくした遠近法の花鳥図と唐の太宗の陰影法、和と東と洋のみごとな混交です。
 遠くにかすむ風景もとても丁寧に描かれているので、ぜひ近寄ってじっくり観てください!

 

akita_06
《日本風景図》 小田野直武筆 二幅
江戸時代 18世紀 照源寺 【全期間展示】

 こちらは二幅一対の風景画。
 空間を活かした構図は和様ながら、遠景の人までも精緻に描かれています。

 いずれも圧巻の写実力と、どこか不思議な世界を描き出しています。

 

akita_02
《富嶽図》 小田野直武筆 一幅
江戸時代 18世紀 秋田県立近代美術館 【展示期間:12/7~1/9】


 目線の高さで立体感を出した富士。

 まるで銅版画のような細かい線で描かれ、手前の橋と今から渡ろうとしている人物が浮き上がってきます。

 

akita_07
《鷺図》 小田野直武筆 一幅
江戸時代 18世紀 歸空庵
【展示期間:12/14~1/9】

 

 ←こちらは鷺を描いたもの。


 図鑑の画のような鷺に、これまた写実的な杜若。
 全体としては納まっているのに、どこか不穏ともいえそうな空間が生まれているのが、それまでの日本の花鳥画と明らかに異なります。

 

 

 それぞれ前期と後期で展示替えはありますが、直武と曙山、義躬の作品が豪華に並ぶ空間は、一種独特の空気を醸し出しています。

 

 

 

 

 

 

 

 ご参考まで、前期の重要文化財展示は以下↓でした。

 (遅くなってすみません~汗)

 

akita_01 akita_08
重要文化財 《不忍池図》 小田野直武筆 一面
江戸時代 18世紀 秋田県立近代美術館
【展示期間:11/16~12/12】
《蓮図》 小田野直武筆、陸雨亭賛 一幅
江戸時代 18世紀 神戸市立博物館
【展示期間:11/16~12/12】

 

 直武の代表作といわれる《不忍池図》(左・重要文化財)と、《蓮図》(右)。

 《不忍池図》は、近景と遠景のあまりの格差に、写実を超えて、シュルレアリスムな世界に見えてきます…。

 《蓮図》は、玉のような蕾が印象的な美しい品格を放っていました…。

 

akita_04
重要文化財 《松に唐鳥図》
佐竹曙山筆 一幅
江戸時代 18世紀 個人蔵
【展示期間:11/16~12/12】

 

 

 

 佐竹曙山の《松に唐鳥図》(重要文化財)→

 

 きつめの顔とまるっとした体の唐鳥が鮮やかです。
 松の木はやはり現実を超えています…。


 遠景の洲にいる人々まで細かく描かれているのが、またみごと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このほか、直武の一点透視図法を使用した町の様子や、その腕の確かさを改めて見られる写生帖、

 義躬が多く描いた《岩に牡丹図》(花弁のグラデーションが油彩のようです)、

 後半には、直武と共に源内から学んだか?とされる田代忠国(曙山に仕える)の、西洋の画風をそのままに(むりやり)中国風に置き換えたような奇妙な作品など、

 驚嘆の写実と、東西日が融合した、独特の不思議・面白の世界が満開です!

 

akita_scene6akita_scene5
展示風景(前期)
直武の遠近法の作品たち
※展示替えがあります
展示風景(前期)
曙山の美しい写生帖
※展示替えがあります。
akita_scene7akita_scene8
展示風景(前期)
お決まりの主題だった牡丹図の並びは絢爛
※展示替えがあります
展示風景(前期
ちょっと奇妙な画題と作風も…汗
※展示替えがあります

 

 なんだか、「古新しい」感じが、現代では却って新鮮にも思えてきます…。

 


 第5章 秋田蘭画の行方

 

 1779年、直武は秋田藩からいきなり謹慎を命じられ、急ぎ秋田へ戻ります。
 そして翌年、数え32歳の若さで亡くなりました。
 謹慎の理由も、死因もいまだに明らかになっていません。

 

 蘭学が盛んとはいいながら、いまだ鎖国中の江戸で、なんらかの規制強化や粛清があったのかもしれません・・・。

 

 同じころに源内も殺人の罪で捕えられ獄死、85年には秋田藩主だった曙山も亡くなり、秋田蘭画に関わった人々が相次いでこの世を去りました。

 秋田蘭画を継いでいく系譜は途絶え、次第に忘れられていきます。

 

 直武に学んだという司馬江漢が、遠近法や銅版画、油彩画のジャンルを切り拓いていきますが、「秋田蘭画」がふたたび日の目を見たのは、昭和に入り、平福百穂によって『日本洋画曙光』が記されてからでした。

 

 最後に、江漢の作品や江戸期に陰影法や遠近法を活かした洋風画で「秋田蘭画」のその後をたどります。

 

akita_scene9
展示風景(前期)
平福百穂による「日本洋画曙光」から
※通期展示です

 

 司馬江漢の《三囲図》《金沢能見堂眺望図衝立》から、

 百穂が記した『日本洋画曙光』の原典、

 そこに載せられたという直武の《少女愛犬図》の原画などで、

 歴史に埋もれていた7年間の研鑽が、継がれ、ふたたび脚光を浴びた物語を作品で確認できます。

 

 

 

 

 

 


 江戸から遠く離れた地方から、わずかな期間ながら、無視しがたい挑戦をした小田野直武と「秋田蘭画」の系譜。

 

 西洋と東洋と日本を包括して、新しい表現を求めた彼らの活動は、ある意味で西洋近代絵画に先駆ける革新的な試みであったのかもしれません。

 

 どこか奇妙さを持ちながら、驚くべき描写と色彩の成果が、今もってわたしたちに与える衝撃と違和感がもたらす魅力。
 その背後にあった、彼らの熱い探究心とともに感じてください!

 

 

(penguin)

 
 
 
『世界に挑んだ7年 小田野直武と秋田蘭画』


開催期間 :2016年11月16日(水)~2017年1月9日(月・祝)

会場:サントリー美術館(六本木)
   〒107-8643 東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階

アクセス:(東京ミッドタウンまで)

     都営地下鉄大江戸線六本木駅出口8より直結
     東京メトロ日比谷線六本木駅より地下通路にて直結
     東京メトロ千代田線乃木坂駅出口3より徒歩約3分

開館時間:10:00~18:00 (金・土、および12/22(木)、1/8(日)は20:00まで)
     ※入館は閉館の30分前まで

休館日:火曜日(ただし1/3は開館)、12/30(金)~1/1(日・祝)

観覧料:一般1,300円/ 大学生・高校正1,000円/中学生以下無料
     *団体は20名以上100円割引
     *きもの割/きものでの来館で100円割引

     *HP割/ホームページ限定割引券提示で100円割引
     *携帯割/携帯サイトの割引券画面提示で100円割引
     *あとろ割/国立新美術館、森美術館の企画展チケット提示で100円割引
      *他の割引との併用はできません

お問い合わせ :Tel.03-3479-8600

美術館サイトはこちら

いいね!した人  |  リブログ(1)

テーマ:

 

写実から生まれる究極の装飾性

 

 

Okyo_pr

 

 通常は春に時おり根津美術館でお披露目のある応挙の《藤花図屏風》

 

 今年はなんと開館75周年を記念して、円山応挙の特別展が開催中です。

 

 江戸中期、確実な写生のテクニックによって、日本画に革新をもたらした円山応挙。

 

 その迫真の写実は超絶技巧ながら、完成した画面は、華やかに、たおやかに、そして力強く、技にとどまらない情緒と美しさを獲得しています。

 

 展示室も3室に拡大し、各所から集められた代表作で彼の挑戦の軌跡と先進性を確認できる空間。

 

 すでに後期の展示替えとなっていますが(すみません…)、せっかくですので前期展示作品も合わせて、ご案内します~。

 

※会場写真は美術館の許可をいただいて撮影しています

 

 第一章 応挙画の精華

 

Okyo_scene1
展示風景(前期) ※後期は展示替えあり
屏風が並ぶ圧巻の空間!

 徹底的な写実により、活き活きとした絵画世界をめざした応挙は、同時に技巧だけに納まってしまうことを避けるために、古今、中国・日本のあらゆる画法を研究し、独自の世界を築きました。

 

 まずは、時代ごとにさまざまな試みから生まれた傑作たちで、圧倒の応挙の世界を堪能します。

 

 

 


 なんといっても、いつ観ても、ため息の出る《藤花図屏風》

 

Okyo_01Okyo_scene2
重要文化財 《藤花図屏風》(左隻) 円山応挙筆 日本・江戸時代 安永5年(1776)
根津美術館蔵
展示風景
《藤花図屏風》 (右隻) 部分拡大

 

 琳派を思わせる金箔の背景に、藤花は繊細に、蔓は勢いよく盛りを誇っています。
 ひとつひとつの花弁の細やかさに、薄墨でサッと描かれた蔓のリズムと巧みさは、時間を忘れて魅入ってしまいます…。


 後期には《雲竜図屏風》が、その迫力で魅せてくれます。

 

Okyo_03
重要文化財 《雲龍図屏風》(左隻) 円山応挙筆 日本・江戸時代 安永2年(1773)
個人蔵 ※後期(11/29‐12/18)展示

 

 水分をたっぷり含んだ雨雲の中でのたうつ双龍は、金泥で鈍い光を放っています。
 渦巻く雲の勢い、そして幻の動物である龍もまるで見てきたかのような迫力です。ぜひこの機会に!

 

Okyo_09
《秋野暁望図》円山応挙筆
日本・江戸時代 明和6年(1769)
個人蔵 ※後期(11/29‐12/18)展示

 同じく後期には《瀑布亀図》《秋野暁望図》が。

 

 親子亀の愛らしさに、画面の空白を活かした大胆な滝の表現の対比が写実にとどまらない彼の画才を感じさせ、

 夜明けの秋草が描かれた一枚には、ひんやりと湿った空気とその奥行きがみごとに表されていて感動します(→)。

 

 


 ちなみに、前期には国宝《雪松図屏風》も揃っていました…。

 

Okyo_02
国宝 《雪松図屏風》(右隻) 円山応挙筆 日本・江戸時代 天明6年(1786)頃
三井記念美術館蔵 ※前期(11/3‐11/27)展示

 

 こちらは金地に黒々とした松が雪をまとっている姿ですが、雪の部分は絵具を載せたのではなく、白く塗り残した紙の地で表しています。

 雪のきらめきを表現する金の砂子のあしらいもすばらしいです。

 

Okyo_08
《孔雀牡丹図》 円山応挙筆
日本・江戸時代 安永5年(1776)
宮内庁三の丸尚蔵館蔵
※前期(11/3‐11/27)展示

 また、前期には極彩色がすばらしい《孔雀牡丹図》も。

 

 精悍な表情、羽根の細やかな描写、牡丹の花の美しいグラデーション…。
 

 こうした応挙の雪の表現や鮮やかな羽毛表現は、通期展示《雪中水禽図》でも確認できます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 第二章 学習と写生の徴

 

 典雅な日本の花鳥風月のほかに、応挙は西洋の遠近法を写した「眼鏡絵」でも知られています。

 10代から京都の玩具商に奉公し、その制作に携わる傍ら、当時の京にもたらされたあらゆる絵画を学び、吸収していった彼の足跡を感じさせる章です。

 

 眼鏡絵では《四条河原夕涼図》が展示されます。

 

 水彩画のような淡い色彩の中に浮かび上がるのは、鴨川沿岸に設置される納涼床に賑わう夏の風物。

 一部分を除いて墨のシルエットで描かれた人混みは、そのざわめきを伝えつつも、幻のようにはかなげな風情を湛え、物語に昇華しています。

 

Okyo_scene3
展示風景 《布袋・南天・芭蕉図》 円山応挙筆
明和元年-3年(1764-66) 個人蔵

 《布袋・南天・芭蕉図》の水墨画は、3幅それぞれに筆遣いの異なる描法が見られ、あらゆる技術に長けていた応挙の技量を眼で確認できる作品。


 近づいてじっくり観てほしいもの。

 

 

 

 

 

 

 貴重な写生帖の数々も観られます!

 

重要文化財 《写生図巻》 円山応挙筆 2巻のうち 日本・江戸時代 明和7年〜安永元年(1770〜72)
株式会社千總蔵 *後期は巻示替えがあります
Okyo_05-bOkyo_05-a

 

 こちらは《写生図巻》の一部。

 

 いまにもひくひくと鼻を震わせそうな、体温さえ感じさせる兎、葉の色づきや葉脈はもちろん、虫食いや枯れまでを写し取る植物図、当時博物学が盛んになっていたこともありますが、執念とも思えるその丁寧な観察眼は、美術であるとともに、現在の写真で見られる図鑑に負けずとも劣らないみごとさです。

 

展示風景(前記)
《写生図巻》 円山応挙筆 2巻のうち 日本・江戸時代 明和7年〜安永元年(1770〜72)
株式会社千總蔵 ※後期は巻替えがあります 
Okyo_scene8Okyo_scene6

 

 

Okyo_scene5

展示風景
《筍図》 円山応挙筆 天明4年(1784) 個人蔵

そして《筍図》

 

 こちらはデッサンともいえる、写生とともに観られます。

 

 背景もないシンプルな静物画ですが、皮の質感もすばらしい2本の筍は存在感充分です。

 

 

 

 

 

 

 

 

Okyo_scene4
展示風景(前期)
※後期は展示替えがあります

 

 このほか、中国絵画を模写したと思われる《西湖十景図》、南蘋の作品を写した《青鸚哥図》など、ありとあらゆる「表現」を貪欲に学んでいた様子がうかがえるセレクト。

 

 その広さと巧みな技量に改めて圧倒されます。

 

 

 

 


 第三章 七難七福図鑑の世界

 

 とても珍しい、絵巻の紹介コーナー。

 

Okyo_04
重要文化財 《七難七福図巻》 円山応挙筆 3巻のうち 日本・江戸時代 明和5年(1768)
相国寺蔵 ※後期は巻替えがあります

 

 応挙36歳の時の作品だそうで、彼の画才を見込んだ円満院の門主祐常の依頼で描いた3巻からなる大作です。

 

 七難と七福を現実に沿って描き、それにより信仰心を促す目的で造られた絵巻に、応挙は3年の歳月をかけたのだとか。

 

 天災に描かれる地震や洪水、火事、人災に描かれる盗賊や追剥、処刑の図は、リアリティにあふれ、今でも目を覆いたくなるような衝撃的なシーンも赤裸々に描かれています。

 

Okyo_scene7
展示風景(前記)
《七難七福図巻》 円山応挙筆 3巻のうち
日本・江戸時代 明和5年(1768) 相国寺蔵
地震の情景、犬猫にも注目!
※後期は巻替えがあります

 地震の描写では、このところの日本を考えるととても共感できる一方、揺れる大地に爪を立てている猫なども描かれていて、その視点にはほろりと笑みも。

 ※後期は、暴風海難、雷、鷲、狼、大蛇などが観られます。迫力の動物たち!

 

 人災の悲惨はやはり最も怖いのは人ではないか…と改めて思わされるほど。

 

 それらに比べると、七福のシーンはとても現世的、貴族的で浮世絵を思わせながらもやや「難」に比べるとインパクトに欠けるかと…(笑)。

 

 

 管見ながら初めて観ました・・・。
 相国寺蔵のお宝、必見です!

 図録では全幅観られる大判振る舞い。ぜひ記念に(笑)。

 


 まさに写実に始まり、「写実を超えて」新しい画の世界を拓いた応挙の、バラエティ豊かな作品と卓越した技をともに実感できる、充実の内容です。

 

 まもなく終了!
 お急ぎください~!!

 

 

 【同時開催】

 

 展示室 6 茶人の正月―口切―

Okyo_scene9
展示風景
新鮮な緊張感をもつ茶室のしつらえ


 茶室展示では、茶壺の口の封を切り、その年の初夏に摘んだ新茶をいただく、茶の湯の世界での正月ともえる11月をテーマに、お道具の数々が紹介されています。

 

 

 

 

 

 きりりと引き締まったお茶席の床の間にさりげなく飾られているのは、国宝の中国水墨画!

 

Okyo_06
国宝 《布袋蔣摩訶問答図》 因陀羅筆・楚石梵琦賛 中国・元時代 14世紀
根津美術館蔵

 

 すっきりとした取りあわせながら、「新年」にふさわしい清廉さを湛えた空間になっています。

 

 

Okyo_10
《肩脱茶壺 銘 長門》 中国・元~明時代 14-15世紀
根津美術館蔵

 また、大ぶりの茶壺は下部に向けてきゅっとしまったフォルムにごつごつした肌触りの釉の部分が味のある趣。

 

 

 根津美術館のこの時期のもうひとつの見どころである庭園はいつもより早めの冬の風景に…。

 

 美しい紅葉の季節は過ぎてしまいましたが、それは来年の楽しみとして、「寂び」の庭散策もおススメです!

 

 
 

 

 

(penguin)

 
 
 
 
開館75周年記念特別展「円山応挙 -「写生」を超えて-」

 

開催期間:2016年11月3日(木・祝)~12月18日(日)

会場 :根津美術館 (青山)
    〒107-0062 東京都港区南青山 6-5-1

アクセス :東京メトロ 銀座線・半蔵門線・千代田線 表参道駅下車
       A5出口(階段)より徒歩8分/B3出口(エレベーター・エスカレータ)より徒歩10分
       B4出口(階段・エスカレータ)より徒歩10分

開館時間 :10:00~17:00 入館は16:30まで

休館日 :毎週月曜日

入館料 : 一般 1,300円(1,100円)/学生 1,000円(800円)
     *( )内は20名以上の団体、障害者手帳提示者および同伴者1名の料金
     *中学生以下無料

お問い合わせ :Tel.03-3400-2536

公式ホームページはこちら

 

 

いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:

大西洋を渡ったヨーロッパの名画たち

 

 

選りすぐりの傑作名作で味わう、ヨーロッパ近代絵画史

 

 

detroit_pr

 自動車の街として知られるデトロイトより、日本でも大人気の印象派から20世紀初頭までのヨーロッパ近代絵画たちが来日中です。

 

 デトロイト美術館は、ヨーロッパの主な美術館が国公立で成り立っているのに対し、アメリカらしい、メセナによって支えられ、企業や市民によって成り立ったもの。


 その存続の危機の時も、彼らによって貴重なコレクションを散逸させず、保持したのです。

 

 公共美術館としては、ゴッホ、マティスを全米で初めて所蔵した歴史を持ち、その後も多くの同時代のヨーロッパおよびアメリカのアーティストの作品からなるコレクションは、収集方針も一貫して、高いクオリティを誇っています。

 

 膨大なコレクションの中から今回来日を果たしたのは、ほんの一部で、その数52点

 とはいえ、ルノワールモネドガセザンヌゴッホゴーギャンマティスピカソモディリアニ…と錚々たる画家たち。
 しかもいずれも名作揃い。日本初公開の作品が15点も含まれています。

 

 このところ数百点の規模を謳う展覧会が多い中で、少数精鋭の作品で近代絵画の流れをゆっくり、じっくり堪能できる嬉しい空間になっています。

 

 また、この美術館の特徴の一つともなっている、ドイツの20世紀を代表する作家たちの充実のラインナップも。
 これまたそれぞれの特徴をよく捉えた名作ばかり。

 

 すでにご覧の方も多いかと思いますが、こんな贅沢な展覧会、見逃してはもったいない!!
 


 第1章 印象派

 

 西洋絵画史上、近代の大変革であった印象派の作品は、ヨーロッパでは必ずしも一般大衆に支持を受けた動向ではありませんでしたが、当時産業革命で大量生産・大量消費を実現したアメリカの経済的発展の中では、明るく軽やかな色彩と大胆な画面構成が愛され、先進的な感覚を持っていた画廊を通じて多く購入されました。

 

 現在のメトロポリタンやMoMAをはじめとする充実のコレクションも、この頃から二度の大戦を経て、確立していくものです。

 

 デトロイト美術館の作品たちも、そうした莫大な財を成した事業主たちによって集められたものから成り立っています。

 

detroit_scene2
展示風景
デュラン(手前)とジェルヴェクス(奥)の
アカデミックな作品も。

 印象派を代表する画家たちの作品と、アカデミーの中でも近代の風俗を描き、その印象派を準備したカロリュス=デュランなどからスタートです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

detroit_03
《座る浴女》 ピエール・オーギュスト・ルノワール 1903-1906
Bequest of Robert H. Tannahill

 ルノワールの円熟期の裸婦は、同じポーズで描かれた作品が3点遺されているうちのひとつ。(他はフィラデルフィア美術館、ウィーン美術史美術館に)

 

 白く輝く肉体がまぶしいくらいのふくよかな裸婦は、第1回印象派展開催の頃に描かれた、特徴的な青白い肌の美しい夫人像《肘掛け椅子の女性》と息子ジャンを描いた愛らしい《白い服の道化師》と並びます。

 

detroit_01
《楽屋の踊り子たち》 エドガー・ドガ c.1879 City of Detroit Purchase

 横長のキャンヴァスに描かれたドガの油彩画。

 

 すばやい筆致とおさえめの彩色で踊り子たちを的確に捉えたレッスンの風景は、コントラバスがかなり大きく描かれ、写実を超えた画面の構成力を感じさせます。

 

 ほかに4点の油彩がありますが、テーマもバラエティに富みながら、いずれもスピード感のある筆跡が、彼の卓越した描写力を示す良作たちです。

 

detroit_02
《グラジオラス》 クロード・モネ c.1876 City of Detroit Purchase

 モネは1点。代表作の一つです。

 

 赤やオレンジ、ピンク、そしてところどころに青い絵具を点々とおいただけなのに、夏の日差しの中グラジオラスが咲き誇ります。遠景の女性は夫人のカミーユ。

 

 

 クールベは初期の裸婦像、ピサロは新印象主義のスーラの点描を受け入れた頃の秀作が来ています。

 


 第2章 ポスト印象主義

 

 印象派のアーティストたちによる印象派展も8回で終了、その頃にはスーラやゴーギャン、ゴッホなどが出品しており、時代はポスト印象派、つまり印象派を超えた表現を模索したアーティストたちの世代交代が起こっていきます。

 

 彼らはそれぞれに自身の表現を求めて、多様化していき、やがて20世紀の美術への端緒となっていくのです。

 

detroit_scene3
展示風景
ナビ派からは、ドニ(手前)とヴァロットン(奥)が。

 ここでは、キュビスムを用意したといわれる近代絵画の父、セザンヌ

 ナビ派へと発展する綜合主義を確立したゴーギャン

 そして描くこと、ただそれだけに情熱のすべてを注ぎ込み、日本の画家たちにも大きな影響を与えたゴッホ

 象徴主義につながるルドンやナビ派の作品たちに出逢えます。

 

 

 

 

 

detroit_04
《サント=ヴィクトワール山》 ポール・セザンヌ c.1904-1906
Bequest of Robert H. Tannahill

 セザンヌが繰り返し描いたサント=ヴィクトワール山の一枚。

 

 このモティーフでは横長が多い中で、珍しく縦使いのキャンヴァスに、水彩のような淡い色彩で青い空にどっしりと存在する岩山。


 風景写真を切り取ったような構図には、手前の樹木の枝先だけが、特徴的な筆遣いで描かれて、画面を引き締めています。

 

 このほか、やはり何度も描いた水浴図、妻を描いた肖像画、そして非常に珍しい3つの髑髏を描いた静物画(これはとても印象的です!)が観られます。
 モティーフ、描法ともに、充実のセレクトです。

 

detroit_05
《自画像》 ポール・ゴーギャン c.1893 Gift of Robert H. Tannahill

 多くの自画像を遺したゴーギャン。タヒチから一度パリに戻ったときのものです。


 ちょっと偉そうに見えるポーズと目線ですが、持ち帰った作品はパリでは理解されず、結局ふたたびタヒチへと最後の旅に出るその後を考えたとき、これは虚勢?とも思えるさみしさも漂わせています。

 

detroit_06
《自画像》 フィンセント・ファン・ゴッホ 1887 City of Detroit Purchase

 ゴッホの2点来日のうちの1点。


 弟テオを頼ってパリに出てきた彼が、印象派の明るい色彩に出逢い、数多くの自画像を描いた時期の作品です。

 スモッグの右下には、指で描いた跡も残っています。

 

 こちらがアメリカの公的美術館に初めて収蔵されたゴッホの作品とのこと。

 


 ナビ派からは、やがて妻となる女性を描いたボナール、流れるような曲線と平面性で、アール・ヌーヴォーのポスターのデザインを油彩にしたモーリス・ドニ(額縁も自作…?)、版画で知られるヴァロットンのアカデミックな描き方が却って不思議な象徴性を持つ油彩が来ています。

 


 第3章 20世紀のドイツ絵画

 

 20世紀のドイツ絵画といえば、まず「ドイツ表現主義」が挙げられます。
 第一次世界大戦前夜の、狂乱と不安をいち早く感じ取った彼らは、激しい筆致と色彩で、都会の退廃を描き、自然への回帰を謳います。

 

 ベルリンのカンディンスキーたちによる「青騎士(ブラウエ・ライター)」、ドレスデンのキルヒナーらによる「橋(ブリュッケ)」を中心に、各地で内面の表現を重視した、アヴァンギャルドな芸術活動が展開されました。

 

 また、世界で初めての大量破壊兵器による大量死を大戦で経験した世代からは、モノへの信頼を失った「抽象表現主義」と、モノにひたすらに回帰する「新即物主義(ノイエ・ザッハリヒカイト)」の動向が生まれてきます。

 

 ドイツ絵画の歴史を踏まえつつ、新しい表現を獲得していった彼らですが、ナチス・ドイツの国家統制により、「退廃芸術」として弾劾され、多くのアーティストたちが、あるものは悲劇的な死を迎え、あるものは苦しい創作活動を強いられていくのです。

 

detroit_scene5
展示風景
充実の「ドイツ表現主義」のコーナー♪

 この章は、こうした彼らの作品が揃い、「ドイツ表現主義」の表現の概要が見られるセレクトになっています。

 

 なかなかこのテーマで展覧会が開かれることの少ない日本で、そのインパクトとエッセンスに触れられる貴重な空間です。

 

 

 

 

 

 

detroit_10
《白いフォルムのある習作》 ワシリー・カンディンスキー 1913
Gift of Mrs. Ferdinand Moeller

 カンディンスキーの青騎士時代の作品。

 

 のちにバウハウスで教鞭を執るころには、幾何学的、アメーバ的な抽象表現へと変わっていきますが、この頃は、ロシア正教の建物や、黙示録の天使の影など、宗教的主題が盛り込まれた、具象と抽象の間で色彩と勢いのある作品を生み出していました。

 

detroit_07
《月下の冬景色》 エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー 1919
Gift of Curt Valentin in memory of the artist on the occasion
of Dr. William R. Valentiner's 60th birthday

 ナチスに追われ、最後は自ら死を選んだキルヒナーの作品。

 

 青と赤で描かれる雪山の風景は、その生涯を知らなくても、どこか危うい激しさを孕み、不穏な空気を伝えます。
 その不安な強さが、忘れられなくなる画家です。

 

 

detroit_scene4
展示風景
(手前から)ノルデ、ベッカー、ペヒシュタイン、キルヒナー
バックの壁の色ともよく合って。

 ここで(個人的にですが)最もおススメが、エミール・ノルデ《ヒマワリ》

 

 やはりヒトラーにより退廃芸術として扱われ、1941年には制作禁止令を出され、その間ひっそりと水彩を描き続けたこの画家。実は、この水彩で、風景画も風刺画ともにすばらしいものを遺しています。

 

 こちら(→)は油彩で描かれたものですが、ヒマワリの大胆な大きさと鮮やかな黄色、緑に、背景の夕暮れの残光を描いた青の階層は、やはりその色彩感覚がよく出た逸品。
 ゴッホへのオマージュといわれているものだそうです。

 

 このほか、近年見直しが進んでいる労働者や貧しい人々を力強く描いた女性作家のパウラ・モーダーゾーン=ベッカー

 「ブリュッケ」でキルヒナーと活動した、ペヒシュタインヘッケルカール・シュミット=ロットルフ

 新即物主義からは、ベックマンディクスが、さらにはオーストリアの表現主義として、ココシュカまで並ぶこの章は、本展覧会でも特徴的で、充実の一室。

 

 アメリカでこれほどに揃っている美術館もそうはないかと。。。

 


 第4章 20世紀のフランス絵画

 

 最終章では、20世紀初頭の美術を牽引したふたりの巨匠、ピカソマティスを中心に、パリに集った世界各国のアーティストたちの作品で、このあと第二次世界大戦後にはアメリカへと舞台を移していく20世紀美術の、パリでの最後の輝きを、アメリカのコレクションで観ていきます。

 

detroit_08
《窓》 アンリ・マティス 1916 City of Detroit Purchase

 こちらはマティスがお気に入りのテーマ、窓から外が見える室内風景。
 ゴッホ同様、アメリカの公的美術館として初めて収蔵されたマティスの作品です。
 ゴッホ以上に、収蔵には反対の声が大きかったとか。

 

 床と壁の堺もはっきりとせず、絨毯と模様のある床(?)の位置関係も不思議で、花の置かれたテーブルも浮いているようなのに、とても落ち着いた印象を与えます。

 

 緑と白の色面が黒の輪郭で描かれる室内の情景と合わさって、美しいハーモニーとリズムを生み、茶色がアクセントになっています。

 

detroit_scene6
展示風景
マティスの3点が並ぶ一面は、時間を忘れます…

 本展覧会のメインともいえる、マティス。
 3点の作品、ぜひ近づいて、遠のいて観てください!

 

 「観る人が安楽椅子に座っているような絵」を求めたマティスの、一見ふざけているのかと思わせるような軽やかな印象の中に、どれほどの構成と色彩配置が周到になされているかが見えてくると、もうメロメロです・・・。

 

 

 

 

detroit_scene7
展示風景
ピカソは時代ごとのバリエーションで。

 ピカソはパリに来たころの初期からキュビスム、新古典主義、二次大戦時の頃の代表的な女性像、そして戦後晩年の特徴をよく表したものまで、みごとなバリエーションのコレクションを楽しめます。

 

 

 

 

 

 

 

 

detroit_09
《女の肖像》 アメデオ・モディリアーニ 1917-1920 City of Detroit Purchase

 モディリアニが妻ジャンヌを描いたのではないか、といわれる女性像。
 瞳がなく、首の長い、やさしさとさみしさが共存する女性像、彼を代表する肖像画の1点です。

 

detroit_scene8
展示風景
モディリアニとスーティンのコーナー

 モディリアニは、これを含めたすばらしい肖像画が3点、スーティンの暴れるような筆致がその生命力を激しく表現した《赤いグラジオラス》と並んでおり、エコール・ド・パリの画家ふたりの壁にもうっとりします・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

detroit_12
デトロイト美術館内観 アメリカ・デトロイト美術館内
The Rivera Court Photo by Salwan Georges

 展覧会副題にも付された「大西洋を渡ったヨーロッパの名画たち」。

 

 はるばる大西洋を渡ったおかげで、デトロイトが守りぬいたおかげで、焼失や散逸を逃れたこれらの名作が、いままた、はるばる太平洋を渡って、わたしたちに感動をもたらしています。

 

 なんと一緒に新年を迎えられるという、嬉しい長期滞在です!
 このチャンス、逃さないで!!

 

 

(penguin)

 

 

 

『デトロイト美術館展』


開催期間 :2016年10月7日(金)~2017年1月21日(土)

会場:上野の森美術館(上野)
   〒110-0007 東京都台東区上野公園1-2

アクセス:JR上野駅公園口より徒歩3分
      東京メトロ銀座線・日比谷線、京成電鉄京成上野駅より徒歩5分

開館時間:9:30~16:30
     ※金曜日は20:00まで開館
      ※入館は閉館の30分前まで

観覧料:一般1,600円(1400円)/ 高校・大学生1,200円(1,000円)/ 小・中学生600円(500円)
      小学生未満は無料
     *( )内は20名以上の団体料金
     *障がい者手帳をお持ちの方とその介護者1名は無料です。(要証明)

お問い合わせ :Tel.03-5777-8600(ハローダイヤル)

展覧会公式HPはこちら

 

 

 

『デ トロイト美術館展』 招待券を10名様へ!!(お一人様一枚)
応募多数の場合は抽選の上、
当選は発送をもって代えさせていただきます。


《申込締め切り 12月16日(金)》

お申し込みは、ticket@art-a-school.info まで 手紙

!!希望展覧会チケット名、お名前、送付先のご住所を忘れずに!!

美術ACADEMY&SCHOOL チケットプレゼント係

〒102-0083 千代田区麹町6-2-6 ユニ麹町ビル4F
電話03-4226-3009
050-3488-8835

いいね!した人  |  リブログ(1)

テーマ:

日本の近代洋画をコンパクトに学ぶ!

 

 

高橋由一から藤島武二まで

日本近代洋画への道

山岡コレクションを中心に

2016年9月10日(土)~12月11日(日)中村屋サロン美術館

 

 

日本の近代美術の流れが覚えづらい……そんな方にオススメの展覧会が、新宿の中村屋サロン美術館で開催されています。

 

この展覧会では、日本の洋画の幕開けである江戸時代末期から明治時代にかけて、近代洋画がどのように発展し、どのような作家が活動したかが、約30点の作品でコンパクトにまとまっています。

 

第1章 江戸幕末の洋画

まだ正式な洋画の教育機関がなかった時代、高橋由一らは、開国で来日したイギリスの報道画家、ワーグマンから洋画を学びます。

高橋由一《鮭図》

1879-80年 笠間日動美術館蔵

 

 

チャールズ・ワーグマン《百合図》

1878年 笠間日動美術館蔵

 

 

第2章 明治初期留学生と工部美術学校

明治維新後、ワーグマンに学んだ五姓田義松らはヨーロッパへ留学。一方で、明治9(1876)年に政府が設立した初の西洋美術教育機関「工部美術学校」からは、イタリア人でバルビゾン派の影響を受けたフォンタネージから教えを受けた、浅井忠、小山正太郎、山本芳翠ら、時代を代表する作家が輩出されます。

 

ところが工部美術学校は、政府の方向転換で日本文化を重んじる方向へ舵を切り、6年で閉校。その後、洋風美術排斥の風潮に対抗すべく、明治22(1889)年に浅井、小山、五姓田らが「明治美術会」を結成します。

 

小山正太郎《青梅風景》

1902年 笠間日動美術館蔵

 

山本芳翆《けしと小鳥》

1892年 笠間日動美術館蔵

 

 

第3章 明治外光派と浪漫主義

フランスに留学し、外光派のラファエル・コランに師事した黒田清輝、久米桂一郎が帰国後、明治29(1896年)に結成し、明るく清新な画風を特徴とする「白馬会」を結成。

 

岡田三郎助《彫刻師》

1890-91年 笠間日動美術館蔵

 

 

藤島武二《観桜会》

制作年不詳 笠間日動美術館蔵

 

 

青木繁《二人の少女》

1909年 笠間日動美術館蔵

 

 

対して、明治美術会からの流れで物の形の把握やデッサン力を重視する満谷国四郎らが、明治34(1901)年に「太平洋画会」を結成します。

 

満谷国四郎《かりそめの悩み》

1907年 笠間日動美術館蔵

 

 

会場では、明治後期の洋画壇のふたつの中心勢力が、壁の左右に分かれて展示されており、画風の違いが一目瞭然でわかる構成になっています。

 

向かって右の「白馬会」は、陰影部分に紫を用いたことから「紫派」と呼ばれ、

左の「太平洋画会」は暗褐色の色調を特色とするため「脂(やに)派」と呼ばれた。

 

 

今回の展示作品は、ヤンマーディーゼルの創業者・山岡孫吉のコレクションで、笠間日動美術館が所蔵するものです。

 

 

山岡が江戸時代から明治時代の洋画に関心を抱き収集した一大コレクションの中の作品で、日本近代洋画の流れをおさらいしてみましょう。

 

 

アート 高橋由一から藤島武二まで『日本近代洋画への道』山岡コレクションを中心に  アート

 

開催期間:2016年9月10日(土)~12月11日(日)

 

会場 :中村屋サロン美術館 (新宿)

    〒160-0022 東京都新宿区新宿 3-26-13 新宿中村屋ビル3階

 

アクセス :JR「新宿駅」東口 徒歩2分

       東京メトロ丸の内線「新宿駅」A6出口直結

 

開館時間 :10:30~19:00

     (入館は18:40まで)

 

休館日 : 火曜日

 

観覧料 : 大人 300円(高校生以下、障がい者とその同伴者1名は証明書呈示で無料)

 

お問い合わせ :Tel.03-5362-7508

 

ホームページはこちら

いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:

 

あらゆる“あわい”を描き続ける、ほとばしるエネルギーの圧倒

 

 

Alechinsky_en
会場入り口


 渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムでは、ピエール・アレシンスキー国内初となる本格的な個展が開催されています。

 

 

 

 

 

制作中のピエール・アレシンスキー 2009年
© Adrien Iwanowski, 2009
 

 


 ピエール・アレシンスキー。

 

 1948年に結成された前衛美術集団CoBrA(コブラ:コペンハーゲン、ブリュッセル、アムステルダムの頭文字をとった)の結成メンバーとしてデビューし、その理念を継承しつつ、89歳となった今も新しい表現を模索し続けるベルギーを代表する現代アーティストです。

 

 51年にグループは解散しますが、その前衛的な考え方と、即興性の強い、内面の情熱を描き出したような激しい筆さばきは、その後のアレシンスキーを特徴づける基本要素となりました。

 

 1940年末の初期から最新作まで、およそ80点で彼の画業を概観する展覧会は、時系列に5章の構成。

 コブラ解散後に彼が強い影響を受けた日本の書との関係とともに、激しさと怜悧さと、皮肉とユーモアと、物語とインパクトと、独特の作品世界で魅了してくれます。

 


 1.コブラに加わって

 

 1944年に美術学校の広告部門に入学したアレシンスキーは、在学中に左利きを矯正されたことをきっかけに、画像が反転する鏡像化に対する自身の優位性を見いだし、主に版画や挿絵の作品を生み出します。

 

 そしてコブラのメンバーと知り合い、パリを主軸にしていたその活動に積極的に参加していきます。

 

 「左手は絵を描く手、右手は文字を描く手」として、その共通点と相違点を意識していたというアレシンスキー。

 

 人びとに文字とイメージでメッセージを訴える広告という手法、左手から右手への移行、コブラの理念である因習の打破と新しいものへの挑戦、そのための勢いある筆致など、この時期に培った感覚は、その先の彼の表現の根幹を形成したのでしょう。


 まずは、第1回コブラ展に出品された版画作品から、油彩表現へと開花していく、若き日のアレシンスキーを観ていきます。

 

Alechinsky_scene1
展示風景
すでに独特の表現を持つ《職業》の連作版画


 9点のエッチングの連作は、それぞれの職業に特徴的なモティーフを活かしながら、不思議な容姿で表した《職業》

 

 ファンタジックな雰囲気の職業の「記号」となった人物たちは、どこか詩的なユーモアも湛えています。

 

 

 

 

 

Alechinsky_scene2
展示風景
読み解きが楽しいリトグラフの連作
 

 


 「ネオン」や「太陽」、「漆喰」などの事象の名がつけられたリトグラフ作品は、タイトルによってそこに描かれている世界が改めて浮かび上がってくる面白さがあります。

 

 

 

 

 

 

 

Alechinsky_01
《夜》1952年 油彩、キャンバス 大原美術館蔵 © Pierre Alechinsky, 2016


 この頃の油彩作品。
 コブラ解散(1951年)後、日本の書と出逢ったころに描かれた1枚です。

 

 象形文字のような記号のような白い線が闇に浮かび上がります。
 それは固定化されず、今でも次々と動いてその姿を変えていきそうです。
 読めそうで読めない画面には、静けさと賑やかさが共存しています。

 


 2.「書く」から「描く」へ

 

Alechinsky_11
制作中のピエール・アレシンスキー 1986年
© Agnés Bonnot, 1986
 

 コブラの解散の年、さらなる表現を求めてパリに移っていた彼は、通い始めていた版画学校で日本の前衛書道誌『墨美』と出会い、その動きと造形の勢いに魅せられ、日本の書の世界へ急速に近づいていきます。

 

 現代書家である藤田子龍との文通を始め、55年には念願の来日も果たします。


 その際には「日本の書」というドキュメンタリー・フィルムも作成、その作品も会場で観られます。

 

 やがて軽やかな水墨画で庶民へ禅の教えを説いた禅僧・仙厓を師とも仰ぎ、絵と文字の独自の関係性を作品にしていくのです。

 

 同時に、中国人アーティストから中国式の描き方を習い、その時から床に紙を置いて身体全体で描き、その後キャンバスに貼る、彼の制作スタイルが確立しました。(こちらも制作風景がビデオで観られます!)併せて画面も大きくなっていきます。

 

 ここでは書が持つ、記号的な造形要素、文字・言葉が表現するもの、そして筆の勢いから生まれる動きのある線を追求し、表現として獲得していく様子を、油彩・墨画の両作品で確認します。

 

Alechinsky_scene3
展示風景 油彩作品の2点。
《新聞雑報》 1959年 油彩、キャンパス いわき市立美術館蔵(左)
《誕生する緑》 1960年 油彩、キャンバス ベルギー王立美術館蔵(右)


 油彩作品の《誕生する緑》(右)。

 

 緑から青が激しくうごめく画面は、いままさにその空間に“緑”という存在が生まれ出る瞬間をとらえたようです。

 

 その線は人の顔を浮かび上がらせ、蛇のような生物を生み出し、かと思うと瞬く間に溶解させる、生命のるつぼにも見えてきます。

 

 

 

Alechinsky_scene4
展示風景
オレンジの皮を描いた墨画連作
 

 


 アトリエを共有していた彫刻家がもたらしたオレンジの皮をさまざまにバリエーションとして墨で描いたもの(→)。


 具象的なオレンジの皮が、抽象的な形象にもなっていくゆらぎが観られます。

 

 

 

 


 3.取り囲まれた図像

 

Alechinsky_scene5
展示風景 版画作品にもコミックのコマ割りの影響が…
《紙と墨の城壁》 1979年 墨、和紙 ベルギー王立美術館蔵
《中庭への窓》 1977年 アクリル絵具、和紙 ベルギー王立美術館蔵

 65年からアメリカに長期滞在したアレシンスキーは、そこでアクリル絵具とコミックに出会います。

 

 乾くのに時間がかかる油絵具は、作品に即興性を求める彼にとっては、扱いにくい素材でした。

 

 それに代わり、速乾性のあるアクリル絵具を使用することで、創作スピードもアップし、画面もより巨大になっていきます。

 

 また、コミックは、そのコマ割りの表現方法が、即興性とともに物語性も籠めたい創作意図に合致したようです。

 


 以後、西洋絵画の伝統でもあった「下部挿画(プレデラ)」形式を採用し、画の周りにコマ割りの画面をつける、彼のもう一つのスタイルが生まれました。

 

 ますます色彩もその勢いも増していく表現と、そうした作品を取り囲むコマ割りの枠が描き込まれた、「アレシンスキー」を代表する作品たちに出逢います。

 墨画、版画、アクリル画とさまざまな手法で自在に表現を拡げていく、エネルギッシュな姿を感じられます。

 

 

Alechinsky_09
《写真に対抗して》 1969年 アクリル絵具、キャンバスで裏打ちした紙
ベルギーINGコレクション © Pierre Alechinsky, 2016


 人間か化けものか判然としない生物めいたものが蠢動する赤い大画面の下には、象形文字か、記号か、マンガのようなコマが並びます。

 

 タイトルと合わせた時、その画面は私たちに、物語か主張の読み取りを促します。でも読めそうで読めない…。ここにも、突き放しながら魅了する、彼の作品の面白さがあります。

 

 

Alechinsky_02
《肝心な森》 1981-84年 アクリル絵具/インク、キャンバスで裏打ちした紙
作家蔵 © Pierre Alechinsky, 2016

 

 中央のカラー画面は「森」を示す植物の繁茂を表しているのでしょうが、その周囲を取り囲むモノクロームのコマたちは、やはり物語を持っているように感じます。

 

 処々に見える蛇や人物のような影、昼と夜の大地のような風景は、森の生成の神話にも捉えられて、どこか聖性をも思わせる作品です。

 

 

Alechinsky_08
《至る所から》 1982年 インク/アクリル絵具、キャンバスで裏打ちした紙
ベルギー王立美術館蔵 © Royal Museums of Fine Arts of Belgium, Brussels/
photo : J. Geleyns - Ro scan © Pierre Alechinsky, 2016


 「至る所から」出て行こうとしているのでしょうか?それとも引き込もうとしているでしょうか…?

 

 風景とも生物とも見える中央画面の拮抗する緊張感に、周囲の鮮やかな色彩のにぎわいが、ザワザワとした喧騒となって、さらなる緊張のバランスをもたらします。こちらもまた、強烈なインパクトとともに不思議な美を放ちます。

 


 4.記憶の彼方に

 

Alechinsky_scene7
展示風景 古地図の上に描かれた作品たち
《氷の目》 1982年 (左)
《真上から見たニューデリー》 1982年(右)
2点ともインク、キャンバスで裏打ちした空港図 作家蔵
 

 3章の作品にも確認できますが、アレシンスキーは62年頃から、古い手紙や使用されなくなった地図、不要になった書類や証券などの反故紙を多く使用するようになります。

 

 それは、キャンバス作品のプレデラ部分に使用されることもありますし、スケッチやデッサンの支持体にもなります。

 

 文字とそれが意味するもの、そして描かれる画という関係性にこだわったとても彼らしい作品たち。

 カラフルで美しく、勢いの中に軽やかさを併せ持ったステキな作品が多いです。

 

 ある時は意味深に、ある時はロマンティックに、またある時はコミカルに、時間と意味と記憶について、そして言葉と遺された文字、その形としてのあり方、さまざまな要素がこめられているのを感じます。

 

 

Alechinsky_03
《あなたの従僕》 1980年 水彩、郵便物(1829年12月17日消印)
ベルギー王立美術館蔵 © Royal Museums of Fine Arts of Belgium,
Brussels/photo : J. Geleyns - Ro scan © Pierre Alechinsky, 2016


 誰かの手紙の上に描かれた人物。
 宛名の飾り文字の曲線もうまく活かされた、愛らしい小品です。
 このシリーズが並んだ壁は、ユーモラスでポエティックで、うっとりします…。

 

Alechinsky_scene6 Alechinsky_scene9
展示風景
反故紙の上に描かれた作品は詩的空間に…
 
展示風景
左の2点。ユーモアと地の文字を活かした人物像
 

 

Alechinsky_05
《ローマの網》 1989年
インク・アクリル絵具、拓本、キャンバスで裏打ちした紙
作家蔵 © Pierre Alechinsky, 2016


 こちらは、拓本(フロッタージュ)の周りに彩色したもの。


 ニューヨークやローマのマンホールの蓋の拓本や、ガス栓など、日常の街にある、普段は無視されがちなものに、それぞれの土地の記憶や歴史、風景が配されます。


 3点のバリエーションが観られる嬉しい展示です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Alechinsky_06
《ボキャブラリー Ⅰ-Ⅷ》 1986年 アクリル絵具、キャンバスで裏打ちした紙 作家蔵
© Pierre Alechinsky, 2016


 8連画の巨大な作品。
 火山、滝、城壁、風景、木や海など、タイトルにあるとおり、表象と言葉を追求するアレシンスキーの辞書ともいえるもの。

 

 各々の画面は切り取られたひとつの世界(ないしはことば)ですが、大画面として構成されたとき、それは彼が捉える「世界」を生成します。

 読み解いていくのが楽しく、魅力的な作品です。

 


 版画作品にもご注目!

Alechinsky_scene8
展示風景 美しい彩色のエッチングは中国紙に描かれています
《無音の返答》 1988年 エッチング、中国紙 作家蔵(左)
《プリズム》 1988年 エッチング、中国紙 作家蔵(右)
 
 

 

 火山や森をモティーフにすることの多い彼の、もう一つの題材が「滝」です。


 右側は滝をイメージした1枚。カラフルな周囲は、季節の移り変わりや水のイメージでしょうか、まるで日本の描表装のようです。

 

 

 

 

 

 

Alechinsky_scene10
展示風景
《ヴォワラン印刷機》の連作(2003年リトグラフ、アルシュ紙 作家蔵)
は部屋に飾りたい美しさ
 

 

 

 (←)20世紀初頭のリトグラフ機械製造の大手であったヴォワラン社へのオマージュといえる連作。


 オフセット印刷の流通により、リトグラフ産業は消滅します。


 いまでは数人しか創作に使用していないこの機械を、アレシンスキーは「絵を描く機械に徹し」ているとして愛しました。


 そのプレス機で刷られた美しい配色の3枚は持って帰りたくなります…。

 

 


 5.おとろえぬ想像力

 

Alechinsky_scene11
展示風景 色彩を抑え、構成的になる近年作
《直観的な廊下》 2001年 アクリル絵具(左)
《雄山羊》 1999年 インク/アクリル絵具(右)
2点ともキャンバスで裏打ちされた紙 作家蔵
 

 多様な支持体、さまざまな素材、そしてバラエティ豊かな制法と、常に新しい表現と変化を求めるアレシンスキーの創作の情熱は、89歳になる現在でも衰えることなく、次々と作品を生み出しています。

 

 最終章では、最新の作品に、コブラから延々と引き継いできたもの、彼のこだわり続けてきたもの、そして新たに生み出しているものを確認します。

 

 宇宙や自然、世界の生成のエネルギーを捉え続けてきた彼は、「円環」にたどり着きます。

 

 新しい作品では、キャンバスを丸くした作品たちが印象的です。

 

 

Alechinsky_04
《デルフトとその郊外》 2008年 アクリル絵具、キャンバスで裏打ちした紙
作家蔵 © Pierre Alechinsky, 2016


 デルフト焼きの青を思わせるブルーで描かれるのは、デルフト郊外の風景。
 円という一つの完結した空間に現わされる街は、それだけで充足し、過去と今、そして未来の姿をわたしたちの前に示します。

 

Alechinsky_07
《鉱物の横顔》 2015年 アクリル絵具、キャンバスで裏打ちした紙
作家蔵 © Pierre Alechinsky, 2016


 コブラの継承を感じさせる蛇(?)は、モザイクのようなカラフルな縁取りが、ワッペンみたいでちょっとユニークな作品。


 しかし、蛇のレンガのボディと、その体を囲う白い升目が壁に見えてきたとき、タイトルと相まって、どこか社会的な意味合いも感じられて…。

 

 

Alechinsky_scene12
展示風景 円形作品が並ぶ空間は印象的です
左から
《最終攪拌》 2011年 インク/アクリル絵具、《デルフトとその郊外》 2008年 アクリル絵具
《鉱物の横顔》 2015年 アクリル絵具、《それを納得する》 2010年 アクリル絵具
4点すべてキャンバスで裏打ちした紙 作家蔵

 

 会場ではこの円形の作品が壁に一堂に並びます。
 このように円形作品をまとめて展示する形はこれまでになかったのだとか。

 

 海外キュレーターもそのインパクトに驚いたという展示空間は必見です!

 

 


 勢いのある筆致と色彩で新しい作品を生み続けるアレシンスキー。
 なにを捉え、なにを感じるかは、それぞれ観るものに託されています。

 

 しかし、変わらないのは、画と文字、イメージと言葉、具象と抽象、ストーリーと即興、過去と現在、色彩と黒白、世界と生物、あらゆる境界の“ゆらぎ”を描き出していること。

 

 ほとばしる情熱の中にその“ゆらぎ”を感じてください!

 

 

(penguin)

 
 
 
『ピエール・アレシンスキー展 おとろえぬ情熱、走る筆。』

 

開催期間:2016年10月19日(水)~12月8日(木)

会場 :Bunkamura ザ・ミュージアム (渋谷)
    〒150-8507 東京都渋谷区道玄坂 2-24-1

アクセス :JR「渋谷駅」(ハチ公口)より徒歩7分
       東京メトロ銀座線、京王・井の頭線「渋谷駅」より徒歩7分
       東急・東横線、東急田園都市線、東京メトロ・半蔵門線、
       東京メトロ・副都心線「渋谷駅」(3a出口)より徒歩5分
     * お車の場合、専用駐車場はありません。東急本店駐車場(有料)をご利用ください

開館時間 :10:00~19:00
       (毎週金・土曜日は21:00まで、入館は閉館の30分前まで)

休館日 : 無休

観覧料 : 一般 1,400円(1,200円)/高校生・大学生 1,000円(800円)/小・中学生 700円(500円)
     *( )内は20名以上の団体料金(電話での予約必要 Tel.03-3477-9413(Bunkamura))
     * 学生券をお求めの場合は学生証の提示が必要
     *障害者手帳の提示で割引料金あり。詳細は窓口でお尋ねください

お問い合わせ :Tel.03-5777-8600(ハローダイヤル)

公式サイトはこちら
 
 

 

『ピエール・アレシンスキー展 おとろえぬ情熱、走る筆。』
招待券を10名様へ!!(お一人様一枚)


応募多数の場合は抽選の上、
当選は発送をもって代えさせていただきます。


《申込締め切り 11月24日(木)》


お申し込みは、ticket@art-a-school.info まで 手紙


!!希望展覧会チケット名、お名前、送付先のご住所を忘れずに!!
美術ACADEMY&SCHOOL チケットプレゼント係
〒102-0083 千代田区麹町6-2-6 ユニ麹町ビル4F


電話03-4226-3009
050-3488-8835

 

いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:

 

国宝、重文で観る禅文化の「こころ」

 

 

zen_pr

 

 東京国立博物館 平成館には、いま禅文化の名宝が集結しています。

 

 「禅」なんてよく分からない、遠い…と思ってしまうかもしれませんが、中国から伝来した仏教の一派である「禅」は、鎌倉期から南北朝期に為政者と結びつき、時を同じくして輸入された元・宋の文化とともに、日本において豊かに花開きました。

 

 それは、さまざまに分派し、実際に悟りを目指した僧たちだけではなく庶民にも伝えられて、現在のわたしたちの生活の中にも取り込まれているものです。

 

 達磨大師によってインドから中国へ、唐時代に臨済禅師によって広がり、鎌倉期に日本にもたらされ、江戸期には黄檗宗の伝来とともに白隠らによる庶民への普及が進んだ「禅」を、臨済禅師1150年、白隠禅師250年の遠諱記念に合わせて、概観する大規模な展覧会。

 

 国宝22件、重要文化財102件を含む、展示数約240点という空前絶後の展示は、前期と後期に分けられ、5つの章立てで日本に花咲き、今や「ZEN」として世界にも広がる思想の「かたち」を魅せてくれます。
(すみません~汗。展覧会はすでに後期に入っています。写真で特に記載のないものは現在展示しています)

 

zen_12
達磨像 白隠慧鶴筆 江戸時代 18世紀
大分・萬壽寺蔵
 

 入り口には、大きな「達磨像」が。
 江戸期に庶民への普及を進めた白隠によるユーモラスながら迫力の達磨禅師が案内役です。

 


 第1章 禅宗の成立

 

zen_scene1
展示風景(前期)
※展示替えがあります
 

 禅宗は、初祖達磨禅師に始まり慧可(二祖)から慧能(六祖)へと伝えられ、唐末期に臨済義玄を宗祖とする臨済宗が確立、日本に臨済宗十四派と黄檗宗としてつながっていきます。

 

 ここでは、インドから伝来し、禅宗として確立する中国での流れを歴代祖師の肖像やその言動を偲ばせる作品から観ていきます。

 

 さまざまに描かれた達磨禅師は、そのぎょろりとした目と髭面、赤い衣がトレードマーク。
 わたしたちには縁日などで見られるかわいらしいだるま人形が身近ですが、実はこんなに偉大な人なのです。

 

 そこから臨済義玄をはじめとする臨済禅を確立した祖師たちの肖像や貴重な語録を見ることができます。

 

 後期見どころは国宝《慧可断臂図》

zen_01
国宝 慧可断臂図 雪舟等楊筆
室町時代 明応5年(1496) 愛知・齊年寺蔵
 

 神光(後の慧可)が達磨禅師に参禅を請うも許されず、自らの左腕を切り落としてその決意のほどを示して、ようやく入門を許されたというエピソードを描いたもの。

 

 峻厳な岩の描き方と写実的な顔、略したような衣服の線描と、あらゆる筆遣いが絶妙なバランスで、ふたりの緊張感あふれる心のやり取りが描かれる、雪舟の代表作です。

 


 第2章 臨済禅の導入と展開

 

zen_scene2
展示風景(前期)
※展示替えがあります
 

 鎌倉時代に日本に本格的に導入された禅宗は、南北朝時代にかけて日本人僧の中国への留学や中国の僧の日本への招聘などの交流で、活性化します。

 

 厳しく激しい教えは、まず武家を中心に採りいれられ、やがて天皇家や貴族たちにも広がり、南北朝の時代に、現在の臨済宗本山十四派が出揃ったといいます。

 

 幕府の保護と統制を受けた南禅寺を頂とした五山派(南禅寺・天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺)の全盛期に日本に禅宗が定着、応仁の乱の戦乱期には、衰退した五山派に代わって大徳寺派や妙心寺派が拡大、さらに江戸時代には黄檗宗が新たに中国から伝来し、大きな影響を与えます。

 

 ここでは鎌倉、室町から戦国時代を経て、江戸時代までに、日本に定着し分派していく禅宗の展開を、京都と鎌倉を主軸にそれぞれの寺派に分けて、遺されている作品から感じます。

 

 日本に初めて臨済宗を伝えた禅僧栄西(建仁寺)をはじめとする高僧たちの肖像や坐像、禅院額字、写経や仏具は名宝揃い。当時の興隆が偲ばれます。

 

zen_03
国宝 無準師範像 自賛
中国・南宋時代 嘉熙2年(1238) 京都・東福寺蔵

 

 東福寺の開山僧、円爾が参禅した中国の僧・無準師範の頂相。
 南宋時代の肖像画の水準の高さを示す傑作のひとつです。

 褪色もせず美しく遺された色彩もさることながら、袈裟や法被、金鐶の精緻な文様にも注目です。

 

zen_06
国宝 禅院額字并牌字「普門院」 無準師範筆 中国・南宋時代 13世紀 京都・東福寺蔵


 こちらの院額も無準師範の筆です。
 力強く、きっちりしながらも格式ばっていない雰囲気が伝わります。

 

 

国宝 蘭渓道隆墨蹟 法語規則 蘭渓道隆筆
鎌倉時代 13世紀 神奈川・建長寺蔵 ※11/15~展示

zen_07_a

zen_07_b

 

 建長寺の蘭渓道隆による、修行僧たちへの「教え」と山内での「規則」を記した墨蹟です。
 怠惰に流れぬよう戒め、洗面の順序や堂内私語の禁止、違反者への罰則など、厳しい修行生活がうかがえる内容だそう…。

 

 

zen_I
重要文化財 蘭渓道隆坐像
鎌倉時代 13世紀 神奈川・建長寺蔵
 

 その蘭渓道隆の肖像彫刻がこちら(↑)。共に展示さる頂相にも類似点を確認できます。

 江戸時代に塗られていた漆をはがし、本来の木彫の描写を取り戻した、修復後の初公開!

 

 その写実と活き活きとした造形は、眼に水晶をはめ込むのではなく、瞳の部分だけ裏から截金や金泥で虹彩を描いた水晶板を貼り付けるという、とても独特の技法が使われていることにもよります。
 ぜひ、近寄って見てみてください。感嘆のアイデアと技術です。

 

 

zen_08
重要文化財 花園天皇宸翰置文 南北朝時代 貞和3年(1347) 京都・妙心寺蔵
 

 妙心寺に保管される花園天皇が下賜した置文。大徳寺の継承を宗峰妙超門派に認める内容で、南朝の後醍醐天皇が先に与えたものを北朝の花園天皇が次いで確認したものだそうです。(後醍醐天皇のものも見られます)

 

 能書帝として知られた花園天皇、力強い墨蹟の向こうに、南北朝時代の複雑な情勢と、優秀なものが継ぐはずの禅宗の継承が流派に統一されていく姿を見ることができます。

 

 

zen_04
重要文化財 夢窓疎石像 自賛 無等周位筆
南北朝時代 14世紀 京都・妙智院蔵

 

 天龍寺からは無等周位の筆なる臨済宗夢窓派の開祖、夢窓疎石像が来ています。
 疎石の弟子で、絵師としても知られた無等周位の代表作であり、疎石の肖像としても最良のものとして知られている作品。


 一見シンプルに見える半身像ですが、墨の線に朱の隅を添えるなど、とても繊細、丁寧に描かれた一作です。

 


 このほか、円覚寺からは無学祖元像、南禅寺からは亀山天皇の坐像や、頓智で知られる一休宗純の頂相や墨蹟、万福寺の僧・隠元の肖像画や所用品なども楽しめます。

 


 第3章 戦国武将と近世の高僧

 

zen_scene3

 

展示風景(前期)
※展示替えがあります
 

 戦国時代、武将たちは多く禅僧に帰依し、時には戦争参謀として僧を起用することもありました。
 こうした武将たちの庇護を受けて、禅宗は大きく繁栄します。

 

 その風潮は徳川の江戸時代にも続き、黄檗宗も輸入されて、多様化する中、白隠慧鶴僊厓(仙厓)義梵らの禅画は、民衆への禅宗の普及に貢献します。

 

 ここでは、そうした戦国武将たちと禅宗との関係や、広く浸透していく禅のエッセンスを、彼らの肖像画や近世禅画の作品から感じます。

 

 禅画の頂相の画法は、戦国武将たちの肖像画の描き方にも踏襲されていきます。
 北条早雲や大友宗麟のような出家した姿から、織田信長、豊臣秀吉らの衣冠束帯の正装まで、下剋上の乱世を彩った、数々の名将たちの肖像(遺像)が並ぶコーナーは、戦国武将図鑑のようです(笑)。

 

zen_A
重要文化財 豊臣秀吉像 西笑承兌賛 狩野光信筆
安土桃山時代 慶長4年(1599) 愛媛・宇和島伊達文化保存会蔵


 全国統一を果たした秀吉の御神影は、狩野永徳の息子、光信の筆によるもの。数ある秀吉の御神影の中でも比較的初期のものだそうです。

 

 背後の山水画、御簾と床几、白い衣冠は、死後、その遺言により「豊国大明神」として祀られた秀吉の威厳を表現します。

 

 後期には、狩野永徳によると思われる織田信長像もあります。秀吉とは対照的な黒の衣冠で、神経質そうな目元が印象強い一作です。

 

 

zen_scene4
展示風景(前期)
※展示替えがあります
 

 そして、沢庵禅師の頂相を経て、わたしたちにもなじみの深い、白隠や僊厓の軽やかでユーモアあふれる禅画たちを楽しみます。

 

 白隠の漫画のような《慧可断臂図》や悟りの象徴と言われる《円相図》

 僊厓による何枚もの紙を接いだ大画面にめでたさいっぱいの《鶴亀図》や賑やかな春の風が感じられそうな《花見図》は、

禅の理念である、「衆生と仏は一心同体」を人々に説く、分かりやすいようで、とらえることが難しく、「ひゃらり」としながらも奥深い、その境地に触れられたような気持ちになります。

 


第4章 禅の仏たち

 

 生活のすべてが修業の場とされる禅宗では、寺内のお堂にはそれぞれにさまざまな守護神が祀られています。

 

 ここでは、信仰の「かたち」として造られた仏像や仏画から禅宗の姿を確認します。

 

重要文化財 宝冠釈迦如来および両脇侍坐像 院吉・院広・院遵作 南北朝時代 観応3年(1352) 静岡・方広寺蔵
zen_14_azen_14_czen_14_b

 

 静岡県の方広寺にある釈迦如来座像と両脇侍坐像。
 衣装の金泥、細やかな截金、豪華な宝冠など、鎌倉期の仏像とは異なる、南北朝時代を代表する表現は、当時の禅宗寺院本尊の典型的な作例として貴重なものです。

 

 

zen_13
十八羅漢坐像のうち「羅怙羅尊者」 范道生作
江戸時代 寛文4年(1664) 京都・萬福寺蔵
 


 お腹を割いて中の仏陀を見せる、ちょっとグロテスクな羅漢像…。

 

 容貌は醜くても、心には仏がいることを図像化したもので、撫でると病が直ると信仰されていたそうです。膝頭のあたりが磨滅していることからもその跡を感じます。

 

 ほかに2軀が展示されていますが、なんとも迫力の聖人像です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、円形に展示される《十大弟子立像》のさまざまな姿態の個性、《伽藍神立像》の躍動感あふれるみごとな造形、吉山明兆作《達磨・蝦蟇・鉄拐図》の迫力、伝周文作《十牛図》(物語とその造りに感嘆)などが見どころです!

 

展示風景 《十大弟子立像》は360度で楽しんで♪
zen_scene6zen_scene5

 

 

 第5章 禅文化の広がり

 

 中国と日本を往来した禅僧たちは、禅の思想だけではなく、茶の湯をはじめとするさまざまな文化や風習をもらたします。


 これらは「唐物」として珍重され、やがて日本独自の要素も加えて、深く華やかな禅宗文化として、現在まで続く日本のひとつの美意識を醸成していくのです。

 

 最後の章では、こうした日本人の感性に深く根づいていく禅文化の精華を堪能します。

 

 水墨画、茶の湯の道具、そして寺院や戦国武将の城を飾った障壁画の名品たちは、いかに禅の精神が当時の日本で広く受け入れたのか、また、いかにそれらを日本人がその美意識で昇華させていったのかを鮮やかに浮かび上がらせます。

 

zen_15zen_16zen_17
国宝 玳玻天目 吉州窯
中国・南宋時代 12世紀
京都・相国寺蔵
青磁碗 銘「雨龍」 龍泉窯
中国・南宋時代 13世紀
京都・鹿苑寺蔵
重要文化財 牡丹彫木漆塗大香合
室町時代 15世紀
京都・南禅寺蔵

 

 唐物名品の茶器。

 

 (左)玳瑁(鼈甲)のような文様からその名がついた大名物。江戸時代の茶人松平不昧の旧蔵品だそうです。

 

 (中)青緑釉を幾重にもかけた、そのムラが独特の透明感と景色をつくる、優雅な茶碗です。口縁の欠けを金繕いしたところも地に映えて美しいです。

 

 (右)中国の漆器の技術を学んだ、鎌倉彫の国産漆器。大胆な牡丹の紋様が深く刻まれていて、どっしりとした貫録です。

 

 ほかに、《油滴天目》(国宝)、《唐物肩衝茶入 銘「新田肩衝」》(重要文化財)も!

 

 

zen_19  zen_20
国宝 瓢鮎図 大岳周崇等三十一僧賛 大巧如拙筆
室町時代 15世紀 京都・退蔵院蔵
 
国宝 渓陰小築図 太白真玄等七僧賛
室町時代 応永20年(1413) 京都・金地院蔵
 

 室町期の五山派禅宗寺院では、詩画軸がさかんに制作されました。
 詩画軸は書斎図と詩意図に大別されますが、これ(右)は書斎図の中で現存最古のもの、詩画軸の代表作です。

 

 如拙の名品《瓢鮎図》(左)。久しぶりの展示かと…。
 つるつるした瓢箪(心)でぬるぬるした鮎(当時は鯰の意:心)を捉える、という禅の問いを画にした、新しい表現だったといいます。上部の31名の僧による賛は大岳周祟らによるもの。

 

 

重要文化財 大仙院方丈障壁画のうち四季花鳥図 狩野元信筆 室町時代 永正10年(1513) 京都・大仙院蔵
zen_21_azen_21_bzen_21_czen_21_d

 

 狩野派の体制を整えた二代目、狩野元信の代表作です。展示は8幅になります!
 やまと絵の金碧画の技法を取り入れ、清廉な画面に華やかさを加えて、孫・永徳の黄金時代を用意した祖父の30代の傑作。


 静かな水面から激しい滝へそしてふたたび静かな流れへという「静から動」の推移、雅びで精緻な花鳥とそこに彩色された金泥や群青、赤の美しさ……うっとりです。

 

 

重要文化財 竹林猿猴図屛風 長谷川等伯筆 安土桃山時代 16世紀 京都・相国寺蔵
zen_H_azen_H_b

 

 狩野永徳とライバルだった長谷川等伯の作品。自身の墓所も作った相国寺に納めたものです。

 

 うっすらと金泥を施した画面に、牧谿風の猿と竹林が浮かび上がります。
 墨の濃淡、筆の強弱、粗さと繊細さを組み合わせ、静寂と奥行きをみごとに表しています。

 

 

重要文化財 龍虎図屏風 狩野山楽筆 安土桃山~江戸時代 17世紀 京都・妙心寺蔵
zen_22_azen_22_b

 

 こちらは狩野山楽の剛毅な屏風。
 金箔の華美な画面に龍虎が勢いよく描かれます。手前の木や岩が立体感を持っていて、3D画面のようです。

 雌雄の虎の雌が豹の紋様になっているのはご愛嬌で…(笑)。

 

 このほか、禅に帰依した若冲の作品も、プライスコレクションから2点来日、また南画の大家 池大雅がほとんどを指と爪で描いたという《五百羅漢図》も見逃さないで!

 


 「即心是仏」
 心こそが仏である

 

 これを悟るべく厳しい修行に耐え、心を獲得すべく求道する禅の理念。

 

 「心」をどうとらえるのか、「心」をどう持つのか、その「こころ」をさまざまな「かたち」にしてきた禅文化の名品が、わたしたちの感覚に訴えてくる声は、決して遠いものではありません。

 

 「こころ」で感じる貴重な空間、ぜひ訪れてみてください。

 

(penguin)

 

 
 
 特別展『禅―心をかたちに―』


開催期間 :2016年10月18日(火)~11月27日(日)

会場:東京国立博物館 平成館(上野)
   〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9

アクセス:JR上野駅公園口・鶯谷駅南口より徒歩10分
      東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、千代田線根津駅、
      京成電鉄京成上野駅より徒歩15分

開館時間:9:30~17:00
     金曜日は20:00まで開館
      ※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜日

観覧料:一般1,600円(1400円)/ 大学生1,200円(1,000円)/ 高校生900円(700円)
      中学生以下無料
     *( )内は20名以上の団体料金
     *障がい者とその介護者一名は無料です。
       入館の際に障がい者手帳などをご提示ください。

お問い合わせ :Tel.03-5777-8600(ハローダイヤル)

展覧会公式サイトはこちら

いいね!した人  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。