テーマ:公開質問集
読者さんからのご質問です
Q
質問があります。
自分の身の回りに、ネガティブなこと、苦境のどまんなかにいる人に
出会ったときどうしたらいいでしょう?
どうにかしてあげたくても、助けてあげられるわけじゃない。
だから助けを求められているわけじゃないのに、何かしてはいけないと思う。
A
つらい状況にいる方が身近にいたら、何かしてあげたいと
誰もが思いますよね・・・
でも、その方自身が乗り越えないとならないことがほとんどです
そんなときは、同情せずに寄り添ってください
以前ブログに書きましたが、凛として寄り添う・・・
私たちが泣いている時、咲いている花の傍に
泣き顔を寄せても枯れたりせず
ただ、凛として咲いています
つらい人と一緒になって同情することだけが、なぐさめではありません・・・
咲いている花のように、ハツラツとした生命力を見せることで、その方が本来の姿を思い出すこともあります
Q
けど、私自身がつらくてしかたない状況にいたとき、1人じゃ立ち直れなかった。
助けてほしいのに、助けてって声をあげられない人もいる。
自分自身が苦境に立っていることにさえ気が付かない人もいる。
そういう人ほど、「自分は恵まれている。苦しいとか言ったら罰があたる」
って思っていたりしますよねまれている。苦しいとか言ったら罰があたる」
って思っていたりしますよね。
そのままじゃ病気になるよって、言っちゃいけないけど言いたくなる。
そんなことより、自分のことをしなきゃって思うけど、
その人がもし病気になったりしたら、どうしてもっとその人に関心を持ってあげなかったんだろうって、後悔しそうで。
A
何かアドバイスができるような間柄なら、率直にそっちの道は危ないよと
言ってもいいでしょう
そのアドバイスに耳を傾けるかは、その人に委ねられます
けれど、教えてあげられるのに・・・
このままだと心配だ・・・
と思うのは、私たちのエゴなのです
人それぞれの体験を通して、その人のペースで学んでいきます
身近な人が、つらい状況になって
「あの時、私が・・・していたら、こんなことには、ならなかった」と
後悔したくないだけだとしたら、少しちがうかもしれません
周りの人を「自分が心地良い状況になる」ように、望んでいるだけかもしれません
友人が、どんな状況に陥っても友達としていることのほうが、大切です
友人が例え病気になっても、誰のせいでもないし、病気という貴重な体験をしているのです
苦境の友人を判断せず、そのまま見守ることが、愛かもしれません
しかし、これは、私の考えです
ただ、こんなふうに考えるようになって、私自身は楽になりました
自分と同じように他の人も自分自身のペースで
貴重な学びをしているのだと・・・・
だから、大丈夫なのだと・・
客観的に見守ることができるようになったからです
また人は、どんな状況に陥っても、退化ではなく必ず成長していくこともわかったからです
これは、自分自身との関係にも言えます
誰もが思い悩むことをシェアしていただいて、心から感謝します