2009年12月04日(金)

今日はお天気

テーマ:全てのことがメッセージ

夕べ降っていた雨もやんで、今朝は日が差しています。こういう日は、掃除と洗濯ですね。寒さも厳しくないから、身体を動かすのも億劫ではありません。

雪


子供の時、父の転勤で、福島県の会津地方に住んだことがあります。

田んぼの端にぽつんと建っている小さな借家での三年間。寝ていた部屋と外を仕切る引き戸は木製で、スリ硝子がはまっていました。

寒い雪の晩、その引き戸の間から雪が吹き込み、朝には、うっすら積もっていました。

その頃の古い家は、みんなそんな造りでしたし、両親は、つつましい生活をしていたので、借家にまで分厚いカーテンを入れるなんてできなかったのでしょうが、幼い私たちのことを考え、母は心を痛めていたと思います。

でも、当の私たち姉妹は、そういう親の苦労は知らなかったように思います。目の前にあるものが全てだし、全てそういうものだと思って暮らしていたからです。

寒い朝でも、母が、窓や戸を開け放して掃除をする時間が好きでした。外の空気は冷たい、でも、それがとても気持ちが良い、心から清清しいと思ったものだけれど、子供だったあの頃は、思ったことを口にするための言葉を知りませんでした。


晴れ

だから、今日も、戸を開け放してお掃除。今朝は、家の中が殺風景なくらい片付いてしまいました。

2009年12月02日(水)

時の贈り物

テーマ:全てのことがメッセージ

最近、私は、自分は楽観的な人間だと思うようになってきました。

ニコニコ


私の場合、辛い思い出というのは時間の経過とともに薄れてゆき、良い思い出だけが残ることが多いという風に気づきました。

これは、ごく普通のことで、みんな、そうなのだろうか? と、考えます。

言葉にできないような辛い体験をして、それをずっと抱えて生きている人たちがいますが、それほどまでの体験をしないで済んでいる私の人生は、幸福なものなのかしら? とも、考えます。

多分、そうなのでしょう。

ですが、忘れられない記憶を抱えている状態というのは、やはり、その本人がその記憶を握っているからだという風に思えます。

忘れるということは、時の贈り物です。

辛い体験も、いつか、ぎゅっと握り締めた拳(こぶし)をほどくように、手放してやれればいいのに、と、思います。

幸せな人生を歩んでいる私ですが、それでも、時々思い出されることがあって、深夜に目が冴え冴えとすることがあります。

そういう時は、翌日、日のある時間帯に、もう一度その記憶をなぞることにしています。その記憶にまつわる辛い感情を浄化するつもりで、そっと扱ってみます。

私は、これを「記憶の虫干し」と呼んでいます。いっぺんには無理でも、そうやって少しずつ、自分を癒す作業をしてゆくことです。

2009年11月30日(月)

大天使ラツィエル

テーマ:オーラ・ソーマとレイキ、タロット

オーラ・ソーマの新しいボトルを入手した時のことです。

ボトルの名前は、大天使ラツィエル。

届いたボトルを手に取ってみて、一瞬、息を呑みました。ボトルの表面がスリ硝子加工してあったからです。これでは、肝心の中身のエクィリブラムの色がくぐもって見えてしまうではありませんか。

なるほど、光を通しての見え具合は、神秘的な印象ですが、これは何だかフェイント技だよ、と、思ったものです。

しかし、そのスリ硝子を通した光の透け具合を見ているうちに、ちょっと不思議な気持ちになってきました。


小さな「気づき」の白い手帖


これは、、、 いわば、オーラの表現という言い方をすれば、これまでよりひとつ外側のオーラの色です。

皆さんも、ボトルをご覧になる機会があったら、ぜひ、見てみてください。

2009年11月27日(金)

「隠者」あるいは「水晶の洞窟」

テーマ:オーラ・ソーマとレイキ、タロット

長い間、私は隠者の生活に憧れていたように思います。山奥(絶海の孤島というのではなく、陸の孤島)で、鶏やヤギや羊を飼い、犬や猫と一緒に庵(あばら家だったりして)に住む、と、いうのが理想のように思っていました。

よその人が介在しない暮らしですね、そういうのって。

ところが、最近の私は、山奥の隠者の生活ではなくて、港町のように人の出入りが多く、活気のあるところに行きたいと思うようになりました。

人は変わるということでしょう。


小さな「気づき」の白い手帖


タロットに「隠者」のカードというのがあります。オーラ・ソーマのボトルでこれに対応するのは、9番「水晶の洞窟」、上がターコイスで、下が緑。テーマは、心理の探求とか、自己の内面を見るということ。

ひとりの時間は必須だけれど、ひとりでは生きられないということも真実。人生の様様なステージ、色んな面を味わって暮らす、そうした変化を楽しめることに感謝しようと思います。

2009年11月25日(水)

割りに合わない仕事

テーマ:あるエピソード
どうしてこんな仕事を引き受ける羽目になっちゃったのかしら、と、思うような仕事を請負うことがあります。ひとことで言えば、割りに合わない仕事、全く自分の得になるとは思えず、時間と労力ばかり取られる仕事。

引き受ける代わりに、”No”と言えれば良かったのに、なんて、思いますね。

そういう仕事をこなす意味って何だろうと考えました。

義務感あるいは責任感の仕業? 厄落とし? 人のため、社会のため?

色んなことが言えるのだけれど、誰でもが大なり小なり、そういう仕事を引き受けているというのが事実です。と、なれば、割が合わないと思うか、やりがいがあると思うかは、本人のとらえ方次第のところもありそうです。

とにかく、引き受けた以上は、もう、不平を言わずに、この仕事、片付けてしまいましょうよ。

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