チェコ(ボヘミア)の偉大な作曲家の一人、スメタナの「我が祖国」の中には、モルダウ(ヴィルダヴァ)川の流れを、通奏音として堂々とかつゆっくりした表紙のテンポで表現している。スメタナがその曲をどこで作曲したか記憶にはないが(たぶんプラハと思われる)、彼が耳の病気で聴覚を失った晩年の作品である。
 しかしボヘミアンであるスメタナの脳裏の景色には、いつもモルダウの流れがあるために書きえたものであろうし、プラハ市民にとってはなくてはならないもので誇りとしての大河である。
 プラハ市外の真ん中を流れて、旧市街地を中世の時から結んでいたカレル橋(旧市街地南側)のたもとに建っているスメタナ博物館の窓から見えるモルダウの流れを見ていると、私のような外からの者でも脳裏に「我が祖国」のメロディーが流れ、ついつい小声で口ずさむ気分になる。
 プラハ市街を流れるモルダウの川幅は200メートル以上もあるが、水量も多く所々に堰もあり、本当に堂々とした流れの中に水しぶきによる白い泡も見える。そのため、他のヨーロッパの川の流れと少々趣を異にし、日本の川風景を想い出させる。(あるドイツの河川技術者は、ヨーロッパの河川は水量が多く、地形に高低差があまりないため、静かにゆっくりとした流れである。そのような川の流れを見なれている彼は、日本の川は川ではなく滝であると言った。)

悠々としたモルダウの流れ
悠々としたモルダウの流れ


 落差1.52メートルくらいの堰の丸い背中に沿って流れ落ちる川瀬の音は、大きくもなく、また小さくでもなく(LAeq71dB)、近くを走る路面電車やそぞろ歩きの観光客の声を適度にマスキングしている。

 また博物館の入口前のテラスはカフェになっており、夕方になるとモルダウの水面に、沈む夕日が映り、何とも幻想的な風景となり、博物館南側の幹線道路とカレルとおりとの交叉部分との騒音も全く気にならない(LAeq66dB)。
 プラハは、第二次大戦ではほとんど戦火は受けず、中世以来の古い街並みが最もよく保存されている都市である。
 最初にボディエプトラ家で1458年~1836年に王の戴冠パレードが行われた「王の道」とよばれる約2500メートルに及ぶ道がある。その一部にカレル通りがある。現在その道は、観光客相手の小さな店がマリオネット(あやつり人形)やボヘミアンガラス製品等を飾り、軒を連ねている。その通りは、幅3メートル足らずの細い路地のようにみえるが、人間の歩行に合うように左右にゆっくりと曲がっている。

 全くといっていいほど聞こえないスピーカの音を気にすることなく、中世の先達が踏んだ石畳の路地に響き渡る靴音が心地良く耳に入る(LAeq59dB)。これも路両側の建物が数百年前と同じ形で、なるべく同じ材料で外壁や屋根を修復し、その内側では現代の生活を楽しんでいるからではないだろうか。

カレル通り
カレル通り

 何回か曲がり角を過ぎると、人混みのない別の路地の奥の方から小気味良い「コーン、コーン、コーン」という音が耳に届く。その音に引かれ、音の聞こえる方へ入って行くと、そこには石畳の道の補修をしているマイスター的な45人の仕事現場があった。現在でも固いサイコロ状の石をジュータンのように山砂を敷き積めた中に一つ一つ高さと間隔を一定にして打ち込んでいる。まるで路面の芸術である。石畳修復作業は、ほとんど機械を使わず、スコップと砂を固める木槌のようなハンマー、それにサイコロ石を埋打する時のハンマーなどいくつかの工具で基盤の目状、あるいは扇形や菱形の模様を見事なまで描きあげている。

 いつもどこからか聞こえてくる独特の音は、教会や市庁舎等からの鐘の音と共に、歴史に刻まれた時の音のようなサウンドスケープである。

石畳作業中の職人
石畳作業中の職人

 中世以降に築かれたヨーロッパ諸都市内の血管である道(路)は、全て石畳で馬車が唯一の交通機関であった。しかしながら年が次第に近代化され、幹線道路には路面電車が走り、さらにここ数十年の間に自動車がそれに加わった。
 ヨーロッパの場合、日本に見られるような路面電車が自動車走行の邪魔者として扱われることがあまりなかったとみえ、ほとんどの都市の公共機関として現在も活用されている。しかしながら石畳幹線道路は、自動車の増加と共に少しずつ排除され、旧西側ヨーロッパの大都市ではアスファルト、あるいはコンクリート化された。ところがここプラハでは、石畳をそのまま残しており、その上を自動車が猛スピードで走り去る。また道路中央部には、ゆっくりしたテンポで曲がりにさしかかった所では、時々「チン、チン、チン」と懐かしい音を響かして路面電車が過ぎていく。
 プラハ市街を流れるヴィルダヴァ川には歩行者専用のカレル橋を含めて三つの端が架かり、旧市街地と新市街地を結んでいる。芸術家の家の傍ら、旧市街地と新市街地を結ぶ橋の近くで足を止めると「チリ、チリ、チリ」と小さく小気味良い機械音のする交通信号の脇を多くの自動車が走っている。我々が日頃耳慣れている走行音とやや異なり、「ゴー」という音、「コト、コト」が混じり合った独特の音で結構うるさい(LAeq77dB)。

石畳道路を市内電車と自動車が行き交う旧市街地
石畳道路を市内電車と自動車が行き交う旧市街地

 道路に面した建物は石あるいはコンクリートで、窓は断熱のために二重あるいはペアガラスが使用されており、室内ではほとんど問題ないようであるが、自動車内の振動はどの程度か興味のあるところである。

福原博篤(2000)環境と測定技術 vol.27 No.4 pp.87-88 環境背景音考(22) 掲載済
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