作曲家有木竜郎のブログ

         作曲家有木竜郎のブログです。


テーマ:
おはようございます。



思うことがあって、今回限りで自分の発信源をブログからTwitterとFacebookに移行しようかなと考えてます。

文章を書くことは好きなのでブログを完全にやめることはないと思いますが、TwitterやFacebookとの付き合い方もようやくわかってきたので、今後はそちらをメインにしていこうかなと。

詳細はまた後で書くとして、その前に最近関わった作品の紹介を。。






◆Trio Practiceのアルバム『FLUTTER』のミックス・マスタリングを担当しました。

ピアニスト吉村隆行君率いるピアノトリオです。

以前このトリオのライブを見に行ったこともあって、そのエレルギーや純粋さを凄いなと思っていたので、今回音作りに参加させてもらって嬉しかったです。

ドラムの新谷君は高校の同期で、こうして音楽頑張ってる仲間がいるのもまた嬉しいですね。








ericaさん「ミライビリーバー」のピアノレコーディングを担当しました。

shuho君ディレクション作品です。

この曲調のピアノは弾いてて気持ちが良いですね~。








period.「君の魔法」の編曲担当しました。

ちあきちゃんエレクトリックリボン卒業後第一弾という節目でまた関わらせて頂き嬉しいです。

ちなみに、この曲はキーボード以外は生楽器のレコーディングはしていないんですが、それなりに生感のあるサウンドにできたかなと思ってます。

OTOTOYさんのハイレゾ配信です。







あと、ここ最近のライブです。
どれも全然違ったジャンルで面白いな。。



○3/8,3/29,5/3 USAGI@心斎橋JANUSなど
USAGIとのステージもかなりの数に達したので、どの曲も体にしっかり入った状態で演奏できるようになった気がしてます。
(それでも間違えるときは間違えるんですが。。)


○4/17,5/7 水谷美月@中目黒楽屋、池袋フリーフローランチ
戸惑いのあったベースレスの編成もだいぶやり方がわかってきた気がします。
おかげさまで左手が鍛えられます。
また、フリーフローランチでのライブは初めてでしたが、あんな感じのアットホーム感あるライブもたまには良いですね。
鍵盤ハーモニカも楽しかった。


○4/29,30,5/8 YURiCa/花たん@渋谷DUOなど
花たん3度目ワンマンは東名阪ツアーでした。
同じメンバーで似たようなセットリストを複数回演奏できる機会って、やっぱり貴重ですね。
毎回発見があって、それを次ですぐトライできるのもツアーの良いところです。
あと、名古屋や新幹線でいろいろとメンバーと話せたのも良かったです。
サウンドを固めていくには大切ですよね~。















同い年の友人が30歳を迎えつつあります。

年齢とか普段意識することってあまりないんですけど、さすがに10年の節目となるとちょっと意識しちゃいますよねー。

この際自分の20代って何だったのかを振り返ってみようと思い立って文章化してみたんですが、なかなかのドラマが詰まった10年だったことがわかりました。笑

いつもに増して長くなっちゃいましたが、、一つの区切りのブログだということで勘弁してください。




・大学在学時代(20-22歳)



焦り

この頃は、自分の音楽はすごいから世に出てどれだけ通用するのか試したいという意欲がありました。
そのくせ、その意欲に比べると自分が未熟なことも感じていて、そのギャップから焦りを感じていました。

やがでリクルートスーツ姿の同期がキャンパス内に現れても焦りの方向は依然音楽のことだったので、あ、これはちゃんと音楽家目指さなきゃなと感じます。



仕事の喜び

大学四年のころ、初めて演奏の仕事を経験します。
自分の好きなことで報酬をもらい、人にありがとうと言われる喜びを味わいます。

また、DTMに出会ったのもその頃です。
音楽制作の無限の可能性を感じ、アレンジ業をスタートします。




・実家時代(22-24歳)



プライド

他人と一緒に音楽をする過程で、自分の良い音と他人の良い音は違う、という事実に気がつきます。

その頃は音楽には普遍的な価値や美があると信じてました。
本当は何が価値があって何が美しいかなんて人によって違うんだけど、そのことにまだ気づいてなかった。
自分が嫌いな音楽がちやほやされるたびにむかついたし、自分が好きな部分を他人に直せと言われるたびに傷ついた。

当時はまだ人と一緒に音楽するメンタルができていなかった。
一緒に良いものを作っていこうという向上心より、自分を認めて欲しいというプライドがまだ勝ってたのかと思います。



自から他へ

同時に冷静さもありました。
クライアントと意見がわれた時、スキルアップのための経験ができたと頭を切り替えることで、最後は結局相手の意見を尊重することが多かった。

こんな経緯を得て、仕事で音楽をやるコツは「自分はこうしたい」という第一人称を我慢し、「あなたはどうしたいんですか?」という第二人称でやることなんだなと学習していきます。



演奏から制作へ

中には、感謝とか経験とかでは割り切れない苦い経験もしました。

ジャズのセッションをしていた時のこと、僕のピアノが下手すぎたので「こいつ使い物になるか?」と言われ、もの扱いされる悔しさを味わいます。

今となればそれが愛のあるアドバイスだとわかるんですが、当時の自分にはなかなかのダメージでした。
演奏家としてのプライドがずたずたにされ、音楽家としてのアイデンティティが演奏から音楽制作へシフトします。

演奏が駄目なら一刻も早く音楽制作で結果を出して見返してやろうと。



結果

そこで、TSUTAYAに自分の携わったCDが並ぶことをひとつの目標にします。
結果を出す=TSUTAYAというのも今思えば偏った話だけど、でもTSUTAYAは10代の頃たくさん通った思い出の場所なので、そこに自分の名前が刻まれるのを想像しただけでわくわくしたんですね。

やがて、中島美嘉さんの「Dear」がきっかけでその目標が叶います。



自立

でも、別の種類の悔しさも味わいました。

今でも覚えている言葉は、「今だに好きなことをやってられるのはただ恵まれてるからだよ」とか「音楽は何もできないやつが仕方なくやるもんで、頭良いやつは他のもっと良い仕事をやるべきだ」など。

本気度が伝わっていないのが悔しかった。
私立大学出の世間知らずのおぼっちゃんが就職したくないために道楽でやってるんだと、そう思っている人もいる事実に気づきます。

そこで、道楽じゃないことを反証するためにもまず経済的に自立しなければと思うようになりました。
(今なら道楽でもなんでも良い音楽やってんなら別に良いじゃんって思えるんだけど。)

そんなこんなで、実家を出る決意をします。




・世田谷区民時代(24歳-25歳)



生活

初めての一人暮らし。
この頃は生活のために音楽をやってた部分が大きいです。

2011年、帳簿をつけて一年終わってどうなるか試してみたんですが、なんとか数十万の黒字になりこれはかなりの自信になりました。

ただ、それと引き換えに自我を殺してきたのも事実です。
仕事が途絶えるのが一番怖かったので、違う考えの相手でも口答えをしないスタンスを通してきました。

でも、振り返れば結果それが良かったのかな。。
違う価値観の人との交流で得た視点、ただこき使われるだけで終わりたくないがために必死になって身に着けた技術は、今でも大切な財産になってます。




勉強

この頃、サウンドプロデュースのような責任の大きな依頼も来るようになりました。
預けてもらえる責任の大きさが創れる音楽のスケールに比例することを知りわくわくする一方、責任の大きい仕事をするためには音楽力以外のスキルが圧倒的に足りていない事実に直面します。
(別に音楽力も足りてたわけではないんだけど。)

あと、初めて報酬不払いを経験します。
世の中には悪い人間もいることを知り、ただ頑張って音楽をやってるだけでは太刀打ちできない現状を目の当たりにします。

これらの経験から、自分の音楽はすごいという熱だけで突っ走ってきた自分を深く反省しました。

よりスケールの大きな音楽を産み出すためにも、創作の邪魔をする敵に立ち向かうためにも、勉強して視野を広げる必要がある。
子供の頃何のために勉強するか全然わかりませんでしたが、生きていくために勉強するんだとその時ようやく気付きます。

そんな経緯を経て、音楽以外の部分に視野を広げることで成長できる楽しみを知ります。
スケジューリングとか、お金や時間の使い方とか、コミュニケーションとか、コーチングとか、思考方とか。

その一環で一番思い出深いのは、2012年にやった外食の時注文を10秒以内に決めるというトレーニングです。
何をするにも、まずは優柔不断体質を叩き直さねばと思って一年間やり通して、それなりに効果ありました。



評価

悔しかった思い出は、プロデューサーに「君のアレンジはボーカリストへの配慮が足りない」とか「音楽の良し悪しはCDのセールスと全く関係がない」と言われたことです。
少しでも楽曲が良くなるように頑張ってやったことが不要とか無意味だと言われたようで、これでは正当な評価がなされてないと思ったのを覚えています。

この頃はまだ自分の才能や成長が評価されることもモチベーションの一つでした。




・杉並区民時代(25-26歳)



プロ意識

この頃は、自分はフリーで頑張ってるプロの音楽家だぜみたいな意識が結構ありました。
名刺作ってもらったり、確定申告の勉強したり、あと「会社は創業して3年で9割が倒産する」という話を聞いて意地でも3年は戦ってやるみたいな意気込みもありました。

なので、プロであり続けるためのビジョンをどう描くか、目標をどう設定するか、みたいなことを結構考えてました。

ただ、人と話をしていく中で、子供の頃音楽を習わせてもらってたことや周りに切磋琢磨する仲間がいたことなど、自分は恵まれた環境だったことに気づきます。
自分がプロになれたのは、ビジョンや目標だけでは説明のつかない領域、つまり他人の協力があってこそだと理解しました。

人との関わりをないがしろにして、プロでありたいという個人的な都合のみで音楽していたことを反省しました。
音楽やるためにプロになったはずが、いつしかプロになるために音楽やってた、みたいな部分はあったのかもしれません。

だからこそ、そういう都合とかなしにただ音楽そのものに向き合っているミュージシャンに改めて敬意を持つようになりました。




相手

ライブのリハーサル中、これも僕が少しでも音楽をよくするために良かれと思ってやったことに対して、プロデューサーに「変なことをやった犯人はお前だな?」とみんなの前で言われるという経験をしました。

この人は自分が人の上に立ちたいだけでこの場にいて、音楽のこと大して考えてないな、と。
真逆の目的で音楽に携わる人がいる現実を身をもって体験して、一緒にやる相手は選ばないと駄目だと確信します。

そして、そんな相手に我慢してまでも評価とかプロ意識とか言ってる自分を恥じるようになりました。
そんなこと何一つ気にせずに、気の合う人と好きな音楽だけをやれるような生活ができたら良いな、とか思うようになりました。



再び自へ

この頃ずっと憧れていた小林武史さんに出会います。

ただ、直接お会いできたからこそ、彼は僕とは違う人間だという事実にはっとさせられます。

彼の後を追ったところでどうにもならない。
僕は僕で勝負しなければ。

遠のいていた「第一人称」にもう一度意識が向いた瞬間です。




・川崎市民時代(26-28歳)



生活の自由

今まで我慢してきたことの反動がやってきて、この頃は自由な生活をしたくて音楽をやってました。
防音マンションに引っ越したり、中古車を買ったりしたことも、かなり生活に自由度を与えてくれました。

また、気持ち的にもかなり自由になりました。
価値観の合わない人との仕事や明らかに理不尽な仕事を断ることでストレスが減り、空いた時間をインプットや息抜きに当てることで生産性も上がり仕事も増えるという好循環も生まれました。

気がつけば仕事のために音楽をやっているという感覚が消えていて、これで全自由を手にできたかのように感じていました。



勇気

ですが、この頃プロデューサーとアーティストとで意見が食い違い、僕が気を利かせて提案した妥協案が両者から微妙だと言われる、という悔しい経験をしました。

両者の妥協案を考えている時点で他人から嫌われたくないと思っている自分がいることを認識します。
他人からの目を気にしてたわけで、良く考えればこれって不自由じゃん、と。

この時、自分に足りなかったのは勇気だと痛感します。
勉強すれば良い音楽は作れると思ってましたが、勉強はただの燃料で火をつけるためには勇気が必要だったんです。



自/他の限界

また、この体験を機にようやく「第二人称で音楽をやる」という発想に限界があることを知ります。
そもそも相手は一人とは限らなかったのです。

自分が音楽を始めたきっかけは「僕はこうしたい、僕はこう思っている」という強い第一人称があったからで、まずそこにしっかり目を向けようと。
ただ、今までの経験から、音楽を最大限伝えるためには自分一人では無理なことも理解していたので、第一人称を全開にするのも少し違う。

そして、「私達はこれができる」という第一人称複数形を主語にしてものを創るという視点を身につけます。



共有

そのために必要なのは、自分と音楽観の合わない人がいる事実をまず受け入れ、尊重する。
その上で、自分の意見を発信する。

だからこそ、お互いのビジョンや夢が嚙み合ったとき、共有できる嬉しさを身に染みて感じることができました。
その嬉しさに比べれば、自分の結果や評価やプロ意識なんてスケールの小さな話だなと。

実際、この頃から良き理解者であるミュージシャン仲間・音楽関係者・リスナーが徐々に増えてきているなという実感もありました。

共有できる嬉しさ、これが自然とI,youからweへの転換に繋がったんじゃないかと、今ならそんな風に振り返ることができます。




・豊島区民時代(28歳-)



創造の自由

人間関係のストレスが減っても、経済的な不自由が減っても、頭の中が何かに囚われている限り本当の自由はないことに気づきます。

他人の目を気にせず夢中になって音楽に向き合えること、誰にも邪魔されないでアイデアを出したり創造性を発揮できること。
これこそ自由なんだなと思うようになります。

それからは、自分が創りたい音・聴いていたい音のことばかりを考えて制作や演奏をするようになりました。
そしたら音楽性もスキルもぐっと広がって良かったのですが、今度は編曲家とかサポートミュージシャンといった裏方では物足りなくなってきて、アーティストにならなければと感じ始めます。

そんな経緯もあり、今年頭にまずは作曲家と名乗ろうと思い立ちました。



継続

音楽歴に比べると、胸を張れる自分の作品が少ないことが問題だなと思っています。
こうやって文章化すればよくわかりますが、自分の音楽に真に向き合うことがほとんどなかったから当然です。

では20代の経験が無駄だったかどうか、それは30代どんな人生を送るかで決まる。
どんな音楽家なのかは、一つの作品だけではきっとわからない。
その音楽家の作品の変遷こそが、音楽家を音楽家たらしめ、作品の価値を高めるんじゃないかなと。

継続こそが問いかけであって、また答えでもあるんじゃないかなと、今はそんな風に思っています。



第三人称

僕の20代は、ただの個人的な趣味から始まった音楽に人やお金や時間が絡み出し、それらの問題と折り合いをつけるための10年だったのかなと。
10年かけて、一人称から二人称、一人称複数形を経て、自分と音楽の関わり方をずっと模索してきたわけです。

でも、そういうのはもういいかな、と。
良い作品ができれば、別に自分がどうとか他人がどうとか、そんなこと考える必要のないことかもしれません。

30代は「良い音楽とは?」というテーマ(第三人称)を主語にして制作していけたな面白いんじゃないかな、、なんて思ってます。









こんな感じですかね。楽しい20代だった。
ここまで読んでくれてありがとうございました。

今後はブログの更新はもっと減るかと思いますが、その分Twitterとかを頑張りますんで、どうぞよろしくお願いします!
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おはようございます。





◆1/20から行われた舞台『アルカナ・ファミリア Valentino』のテーマ曲の作曲を担当しました。

舞台の音楽に携わるのは初めてで、とても素敵な体験でした。

登場人物一人ひとりのキャラをリズムやテンポや音色を総動員して作り上げていく感じとか、ポップス畑では味わえなかった面白さがありました。

ギターレコーディングはオープニング曲はshuho君、エンディング曲は奥山明さんにお願いいたしました。

また、本当に偶然ですが、この舞台に友人の長居潤君も出演していて、それもびっくりでした。
こんな形で共演できて嬉しいです。

僕も舞台見に行きましたが、キャストみんなで僕の曲を歌って踊って頂けたことは、なかなか感慨深いものがありました。。





◆2/7発売の、Claiom Solais(クラウソラス)さんの1stアルバム『酸素~Oxygen~』の編曲を担当しました。

伊吹唯さんとKado Junさんのユニットで、お二人と出会ったのは僕が音楽の仕事を始めたばっかりの頃で、以前も編曲をやらせていただいてました。

そのころの自分はまだ今より全然技術がなくて、つたない部分も多々あったのにも関わらず、こうして数年越しにまた声をかけて頂けたのは本当に嬉しいです。

また、10曲入りのアルバム全曲お任せ頂けたことも嬉しかったです。
アルバム全曲を一人で担当することでしか生まれない世界観もあるんだなーてことを実感できました。

お二人の音楽愛と覚悟の詰まったアルバムになっております。

今回はたくさんのミュージシャンにレコーディングのご協力いただきました。

ギターの関口君、白須賀さん、宮崎さん、平田さん、ruuaの松本君、ヒラオコジョー・ザ・グループサウンズの田中君。
ベースの北川君と北村さん。

どうもありがとうございました。







◆2/10発売、A応Pさん『全力バタンキュー』の編曲を担当しました。

アニメ「おそ松さん」の今期のオープニングとなっております。

編曲は、作曲した池波晏寿さんと僕との共同で、池波さんの作った枠組みを僕なりに味付けさせていただきました。

ギターは奥山明さんに弾いていただきました、どうもありがとうございました。

そこまで告知していなかったんですが、いろんな方に「おそ松さんやってたよね?」と声かけていただきびっくりしています。

恐るべしおそ松さんパワーですね。。







◆2/25に、冨永裕輔さん『人生燦歌-Key of Life-』発売になりました。

「きみのそばで」「二河白道」「家族びより」のキーボードレコーディングを担当しています。

また編曲は、前にレコーディングした「明日への翼」に加えて、「Take it easy」(ドラム足立さん、ベース北村さん、ギターshuho君、バイオリン千穂さん)、「手紙」(バイオリンMIZさん、チェロ吉良さん、ギター諏訪さん)を担当しています。

今回も、好きな楽曲を信頼できるメンバーでレコーディングできて良かったです。





こちらは新年明けてから参加したライブです。


○1/20 USAGI@恵比寿天窓.switch

グランドピアノも弾けて、温かい雰囲気の中楽しいライブでした。
演奏中にケーキを食べたのは多分初めてです。


○2/20 冨永裕輔@黒崎ひびしんホール

久しぶりの冨永さんコンサートでした。
バンマスをギターの翔さんにやっていただいたので、ギターメインのアレンジ曲も増えて、サウンドの幅がぐっと広がったように思います。
北九州の黒崎は初めて行きましたが、なかなかディープな街でした。


○2/28 SUPER JOHN BROTHERS@渋谷gee-ge

黒船さんとのツーマンライブでした。
このメンバーでのライブは結構久しぶりのライブでしたが、前回よりも良い意味で気が抜けて演奏できたと思いました。





また、直接音楽に関わることではないのですが、1月に僕の高校時代の友人の加藤君と雨宮君のやってるひょうたん会議にメンターとして参加しました。

お題は「譲れないものがある君たちへ~頑固物の挑戦~」ということで、信念を持つことや、そのために実験し続けることや夢を共有することの大切さとかをお酒交えつつ語らせていただきました。

音楽家として頑張ってきたことが、昔の友人に興味持ってもらったことはとても嬉しかったです。

面白い機会をどうもありがとう。












いろんな人から、僕の私生活が全然わからないというご指摘を頂きます。笑

今回は、僕がいつも何をして過ごしているのかってことと、何故それが他人から見てわかりにくいかってことをお話しします。



まず、会社員でないので、何時から何時まで音楽をやって、何時から何時が休憩で、、という時間割は一切ありません。

音楽で忙しいときは、朝から晩まで自宅のパソコンの前に陣取ります。
たまに外部のスタジオと行き来もします。
その合間にライブやコンサートもちょくちょく入ってきます。

そんな状態で気づけば一ヶ月とか平気で過ぎてることも多いです。

その一方で、音楽をしないときもあります。

そういう時は、本を読んだり、映画を見たり、人と会ってお茶したり飲んだりします。

あとぼーっと考え事をすることも多く、考え事をするためにカフェに行ったりプールでゆるく泳いだり温泉に浸かりに行ったりします。

まとめると、僕の生活は

・音楽をする(アウトプット)
・勉強する(インプット)
・ぼーっとする

のサイクルでできていて、これ以外特に何もしていないことになります。

ぼーっとしている過程がちゃっかりサイクルに入っていることに疑問を持つ方もいらっしゃるでしょう。

ですが、それはインプットとアウトプットの間に「閃き」という大切な過程があるからです。

何気ない日常で、ふとそうだこんなことやってみよう!とか、こうすれば問題解決するかも!と、急に思い立つことがあるんですが、それが僕の言う閃きで、それがアウトプットの原動力になります。

閃きが生まれるためには、インプットした知識を寝かせる必要があります。

例えば、1ヶ月前に見たアニメのテーマと、2週間前に人から聞いた人生観と、5日前に体験したできごとが一直線上に並ぶ瞬間が閃きだとしたら、少なくとも1ヶ月という期間が必要です。

その間ずっと仕事に覆われていたら、閃くものも閃かなくなってしまうので、やっぱりぼーっとしてそのことについて思いを巡らせる時間も必要だと感じています。



ということで、僕の生活がこの3つで説明できてしまうので、このサイクルに組み込まれないことには興味がわかないのです。

例えば消費。

物欲とか収集癖とかがあまりなく、ショッピングもそんなに興味がありません。

もちろん例外はあって、美味しいコーヒーを飲みたいとか、居心地の良い空間を作りたいという理由で、コーヒー器具やインテリアにはお金を惜しみません。

でもそれは素敵な空間で美味しいコーヒー飲んだらどんな閃きが生まれるか?という、全ては閃きのための消費です。

あと、自分を大きく見せることに大して興味がありません。

ブランド品とかは本当にどうでもいいです。
アクセサリーも一切身につけません。
車も乗れれば良いという理由で中古の軽自動車に乗っています(ダイハツさんすいません)。
お金のかかったホームページも特に必要だと思ってなく、自分が何をしたかの報告はブログで十分だと思ってます。

それよりも、自分のことをできるだけ正しく知ってもらえることの方が嬉しいし、自分の価値観や拘りに共感してもらえることの方がよほど嬉しい。



たぶん私生活のわかりやすい人って、いつどこで誰と何をしたかって行動パターンがわかりやすい人のことだと思うんです。

それってつまり消費と自分のブランディングが大半を占めていて、僕がどうでも良いと思っていることに含まれてしまいます。

結局、いつどこで誰と何を消費しようとも、それによって自分の内面が変わらなかったらたいして重要な出来事ではないと思うんです。

逆にもし自分の内面が変われたのなら、消費の詳細を記すよりも、その変わったことを表現することの方が大切なんじゃないかと。

その表現の手段は、個人が最も得意とすることが望ましくて、話すのが得意な人は人に話せば良いし、短い文章にまとめるのが得意な人はツイートすればいいし、ファッションセンスをお持ちの方ならいつもと違う基準で服を選べば良いし、クリエイトするのが得意な方はそれを機に新しいコンテンツを作れば良い。

音楽家は、結局のところそれらを新しい音として表現すること以外に方法がないと思うんです。
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あけましておめでとうございます!

今年の展望の前に、去年の活動の残りを書いておかないと。。





◆9/16に、USAGIのアルバム『愛賛歌(Jubilo editon)』が発売になりました。

こちらは、前に発売されていたアルバム『愛賛歌』のちょっと違ったバージョンで、新しく収録になった「君の風になって」と「ご飯ができた」でもアレンジ、キーボードレコーディングで参加しております。

「ご飯ができた」のピアノのフレーズは、大半がライブで弾いていたものがもとになっています。
何回もライブのサポートでステージに上がることでしか生まれない音もあるんだなと、しみじみ実感しております。





◆エレクトリックリボンのchiakiさんのソロプロジェクトperiod.の第一弾、『風に迷う海の月』より、「ハレモヨウ」の編曲を担当しました。

ちあきちゃんは今回の制作で初めてお会いしましたが、ふわふわした感じと意思の強さが絶妙なバランスで混じっていて、なんか終わってみればこの曲もそんな感じに仕上がったなと思いました。

これはたぶんアレンジとボーカルレコーディング両方に携われたから生まれたサウンドだと思うので、その点で貴重な経験をさせて頂き嬉しく思っています。

作曲のSaiちゃん、ギターのジョジョ君もどうもありがとうございました。





◆10/21発売、YURiCa/花たんのニューアルバム『Flower Rail』収録「千本桜」「飴か夢」のアレンジ・レコーディングを担当しました。

この2曲はレコーディングスタジオでバンド編成でセッション的にレコーディングしたもので、アルバムのボーナストラックとして収録されております。

メンバーは花たんのライブのメンバーと同じで、今回の曲が難しかったことが功を奏してバンドの一体感が生まれました。笑

そして花たんの歌唱力に改めてびっくりさせられたレコーディングでした。

ちなみに「飴か夢」は最初キーボードでレコーディングするつもりでしたが、直前にグランドピアノに変更したんですよね。

やっぱりグランドピアノの音は深みがあって好きです。
スタジオにピアノがあって助かりました。。





◆11/11発売、中孝介さんのアルバム『目を閉じても』より、「証」のピアノレコーディングを担当しました。

アレンジはお馴染みshuho君です。

中さんのCD制作に関わるのは初めてで、参加できて嬉しいです。





◆11/25配信スタートのericaさんの楽曲の制作に携わりました。

「決戦の地」のオルガンレコーディングと、「大好きでした」の編曲を担当しました。

ericaさんのアレンジはいつもshuho君がやっていますが、「大好きでした」では僕に編曲を任せてもらえて嬉しく思ってます。

何か一石を投じることができたとしたら編曲家として嬉しいです。

ベースの北川君もどうもありがとうございました。





◆12/9水谷美月さんの2ndシングル『Blue Eyes』リリースになりました。

タイトル曲「Blue Eyes」の作曲と「Green sleeves」と「The Christmas Song」のレコーディングを担当しまして、前回のシングル同様サウンド面全般で関わらせていただきました。

今回も先輩ミュージシャンの方々にレコーディングいただきました。
ギター諏訪さん宮崎さん、ベースAKIRAさん、ドラム岡島さん、パーカッション新村さん、どうもありがとうございました。

美月さんのCD制作では、奏者それぞれがアイデアを吹き込んでいくことでサウンドがリッチで複雑になっていく過程が見られるので、とても刺激になります。

音楽制作は一人でもできますが、それでもたくさんの人が関わらないとできない音ってあるんだなと思わせてくれます。






ライブもたくさんやりました。

○9/11,15,16,18,10/4,11/21,29,12/14,22 USAGI
こうやって並べると結構ステージ立ってますね。笑


○9/20 近藤晃央@名古屋ell fits all
かなり久しぶりの近藤君でした。
覚えてて呼んでくれて嬉しかったです。
相変わらず、近藤君らしい尖った部分と温かい部分が共存するステージで安心しました。


○10/18
とあるイベントでの演奏でした。
インストと歌もの交じりで楽しかったです。


○11/8 花たん@下北沢Garden
2回目の花たんワンマンでした。
前回よりもバンド感が出て、すごい手ごたえのあるステージでした。
メンバーのみなさんもどうもありがとうございました。


○12/3 ライブドリアード@東京ビッグサイト
今回は2回目の参加でしたが、前回よりもメンバーの良い部分が出てきた気がして、今後も楽しみです。


○12/5 ECO祭2015@ディファ有明
ACEさんの楽曲を先輩ミュージシャンと一緒に弾くという貴重な経験をさせていただきました。
曲は難易度高くジャンルの幅も広かったので大変でしたが、終わってみればキーボーディストとしての自信もついたような気がします。


○12/9 水谷美月@六本木クラップス
上記の2ndシングルのレコ初ライブでした。
アットホームな雰囲気の中にも緊張感があって、素敵なライブでした。






2015年は、今までで一番ストレスフリーな一年でした。

やりたいけどやれない、とか、やりたくないけどやらなくちゃいけない、ということがほとんどなかったように思います。

きっと自分の中で何がしたくて何がしたくないか、何が楽しくて何が楽しくないかが、以前よりもわかってきたからだと思います。

また、それを人にしっかり意思表示できる勇気が持てたのも大きかったかもしれません。

その意思表示は時には生意気だったかもしれませんが、それでも継続して音楽をやってくれる仲間には本当に感謝しております。



2016年は、たくさん曲を作って世に出していきたいなと思っています。

今までは音楽の分量として編曲が一番多かったのですが、表現の面で編曲では無理だけど作曲なら可能という領域があることがわかってきたので、音楽家として次のステップにいくにはどんどん曲を産み出していく必要があると思ったからです。

とはいえ、今まで通り素敵だなと思った曲やアーティストさんでしたら、喜んで編曲やライブのサポートをやらせて頂こうと思っています。

ただ、去年までは編曲の仕事が多かったためどことなく自分は編曲家だというアイデンティティーがあったので、その意識は捨て去ろうと思っています。

この曲はいいねとか、クソだとか、賞賛も罵倒も真っ先に向かう先は作曲家です。

人々の感想や批評が降りかかってくる最前線に出なければ達成できないこと、理解できないこと、感じられないことがある気がしたからです。

きっと編曲家としての目線で考えるか、作曲家としての目線で考えるかで、極端な話世界は違った景色になると思うので、次のステージにいくためにも作曲家として再スタートを切っていこうと思っています。




それでは、今年もどうぞよろしくお願いいたします!
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