長編小説「日陰症候群は蒼を知らない」 63~光に差す闇~ | 「空虚ノスタルジア」

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「大変申し訳ございません…」

「別に怒っちゃいないさ、大袈裟だって」

 

 

翌朝、やけに静かな寝室をそっと覗くと、瑛斗くんは土下座の体勢になっており、俺は辟易するしかなかった。5時に目覚め、俺が来るまでの2時間、ずっとその体勢のまま待っていたらしい。

 

ただ、よくよく話を聞けば、それらはナギの命令によって染み付いた行為らしく、ある種の洗脳みたいなものだと判明した。しかも、瑛斗くんが拒めば「クビにするぞ」と、ドスの効いた声で迫る、パワハラの一面も備えちゃ、忠誠心の形成はさほど難しいものじゃなかったのだろう。

 

 

「でさ、瑛斗くんはどうするの?ナギのところに行きたいなら俺に構わず…」

「いえ、自分も自分なりに1人でやろうと思います。思えば…零さんやナギさんに頼りっきりでしたから…」

 

 

本当に洗脳状態ならばそう容易く断ち切れやしないだろうけど、確かに零やナギの世話をすることは本来の日陰の業務じゃない、それに…瑛斗くんが決めたことだ、俺が口を挟むのは違うのだろう。

 

朝食だけを一緒に済ますと瑛斗くんは自分の家へと戻り、俺は自分でも意外なほど、広大な孤独と空虚に見舞われた。ナギや瑛斗くんと共に居る時間がいつしか「日常」となって染み付いてしまったようだ。

 

勿論、だからと言って、もう一度ナギを受け入れようとは思わないが、昨夜の零の話が全て真実なら、あの悪魔にも十字架が存在するのだ。一体、どんな波乱万丈人生を歩けば人は悪魔になるのか、それ自体は非常に興味深い。

 

 

…ま、他人の過去の詮索する暇があったら顧客を増やせって話だよな。

 

 

陽射しが眩しく照り付ける空の下、洗濯や掃除を終えた俺は、入店した日に零に連れていかれたブランドショップ「haru kai」を訪れた。昨日のショーのおかげで買ったばかりの服は見るも無残な形に成り果てたし、あの忌々しさによって手に入れた金なんかさっさと使ってしまいたかった。

 

 

「いらっしゃ…あら、慧さん、今日は1人?」

「え、ええ。まあ…」

 

 

零には媚びて俺には見下しの姿勢だった女店員が名前を覚えていたことはちょっとした衝撃で、しかも、満面の笑みを見せ、先日のような上から目線は感じさせない。

 

 

「あの…上から下まで一式揃えたいんですけど…」

「では私が案内させて頂きますね。どうぞ」

 

 

店内には数人の客しかおらず、それも、零みたいなモデル系ばかり、にも関わらず俺を接客するとは…どういう風の吹き回しだ?或いは何かの罰ゲームとか…周囲の店員も明らかにアウェイな俺に「ごゆっくり」とか頭を下げてくるし…

 

 

「どうぞ、こちらへお掛けください」

「あの…これってどういう…」

 

 

案内されたのはトップスの棚でもボトムスでも無く、店の奥にある応接室だった。いくら危機管理能力が欠如しているとはいえ、こんなところに通され、お茶でも飲みながら寛ぐってわけにはいかないことぐらいは分かる。何か怪し気な商品を売り付ける気か?或いは、株式投資の話を持ち掛けて詐欺…って、さすがにブランドショップで投資詐欺は考え過ぎか…

 

 

「先日の無礼のお詫びです。どうぞお掛けになって」

「は、はあ…」

 

 

…女店員1人、空手の有段者とかじゃなければ逃げられそうだが、零の贔屓に店ということもあり、俺はとりあえずこの女店員…上村(うえむら)唯の出方を窺うのを決めた。こないだは雰囲気に呑まれ、彼女の顔すらまともに見れなかったが、年齢は小久保真里と同じくらい、メイクは少々濃い目だがなかなかの美人だ。さっき、チラリと見た他の店員も皆、スラっと背の高いモデル並みの容姿であり、逆に言えば、こういう店で働く人間にとって、容姿は何よりも重視されるのかもしれない。接客のスキルはその次、女子アナの構図と似たようなもんってとこか…

 

 

「どうぞ」

「…どうも」

 

 

グラスに入った烏龍茶を出され、俺は飲むフリをして軽く口に付けた。スタンガンによる攻撃を二度も受けているのだ、この中に睡眠薬でも入ってるんじゃないかって勘繰ってしまうのも当然だろう。

 

 

「単刀直入に申し上げます」

「は、はあ」

 

 

美人に熱い視線を向けられ、俺は硬直状態に陥った。見つめられると固まる、メデューサみたいな女だ、などと思った次の瞬間、上村唯は実に堂々とした口振りで意外な言葉を発した。

 

 

「麻生慧さん、私と日陰の契約を結んでは頂けないでしょうか?」

「…はい!?」

 

 

硬直に混乱が混じり、俺の頭は一瞬にして真っ白になる。こないだの零とのやり取りの中で上村唯が「日陰業」を熟知しているのは察しが付いたが、この申し出はあまりに突拍子であまりに在り得ない展開だ。大体、こんな美人が何故わざわざ高い金を払って男を飼うのか?大いなる疑問である。

 

 

だが、真っ白になりながらも確信を得たことが一つだけある。あのスラム街とは正反対の高級ブランドショップにまで日陰という闇稼業が蔓延している。

 

 

この国は俺の想像を遥かに越えた闇を抱え、日陰に魅せられたものを貪り喰らう。現実は小説より奇なり、俺はまさしく奇怪な現実と今、対峙しているのだ…

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

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