有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

オリジナルの詩や小説を更新しているアマチュア作家のブログです。


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前回の話はこちら

 

42話はこちらから

 

 

 

 

あの富裕層エリアがいけ好かない理由は意外と単純かもしれない、電車に30分ほど揺られて庶民が集う繁華街に到着すると俺は目の前に広がるありふれた光景にそれを思い知る。

 

 

「お腹空きましたよね?ランチにしましょう」

「ちょっと!牛丼屋じゃない!こんなとこに入れって言うの!?」

「牛丼お好きでしたよね?カウンター席で味わう牛丼は持ち帰りのものより格別っすよ」

 

 

牛丼屋もファストフードも激安スーパーも無い、それが俺のいけ好かない理由だ。

 

別に高級志向を否定するつもりは無いけど慣れ親しんだ一切が排除された街は流れる空気さえ俺を拒む気がする。だから余計、彼女を連れ出したいと思った。着飾る必要のない世界へ。

 

 

「お気に召さないなら変えましょうか?洒落たイタリアンなんてどうです?実は昨年のミシュランガイドで一つ星を獲得した隠れ家的な店が近くにあるんすよ。きっと気に入って頂けると思います」

 

「ちょっと…勝手に話を進めないで!」

 

 

立ち去ろうとした俺に小久保真里は怒声を上げ、それは周囲の人間さえこちらを振り向くほどの一喝だった。

 

 

「ミシュランの星の付いた店なんて行き飽きたわ。ここにしましょ」

「承知しました」

 

 

こんなところじゃレディーファーストもやや滑稽な光景かもしれないけど自動ドアが開くと俺は彼女を先に行かせ、食券機の前に促した。

 

 

普段の高貴な格好じゃ目立つだろうからカジュアルなものに着替えさせたのだが、美貌とスタイルは服装を替えただけでは隠せない。サラリーマンや大学生風の客たちの視線は一輪の花に釘付けになる。

 

 

ま、それと同時に「何であんなパッとしない奴があれだけの美人を連れてるんだ?」という視線が俺に集中しちゃうんだけどさ。

 

 

「特盛でいいわよね?」

「ええ。っていうか俺がやりますから」

「別にこれくらい操作出来るわよ。それに敬語はやめてちょうだい」

 

 

…確かに。

 

会う度に怒られて謝まってばかりのせいか敬語が沁み付いたのかもしれない。俺は「了解っ」と、軽い口調を返すと少々ぎこちないながらも食券の購入に成功する真里の姿に微笑んだ。少なくとも切符の購入に悪戦苦闘を見せたさっきよりかは驚きの進歩である。

 

 

「お待たせしました」

「わあ!美味しそう!!」

 

 

グルメリポーターみたいなオーバーリアクションに店員や客からは失笑が漏れたが、ようやく本来の姿を垣間見えたことに俺は「美味そうだ!」と、同じくらいのオーバーリアクションを取る。さっきまでの不機嫌さが嘘みたいな晴れ晴れとした笑顔は一切の偽りの無い最高の表情だと思う。持ち帰り用のプラスチック容器より丼に盛られた方がいかに食欲を掻き立てられるか、真里の反応によって俺自身も再発見した気分だ。

 

 

「じゃあ、早速…」

「ストップ。いただきます、が先だろ?」

「うるさいわね、ちょっと忘れてただけじゃない。いただきます」

「いただきます」

 

 

これは俺が子供の頃に母さんからしつこく言われた台詞だ。当たり前のことを言える大人になれ、ってさ。まさか自分が注意する側に回るとは予想だにしなかったけど、素直に従うところを見ると真里も同じことを教えられて育ったのかもしれない。

 

 

「何よ?ジロジロ見てないで食べたら?」

「食べっぷりに見惚れてた」

「からかってんの?」

 

 

本心なんだけどな、これ以上言うと雷が落ちそうだったので俺は真里に負けないほど勢い良く特盛の牛丼に喰らい付いた。洒落たイタリアンよりチェーン店の方が性に合ってるのはこの食べっぷりが何よりの証明だろう、なんて思いながら…

 

 

「腹ごなしにボーリングとかどうっすか?或いはカラオケとか…」

 

「ボーリングなんかやったこと無いんだけど。まあいいわ、私、こう見えて運動神経は抜群なの」

 

 

消費者金融の看板やパチンコ店のけたたましいノイズ、半分くらいのシャッターの閉まった商店街と意味不明な壁の落書き、真里の目にはどう映ってるのか知らないけど少なくとも拒否反応は見受けられない。俺は安堵の溜息を漏らしつつボーリング場にビリヤード、ダーツ、カラオケ…その他諸々が楽しめる商業施設に真里を案内した。すれ違う一般庶民の視線はやはり真里を捉えるのだけどそんなものは一瞬、ここらの人間は全くの他人に興味を示すほどの余裕は無い。皆、自分の事で精一杯なのだ。

 

 

とはいえ、華々しい世界に在籍した九条マリアが寂れた街をひたすらに歩く、誰か1人くらい彼女の正体を見抜く奴が居るんじゃないかとという懸念もあったが…

 

まさか、あの九条マリアがこんなとこに居る筈は無いという固定観念のせいかそれとも九条マリアは完全に過去の人なのか、見抜く奴など居やしなかった。

 

勿論、それ自体はいい事だけどさ、時代の移り変わりの速さが露呈された気がして正直、寂しさも抱く。

 

 

「九条マリアなんて忘れられた存在よ。例え気付かれたって過去の人間にわざわざ声を掛ける人は居ないわ」

 

 

周囲をキョロキョロと見渡す俺の様子から察したのか真里は淡々とした口調で答えをくれた。九条マリアを棄てた彼女にそんなことを言わせる軽率さを反省すると真里は続けざまに意外な言葉を放った。

 

 

「あの頃に戻りたい…たまにそう思うことがあるわ」

「戻りたい?」

 

「勘違いしないでね、別に地位や名声への未練じゃないの。ただ…あのまま九条マリアを続けていれば失わずに済んだものもあった。それだけよ」

 

 

…失わずに済んだもの。

 

もしかしたら…いや、恐らく自殺した夫のことだろう。やはり彼女が表舞台から去ったのと夫の自殺は何らかの繋がりがあるのだ。それこそが真里の深き闇…

 

 

「へえ、ダーツもあるのね、面白そう」

 

 

その笑顔に観賞を突かれながらも俺は「ダーツは苦手なんだよな」と、苦笑混じりに真里を館内へと促した。そりゃ、詳しい事情を知りたいのは山々だが、今は信頼関係を構築するための時間、焦りは禁物である。

 

 

それでも自ら過去を吐露したという事実は俺のやり方が正しいかどうかはともかく少なくとも間違いじゃないって証明になったと思う。この先を照らす光の存在をはっきりと確認出来た気分のまま俺は「ダーツ、教えて」と、偽りなき笑顔を真里に向けるのだった…

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

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