有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

オリジナルの詩や小説を更新しているアマチュア作家のブログです。


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前回の話はこちら

 

41話はこちらから

 

 

 

 -翌日-

 

 

朝のモーニングコールの段階じゃえらく不機嫌そうだったため、多少憂鬱さを感じながらも今日は休みだと言うナギと瑛斗くんに背中を押され、車が昨日のマンションに近付く頃にはバックミラーに映る俺は余裕さえ漂う表情に変貌を遂げた。

 

 

「日陰にとって緊張や不安などといったネガティブさは天敵、何故ならそれらは客をもネガティブに引き込むことになるから」

 

 

昨夜、寝る前にナギが呟いたこの一言は想像以上に俺に効いたのかもしれない。昨日の失態の全てを今日という一日で払拭出来るとは思えない。だが、限られた時間の中で小久保真里の満足を得るためには不可能が可能になるくらいのポジティブさは必要なのだろう。

 

 

とはいえ、マンション内に入れば多少の憂鬱さはもれなく付いてくるようだ。あまりに綺麗過ぎる人工的な空気と俺の間には明らかな距離があり、エレベーターの密室は特に呼吸というものを阻む空間となる。生まれ育った環境と真逆の世界に慣れるということ自体が可能かどうかさえ疑問を抱いてしまいそうだ。

 

 

「真里さん、お迎えに上がりました」

「…まだ10分前じゃない。私は12時に来るように言ったはずだけど」

 

 

 

…インターホン越しに響く彼女の声は会話さえ面倒なのかと思うくらいの倦怠感や不快感に満ちて、俺としては出鼻を挫かれた気分になる。昨日のプリンセス桜とは真逆の反応、先行きは早くも曇りのゾーンだ。

 

 

「12時って言ったら12時ジャスト、常識でしょ?っていうか何よ、その安っぽい格好!」

 

「今日のデートプランに合わせてます。真里さんも出来るだけカジュアルなものがよろしいかと」

 

 

この反応に関しては想定内、というより確信さえ抱いていた。無地のTシャツにブルージーンズ、見た感じはナギ曰く「浪人生」である。

 

 

「どこに連れてく気?」

「行けば分かります。とにかくカジュアルな服装の方が…」

「分かったわよ。中に入って待ってて」

 

 

意外と素直な小久保真里の態度に雲行きの怪しさは多少晴れた気がして俺は愛想良い笑顔を見せながらも胸の中ではニヤリと悪戯な笑みを浮かべる。まあ、彼女の不満が後のSMプレーに影響するのを思えばそれはそれで地獄なのだけど…

 

 

「あら?車は?」

「申し訳ありません。今日は電車で移動していただきます」

「で、電車!?」

 

 

閑静な住宅街に小久保真里の甲高い声はよく響く、通り過ぎるマダムたちの視線などお構いなしに彼女は驚愕と辟易と憤怒の入り混じったような表情で俺に牙を向けた。

 

 

「あんた、ふざけてんの?こんな格好にさせた挙げ句に電車なんて!5分も歩かなきゃなんないのよ!」

 

 

…やっぱりね。

 

 

初対面時は慎ましい印象も抱いたが彼女は九条マリア「だった」時代をこういう形で引き摺っているのだ。一度贅沢に慣れた人間がそう簡単に生活スタイルを変えることは出来ない。そもそもこういう富裕層専用マンションに住んでいるのも九条マリア「だった」時代の名残なのだ。

 

 

あのデータファイルには小久保真里の生い立ちも記載されていた。とはいえ大まかに言えば「貧しい家庭で育ち苦労した」程度の事だけどそれは俺の経験でもあり、小久保真里という人間を紐解くには充分な内容だった。不遇な幼少期の辛さが反骨精神となり、それが九条マリアとしての成功を生んだのだろう。

 

 

「ちょっと!早急に車を手配しなさいよ!」

 

「本日のプランを一任したのは真里さんです。というわけで俺に従って頂きます」

 

「何ですって!?」

 

「一般庶民と同じ行動を取ってみるのも新鮮だと思いますよ。まあ、電車に対して何らかの恐怖症をお持ちなら手配しますが」

 

 

高圧的且つ傲慢な俺の言葉と表情に小久保真里は反発を保ちながらも「いいわよ、歩けばいいんでしょ?」と、了承の姿勢になった。アスファルトに照り付ける陽射しは移動手段は全て車の彼女にとって酷な筈だが、さすがは元トップモデル、歩く姿が様になる。白のシャツに黒のパンツスタイルというシンプル極まりない服装も彼女が着れば高級ブランドの装いだ。

 

 

あのデータファイルを読み終えた段階で俺は零の真似事をしても何の意味も無いのに気付いた。

 

 

ファッションブランド、車、クラシック、舞台、政治や株式、小久保真里と交わした幾多の会話が細かく記載されており、一切無知な俺が例え記憶に全て叩き込んだとしても結局は付け焼刃、浅い上辺だけの知識など見破られるに決まっている。

 

 

それに、そういった会話によって小久保真里が満たされるのであれば俺じゃなく迷わず零を選んだだろう。だから敢えて俺は零と真逆の方針を固めたのだ。一か八か、一種の賭けみたいなものだけど「零のように」じゃなく「俺にしか出来ない」やり方を昨夜一晩探し回って得た答えである。

 

 

「何であんたなんかに指図されなきゃいけないのよ。零だったらこんな炎天下の下を歩かせたりしないわ」

 

「…俺は零さんじゃありません。あなたの日陰は俺です、ご不満なら後で好きにしちゃってください」

 

 

駅に着く頃、俺はバッグの中に忍ばせたスタンガンを彼女に確認させて穏やかな笑みを見せた。視界を遮る汗を拭うと小久保真里の驚いた表情が映り、そしてそれは微笑へと繋がる。

 

 

-俺は零じゃない-

 

 

もしかしたらこの台詞は俺自身に向けたのかもしれない。あの男への対抗心に煮えたぎる俺自身に…

 

 

「さ、行きましょう。切符の買い方分かります?」

「馬鹿にしないで!」

 

 

路線図を見上げ必死で現在位置を探る小久保真里の人間味にそれなりの愛しさを抱きながら俺は彼女が見付けるのを待ち続けた。ま、内心「スタンガンを見せてよかったのだろうか?」って後悔と不安に苛まれてるんだけどさ。

 

 

…それでも俺は日陰、彼女が望むなら気絶するくらい構わない、両極にある強気な部分が顔を覗かせる頃、小久保真里は「あった!」と、子供みたいな無邪気な声を踊らせるのだった…

 

 

(続く)

 

 

 

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