有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

オリジナルの詩や小説を更新しているアマチュア作家のブログです。


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6話はこちらから

 

 

 

「じゃ、ここで待ってろ」

「あの…俺も腹減ってんすけど…」

「そこにコンビニあんじゃん。じゃあな」

 

 

 バタン!と、乱暴にドアを閉めて零は颯爽と高そうな焼肉店に入っていき、取り残された俺は恨めしさを抱きながらもようやく1人になれた解放感に安堵の溜息を付いた。しかし、こんな高級車の張り詰めた空間の中じゃ呼吸が完全に整うわけもない。「飯食ってくっから待ってろ」なんてさ、もはや教育係じゃなくただの運転手だ。おまけに「トロい」だの「下手な運転」だの「本当に免許持ってんのか?」だの、そこまで言うなら自分で運転しろってんだ。こっちは外車なんか乗ったこともなければ国産車だって数える程度しか運転経験がねーんだよ。ったく…

 

 

 通行人の視線が「お前とこの車は不釣り合いだ」とでも言いたげに思えるのはいささか被害妄想が過ぎるかもしれないが、腹が減ってるのも確かだし俺は車を降りて近くに看板が見えてるファミリーマートへと向かった。ズボンのポケットに手を突っ込むと皺くちゃの万札の感触がちゃんと残っている。あの零から飯代として貰ったことを振り返ればこれを使うのに抵抗もあるけど所持金が千円にも満たない俺としては使う以外の選択肢はない。とはいえ、暫く零の下で運転手兼付き人をやらされるのを思えば計画的に使わなきゃな、さっさと仕事に就けると期待してたのが大きく外れたわけだし…

 

 

「零さんを怒らせないようにお気を付けください。オーナー以上の権力がありますので」

 

 あのプレハブ小屋みたいな事務所を後にする時、キョウコが耳打ちした言葉がパンコーナーの前でふと蘇る。日暮零という男は単にナンバーワンというだけでなく闇の世界ではかなり名の知れた人物らしい。何でも顧客に政財界の大物の妻や一流企業の社長夫人、芸能界にまで幅が及んでいるらしいのだ。富裕層向けの高級愛人クラブとは聞いていたが実態は富裕層などという可愛らしい言葉では片付けられない暗黒の中心みたいなもんである。やたらと外部との接触にうるさいのもスマホを没収されたのもそれを踏まえれば納得だが、問題は俺なんかが働けるのかどうかだ。日暮零なら高い金を出す価値はあるだろうけど俺にそのような価値があるとは到底思えない、しかし、客がつかなきゃ俺は一気にお払い箱、その現実は既に突き付けられたようなものだ。出来るわけがない…

 

 

 もう少し身長があって目が二重で鼻が高くて…ダメだ、そういうのは考えるだけで惨めだし、俺がどう変わったところで零に敵うわけが無い。頭では理解しているのだがアイツの人を見下した態度は観覧車のように規則的に脳内に過ぎって不快感を振り払うどころか溜まる一方だ。俺は軽く首を振るとサンドイッチと缶コーヒーだけ購入しイートインスペースでそそくさと胃に流し込む。周囲には新聞を読み耽るおっさんや近所の人の悪口で盛り上がる主婦、まだ授業中だろうに悪びれた様子もなく制服姿ではしゃぐ女子高生…今までは俺もこういう輩と同じだった、呑気というかお気楽というか…平穏が当たり前だと信じて疑わなかったのだ。当たり前が当たり前で無くなったとき、初めて俺がいかに幸福の下に置かれていたのかを知る、もう少し真面目に生きとけばよかったとさえ…

 

 

「おい!」

「痛って!…あれ?零さん!食事に行ったはずじゃ…」

 

 叩かれた後頭部を擦りながら俺は憮然とした表情で立ち尽くす零を見上げた。加減ってものを知らねーのかよ、コイツは…

 

「済ませた」

「…まだ10分くらいしか経ってないんすけど」

「食事に時間は掛けない主義だ。お前みたいに時間が有り余ってる奴には理解だろうがな」

 

 当然その声は他の客の耳にも入るわけで俺はレーザー光線みたいな視線を背中に受けながら零を伴って足早に店を出る。途中で飲み掛けの缶コーヒーを置き忘れてきたのに気付いたけど取りに戻る勇気は備わっちゃいない。

 

「夜から客と食事することになった。お前も連れてくから失礼の無いようにな」

「えっ!?俺も同行していいんですか?」

「新人が入れば紹介するように言われてるからな。これを頭に入れとけ」

 

 車内に戻るなり手渡されたのはやけに薄い一冊のファイル、恐る恐る中を覗くと数ページに渡って顧客の情報がぎっしりと書かれていた。名前や生年月日は勿論、好きなブランドや男性のタイプ、更には好きな体位や性感帯などのセックスに関することまで…

 

「顧客情報は機密文書みたいなもんだ、無くしたり盗まれたりしたら東京湾に沈むと思っとけ」

「ちょっ!そんなの怖くて持ってられないっすよ!」

「これに入れとけ」

 

 追加で手渡されたのはサラリーマンが持つようなアタッシュケース…しかし、開閉部分の隣に小さく数字が0から9まで並んでいる。

 

「暗証番号式だ。今日は急だったから仕方ないが通常はオフィスのデータベースでしか閲覧出来ない仕組みになっている。これから先、顧客と会う時は事前に情報を頭に入れとけ、どうせ脳味噌も空っぽだしスペースに不自由しないだろ?」

「…空っぽですみませんでしたね」

 

 

 じっくり読もうかと思ったが零が「車を出せ」と、足を伸ばして命令するので俺は怒りを買わないようにアタッシュケースにしまった。しかし、あと5時間も無いというのにあんな細々したものを頭に入れろ、とか無茶にも程がある、確かに脳味噌は空っぽかもしれないが昔っから物覚えの悪い性分なのだ。

 

「そこ右」

「はい」

「そこ左」

「はい」

「間違った。迂回しろ」

「…はい」

「あっ、やっぱ合ってた。さっきの道に戻れ」

「…」

「返事は?」

「…はい、了解しました」

「返事もロクに出来ないなら幼稚園からやり直せば?脳味噌も幼稚園児並みだろ?いや、幼稚園児の方がもっと賢いか」

 

 …誰のせいだと思ってんだ。ヘラヘラしながら「迂回」だの「戻れ」だの俺をからかっているとしか思えない。大体、何でカーナビが付いてないんだ?人に運転を任せるくらいなら付けとけって話だ、俺はここら一帯について無知に等しいのだから。

 

 しかし、零の一連の言動が俺の奥底で静かに眠っていた熱情を強制的に目覚めさせたのは確かだ。さっきまではネガティブだけに支配されていたのだが熱いものが身体中に漲るのを感じると俺は口角を上げてバックミラーに映る憎らしい男に宣戦布告の視線を注ぐ。

 

(このまま尻尾を振って逃げ出すなんて真っ平御免だ、日暮零をナンバーワンの座から引きずり降ろしてやる)

 

 静かなる戦いの幕開けに俺はほくそ笑み、日暮零は退屈そうにスマホをいじっては欠伸を繰り返す。呑気なもんだ…全く…

 

 だが、呑気なのは確実に俺の方だった。俺はその揺るがない事実を後で思い知ることになる、それは同時に日暮零、そして暗黒の世界の真の恐ろしさを前に更なる絶望へ突き落とされる瞬間でもあるのだった…

 

 

(続く)

 

 

 

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