有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

オリジナルの詩や小説を更新しているアマチュア作家のブログです。


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2話はこちらから

 

 

 

 

 初夏の風が心地良い…などと呑気に季節の移ろいを噛み締めている余裕は無いのだが、本当の絶望を目の当たりにした人間というのは意外と俺みたいに落ち着き払うものなのかもしれない。とはいえ、俺が対峙する絶望が果たして世界基準の絶望をクリアしているかどうかは疑問だ。何もこれから戦争に行かされるわけでも腎臓を一つ取られるわけでもない、表向きはただの面接なのだから。

 

 しかし、スクランブル交差点で擦れ違う群衆達を見て、俺はやはり絶望という心理状態にあることを思い知る。これまでは死んだ魚のような虚ろな目に限りなくシンパシーに近いものさえ抱いていたが、今日はむしろ逆だ。燦々と降り注ぐ陽を誰もが存分に浴びているみたいでこの群れはパレードではないかと錯覚してしまいそうだ。

 

 生を謳歌する群衆のパレード、勿論、俺には無縁の世界だ。いや、正確に言えば群衆が変わったわけではない、俺の視界が変わったのだ。絶望に堕ちた途端、例え空がこの世の終わりみたいな灰色に染められたとしても青々しく映り、虚無感を漂うだけの21年間さえ栄光の跡に思えるのだ。退屈で下らない人生がいかに贅沢であったか、失って気付くのは人間の性、昔からずっと繰り返される過ちである。

 

 都会の中心部とはいえ、全てが華やかに彩られた空間というわけじゃなく、光を越えれば必ず闇が訪れる。だが、その線引きは非常に曖昧だ。オフィス街の一角を曲がり地図に気を取られて歩く内に俺は幾多の雑居ビルが佇む闇の中に足を踏み入れていた。吹く風に変わりは無いはずなのだが、体感的には湿り気を帯びており頭皮や首筋から汗が滴り落ちる。柄にもなく緊張しているせい、などという事実から目を逸らすのは堕ちた俺にもまだプライドが残されている証だろうか。

 

 しかし、噂には聞いていたがこうも人っ子一人見当たらないというのは非常に奇妙な光景だ。スクランブル交差点から僅か10分程度だというのに。まあ、ここら一帯はスラム街みたいなもので好き好んで踏み込む人間はまず居ない、加えてこんな真っ昼間の時間帯は静寂という名の眠りに就いているのだ、目を覚まさぬよう空気の如く歩くことだけに神経を擦り減らすが吉ってとこか。

 

 雑居ビルの狭間で隠れるように掲げられた「児島歯科医院」の看板が目に入ると俺は息を呑んだ。偶然か必然は定かではないがそこから1人の男…というより少年が出てきたのである。薄手の赤いシャツを羽織り、ミリタリーっぽいカーキのパンツに身を包んだ少年は俺の気配に気付いたのかこちらを振り向くと軽く会釈した。勿論、礼儀として俺も返すのだが、何故こんな闇の巣みたいな場所に中学生くらいの子供が居るのか頭の中は疑問で埋め尽くされる。

 

 

「もしかして面接の人?ええっと…名前何だっけな…立…花…」

「立原」

 

 人懐っこい笑みは子供らしさの象徴かもしれないが、だからこそ余計何でこんな場所に居るのか?俺のことを知っているのか?疑問は増殖の一途を辿るばかりだ。声変わりもまだなことを踏まえると12,3歳ってところか。

 

「あっ!そうだ!立原さんだ。そろそろ来るだろうから案内しろ、って頼まれててさ、立ち話もあれだしとにかく中へ入って」

 

 半ば強引に手を引かれる形で俺はカーテンが閉じ照明も消えて人が居るかどうか、そもそも本当に歯科医院かどうかさえ曖昧な「児島歯科医院」の脇を抜けてビルの中へと入る。閑散とした内部はやけに湿っぽく廊下も壁も年季の入った汚れ方をしており、エレベーターに乗り込むと「かつてフロア案内だったプレート」の上に吹き付けられた「FUCKYOU!」という青いスプレーの文字が目立った。そのスプレーでさえ色褪せているのだからここはもう廃虚と呼んじゃってもいいような気がする。

 

「俺はナギ。君が合格したら仲間になるね」

 

 ナギが背中を向けて何気なく放った言葉に俺は思わず目を見開いて驚愕した。こんな幼気な中学生が俺と同じ境遇だなんて俄かには信じ難く、闇の世界というのは想像を遥かに越えた漆黒を纏うのだと思い知らされた気分だ…

 

 色々と訊きたいことはあるが、何も言葉に出せぬままエレベーターは多少の揺れを伴いながら5階に到着した。このエレベーターはメンテナンスなんて言葉を知らぬまま作動し続けている、そう思うと背筋が凍り付いたけどこれくらいで怯んでちゃ先が持たない、俺は覚悟を決めてやって来たのだから。

 

「さあ、入って。おやっさんがお待ちかね」

 

 声のトーンはまるでピクニック気分だな、本来なら微笑ましいがこんな場所では不釣り合い極まりない。俺は肩をすくめて幾度か深呼吸すると「会員制」というプレートだけが掲げられたドアをおずおずと開く、これから呑まれる荒波がいかに過酷なものか、そんなものは知る由もなく…

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

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