コミュニケーション能力をアップさせる、コミュニケーション・コーチング講師 梶京子のブログ

コーチング・コーチングスキル・コミュニケーション・コミュニケーション能力などを指導。「コミュニケーションとは?」について講義・対面セッション(カウンセリング)にて、あなたのコミュニケーション能力をアップさせ、職場のコミュニケーションや人間関係を改善。


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梶 京子です。

いろいろなセミナーや研修をした後、受講生からお手紙をいただくことが多々ある。

そして、そのいただく手紙の内容には共通していることがある。

わざわざご丁寧に筆を取り直筆でお手紙をくださるわけなので、多方感謝の内容だ。
皆さん、本当にありがとうございます。

で、私がした何に対しての感謝かというと、手紙の内容はだいたいこんな感じである。

『梶さん、先日のセミナーではずっと笑ってくださって安心しました、笑うの大事ですね~』

『梶さんが先生らしくなく、緊張せずにすみました、助かりました』

『梶さんがセミナーのなかで、嫌いなものは嫌いでしょうがないと言ってくださったので、気持ちが楽になりました』

『梶さんが疲れたら休めばいいと言っていたので、休む選択肢があることを気づきました』

『梶さんが、嫌ならやめてもいいとおっしゃったので、会社を辞めました、たぶん誰かにずっと言って欲しかったんだと思います、もっと早く出会いたかったです』

手紙の内容はこんなかんじである。

私は、人前に出て話をする仕事をしているにもかかわらず、難しい言葉を知らず、表現力がなく、平易な言葉でストレートにしか話せない。

職業上、何かを説明するときは論理的な裏付けをしないと受講生に怒られるので説明するが、基本的には感覚人間である。

私の中での行動を取る基準は、快か不快か。

大人でもなく、人格が洞爺されているわけでもなく、ただ自分の中にある感情にめちゃくちゃ正直に生きている。自分の感情に善悪の判断をせず、今私の中にそれらの感情が存在していることだけを認識する。

『あ~イヤ!』

『あ~嫌い!』

だいたいそんな感じである。

世間一般に言われるネガティブな感情に理性で蓋をすることはなく、思いっきりネガティブな感情を味わい尽くし吐き出す。

ストレスを感じないようにと抑圧するのではなく、溜め込みすぎず、溜め続けないので、まあまあ元気でやや楽しい。

『幸せであるべき』

『健康であるべき』

これらは私にとってはかなりハードルが高い。

『嫌なこともあるが、まだ希望もある』

『体は重いが支障はない、食欲はある』

『熟睡はしていないが、体は横にできた』

これが私のOKラインである。

いつか私のところにも、

『成功のサイエンス2015』

とか、

『女性リーダが教える!立ち上がろう!意義深い人生を送るために』

とか、

そんなテーマでのオファーをいただく日が来るのだろうか?


いや、私の受講生やクライアントはそんな話を私の口から聞きたくない。
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梶 京子です。

私の仕事は人の話を聴くことです。

聴くこと自体が仕事なので、聴くことに時間をかけます。

世の中には聴くこと自体が商品やサービスでなくとも、聴かないとだいたいクレームになることばかりです。

先日、近所のおばあちゃんが病院に行ったときの話をしていました。

『先生が、私の話を聴いてくれない』

たぶん、お医者さんからしたら朝から晩まで多くの患者さんの診断をしないといけないわけで、異常なしのおばあちゃんにゆっくり時間をかけていられないのが現実でしょう。
たぶん、おばあちゃんの話も毎度のことです。

私もよく総合病院に行くのですが、それはそれは事務的で待ち時間が1時間のところを5分で診断し、私の番は終了します。

忙しい私は、結論をもらうことが目的で病院に行くので、それでも全く不満はありません。

ですが、

『自分の気持ちをわかってもらいたい』

『先生、私の話を聴いて!』

と、救いを求めて、不安の解消を目的とした患者さんにとっては、温かみのない対応に感じるのでしょう。

1時間で同じ結論にたどり着くよりも5分でたどり着いてくれた方が時間効率は断然良いです。
でも、そういうことではないのです。

最先端の設備と優秀なドクター、トップレベルの医療よりも、結論は出ているのに、相手の気が済むまで何度も何度も同じ話に付き合い、温かみのある時間効率の悪いものを求めている人も存在します。

ただただ自分の話に耳を傾けて、相槌をうってもらい、共感の言葉が欲しいのです。


『あ~そう、おばあちゃん、それは辛かったね~』

『あ~そう、おばあちゃん、おばあちゃんの気持ちよくわかったよ~ ありがとうね~、また教えてよ~』

ただただ感情を受け取ってもらったと感じたい。

自分の気持ちをきちんと取り扱ってもらったというプロセスがあり、同じ結論にたどり着きたいのでしょう。

無駄なく、漏れなく、時間を短縮し、結論を伝えられ、お薬の説明をして退出を促されることは相手にとってはかなり欲求不満です。



そういえば、友人が抱えているトラブルの相談をしに弁護士さんのところに行った時も同じようなことを言っていました。

自分が抱えているトラブルのケースを弁護士さんに話したところ、それはそれは法律をベースに論理的な説明をしてくれたそうです。

友人の話を聞いて、ポイントを確認し、5分後には結論を出してくださったそうです。

1時間かけて同じ結論にたどり着くよりも、5分で同じ結論を出す。
5分でやってくれたその弁護士さんは時間効率が良いですよね。

トラブルを抱えた友人は言っていました。

『あの先生の言っていることは最もだ』

『よくわかった』

『弁護士は気持ちの処理をする人ではないもんね』

みんな頭ではわかっている。

その通りである。

弁護士さんは、法律の専門家である。

お医者様は、医療の専門家である。


でも人は、自分の心を扱って欲しい。
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嫌いなことは団体行動である。

子供のころから、学校は本当によくさぼった。

何をしていたかというと、近くの図書館で本を読んでいることが多かった。

コールセンターでアルバイトをしている時も、みんなとランチをとりたくなかったので、『私は本を読むから』と誘いを断った。

受付嬢時代は、来客がない時は机の下で本を読んでいた。

スポーツクラブのジャグジーでも本を読み、他の会員もみんなジャグジーに本を持ち込むようになる。
そのジャグジーのなかでは本を読むことがルールになった。

大人になってからも、仕事をしているか自宅のベットの上で本を読んでいる。

私の生きる世界は自宅から銀座のオフィスまでの往復と四角いベットの中だけである。

とても小さな世界だ。

お酒もたばこもしない。

女子会は絶対に行かない。

こんな風に話すと『梶さんは、いったい何が楽しいのだろう?』と心配される。

確かにめちゃくちゃ楽しいかといわれると、そんなことはないが、私は淡々とした日常がこの上なく好きである。

地味で平和で他になにもいらない。

梅雨が終ると、私が嫌いな夏がやってくる。

10月中旬から11月までしか活動しない私にとっては厳しい季節に入る。

この時期はより一層読書で気を紛らわす。

秋は喜んで外出するので、夏の間が読書強化期間となる。

ということで、最近読んだ本を一方的に紹介させてください。

三上 ナナエ 『気遣いのキホン』

山口 真由  『天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある。』

林 真理子  『野心のすすめ』

曽野 綾子  『人間にとって成熟とは何か』

大极 勝   『商品よりも「あと味」を先に売りなさい』

真鍋 昌平 『闇金 ウシジマくん』

いずれの本もお風呂で読んだので、ビショビショに濡れてしまった。
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多くの私のクライアントが私より年上である。

どうもどうも梶 京子です。

GWに入ったことにさっき気づきました。
そうですか~ゴールデンですか、、、、

もう一度言うと、私のクライアントは、私よりも年上であることが多い。

社会人としても一人の人間としても、いろいろな経験をされている。

人の話を聴くことは、その人の人生に触れることだと常々思っている。

今は職業でビビらなくなったが、二十代の頃は教授やお医者様、弁護士さんや社長さんが来ると『私で大丈夫かな?』と思っていた。

コーチとクライアントという関係で出逢っていなかったら、『すごいな~この人』 『立派だな~この人』と思うような人たちなのだろう。

この仕事を十年程させていただいて、私がすることは、そういうことではないということがわかった。

クライアントが私を前にして話す内容は

『人が嫌い』
『親が嫌い』
『人に興味がない』
『このまま一人だったらどうしよう』
『人との接し方がわからない』
『愛し方がわからない』
『プライドが邪魔をする』
『素直になれない』
『すぐ攻撃してしまう』
『すぐ比較してしまう』
『明るい未来なんてイメージできない』

そんな話をする。

大学教授や弁護士さん、お医者さんともそんな話をすることがある。

職業がなんであろうと、年齢がいくつであろうと、その人の心の中を聴く。

生身の人間の心と向き合うこの仕事を通して、感じたこと、気づけたことがあった。

私のところに来る多くのクライアントは私同様、中年である。

でも、彼らの心のなかは、小学生の時に親から言われた言葉、愛という名の重たい期待をかけられ続けたあの日、話を聴いてもらえなかったこと、希望を捨てることでそれ以上苦しまないという選択をしたこと、そんな子供の時でとまっている。

原因はその時にできたから。

あれからもう何十年も過ぎているのに、心は子供の頃に置き去りのままである。

年齢というのは、一つの基準である。

年齢は、この世に生まれてきてから、何年経過しているかを表す。

子供の時に親に無条件に愛され、健全な情緒を育成し、失敗や挫折をしながらも見守られて育った人は自己肯定感と健康な心をもった心理的に成熟した大人になっていく。

与えられた人は今度は与える人になる。

愛された人は、愛す人になる。

年齢ではなく、そんなことができるようになった時に本当の大人になれるように思う。

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東京は生まれた場所であるがどこにも愛着がない。

どうもどうも梶 京子です。

子供の頃から引越しが多く、大人になってからも引越しばかりしていた。

だいたいニ年ごとに引越しをするので、引越し貧乏である。

銀座のオフィスももう二年以上いるので、最近飽きてきた。

そういえば、私には幼馴染がいない。

昔話をしない私には不自由しない。

同窓会で会いたい人がいない私には誘いがないのは、断る手間が省ける。

友情について語る資格のない私だが、クライアントとセッションをしていると古い友達というのは、少し面倒なように聞こえることがある。

学生時代は、同じ環境で過ごしてきたのかもしれない。

時が過ぎ、就職、結婚としていくなかで、共有できた価値観の基準に変化が生じる。
それぞれのフィールドのなかで皆循環し始める。

どちらが良いとか悪いとかではなく違ってくる。

違う文化に触れ、違う世界観を持ち、共通の考えや、感じ方ができなくなっていく。

同じ景色を同じ気持ちでもう見ることができない。

昔から続いているものを途絶えないように、続けなきゃと努める。

でも、私はそこに存在する人間の気持ちにフォーカスする。

もう同じように話せない。

もう同じように笑えない。

一緒にいても楽しめない。

だったら、その関係から一旦離れてみてもいいのではなかろうか。

『あいつは変わった』

そんな風に後ろ指さされることを恐れなくていい。

長く続けることは素晴らしいことなのかもしれない。

でも、無理しないでいい。

続けられなくてもいい。

それは、仕方のないことだ。

一生友達でいられなくてごめんね。
でも、一緒に過ごせた時間は楽しかったよ。
感謝しているよ。

そんなことを言えるのは、私はまだ友情をしらないからなのだろうか。。。
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