FACE BOOKに一生懸命になってなかなか更新できず・・すみません。
おかげさまで、介護福祉士試験の筆記に合格、来月はいよいよ実技試験です。
こんどこそ、上がってしまったらアウト~~です。
今月から半年間、インナーチャイルドセラピーで大変お世話になったこの方の「禁止令」講座を受講しています。
去年末、この方のNLPのセッションを受け、母の思いは理解はできたものの、無意識の中でなにかがブロックしている、それがなんなのかわからない・・もやもやしていました。もっと深く掘り下げて「本来あるもの」を見つけたいそう思いました。
その講座で「人生脚本」っていうのかあるんですが、自分が無意識に見聞きしてきたものが大いに反映されてしまうんだそうです。そしてこれもまた無意識での両親の影響も・・・。両親の影響のほうが顕著かもしれません。
今日は胎児期から今までのいろんな設問に答えて、新たな発見がありました。
母は私から見たら「完璧主義者」であり、「清く 正しく 美しい」が座右の銘といってもおかしくない人です。そのかっこの中二つが無意識で刷り込まれていました。
何をするのにも「完璧」じゃないと気が済まない。特に意識的に自分に。それを無意識に相手にも要求していました。なので私がぴりぴりし始めると周りは凍りつきます。(←ごめん・・)
無意識の思考の枠が、これは「清く 正しく 美しいのか」なのでズルしてるのを見聞きすると許せない気持ちになります。
そして、自分がわからなくなったとき「根無し草」がイメージで出てきます。つまり、自分がどこを目指してどこへ行きたいのか、土台がしっかりしていないときにです。「居場所がない」と感じる時も出てきます。
そこもワークを通してみゆさんの設問に答えていくと、思い当たるふしが。
母の仕事の都合や、父の遊びのために幼い私はうちにいたことがありませんでした。
いつも誰かのうちでお世話になっていました。誰か・・それは父の実家だったり、託児所だったり。
父や母の迎えをを待っていた。お世話になっているところにいる大人の顔色伺いながら、びくびくしながらいつも待っていた。ちょっとわがまま言ったら、それを父や母に伝えられてしまい、怒られる(時々父からの鉄拳制裁も)・・その繰り返しでした。
母が恋しくても言っちゃいけない。言ったら怒られる。母が困る顔を見たくない。そんな思いでいたんです。
いつしか父が憎い存在になっていました。
この人さえいなければ、母は泣かなくて済む。私も痛い思いをしなくて済む。
大きくなって父に反抗し、殴られてもはむかったこともあります。でも手は出せなかった。母が私を小さな体でかばってくれたんです。
そんな母に悲しい思いをさせたくない・・なのでいつも「いい子」「頼られるお姉ちゃん」でいなきゃいけないって、思って生きてきました。
なので誰かが頼られてるのを見てると嫉妬と落胆してしまいます。「だから私はだめなんだ。生きてる価値ないんだ」って。
そうなんです、常に「存在してはいけない」って禁止令がどの場面にも直結してくるんです。
その先ですか?
それはね・・まだ未解決。ですが半年かけてじっくり自分と向き合います。
また経過報告アップしますね。
テーマ:自己開示


