日航機123便墜落事故から30年が経ちました。

若い方たちは、ご存知ないかも知れませんが、当時熱海のホテルに泊まっていた私は、テレビから日航機が消息を絶ったという報道にかなりの衝撃を受けた事を今でも鮮明に覚えています。

そして、違和感はなかなか墜落現場が特定出来なかった事。

ずいぶん後になって知ったのですが、それには信じられない闇の事情があったのでした。

オルタナティブ通信より
毎年、繰り返される日航ジャンボ機墜落事故の犠牲者への追悼の影に「隠されている事」

毎年、繰り返される日航ジャンボ機墜落事故の犠牲者への追悼の儀式。

1985年8月12日に起こった、日航ジャンボ機墜落事故に関しては、旅客機の機器の故障説やエンジントラブル等、諸説の原因が言われ、日航側は既に死者への賠償に応じている。

現在、日本、韓国、ハワイ、グアムに駐留する米軍基地内で、米軍の機関誌として読まれている「パシフィック・スターズ・アンド・ストライプス」という雑誌の85年8月27日号には以下の内容の記事が掲載されている。

日航ジャンボ機墜落事故から、わずかに2週間後の発行日付である。

「日航ジャンボ機墜落事故当時、横田基地に配属されていた米空軍の輸送機U130のパイロット、マイケル・アントヌッチ中尉は以下のように証言する。

『事故当日、空中戦の演習を行っていた米軍練習用戦闘機から事故が起こったとの緊急無線が入り、一番近くを飛行していた私のU130輸送機が事故現場へ救出のため急行した。

いつものようにアメリカ空軍の練習用戦闘機が、日本の民間旅客機をターゲットにミサイル発射のシミュレーション演習を行っていた所、安全装置が解除されている事に気付かず、実弾ミサイルを日航ジャンボ機に命中させてしまった、というのが無線の第一報の内容だった。』 

この空軍中尉マイケル・アントヌッチは、日本政府から奇妙な事に『緊急の救助のために現場に行かなかった事、第一報の無線も聞かなかったと発言するよう要請された』と語っている。」

この現役アメリカ空軍中尉の証言は、米軍機が「動く格好のターゲットである日本の民間旅客機」、つまり日本人をターゲットに日常的に「撃墜演習」を行っている事実を示している。

これが、日本に米軍基地がある、という事の意味である。

なお、日航ジャンボ機を撃墜した米軍戦闘機のパイロットが、事故ではなく、「何者かの命令によって」意図的に、ミサイルの発射安全装置を外していたのかどうかは、「闇の中」であるが、このパイロットは事故の責任を取り処罰される事は無く、その後「不思議な事に、順調に昇進」している。

<転載終わり>

wantonさんのブログより
アメリカの言いなりの日本

情報源は、当時の首相官邸の取り仕切り責任者からです。

昭和60年8月12日、日本航空123便が、御巣鷹山墜落事故を起こしましたが、あれはアメリカの戦闘機が、発射した空対空ロケット弾で墜落したのです!

このころ中曽根内閣で、竹下大蔵大臣ですが、円が強すぎてアメリカと貿易摩擦が起こっていたのですね!

そこで、アメリカ側が、円を切りあげろと、いってきましたが、竹下は、せせら笑って取り合わなかったのです。

そうしたら、アメリカは、JAL機にロケット弾を打ち込んだのです!

一発目は、尾翼部分に命中しましたが・・・・・・。

ロケット弾により、油圧装置のワイヤーが効かなくなりましたが、日本のパイロットは優秀ですから、右のエンジンや、左のエンジンを交互にふかして、操縦していたのですが・・・。

アメリカの戦闘機のパイロットは、1発目で墜落しなかったものですから!

そこで、2発目を右の上空から左側の主翼にミサイルを打ち込んだのです!

これにはジャンボ機もたまらずに、墜落してしまいました!

落ちた飛行機の損壊状況は、左側の主翼の付け根の損壊が一番ひどかったのですね。

墜落時には、墜落現場に生存者がいましたので、米軍機は長時間、現場上空を哨戒して、自衛隊や、救助隊を近づけなかったのです!

日本の救助隊の到着を遅らせたのです!

生存者、つまり目撃者を消そうとしたのですね!

だから生き残った3人は、墜落時に現場では、悲鳴がたくさん聞こえていたと証言していますが、他のことは絶対に何も喋らないでしょう。

恐ろしくて、しゃべれないのですよ!

事故調査にあたっていた前橋地検の山口悠介検事正は

「事故原因を、ぎりぎりまで追究すれば、戦争になる!」

と発言しています。ボイスレコーダーも公表していませんね!

これにあわてた中曽根は、40日後の昭和60年9月21日に、プラザ合意をしたのです。

そして、1ドルが、250円に決まったのですね!

また米軍がグアムに移転するのに18兆円必要だったのですが、日本が拒否して半年くらいしたころに、山手線の高田馬場と目白の区間で、レールが二本ひん曲がっていたのです。

朝一番でレールを点検していた者が発見しました。

それを知った3日後に日本政府は、18兆円の捻出を決定しました。

レール2本で、18兆円ですから悪くありませんよね!

また鹿児島でも、沖縄のP3C対潜水艦哨戒機の基地を、鹿屋に移せと米軍が言ってきましたが、日本政府が拒否しましたところ、

鹿屋基地の前で、指宿に行く、トッピーいう船の水中翼船の後ろの羽根にアメリカの潜水艦が、火薬の抜いてある魚雷を衝突させたのですね!

水中翼船の折れ曲がったスクリューに、ペンキだけがついていたのです!

またかと、あわてた日本政府は3日後に、鹿屋基地移転を認めたのです!

このようなことは、枚挙にいとまがありません!

だからアメリカは、日本は脅せば何でも「はい、はい!」と言うと思っていますから、要求が、だんだんエスカレートして、過激になるのです。

日本は、アメリカの準植民地ですから、取るものがある限り、潰してしまうことはありませんが!何もなくなりましたら、どうなることでしょう!

このような日本のアメリカに対する対応に、やきもきするロシアと中国は、ロシアは北方領土を、中国は尖閣諸島を「アメリカと手を切れば、日本の領土として認める!」といってますが、この話には安易に乗れません。

中国とアメリカは裏で、手を組んでいる可能性がありますから要注意です。

つまり、尖閣諸島には、台湾有事の際の米軍のミサイル格納庫がありますので、米軍の第5軍の高性能の高速ミサイル艇が、海上保安庁と合同でキィーン(日本刀)作戦を尖閣諸島の海域で展開していますので、中国海軍が尖閣諸島に上陸、占領することなど不可能なのです。

先日の中国漁船衝突事件の時も、米第5軍のミサイル艇と挟み撃ちにしたので、米第5軍のミサイル艇を録画から消すのに、ビデオの公開が手間取ったのです。

現在、アメリカは経済が危機的状況下にありますので、日本政府に対して今も「富士山を噴火させるぞ!」「日本を海の底に、沈めてしまうぞ!」と連日のように恫喝して、日本政府から資金を、引き出そうとしています。

またアメリカは、「年次改革要望書」という形で、毎年、日本に資金を要求しており、大臣や、官僚の人事にまで、口を出しています!

さらに驚くことに、最近では、首相官邸の中に、原子力安全規制委員会の一室があり、アドバイザーがつめていますが、目的は首相の恫喝と、日本のコントロールです!

内政干渉の極めつけであり、このような例は、世界に一つとしてありません!
                   
今にして思えば、何しろ日本は、1980年代は、実質、世界一の経済大国でした!

ジャパンマネーは、世界中で猛威を振るっており、世界経済は戦々恐々としていました。

それから31年間、ジャパンマネーは、アメリカに注ぎ込まれてしまい姿を
消してしまいましたね!

世界最強の円が、アメリカの国債などの紙くずに、化けてしまったのです!

その元凶は、小泉純一郎と竹中平蔵コンビが、アメリカのウォール街に、日本のメガバンクを売り渡してしまったからなのです。

<抜粋終わり>

日航機墜落事故については、圧力隔壁の故障による事故ではなく、調べれば調べるほど謎が出てくるのです。

私も何度か記事に取り上げていますが、

カテゴリー「日航機墜落事故の真相」

ミサイルの証拠を隠蔽する為に、人命救助よりも残がい探しを優先した結果、助かったかも知れない命が失われました。

その件については、ちゃんと証言者がいるのです。

生存者の証言

もっと早く救助していたら、機内で遺書を書いていた人々も助かったかも知れないのに。。

河口博次さん(52)の遺体の上着の胸ポケットに入っていた手帳に書かれていた遺書

『マリコ 津慶 知代子 どうか仲良くがんばってママをたすけて下さい
パパは本当に残念だ
きっと助かるまい
原因は分らない
今五分たった
もう飛行機には乗りたくない
どうか神様 たすけて下さい
きのうみんなと 食事をしたのは
最后とは
何か機内で 爆発したような形で
煙が出て 降下しだした
どこえどうなるのか
津慶しっかりた(の)んだぞ
ママ こんな事になるとは残念だ
さようなら
子供達の事をよろしくたのむ
今六時半だ
飛行機は まわりながら
急速に降下中だ
本当に今迄は 幸せな人生だった
と感謝している』

★★★

原発も安保法制も米軍基地もオスプレイも農薬・食料汚染も大麻取り締まりも何もかも、全て日本はアメリカの奴隷であることが原因なのです。

アメリカからの「年次改革要望書」を突っぱねたのは鳩山由紀夫元首相だけでした。

だから潰されました。

アメリカに逆らわない首相ほど長生き出来るのです。

安倍首相もアメリカの操り人形でしかありません。

日本の平和は、脱アメリカにかかっていると言っても過言ではないでしょう。

墜落事故の犠牲者も、原因究明が闇の中にしまわれてしまっては浮かばれないと思います。

せめて、多くの方に真相を知っておいていただきたいです。

坂本九さんを含め、多くの犠牲者の方のご冥福をお祈りいたします。

ペタしてね


AD
28年前のことなのに、忘れられない事故がありました。

8月12日は家族で熱海のホテルに泊まっていて、食事中にテレビから日航機が消息を絶ったと速報が流れてきたのでした。

そして、13日になってから事故の生々しい映像が次々と目に飛び込んで来ました。

その時に受けた衝撃もさることながら、近年ネットを見るようになって、事故には裏がある事を知り、さらに衝撃を受けました。

その時の記事です。
http://ameblo.jp/aries-misa/entry-10371910589.html

http://ameblo.jp/aries-misa/entry-10373247659.html

墜落事故は、圧力隔壁の破損だと未だに信じている方は、是非「日航機墜落事故の真相」を調べて下さい。

日航機123便の墜落事故は、戦後の日本最大の捏造事件であり、全ては闇の中に葬り去られてしまいました。

マスコミは決して報道しませんが、123便は、ミサイルにより垂直尾翼を失いダッチロールに陥ったのです。

座席最後部から5番目に座っていた小川哲氏はオレンジ色の飛行物体が接近して来るのを撮影していました。

photo:01


このミサイルはどこから飛んで来たのか、試運航中であった新型護衛艦「まつゆき」からでしょうか?

知らないうちに、123便を狙うように設定されていたのでしょうか。

30分にも及ぶダッチロールの中、乗客は恐怖と戦い、ついには死を覚悟して遺書を書きました。

河口博次さん(52)の遺体の上着の胸ポケットに入っていた手帳に書かれていた遺書

『マリコ 津慶 知代子 どうか仲良くがんばってママをたすけて下さい
パパは本当に残念だ
きっと助かるまい
原因は分らない
今五分たった
もう飛行機には乗りたくない
どうか神様 たすけて下さい
きのうみんなと 食事をしたのは
最后とは
何か機内で 爆発したような形で
煙が出て 降下しだした
どこえどうなるのか
津慶しっかりた(の)んだぞ
ママ こんな事になるとは残念だ
さようなら
子供達の事をよろしくたのむ
今六時半だ
飛行機は まわりながら
急速に降下中だ
本当に今迄は 幸せな人生だった
と感謝している』

遺書とメモ書き

また、事故で亡くなった坂本九さんの身元判明の手掛かりとなったのは、結婚式を挙げた笠間稲荷神社のペンダントが、胸に刺さっていたからでした。

事故機にたまたま乗り合わせてしまって亡くなられた520名の方のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

日航機が墜落したのは、群馬県多野郡上野村にある、高天原山(たかまがはらやま)山系に属する無名の尾根の標高1,565m付近でしたが、なぜか「御巣鷹山」に墜落したと伝えられ、混乱を招きました。

結局、あれから無名の尾根は御巣鷹山という名前になりました。

本当は墜落場所は早期に分かっていたにもかかわらず、発見が遅れた事にして現場では隠ぺい工作と共に、生存者の口封じが行われていたようなのです。

現場に民間人として1番最初に踏み込んだM氏の証言があります。

http://blog.goo.ne.jp/adoi/e/9218d78bddf9f12a9d7bdc8ebec1c10a

乗客は、墜落時にはまだ生きていたのです。

奇跡的に助かった落合由美さんと川上慶子さんの証言からもそれが分かります。

☆☆☆

<落合由美さんの証言>

『墜落の直後に、「はあはあ」という荒い息遣いが聞こえました。ひとりではなく、何人もの息遣いです。

そこらじゅうから聞こえてきました。まわりの全体からです。

「おかあさーん」と呼ぶ男の子の声もしました。

次に気がついたときは、あたりはもう暗くなっていました。どのくらい時間がたったのか、わかりません。

すぐ目の前に座席の背とかテーブルのような陰がぼんやり見えます。私は座ったまま、いろんなものより一段低いところに埋まっているような状態でした。

左の顔と頬のあたりに、たぶんとなりに座っていたKさんだと思いますが、寄りかかるように触っているのを感じました。すでに息はしていません。冷たくなっていました。

シート・ベルトはしたままだったので、それがだんだんくいこんできて、苦しかった。右手を使って、ベルトをはずしました。

動かせたのは右手だけです。頭の上の隙間は、右手が自由に出せる程度でしたから、そんなに小さくはなかったと思います。

右手を顔の前に伸ばして、何か固いものがあったので、どかそうと思って、押してみたのですが、動く気配もありません。それを避けて、さらに手を伸ばしたら、やはり椅子にならぶようにして、三人くらいの方の頭に触れました。

パーマをかけた長めの髪でしたから、女性だったのでしょう。冷たくなっている感じでしたが、怖さは全然ありません。

どこからか、若い女の人の声で、「早くきて」と言っているのがはっきり聞こえました。

あたりには荒い息遣いで「はあはあ」といっているのがわかりました。まだ何人もの息遣いです。

それからまた、どれほどの時間が過ぎたのかわかりません。意識がときどき薄れたようになるのです。

寒くはありません。体はむしろ熱く感じていました。私はときどき頭の上の隙間から右手を伸ばして、冷たい空気にあたりました。

突然、男の子の声がしました。「ようし、ぼくはがんばるぞ」と、男の子は言いました。

学校へあがったかどうかの男の子の声で、それははっきり聞こえました。しかし、さっき「おかあさーん」と言った男の子と同じ少年なのかどうか、判断はつきません。

私はただぐったりしたまま、荒い息遣いや、どこからともなく聞こえてくる声を聞いているしかできませんでした。

もう機械の匂いはしません。私自身が出血している感じもなかったし、血の匂いも感じませんでした。吐いたりもしませんでした。

やがて真暗ななかに、ヘリコプターの音が聞こえました。あかりは見えないのですが、音ははっきり聞こえていました。それもすぐ近くです。

これで、助かる、と私は夢中で右手を伸ばし、振りました。けれど、ヘリコプターはだんだん遠くへ行ってしまうんです。

帰っちゃいやって、一生懸命振りました。「助けて」「だれか来て」と、声も出したと思います。ああ、帰って行く・・・・・。

このときもまだ、何人もの荒い息遣いが聞こえていたのです。しかし、男の子や若い女の人の声は、もう聞こえてはいませんでした。

体は熱く、また右手を伸ばして冷たい風にあたりながら、真暗ななかで、私はぼんやり考えていました。

私がこのまま死んだら主人はかわいそうだな、などと。父のことも考えました。母親が三年前に亡くなっているのですが、そのあとで私が死んだら、とても不幸だ、と。

母は私がスチュワーデスになったとき、「もしものことがあったときは、スチュワーデスは一番最後に逃げることになっているんでしょ。そんなこと、あなたに勤まるの?」と、いくらかあきれた口調で言っていたものです。

それからまた、どうして墜落したんだろう、ということも考えました。時間がもう一度もどってくれないかなあ、そうすれば今度は失敗しないで、もっとうまくできるのに。いろんなことが次々と頭に浮かびました。

涙は出ません。全然流しませんでした。墜落のあのすごい感じは、もうだれにもさせたくないな。

そんなことも考えていました。そして、また意識が薄れていきました・・・』

<川上慶子さんの証言>

『墜落したあと、ふと気が付いたら周囲は真っ暗だった。

あちこちでうめき声が聞こえ、私の両親もまだ生きていたような気がする。

しばらくすると前方から懐中電灯の光が近ずいてきたので助かったとおもった。そのあとまた意識がなくなり、次に目が覚めると明るくなっていたが救助の人は誰もいなくて、周りの人たちはみんな死んでいた。』

☆☆☆

この証言の後、お二人は多くを語らなくなりました。

また、M氏も命を狙われたようで、2010年5月16日の講演の2週間前、車の後輪がバーストするという事故に遭っています。

あわや死亡事故につながる緊急事態を咄嗟の運転テクニックで回避し、後に損傷部分を検証してもらうと、軍関係者しか持たない熱戦銃によるものと判明したそうです。

事故の徹底的な隠ぺいの裏には、一体何が潜んでいるのでしょうか。

一番の理由は、アメリカがプラザ合意をさせるために仕組んだものだとみる事ができます。

さらに、123便を選んだのは、プラザ合意に反対していた関西の財界大物4名と、松下トロンOSの技術者17人、また、当時の日本を代表する脳神経学者の一人である塚原仲晃氏の命を狙ったとの憶測もされています。

プラザ合意の目的は日本経済の解体にありました。

日本をバブルで巨大化させた後に大爆発させる計画でした。

しかし、日本がなかなかプラザ合意に同意しなかったため、脅しの為に123便は撃墜されたとみられているのです。

しかし、事故調査にあたっていた前橋地検の山口悠介検事正が「事故原因をぎりぎりまで追究すれば、戦争になる。」と言っているように、真実は決して表には出せないようです。

無念です。犠牲になった方々がこれでは浮かばれません。

これが私たちの生きる世の中の真実なのです。

知らなければ知らないで幸せに暮らしていけるのかもしれません。

でも、裏の世界を知って、それでもなお、地球にとって人類にとっての本来進むべき道をめざすという方々が今、急激に増えているのを感じます。

世界を牛耳る勢力にとっては、小さな抵抗かもしれませんが、ハチドリのひとしずくでも、たくさんのひとしずくが集まれば、山火事をも消せると信じています。

AD
8月12日、あの日の衝撃は今でも忘れる事は出来ません。

御巣鷹山に日航機が墜落するという悲惨な事故が起きたのです。

奇跡的に生き残った4人の方は、この日をどんな気持ちで迎えたでしょう。

記憶から消してしまいたいほどの恐怖だったのではないかと、それは私たちには想像することも出来ません。

ところが、この事故には隠された真相があるかも知れないのです。

私は、その記事を見つけた時、最初信じられませんでした。

あまりに衝撃的だったのです。それでは犠牲者がうかばれません。無念過ぎます。

しかし、事故にアメリカと政府が絡んでいるとなると、さもありなんと思えるようになりました。

事故究明もそこそこに、あっと言う間に物的証拠を処理してしまったからです。

隠ぺいは、政府の得意技です。福島の原発事故で国民によく知れる所となりました。

原発事故があってからは、本当に政府のやる事が信じられなくなりましたから、今改めて日航機墜落事故の記事を読むと、国が何かを一生懸命に隠そうとしているのが分かります。

ここでもやはり、人の命より自分たちの利権なのです。

もうホントにこういう体質やめましょうよ。

事故の真相はすでに闇の中ですが、信じない方がいいかも知れませんね。ショックが大きいです。

もし、どうしても知りたいとおっしゃる方はこちらをどうぞ。

日航機墜落事故の疑惑いろいろ



犠牲者の方のご冥福をお祈りいたします。


AD