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『長崎を平和の玄関口に』


ナガサキピーススフィア貝の火運動は、1995年8月、さだまさしさんの呼びかけにより発足しました → こちら

全国各地のボランティアと共に活動を続け、運動は2002年3月、長崎県からNPO(特定非営利活動法人)としての認可を受けました。

そして多くの方々から寄せられた募金をもとに、ついに2003年ナガサキピースミュージアムが建設されたのです。

さださんは1987年から2006年まで、8月6日の広島の原爆の日に「長崎から広島に向かって歌う」平和祈念コンサート 『夏・長崎から』 を行っていました。

しかし、年1回のコンサートだけでなく、「平和の玄関口」となる具体的な場所を求め構想を練っていたのでした。

「ピーススフィア」とは「平和な球体」を意味し、「貝の火」とは慈しみの大切さを描いた宮澤賢治さんの童話に由来しています。

あらすじはこんな感じです。

うさぎの子のホモイはある日、川で溺れかけているひばりの子を助け、そのお礼としてひばりの親から「自分たちの王からの贈り物」という「貝の火」という宝珠を渡されました。

この「貝の火」は一生持ち通した者は今までに鳥に二人、魚に一人しかいないという宝であり、父はホモイに気をつけて光をなくさないようにと諭しました。

翌日、外に出かけたホモイは出会った動物達から大変な敬意を払われるようになり戸惑います。

ホモイの母親はそれはホモイが立派になったからだと話しました。

自分が「えらい人」になったのだと知って嬉しくなったホモイは、次の日から周りの動物達にいろんな命令を下すようになります。

今まで自分に意地悪をしてきた狐までもが、自分に頭を下げる様になりました。

ホモイは狐を家来にしますが、狐はやがてホモイに取り入ろうとし、ホモイ自身もだんだんと有頂天になっていきます。

そんなホモイの様子を見た父親は「狐に気をつけろ」と忠告しますが、それでもホモイは度々狐の言葉に乗ってしまっていました。

次第に狐の態度は大きくなり、ホモイは狐に脅されて悪事に加担したとき、「貝の火」は濁り始め、ついには宝珠の中の火が消えてしまうのです。

ホモイと父親は狐の企みを食い止めますが、「貝の火」は砕け、ホモイは失明してしまいました。

そんなホモイを父親は「こんなことはどこにもあるのだ。それをわかっただけでもお前は、幸いなのだ。目はきっとまたよくなる。お父さんがよくしてやるから。」と慰めるのでした。

<以上 詳しく読みたい方は → コチラ  >


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ミュージアムは2003年4月19日に開館しました。

さださんが理事会長で、さださんと仲の良い有名画家の原田泰治さんが名誉館長となっています。


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(うちには、原田泰治さんの娘へのサイン入りの本があります。両親が貰って来てくれたものです。)

建物そばの五線に音符のモニュメントは「宙(そら)へ」と言うタイトルがつけられています。

それは「平和でなくなる時に、真っ先に奪われるのは音楽だから」との理由だそうです。

なるほど、いつまでも音楽が楽しめる、心の余裕のある平和な日々への願いが込められているのですね。



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貝の火運動に寄せた さださんからのメッセージ です。


平和って何?と聞かれたら、一体どう答えますか?

子ども達にそう尋ねられたときに、僕はこう答えます。

「誰もが仲良く暮らすことです」と。

ところがこれが難しい。地球上では相変わらず、争いが絶えません。


「広島」「長崎」という記憶は、世界にとって一体、何なのでしょう。


長崎が最後の被爆地でありますように。

二度とあの残虐な兵器が使用されませんように心から願っています。

きっと誰もが。

但し、その実現に、危ういものがあることも感じています。

私たちの「誰もが」心のどこかで夢見ている「平和な地球」を想像し、模索する、という意味で、その象徴的な建造物を「ピーススフィア(平和な球体)」と呼ぶことにしました。

平和の概念はとても難しいですね。

身近で解りやすい「平和」を表現する方法がないか、そうしてそれを「かたち」にすることで長崎から世界に、私たちささやかな人生を生きる日本の人々に発信できないかと願っているのです。


あなたの大切な人の笑顔を守るためにはどうしたらよいのか、また、何から始めるのか。

そんなことを考えるきっかけになってくれるような何かを、長崎に作ろうじゃないか。

それが、ピーススフィアの運動(貝の火運動)です。


あなたの力を貸してください。

長崎から世界へ。愛を拡げたいのです

   さだまさし



私たちは貝の火、つまり『世界平和の火』を絶やさず、未来の子供達に引き継いでいかなければならないのです。


『あなたの一番大切な人の笑顔をどうか思い浮かべて下さい。

そして、その笑顔を守ってあげる為に、あなたに何が出来るかを考えませんか?』

さださんは、いつもこう、訴え続けています。


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