Moose Nose ~スウェーデン生活~

ヘラジカのような鼻を持つ彼と、怒りあり、涙あり、そして笑いありのスウェーデン生活を綴ったブログです。


テーマ:
金曜日からイースター休暇でした。
土、日とボー実家に泊まる予定だったのですが、
急遽、金、土のお泊りに変更。
金曜日にブログをアップしようと思っていたのに、計算が狂いました。
金曜の夜はベッドと枕が違ったせいか、あまり熟睡できず、
昨日は親戚周りもしたので、家に着いて、寝不足と疲れでずっとダウンしていましたショックガーン

さて、今日も移住前の私についてです。
今日も長文です。
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2011年夏、ボーに会うため再び1カ月のバケーションを取った。
スウェーデンには日本からの直通便が無いため、必ずどこかの空港で乗り換えなければならない。
フィンエアーであればヘルシンキ、SASであればコペンハーゲン。
他の航空会社でも勿論ヨーテボリに行けるが、私は今までこの二つしか使ったことはない。

スウェーデン在住の方はわかると思うが、フィンエアーには乗り換え時間がたったの40分というフライトがある。
当時、40分か、4~5時間の乗り換え時間という選択肢しかなかった(と思う)。
(今は改善されて、乗り換え時間が1~2時間という丁度いいフライトが増えてきた)
初めてスウェーデンに行った春、乗り換え時間が40分というのはとっても不安だったので、
私は待ち時間5時間のフライトを利用した(この時は確かSASを使った気がする)。
が、これがまたとんでもなく暇である。
行きは時差ボケですごく眠かった(実際寝てしまった、荷物を盗られなかったのが奇跡)。
帰りは朝の便だったので、眠気はなかったが、とにかく暇だった。
こんな暇な時間を過ごすのはもうこりごり、と、今回は40分の待ち時間のフライトを利用した。
販売しているということは、きっと乗り換えるのも余裕なのだろう。
そう思った。

しかし、私のその考えは外れた。
飛行機は確かに40分前にヘルシンキ空港に着いたが、実際飛行機を出れたのは次のフライトの30分前だった。
私は焦った。
とにかく走った。
汗びっしょりになりながら、間に合わないんじゃないかと心臓をドキドキさせながら、
ヨーテボリ行のゲートを目指して全速力で走った。
そして出発15分前、ギリギリ搭乗。
あ~、間に合ってよかった~滝汗
飛行機に乗った瞬間、どっと疲れたのを覚えている。

そして16時半ごろ、ヨーテボリに到着。
荷物を受け取って、そしたらボーに会える!
私はひたすら自分の荷物が流れてくるのを待った。
待って、待って、待ち続けた。
そして、荷物レーンの動きが止まった。

あ、あれ?止まっちゃった。
これで終わり?

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なんと、初めてのロストバゲージえるもガーン
えっと、これからどうすりゃいいんだ?
とりあえず周りをキョロキョロ。
すると私と同じように、ロスバゲになってしまったであろう人が3人ほど、
サービスセンターのようなところに行くところを目撃。
私もその人達についていくことに。
列に並び、そしてロスバゲであることを伝えた。
全ての手続きを終え、到着出口に出られたのは17時半過ぎであった。
(ヨーテボリ空港は小さいのでだいたい30分くらいで出られる)

あ~、とんだ災難だった。
ボーちゃん、待ちくたびれただろうな。


そう思い、ボーの姿を探した。
が、いない。
どこかカフェにでも行ってしまったか。
すると見覚えのある顔がこっちの方に向かって手を振っていた。
パパとママだ。
え!?なんでパパとママがいるの!?
っていうかボーちゃんどこ!?

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私は訳がわからず頭が真っ白に。
とりあえずパパとママのところへ向かった。

「あ~良かった。中々出て来ないから心配したんだよ。
え?ロスバゲ?
それは災難だったね。」
とパパ。
そして続けて言った。
「実はね、ボー、今病院にいるんだ。」

な、なんですと~~~!?

聞けば、前日の夜からものすごい腹痛に襲われ、
朝方、急遽病院へ向かったのだという。
その頃私は飛行機の中。
連絡しようもなかったのだ。
「とりあえず、このまま病院に行こう。」
私達は車で病院に向かった。

パパママと会ったのは4月の滞在で3回ほどだったか。
なので、当時は今のように喋れる仲でもなかった。
パパは英語を話せるがママはほぼ話せないし、
とにかく何を話していいのか全くわからず、車の中での沈黙がとっても気まずかったのを覚えている。

病院に着くと、待合室のようなところでボーがベッドに横たわっていた。
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この時点でまだ検査結果待ちで、病名がわからなかったのだが、
ボーの苦痛に満ちた顔を見て、これは今日中に帰れるようなものではないということだけはわかった。
朝から病院にいて、まだ検査結果がわからないなんて遅すぎない?、と思ったが、
スウェーデンと日本の医療の違いを、実際自分が入院して初めてわかるようになるのは、ずっと先の話である(詳しくは『入院物語』参照。)

しばらくそばにいたが、もう面会時間が終わりとのことで、
私達はボーを置いて帰ることになった。
ボーは、
「ろびまろ、ごめんね。せっかく来てくれたのに…。」
と謝っていた。
私は、
「気にしないで!自分の体だけ考えててね!
また明日来るから嬉
お大事にね!」
と表面上はそう言ったが、
心の中では、
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とパニックになっていた。
ボーちゃん無しで、パパママ宅で、パパママと過ごさなければならない。
そんなにコミュニケーションも取れないのに、どうしたらいいんだろうまっしろガーン
道中そればかり考えていた。

ちなみに病名は盲腸だった。
1週間くらい前からお腹が痛いな、とは思っていたらしいが、
ただの腹痛だと思って病院に行こうとも思わなかったらしい。
私達が訪問した次の日の朝に手術をすることが決まった。
パパとママは盲腸だと聞いて安心したのか?、
息子の手術があるというのにセーリング旅行へえるもえ~
実はボーが入院したその日に本当は旅行する予定だったが、
ボーが入院し、私のお迎えに行けないということで予定をずらしたらしい。
でも、息子が手術する日にセーリング旅行って…。
心配じゃないのか?
と私はびっくらこいた。

ママたちがいなくなって、私一人でボー実家に泊まるわけにもいかないので、
義姉家族が実家に泊まりにきてくれた。
義姉も英語は話せるが、やはりコミュニケーション不足なのと人見知りなのとで何を話せばいいのか全くわからなかった。
旦那の方は英語はあまり話せないので、全然話すことはなかった。
ボーが入院している間、自分がどう過ごしていたのか全く覚えていない。
とりあえず手術した日と、あともう1日、お見舞いのために彼らが病院まで車を出してくれたことは覚えている。

入院して5日目、ついにボーが退院。
日本では盲腸にかかった場合、どれくらいの期間入院するのが普通なのかはわからないが、
スウェーデンは完全回復する前に退院することが多い(私が入院したときもそうだった)。
自分の足で動けるようになればOKというのが退院の基準、だと思う。
帰ってきたボーはフラフラした足取りで、術後の痛みもまだありそうな顔つきだったが、
私はとにかくボーが帰ってきてくれたことに心から安心したのだった。
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確か退院したその日のボー↓。

元々痩せ型の人だが、この時は更にやせ細っていた。

 

ボーが退院して2週間後くらいだろうか。

セーリング旅行をしていたパパ達が、車で1時間のところにある小さな港町にいると電話が来たので、日帰りで参加することに。

その港町まで車で行き、そしてパパのボートに乗って小島へと向かった。

写真はパパとパパ友人のボート。

こんな感じで、毎年パパとママは3~4週間ほど夏休みをとり、

ボートで色んな島に行ってはのんびり過ごすのである。

寝泊りも勿論ボート。

 

 

さて、季節は飛んで3回目のスウェーデン訪問となった2011年冬の話。

初めてのスウェーデンでのクリスマスだ。

パーティーとなると、かまえてしまうようになった私。

もう5年前のことなのでこの時の状況はうろ覚えではあるのだが、

クリスマスパーティー前は、

「パーティーに行きたくない!怖い!!

どうせボーちゃんはサポートしてくれないもん!!」

と駄々をこねていたような気がする。

「ちゃんとサポートするから!」

と言ったボーであったが、いざパーティーが始まると、

やはり自分の家族との楽しい時間に加え、お酒をがぶがぶ飲んでいたので、

私の事はほぼほったらかし状態だった。

そんな状況に私の顔も徐々に暗くなっていった。

 

そして追い打ちをかけたのが、こんな些細な光景だった。

義姉がソファーに座っているママの膝に座り、

そして顔をピトッとくっつけて、

「ママ~♡」

と甘えだした。

ママも、ふふふと笑いながら娘をハグ。

そんな二人の姿を私が見ていると、ママと目があった。

ママは言った。

「マイリトルベイビーよ嬉ハート

と。

私はニコリと微笑み返したが、実は泣くのを必死にこらえていた。

この時、すでに翌年の6月に移住することが決まっていたのだが、

来年から毎年ここでクリスマスをして孤独に耐えなきゃいけないのか、

という想いをパーティー中ずっと抱えていた私。

そして義姉とママの姿を見て、

そうか、私はこれから、こんな風に母に甘えることもできなくなるんだ。

寂しさと現実が一気に襲ってきた。

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と、同時に、彼らに対して怒りがわいてきてしまった。

これから移住するっていう私に、そんな見せつけなくていいじゃん!!

という、まぁ簡単に言えば八つ当たりですわなうーん(汗)

彼らは見せつけるつもりもなく、ただ母と娘のスキンシップを楽しんでいただけなのだから。

でも、私は耐えられなくなり、その場を離れてトイレに逃げた。

トイレに入った瞬間、ぶわっと流れそうになる涙を必死に抑え、

そして鏡の中の自分に向かって、こう唱え続けたのだった。

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初めてのクリスマス会↓。

おじいちゃんサンタ。

 

プレゼントゲットー♪と笑ってるけど、実際は泣きたい状態だった。

 

番外編1。

初めてのクリスマスマーケットin リセベリ(遊園地)。

あの有名なアイスホテルのプロデュースで、アイスバーというのがあった。

椅子、テーブル、コップまで、全てがアイスでできていて、とっても興味深かった。

 

 

番外編2。

2011年春に訪問したとき、ママの自転車を借りてのサイクリング。

そう、この記事の時→『吾輩は短足である3』に話したあの自転車である。

笑顔で余裕そうに見えるけど、実際は短い足で必死にこいでました自転車ダッシュ

 

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夏の訪問時のハプニングは本当にびっくりしました。

ぶっちゃけボーちゃんの心配よりも、ボーちゃん無しで自分一人でどうやってボーファミリーと過ごそう…。

そんな心配の方が大きかったです●-∀-●汗

多分必死に過ごしていたのでしょう、

ボーちゃんが入院していた間、どうやって過ごしたのか記憶はほとんどありません。

1週間以上入院するだろうなと思っていたのですが、

思いのほか早く退院したので、

そんなに早く退院して大丈夫なの!?という気持ちより、

あ~、早く帰ってきてくれて良かった!!

という安心感の方が強かったです。

どんな彼女よ…あへへ

でも退院後のボーちゃんはまだ痛々しくて、

フラフラ、ヨロヨロしながら歩いていました。

ちなみにフライトですが、日本からヨーテボリに戻る今は40分の待ち時間のフライトを利用しています。

ロスバゲにもなったことは何回かありますが、家に届けてくれますしね。

夏のハイシーズンだと遅延する恐れがあるかもしれませんが、

私が今まで一時帰国した冬と春では、予定よりも少し早めに着いて、

早足で歩けば余裕で乗れる、という感じでした。

やはり、待ち時間が長いと退屈だし、時差ボケもキツイので、

リスクは若干あるにしても40分乗り換えを利用してしまいます。

 

そして初めてのクリスマス会。

最初のパーティーの印象が強すぎて、この時のことはうろ覚えなのですが、

ボーちゃんのサポートがこの時もなく、孤独と、もうすぐ移住するという現実が私を襲い、

とにかくキツかったことを覚えています。

パーティーが終わったあとは部屋で号泣。

サポートしてくれなかったボーちゃんを責めたてました。

「移住したくない!!

スウェーデンでやってく自信がない!!」

と泣きながら何度も言ったような気がします。

ママと義姉の仲睦まじい親子の様子が脳裏に焼き付き、

私も母親が大好きですので、こうやって当たり前のように母と過ごせなくなるのかと思うと更に泣けてきました。

彼らへの怒りは、羨ましさと移住の不安からくる八つ当たりでしたが、

今では怒りさえしませんが、仲睦まじいボー家族の姿を見ると羨ましいと未だに思います。

家族に会えないことに寂しいなと思いつつも、自分が選らんだ道だししょうがない、

という気持ちは持てるようになりましたが、

会いたいときにいつでも家族に会える、そんな彼らが羨ましいと思う気持ちは、

きっとこれからも消えることはないでしょう。

 

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木曜日、『君の名は。』観てきましたよ~!

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日本語音声のスウェ語字幕です。

日本人の方いるかな~とキョロキョロしていたんですが、

残念ながらおらず。

でも、いたとしても話しかける勇気はないんだけど●-∀-●汗

スウェーデン人で満席で、結構笑いも起こってましたにこ

 

ネタバレはしませんが、確かに母の言う通り若い子向けというか、

私が10代であればもっと、素敵~!なんて思っていたかもしれませんね。

でも、全体のストーリーは好みでした嬉

ボーも楽しんだ様子。

そして問題のエンドロールですが、

最後まで観れました~パチパチ拍手

私達の他にも10人くらい残ってエンドロールを観ていたので、

居づらい雰囲気もなく、RADWINPSの歌と映画の余韻にゆっくり浸ることができましたわーい!bell

 

 

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