1ミリでいい、セカイを動かそう。原田翔太オフィシャルブログ

22歳で1億を稼ぎ、カリスマ経営コンサルタント神田昌典氏から推薦文をもらった唯一のマーケター・原田翔太が、ウェブビジネスに必要なマーケティングの知識をお伝えしていきます!


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22歳で1億稼いだ現役早大生作家&社長・原田翔太のありえないブログ

この間、セミナーのときに大学生から聞かれた質問に対する自分の答えにはっとした。「僕らと、原田さんや木坂さん、和佐さん、吉田さんたちの違いってなんだと思われますか?」 「それは、“教養”の差だと思うよ。」 ひどく選民思想的な回答だが、一つ的を射ているなと我ながら思う。

何も俺が教養人だといっているのではない。ただ、比較として、大半のアフィリエイターはじめ「ネットビジネスの人」はあきれるくらい、圧倒的なほどに教養がない。無教養といっていいレベルにある人が9割くらいだ。だから、誤解を恐れずにストレートにいえば、「君たちには、“教養”が足りない。」と

教養は、通常「役に立たない、机上の空論的へりくつ」と理解されていると思う。確かにそのとおりだ。大学で習うであろう「一般教養」というものは、大半の人にとって睡眠時間と等しかったはず。はっきりいって、「どーでもいいこと」が駄菓子屋みたいに陳列されている。それが教養のイメージだろう。

僕のいう「教養」の意味と意義は、こうだ。たとえるならば、ハンバーグやそばにいれる「つなぎ」。肉純度100%ってのも、なかなか乙なもんだし、そば粉10割っていうのも風味がすごそう。でも、単体ではなりたたない。そのために「つなぎ」がいる。教養とはそういう存在ではないかと。

つまり、「ノウハウ&テクニック」というのはそれ単体では成立しにくくて、「教養」がそれらをフル活用するためのつがいになっているというわけ。「馬鹿」には「道具」は使いこなせないのと同じ。

思い返すと、やっぱそうなんだ。バカタレばかりのネットビジネスの世界でも、僕が尊敬している人や、すごいなぁと思う人たちはいる。そういう人たちは総じて教養がある。信条や教義的な傾向性は抜きにして、少なくとも閾値を超えている人たちに共通するのは、無言のうちにあふれている「教養」感だ。

だから、頭が狂っててもいい(むしろ狂っているくらいでちょうどいい)けど、「馬鹿」ではどうにもならん。これが某氏の提唱した「バカの壁」であるとすれば、おそらくその正体は、教養差から導かれる世界の解釈の差にほかならない。そんなことを思ったのであった。以上。南無。

追記。大学生と話していても、「こいつは教養あるな」と感じる子たちには、将来の伸び白を感じる。ただ、ネットビジネス的価値観に早いうちから染まりすぎて目が「¥」マークになっちゃったような子の多くは、教養よりもハウツーが正解だと信じちゃってて、逆に自身を矮小化してしまっているふしがある。

すごくもったいないなぁ、と思う。役に立たない話は、教養次第でどうにでも昇華できる。事実、僕がこの数年世間様に発信していることの多くが、「ちょーどうでもいいこと」の連続だったりする。それでも飯は食える。人並みの何倍以上に。学生からのリツイートが多いみたいなので、学生向けに追記ね。