1ミリでいい、セカイを動かそう。原田翔太オフィシャルブログ

22歳で1億を稼ぎ、カリスマ経営コンサルタント神田昌典氏から推薦文をもらった唯一のマーケター・原田翔太が、ウェブビジネスに必要なマーケティングの知識をお伝えしていきます!


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22歳で1億稼いだ現役早大生作家&社長・原田翔太のありえないブログ
ラーメン屋で、一人でビールを飲みながらおつまみを食っている人の心情が理解できない。

俺にとってラーメン屋はラーメンを食うところだからだ。

おきまりのように「たけのことビール!」とかいっているのは、なんだかすごく大人なような気もするけど、よくわからないんだ。

きっと俺は粋というものが、その点においては理解できない無粋なクソ野郎なんだろう。

ラーメン屋は、ラーメン食ってとっとと立ち去るところだという思い込みがある。

だって、一人でビールを手酌して、つまみを食っているなんて、すごく手持ちぶさたな気がするんだよ。

でも、きっとそこに何かしらの大人的愉しみがあるのだろう、それはいったいどういう世界だろうと興味を持ち、まずは体験せねば分かるまいということで、何度か実践してみたことがある。

大人なふりして小説片手にやってみたけど、あんなところで頭に活字は入ってこない。かといって、手ぶらで、物思いにふけっているふうを装ってみても、結局何も考えていない。

あの締めのラーメンとやらが出てくるまでの空白の時間の使い方が分からないんだ。

だから、いつだって決まっている。
俺が頼むのは「ラーメン、固めで。」

一気に掻き込み、つゆを飲み干し。「ごちそーさんでした。」 
それ以上のものをラーメン屋に求めていない。ラーメン屋は酒を飲むところではないような気がするのだ。



これと同じように、「何が楽しいんだか、よく分からない」ことが世の中多々ある。

たとえば「今度のもーよ!」という誘いだ。これが最高によく分からない。俺は話がしたいとは思うけど、「酒を飲みながら話をしたい!」と思ったことが一度もない。だから「のもうよ!」という提案を理解できない。

おそらく、これは一つの社交辞令的な礼節の意味合いを含んだ提案なのだとは理解できる。

しかし、「のむ」という行為が俺の中で、さほど楽しい行為ではない。

もちろん酒は飲めるし、うまいとも思うよ。
でも、飲みたい、と日常の中で思うことは年に1回か2回あるくらいだ。

たばこ吸いたい、は毎日思う。

だから、「飲もうよ!」はどうでもいいから、「話をしようよ!」と言われたほうが嬉しいかもしれない。

俺は、話したいという情熱のスタンスが相手にある限り、シラフでとことん語りきれるし、楽しめる。飲みながら話をしたって、どうせろくに建設的な話はできねーんだ。コーヒーのほうが話がはずむぜ。

ただし、話をするのがメインで、酒は供であればOK。つまり、俺は婉曲表現が解せぬ無粋者なのである。

「終電逃しちゃった・・・」と間接的に表現するよりも、「あんたとセックスしたいんだけどもいいですか?」のほうが動物的で魅力にあふれていると思う。これと同じ原理である。

そのほうが、原始的で粗野でかっこいいと思うんだ。

つまり、さんざん巡り巡った結果、元鞘ということになるわけ。(ちょっと意味が違うかw) この発想は、あるコピーライターが、伝説級のあるコピーライターに「消せるボールペンを売るには、どういうコピーを書けばいでしょうか?」と聞いたときの返答に示唆を頂き、結論づいたこと。

その伝説のコピーライターの返答はこうだったそうだ。

「ああ、それね。“消せるボールペン、新発売。“ これでOK!」

・・・そうか!そういうことか!

この前提で、これ以上にアピーリングな表現はない。

そぎ落としようがないほど、究極的に結論が見えている場合、言葉の贅を尽くした試みですら、言葉遊びの粋を出ないのかもしれない。

圧倒的な質量を前にすると、あらゆる工夫は、安っぽい前戯にすぎなくなる。

元も子もないようだけど、たぶん、そういう次元の世界もある。