教科書では教えてくれない 歴史と文化が楽しめるブログ のまとめサイト

こちらは、月末のまとめサイトです。
カテゴリ別にしています。
少しでも興味あるお話がありましたら、是非読んで下さい。

 月一更新でカテゴリ別にまとめています。


 少しでも興味持ったお話があれば、題名をクリックして下さい。


 次回の更新予定日は、平成24年6月24日です



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(1) 海軍大尉 若麻績隆 (長野)


 征く友よ、散る友よ、御身等の願うところは武名に非ず、功名に非ず、征けば必ず散り、散った後に、大日本帝国が厳かたる雄姿を、硝煙の中から表れ出づる事を願うのみである。



(2) 海軍少尉 高瀬丁 (北海道)


 父母上様、父母上様よ、お姿を心に秘め御名を心で叫びながら散ります。
 父母上様さようなら、さようなら。



(3) 陸軍大尉 米津芳太郎 (静岡)


 再び還らざる出撃命令が下りました。
 今に及び何等心残りは御座いません。



(4) 海軍大尉 須賀芳宗 (東京)


 桜が散ったら又お便りします。



(5) 陸軍少佐 原哲郎 (島根)


 お前は日本女性として凡ての隣人を愛し、国家社会の為にいささかでも寄与し得る人とならんことを望む。



(6) 海軍大尉 古市敏雄 (香川)


 自分には母がある。
 有り難いことだと思いました。
 遠路はるばる逢いに来てくれる母が……。



(7) 海軍大尉 細田春中 (山梨)


 正義の戦と確信し最終の勝利を確信した私の信念も、終に破れました。



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 執筆 : 柊かがみ


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(1) 世界から愛された帝国海軍の軍神


 昨年完結したNHKのドラマ「坂の上の雲」は見た?

 その中で、藤本隆宏さんが演じた「広瀬武夫中佐」は覚えているかしら。

 ロシアの娘・アリアズナとの恋愛、閉塞作戦で離脱する際に一人の部下を探しに戻った人ね。

 彼がどの様な経緯でロシアに行き、やがて世界から愛され、「海の軍神」と言われるようになった経緯が分かるわよ。



(2) 部下から最も敬慕された帝国陸軍の軍神


 広瀬中佐と同じ時期、軍部では「部下思いでは、彼の右に出る者は居ない」と言われた陸軍将校が居ました。

 それが、「橘周太中佐」でした。

 彼の足跡をたどると、皆さんの抱く「軍神」のイメージがガラリと変わるわよ。

 特に、教育関係に興味があったり、携わっている人に読んでもらいたいわ。



(3) アメリカとの架け橋になった人形たち


 1910年代、アメリカでは移民歓迎ムードで、日本人も出て行き、成功者が出始めていました。

 その反面、僅かな賃金で質の高い仕事をする日本人に、地元労働者はついて行けず、各地でいざこざが発生していました。

 政府はハードルの高い「新移民法」を制定して、日本人の移民は事実上駄目にします。

 やがて昭和になり、戦の足音が聞こえる中、日本を良く知っている地元宣教師がある方法で緊張状態を少しでも解こうと、これからの子供たちをターゲットに行動を起こします。

 


(4) 澄んだ水のような名君


 江戸初期、将軍の庶子という立場に驕らず、また決して私利私欲に走らない名君がいました。

 会津藩の藩主・保科正之さんと言って、教科書ではこれと言って詳しく取り上げられていない人です。

 彼は、幕府を安泰路線に乗せる政策のほか、領内では今で言う「国民の生活が第一」を積極的に実施しました。

 その人柄と政策とは……

 政治経済に興味ある人や携わっている人にお勧めよ。

 携わっている人で、彼と正反対の人にとっては、耳が痛くなると思うけど。



(5) お役目を達成すれば


 武田信玄が宿敵である北信濃の村上義清と戦っていた時のお話。

 このままでは先陣の板垣信方と飯富昌景が危なくなってしまうと見た信玄は、的確な指示を伝えようと三井と米田の二人を伝令として派遣することにしました。

 二人とも途中まで同じルートですが……



(6) 悪法に対抗する理由


 徳川綱吉と言えば、幕府の黒歴史の一つ「生類憐れみの令」を実施した人物です。

 相手が将軍なので、誰もが反抗することが出来ずに、命令は更に徹底されることに。

 民衆は辟易して「もうやってられない」状態となっていました。

 そんな中、将軍と渡り合える身分の徳川光圀さんが民衆の代弁役を買って出ます。

 彼が綱吉に「やり過ぎている」と思い知らせた方法とは……



(7) 医術よりも算術の医者を懲らしめる


 「医は仁術」と言うけれど、今も昔もお金優先の人がいるのが分かるお話よ。

 もし、今もこの時代のように裁判が身近だったら、今の学会に同調する医者の皆さんの大半は、自覚なくて確実に罰せられるわね。



(8) 逆櫓論争


 都落ちした平家が次に陣を構えたのが、香川県高松市の屋島でした。

 追撃する源義経は、源氏全体が不得手の海上突破をしなくてはなりません。

 しかも、海上は「大時化です。ありがとうございました」という状況。

 軍師役の梶原景時は慎重派で、どうせ渡るのならば凪を待ち、更に舟の自由度を高める施しをして渡ろうと提案しました。

 それに対して、義経は景時も目をまん丸にする発言をしました。



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 執筆 : 柊かがみ


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(1) のノ字組 (岐阜)


 「いろは48組」と言えば、教科書にも掲載されているだけあって、幕府公認の火消し組織だって分かるわよね。

 今の岐阜市で組織されていた「のノ字組」は、教科書には取り上げられていないけれど、幕府も顔負けの火消し組織でした。

 その理由は……



(2) 茄子の味噌煮込み (岐阜)


 夕飯にこの一品が出ると、食が進む一品よね。

 実は、グンマーの白和えに続いて、この一品が岐阜の美濃地方の郷土料理ェ…

 どういうことだってばよ…



(3) とろろ汁 (静岡)


 静岡東部の人なら納得の郷土料理かも知れないわね。

 シンプルに調味されたとろろ汁に、あったかご飯、地味だけど最高に美味しいちから飯よ。

 東海道を往復する昔の人も好んで食べた一品、意外と簡単に作れるわよ。



(4) 音楽の街の礎を築いた男 (静岡)


 浜松と言えば、音楽を演奏する人なら即答できないと陰で笑われてしまう、洋楽器メーカーがあります。

 そう、国産第一号のピアノとオルガンを生産したヤマハの本社があるところです。

 創設者の山葉寅楠さんが、国産第一号を出すまでの経緯が分かるお話よ。

 マニア魂って本当に凄いわ。



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 執筆 : 柊かがみ

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