(1) 世界から愛された帝国海軍の軍神
昨年完結したNHKのドラマ「坂の上の雲」は見た?
その中で、藤本隆宏さんが演じた「広瀬武夫中佐」は覚えているかしら。
ロシアの娘・アリアズナとの恋愛、閉塞作戦で離脱する際に一人の部下を探しに戻った人ね。
彼がどの様な経緯でロシアに行き、やがて世界から愛され、「海の軍神」と言われるようになった経緯が分かるわよ。
(2) 部下から最も敬慕された帝国陸軍の軍神
広瀬中佐と同じ時期、軍部では「部下思いでは、彼の右に出る者は居ない」と言われた陸軍将校が居ました。
それが、「橘周太中佐」でした。
彼の足跡をたどると、皆さんの抱く「軍神」のイメージがガラリと変わるわよ。
特に、教育関係に興味があったり、携わっている人に読んでもらいたいわ。
(3) アメリカとの架け橋になった人形たち
1910年代、アメリカでは移民歓迎ムードで、日本人も出て行き、成功者が出始めていました。
その反面、僅かな賃金で質の高い仕事をする日本人に、地元労働者はついて行けず、各地でいざこざが発生していました。
政府はハードルの高い「新移民法」を制定して、日本人の移民は事実上駄目にします。
やがて昭和になり、戦の足音が聞こえる中、日本を良く知っている地元宣教師がある方法で緊張状態を少しでも解こうと、これからの子供たちをターゲットに行動を起こします。
(4) 澄んだ水のような名君
江戸初期、将軍の庶子という立場に驕らず、また決して私利私欲に走らない名君がいました。
会津藩の藩主・保科正之さんと言って、教科書ではこれと言って詳しく取り上げられていない人です。
彼は、幕府を安泰路線に乗せる政策のほか、領内では今で言う「国民の生活が第一」を積極的に実施しました。
その人柄と政策とは……
政治経済に興味ある人や携わっている人にお勧めよ。
携わっている人で、彼と正反対の人にとっては、耳が痛くなると思うけど。
(5) お役目を達成すれば
武田信玄が宿敵である北信濃の村上義清と戦っていた時のお話。
このままでは先陣の板垣信方と飯富昌景が危なくなってしまうと見た信玄は、的確な指示を伝えようと三井と米田の二人を伝令として派遣することにしました。
二人とも途中まで同じルートですが……
(6) 悪法に対抗する理由
徳川綱吉と言えば、幕府の黒歴史の一つ「生類憐れみの令」を実施した人物です。
相手が将軍なので、誰もが反抗することが出来ずに、命令は更に徹底されることに。
民衆は辟易して「もうやってられない」状態となっていました。
そんな中、将軍と渡り合える身分の徳川光圀さんが民衆の代弁役を買って出ます。
彼が綱吉に「やり過ぎている」と思い知らせた方法とは……
(7) 医術よりも算術の医者を懲らしめる
「医は仁術」と言うけれど、今も昔もお金優先の人がいるのが分かるお話よ。
もし、今もこの時代のように裁判が身近だったら、今の学会に同調する医者の皆さんの大半は、自覚なくて確実に罰せられるわね。
(8) 逆櫓論争
都落ちした平家が次に陣を構えたのが、香川県高松市の屋島でした。
追撃する源義経は、源氏全体が不得手の海上突破をしなくてはなりません。
しかも、海上は「大時化です。ありがとうございました」という状況。
軍師役の梶原景時は慎重派で、どうせ渡るのならば凪を待ち、更に舟の自由度を高める施しをして渡ろうと提案しました。
それに対して、義経は景時も目をまん丸にする発言をしました。
執筆 : 柊かがみ