邦ロック好きBOSSの独り言5

Art Town Music代表の独り言/日々精進、日々感動、日々反省!


テーマ:
成長には時間が掛かる
とても当たり前の事

そして
無駄だと思える事
遠回りだと思える事
をどれだけ信じて突き進むか?
で、結果が変わったりする

プロデュースの仕事とは
遠回りなロードマップを描いて
敢えてハードルを並べる仕事

初プロデュースの時は
どんな未来に辿り着くか解らなかったから
ただ直感と思い付きを全部実行した(笑)

流石に経験を積むと
絶対、必ずは無いが
ある程度の未来は予想出来るようになる

歌の成長
パフォーマンスの成長
思考の成長
に必要な時間と環境
そして
自己改革のタイミングと自浄作用

係ったアーチストの成長記録のデータベース
近くで見てきたアーチストの成長、進化のパターン
等々

一年で、何をどれだけ経験すればどうなる
と言う、ある程度の基準や指針が解ってくる
だからこそ、伸び悩む時も我慢できるし
会場押さえ等、フライングも出来る(笑)

が、マニュアル・カリキュラム化出来て
誰もが予想通りに行かないから困る(笑)

そこが「人」を扱う商売の難しさであり楽しさでもある

長年の経験で一番感じてる事は
「引き」「出逢い」の重要性

大まかなプラン、カリキュラムは立てるのだが
その都度、その都度の不思議な「出逢い」が
流れや成長や結果を大きく左右する

誰かの紹介で誰かと出逢う
「あっ、良いかも、頼んでみよう」と舵を切る
その「縁の連鎖・スパイラル」は
自分ではコントロール出来ない(笑)

この不思議な連鎖が上手く機能してる時は
確実に理想・予想の未来に向かってる時

プロデューサーの仕事は
「出逢い・縁を作る事」
「意味のある無駄を用意する事」
「パスを出しシュートを打たせる事」
「軸をブラさず3年は我慢する事」(笑)
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テーマ:
Daikiワンマンのオープニングアクトで宮内亮が登場する

YOANI魂で知り合って
Daikiストのスタッフも買って出て
絶賛、現場で修行中の好青年
ローヴォイスが武器のシンガー

OAとは
メインアクトの盛り上げ役でもあるが
本来は、メインアクトが
「なかなか良いモノ持ってる奴を紹介するぜ」
「気に入ったら是非、応援してやってくれ!!」的な
メインアクトの大きな度量と
OAに対する愛に満ち溢れた仕組み(笑)

愛に満ち溢れてるからこそシビアでプレッシャーもある

変なモノは紹介できない
また
メインアクトの顔は潰せない

Daikiを心からリスペクトして
何かを盗もう、勉強しようと
愚直で清々しい姿勢の亮
言葉少なだが行動で
先を行く先輩の背中を見せて
大事な事を伝えようとするDaiki

ストでのコンビネーションも良い感じ(笑)

先輩達から学ぶ
後輩達に継承する

芸事の世界では当たり前の事

自分の技や客を囲い込むような
度量の小さい先輩では成功しない

気を抜くとOAに食われる時すらある

そんな時でも負けを認めて
「やっぱ、アイツは凄いよ」
と喜ぶくらいの度量が必要

拓郎の篠島での伝説のライブ
長渕剛がOAで「帰れコール」を浴びた

「俺、帰らないよ」
「俺のファンだって来てるんだ馬鹿野郎!」
と怯む事無く歌いきって、喝采を浴びた

OAにとってはアウェー
とても良い経験になる

2011年、Daikiがいたバンドも
弊社が主催したイベントのOAを務めて貰った
新木場コースト、超満員の客
とても刺激的な経験だったと思う

今回もストを手伝ってくれたお礼のOAじゃない
本気でやる気がある奴だから歌う場を設けた

食うか食われるか、獲るか獲られるかの世界
同じ夢を持つ気心の知れた同志ですら
いずれライバルになる可能性がある世界

もし、誰かが先に成功したとしても
「やっぱやると思ってたよ、おめでとう」と
素直にライバルの成功を喜べる度量がある奴は
きっと、次のチャンスに巡り合うし
周りも成功を願って、応援してくれる

昔、好きな海外のバンドが雑誌のインタビューで
ツアーのOAバンドや気になってる新人バンドを語ってたら
迷わず一目散にレコード屋に走って探した
熱狂的ファンとはそんなもの(笑)

さて、OAでは「愛するチカラ」と「M」を歌うそうだ

愛するチカラはパク・ジョンミンでリリースした楽曲
太田作編曲のポップなパワーバラード、ラブソング
歌う切っ掛けは、亮が事務所に何度か打ち合わせに来て
その都度、音楽や業界や諸々の質問攻めに合うのだけど(笑)
こんな歌は合うんじゃない?と色々聴かせた中から選らんだようだ

オケはアッキーがアレンジしたVerを使う
実は、ジョンミンレコーディング時に
キー合わせと、仮歌入れ用に
アッキーにオケを作って貰った
なのでジョンミンVerとは全く違うテイストのオケ

Mは言わずと知れたプリプリの名曲

さぁ、どんなOAになるか楽しみだ
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テーマ:
ラヴコメ3rdシングル「ラヴ&ピース」
ライブでの定番曲だった
ストリートを始めてから創った作品

出逢う若い子達に向けたメッセージと
簡単なコードでギター一本で歌える曲

ストに来る男の子達で弾き語りやバンドやってる子達が多くて
自分達でもコピーし易い曲が欲しいとオーダーがあった(笑)

この音源はマスタリング前の音源
マスタリングではもっとガッツのある音にした
最後のコーラスは99年夏のツアー初日の横浜で
ファンの子達に歌って貰った

リリースは99年9月
これが最後の正式リリースとなった


コチラは98年四谷フォーバレー初ワンマンのライブアルバムの音源
文化放送系列のインディーズレーベルから「Live In Japan」として10月にリリース
翌年3月にクラウンからメジャーデビュー
アコ一本Verをベースにバンドアレンジされている


コチラはファンクラブ「ラヴ&ピース」向けの会報に同封したCD用にレコしたX'masVer
ゴスペルを基調にしたアレンジと自由にラフに歌ったVoテイク
結果的に、これが最後のファンへのメッセージとなって
翌年、解散を発表した
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テーマ:
セカンドシングル「愛のせいだよ」は
2種類のアレンジを用意して
3つのラジオレギュラーとホームページ視聴で
リスナー、ファンの投票でシングルver.を決めた

実は、ラヴコメはデビュー前の98年に
シングル3枚、ミニアルバム
それ以外にも数曲、レコーディングを終えていた

デビュー直前のキャンペーンで
「3月にデビューするLove Comedyです」
「9月発売のサードシングル【ラヴ&ピース】聴いて下さい」と
ラジオで掛けていた(笑)

ラジオキャンペーも可能な限り生歌
雑誌取材時も生歌に拘った

業界関係者用サンプルCDには
既にシングル3曲が入っていた

2000年1月に発売を予定していた
4枚目のシングル「それでも地球は回り続けるよ」
は、結局、日の目を見ないままお蔵入りとなった

コチラは「愛のせいだよ」シングルVer


コチラは「愛のせいだよ」アルバムVer


コチラは「愛のせいだよ」無料配布CD用DEMOVer


コチラは一番初期からあって
ライブでは定番の盛り上がり曲だった
幻となった4枚目のシングル「それでも地球は回り続けるよ」
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テーマ:
ラヴコメのデビュー曲は「勇敢なピエロ」
ストで一番パワーを感じた曲
ストに出る前から存在してた初期作品

ラヴコメ作品の半数以上はバラード&ミディアム系
メンバーがソングライターとして才能があった証
色んなアーチストにも作家チームとして提供してた
オーダーも良い曲をと言われると必然的にバラードになる

バラードはもういいから
オリジナルはアップ系の曲を増やそうと

男女ツインヴォーカルのアップ系
果たして・・・どんなのがいいのか?
試行錯誤をしながら作品を増やしていった

ラヴソング系?メッセージ系?
ここはやはりメッセージ系で
ハネ系のシェイクビートで行こうかと
ベタな8や16ではなく微妙にハネてる感じを意識した

結果、ラヴコメ作品の特徴にもなった

アレンジも色々と時期やミュージシャンで変わった
最終的にデビューシングルになったVerは
散々、ライブで演奏したアレンジを壊す事から始めた
アレンジャーの鬼才・西脇氏もEAST&渋公にキーボードで参加して貰い
ラヴコメのライヴのおバカで楽しい質感(コントまでやってた)を理解して貰い
聴きモノとしても成立する線を狙って貰った

コチラがデビューシングル

コチラは初期のサポートバンド「Go-Go-Band」で一発録音した
無料配布CD用に作ったDEMO音源

コチラは一番最初にDEMOにした音源
全くライブ感を無視した方向性になってる(笑)

ストを始めてからの作品創りはライブで歌いたい曲、聴かせたい曲になっていった
その後、ライブの定番曲になったナンバーは、ほとんどスト後に創った作品
が、ライブでのバラードナンバーは、初期作品が多い

ラヴコメのライブの魅力は
お馬鹿な盛り上がりと、珠玉の泣けるバラード
の強烈なコントラストだった

勿論、メンバーやマネージャーのコントも魅力だった

キャッチフレーズも
「泣き笑い!こんなライブ初めて!」

客層も中学生から60代まで
男女比も半々と
まさに・・・お茶の間感満載だった(笑)
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テーマ:
Daikiがストを始めた

Akkyやヨシケンから
散々ストを勧められてたが
やっと重い腰を上げた
頭では解ってるが
踏み出せない気持ちも解る

ストの経験者の話を訊けば
どれだけタフな行為かの想像がつく
特にストだけで千人規模の動員を
経験した人の話は
想像を絶するエピソードに事欠かない(笑)

ラヴコメでストを始めたのが1997年7月
丁度、フジロックが開催された年
FRを立ち上げたH社長を筆頭に
タイアップ時代への疑問とライブへの回帰を
事ある毎に、色んな所で話題にしてた頃

ラヴコメもメジャーデビュー目指して曲作りの日々
50曲近くの作品と10曲くらいのデモテープが出来てた
タイアップを意識した作品とライブ用の作品を作っていた
そして秋くらいからライブも始めたいと思っていた

ここは一つダイレクトマーケティングだと思い
ギター一本持って代々木公園と原宿に赴いた
ホコ天が賑わったストリートパフォーマンスの聖地
まずはここで様子を見てみようと安直な選択(笑)

誰一人もストをやってなくてポツンと始めた
もの珍しそうに家族連れが一組聴いてくれた
親に促されて小さな子供が
拡げたギターケースに1000円入れてくれた(笑)

そこからほぼ毎日、夏休み中ストをやった
徐々に人が集まるようになった
勿論、目的はマーケティングだったので
チラシとDEMO数曲入りの無料カセットを配った

秋から始めるライブに向けての
歌とパフォーマンスの練習の目的もあった

ラヴコメのメンバーはすでに
作詞家・作曲家としても実績があった
間違いなく良く出来たヒット曲のはずなのに・・・
狙い澄まして作ったタイアップ用の曲が
ストでは思いの外、受けない(笑)

配ったカセットを聴いて
後日、「良い曲ですね」となる

出逢い頭で心を奪う、惹きつける作品
メッセージ、テンポ、キャッチー性を見直して
サビ頭にしたり、テンポを上げてみたり
リズム・ビートを変えてみたり、ハモを変えてみたり

毎日毎日、名曲カバー、オリジナル
ありとあらゆる作品をストで試した
その中で強い反応のある作品をベースに
夜毎、新たな作品を作って、ストで試す
そんな事を繰り返した

自然淘汰で、ストで生き残った曲を中心に
ストでのステージ構成も自然と出来上がっていった

ストを始めるにあたってメンバーと決めた目標は
代々木公園から見える「渋谷公会堂」
アマチュアラストライブをあそこでやる
初ストの時から堂々と公言してた(笑)

ラヴコメの二人も
90年代前半、知り合いのアーチスト達が
ミリオン出したり、ヒット曲を出すのを側で見てた
が、ヒット曲があっても渋公を埋められない現実も
その逆も然りで、大したヒット曲もないのに
素晴らしいライブでコアのファンで渋公が埋まるアーチストもいる現実

目指すなら後者だと
ヒット曲も狙いたいが
ヒット曲よりも常に渋公が埋まる
ライブアーチストを目指そうと

結果的には99年3月23日に渋公ワンマン
その二日後の3月25日にメジャーデビュー
一年八ヶ月掛かったけど、公約を守った(笑)

一応、ヒット曲の経験やアーチストが
ブレイクする瞬間も見てきた経験もあったので
そのカラクリ、構図、青写真、マーケティング
プロモーションはある程度、熟知してるつもりだった

まずは、渋公2000キャパを
ストだけで埋めるには「何人と出逢う?」
それも「どこの誰と?」を考えた

代々木や原宿で出逢う子達の
リサーチとリスト、データベース作りを徹底した
当時は、個人情報保護法も無かったので
リストボードに個人情報を書いて貰った

地図を広げ、電卓を弾いて
2年でのデビュープランだから・・・
一日何人と出逢えばいいんだ?
2000人、歩留り考えて8000人だとして・・・
横には買ってきた関東の人口マップと学校マップ

徹底した事前情報収集と日々リアルに手に入るリスト
曲を聴いてくれて書いて貰うリストも少ない日で50人
夏休みなので多い日は200人近くになった
スト後は、そのリストの整理と分析に時間を費やした

ひと夏も過ぎると
ストに通ってくれる客が数百人になってた
リストも数千人になってた
そのカラクリは・・・
ラヴコメを気に入った子が友達を誘ってくる
その倍々ゲームの成せる技

それも夏休み中もあって
本当に仲の良い親友を誘ってきてくれた

代々木・原宿で作った膨大なリストを解析すると
どの地域・エリアから多く来てるのか?が可視化出来た

学校が始まる9月からは、平日の学校帰りの時間に合せ
熱心な子達、データの多いエリアの街に出向いてのスト
引き続き土日は、原宿に集まって貰うストを繰り返した

生活圏に出向いてのストと
都内で行うストに来て貰う
このルーチンからライブハウスへ

秋からは四ッ谷のライブハウスを拠点に
バンドでのライブを始めた
週に3~4回のストと月1~2回のバンドライブ
都内、関東近郊、学校マップを手に
歌える場所があれば、どこへでも歌いに行った

何故、四ッ谷かにも理由があった
当時、文化放送が四ッ谷にあった
テレビタイアップの真逆の戦略を考えてた

敢えて、AM深夜放送の全国ネット生放送
それも文化放送の25時~27時の看板番組
そのレギュラーを何が何でも取りたかった

結局、翌年98年9月~レギュラーが始まった
月曜日担当、他曜日はメジャーアーチスト
デビューもしてない無名アーチストの起用
「大丈夫か?文化放送」って広告を打った(笑)

98年の夏には
四ッ谷フォーバレーでのマンスリーワンマンに
客が入り切らない状況になってた
ストをやれば、200~400人は集まってた

98年5月からは名古屋でストを定期的始めた
追っかけて東海ラジオで30分の番組もスタート

9月の文化放送スタートに合わせて
KISSFM神戸でも30分レギュラースタート

文化放送が大阪、名古屋でネットしていなかったので
大変だが、レギュラーを一気に3本スタートさせた

98年9月
これで、全国ほぼ、どの地域でも番組は聴ける状況になった
各番組と連動しての全国ストリートがスタートした

99年3月デビューに向けて
デビュー前全国キャンペーンも兼ねていた
各地の放送局、CDショップ、有線放送等挨拶
そして新聞雑誌の取材をガンガン入れた

ラジオで告知しておいて
必ず各地でストを決行した
併せて無料配布CDを4万枚投下
番組へのハガキも各地で撒いた

リストも2万人を越えていた(笑)

半年間の四ッ谷フォーバレーマンスリーワンマンを終え
11月にO-WESTワンマン
12月にO-EASTワンマン
99年1~2月で40都市キャンペーンツアー
3月に渋公でアマチュアラストライブ
名古屋はハートランドを拠点に何度かワンマン
大阪は攻めきれなかったのでワンマンはしなかった
ここまではプレイガイドを使わず手売りで押し切った

渋谷スクランブルの街頭ヴィジョンでPVを皆で見ようストをやったり
クリスマスには銀座4丁目交差点のヴィジョンジャック
こちらはストの映像を街頭ヴィジョンに生で流した
交差点に数千人集まって、5分で中止、その模様を雑誌に載せた(笑)

99年にi-modeが登場
携帯がインターネットに繋がった
そこから通信インフラは劇的に進化して
世の中を根底から変えて行った

が、当時はストで出逢っても
今のようにTwitter等のSNSやネットで繋がれない時代
その為にも双方向ではないが限りなく双方向に近い
ラジオの全国ネット生放送が必要だった

勿論、ホームページも展開した
ネットに強い専任スタッフを用意して
全国キャンペーンもリアルタイムで画像をアップした
が、まだ時代はナローバンドの時代
見れる環境が整っていなかった(笑)

デビュー曲はノンタイアップで発売した
ストと口コミだけで3万枚以上セールスした
当時は、まだタイアップ付けて数十万枚が当たり前の時代
そう言った意味では、「数字的には負け」だった
オリコンも初登場が50位台だった
が、確実にダイレクトマーケティングで
出逢った人を中心に歌が伝わって行く実感があった

何よりも各地でのライブ動員が伸びる現象が
リアルに手に取るように実感でき
時代は、ライブに向かってると確信できた

そもそも人口から考えて100万枚がボンボン売れるはずがない(笑)
当時のほとんどの出荷枚数はレンタルCDショップの数字
ミリオン時代なんてカラオケ、レンタルCDの一大ブームが成した結果

ラヴコメは3月デビュー
6月シングル、ミニアルバムを引っ提げて
20都市ライブハウスワンマンツアー(ファイナルO-EAST)
各地、キッチリと埋まっていた
9月サードシングルリリース
さぁ勝負って時にメンバーが体調を崩し活動休止
その後、惜しまれながら解散

これも人生

ラヴコメで97年夏から始めたスト
デビュー後の99年夏まで続けてたので実質丸々2年
ざっと見積もっても週2回としても200回
いや、そんな数じゃないだろうな(笑)

地方のスト等、全部に顔を出した訳じゃないが
そこで沢山のドラマとミラクルを目撃した

学校の先生ならともかく
一人の人間が出逢い頭に、何の因果もない
数千人と出逢う事なんて日常では有り得ない
ましてや短期間に自らの意思で出逢うのは珍しい事

その後も色んなアーチストやバンドで
時代の変化と共にストの意味も目的も変えながら
2007年くらいまではストをやった

ラヴコメの時は明確に「メジャーデビュー」の
方法論の一つとしてストリートに飛び出した

そこで解った事が
その後のストの哲学になっている

ストは目的達成の手段の側面もあるが
一番は「自己鍛錬・修練の場」なんだと

「出逢い」も二種類ある
当たり前だが、知らない人との「出逢い」

もうひとつ
新しい自分との「出逢い」

タフでハードな環境下で
音楽的な新たな気づき・成長
人と触れ合う事で人間的な成長

この二つの自分の成長と「出逢える」

どちらかと言うと後者の為にストはやるべきと考えるようになった

正直、ラヴコメでストを始めた理由は
タイアップ・マスメディア時代へのアンチテーゼであり
ビジネス的に言えば「ネタ」でもあった訳だから

とは言え
やる以上は徹底的にやってみようと
本気で現象を起さないと「ネタ」にすらならない
引いては、ビジネス戦略の失敗になる

ほら、タイアップ付けてデビューさせた方が
本人達も楽だし、良かったじゃん
下手したらスト全国展開の方がコスト掛かったじゃんと(笑)

また、今も考えは変わらないが
何年もストを続けても武道館やドームは
ストの手売りだけでと言う意味では
物理的に不可能だと思ってる

ストのパワーや影響力や現象が発火点になって
メディア(今ならネットやフェスも含む)が
グイッと情報(アーチストの魅力や実態)を
的確にグレーゾーン消費者に伝える事は必須だろうと
その情報伝播にはマスメディア以上にSNS等は外せないだろうと

20年前、10年前とでは
メディアも大きく変わったし
消費者心理や行動や価値観も変わった

マスにリーチ掛ける戦略的なストは時代じゃない気がしてる
ネットでマグマを溜めてのリアル=スト(出逢いに行く)
イトヲカシの全国ストツアーが今の時代を象徴してる気がする

机上の空論では何も手に入らない
何事も本気でやってみたら真実に行きつく

ラヴコメストに限らず、その後のアーチストのストでも
ビジネスを抜きに、今も付き合ってる
その後の人生で大切な人達に沢山出逢ったのも事実

じっとしてても「出逢い」は向こうから寄っては来ない

出逢いこそ人生のすべて

動けば、何かが始まる

とは言え、無策でストをやる訳にもいかない
ロードマップはしっかりと描いた上でのスト

時代・環境・価値観・生活習慣の違いは別としても
人と人が出逢うと言うアナログな現場
ストにも独自のマニュアルとカリキュラムとルールがある
一歩一歩、段階を経て、ストの達人になるも良し(笑)
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テーマ:
YOANI魂が終わった

音楽で成功したい
有名になりたい
金持ちになりたい
歌を世に残したい

夢の形は自由
夢見る事も自由

夢も
最初は漠然としたイメージ

現実の中で打ちのめされながら
徐々に明確になってゆく

成功とはどんな成功?
より具体的な成功のイメージ
になっていく

一分一秒でも速く
具体的なイメージを描き始めた方が良い
そんな切っ掛けになればと思ってた

初々しいと言えば初々しい
つたないと言えばつたない
ハラハラする場面も多々あった(笑)

が、それも大切な経験と通過点

“どんな芸術家でも最初は素人だった”
by ラルフ・ワルド・エマーソン

じゃないが
誰だって初ステージから始まる

ステージも浅い経験の内は
どんどん恥をかきながら成長すれば良い

元々、渋谷魂は
来る者拒まず、去る者追わず
頑張る人を応援する
をコンセプトに始めたイベント

そのDNAを継承したイベントにはなったと思う

渋谷魂も200回以上開催した
単純計算でも千組近い夢追い人が出演した
が、何組、夢を掴んでプロとして食っていけてるか?
ほんの数組しかいない

余談になるが
流石に長くやってると

ライブハウス店長が
レコスタのスタッフが
イベンタースタッフが
CDショップの店員が
「昔、渋谷魂出たんですよ」
なんて経験も多々ある(笑)

それが現実

特に初期の頃は
出演バンドの実力は高かった
各事務所、メーカーのメガネにかなった
バンドばかりが出演していたから

どのバンドがポ~ンと行ってもおかしくない
そんな可能性を秘めたバンドが沢山いた

生徒達には、タイミングがあれば
成功の確率論と言う厳しい現実の話もして
それを理解した上で夢に向かって頑張った方が良いと

免許、資格があればどうにかなる仕事じゃないし
努力したら必ず報われる保障のある世界でもない

星を掴めるのはほんの一握りの人

だからこその星=スター

とは言え
誰にでも可能性とチャンスはある

頑張れば夢は叶う
とは言わないが
諦めたら夢は掴めない

学生達にはセッションで
生のバンドサウンドとライブの楽しさ
そして
メジャーの切符を手にできた歌の実力
を体感して貰う
加えてイベント運営のノウハウ

Daikiや武英には
夢が有る無し関係なく
十代前後の多感な頃が一番
音楽やエンタメを必要としてる世代
彼等を前に初心を思い出して歌をぶつけて貰う

そして場面場面で、打上げで
人生の先輩として経験談を伝える
その逆も然り
今の若者の価値観や感覚を感じる

お互いに無いモノを持ち寄ったコラボ

それぞれが、何をどう感じようが自由
イベントなんて、その日、時間が過ぎれば終わる
集合から約7時間の消えモノの出来事

その一瞬の中で何を感じるか、血肉にするか

多感な世代の子達は
理屈抜きに直感で音楽に反応する

中途半端に
経験や知識や概念が増えると
無垢な感(受)性は死んでゆく

クオリティーの凸凹は置いておいて
純粋に夢に向かう演者達だったと思う
きっと何かを先輩達から盗んだと思う

その逆も然りで
オジサン、お兄さん達も
彼等から忘れかけてた何かを
覚醒させらたはず(笑)

一旦、イベントは終了

そこに残ったのは「出逢い」

その出逢いから第二章のドラマが始まる
イベント終了からのそれぞれのドラマ

それを見守るのも老兵の楽しみ(笑)
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